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第九話 距離感と噂

 闇の帝王を目指すなら、闇オークションは外せない。

 いずれは俺の管理下に置いてやるつもりだが、そのためにはまず、人身売買の胴元に会わなければ始まらない。


――――インヴィーファミリー、か。


 昨日と同じように学園に向かいながら、俺は思考を巡らせる。

 裏社会で人身売買に関する商売を牛耳っているのが、インヴィーファミリー。

 他のファミリーもそうだが、基本的に組織のボスはその正体を頑なに隠している。

 名前、年齢、性別、外見、出自、何もかもが不明。

 マフィアが拠点にしているスラム街の連中ですら、ろくな情報を持っていない。当然、構成員を見つけて聞き出そうとしても、決して口を割らないだろう。

 となれば、ボスにたどり着くためには、彼らの商売に首を突っ込んでボスを引きずり(・・・・・・・)出す(・・)しかない。


「アッシュ!」


「ん?」


 校門を潜ると、俺は背後から呼び止められた。


「おはよう、アッシュ。今日もいい天気だな!」


「……おはよう、イグニア」


 気持ちのいい笑顔を浮かべているイグニアが、俺の隣を歩く。

 有名人のイグニアは、ただそこにいるだけで目立つ。そんな彼女と歩いていれば、当然俺も目立ってしまう。かたやみんなの憧れ、かたや没落貴族のお坊ちゃん。なんてちぐはぐなコンビだろう。

 できれば俺に関わらないでほしいのだが、イグニアを敵に回すよりは、こうしているほうが幾分かマシだ。まさに、背に腹は代えられないというやつである。


「む、どうした? 少し元気がないように見えるが……」


「ああ、別にだいじょう――――ぶッ⁉」


「熱でもあるのか?」


 突然、イグニアは俺の両肩を掴み、俺の額に自身の額を当てた。

 俺との身長差を埋めるため、彼女はわざわざ背伸びしている。その様子がなんとも可愛らしい――――なんて言っている場合ではない。

 近い。とにかく近い。イグニアの整った顔が、目と鼻の先にある。それに加えて、彼女のその豊満な胸が、わずかに当たっている。

 俺には、女子に対する免疫がない。フランとの生活でかなり改善されたが、結局免疫がついたのはフランに対してのみで、他の女子に対する免疫は、大してついていないのだ。

 この状況に平静を保てるはずもなく――――。


「ううむ、熱はないようだが……って、顔が赤いぞ⁉ やはり風邪か⁉」


「い、いや……大丈夫だ。ちょっと朝に弱くてさ」


「そうか……ならいいのだが」


 イグニアは安心したように胸を撫で下ろす。

 こいつの距離感は、一体なんなのだ。もとより男女の境を持たないというのなら、まだ分かる。しかし、こいつはそれ以前の問題だ。イグニアからは、俺に対して持ってしかるべき警戒心が感じられない。それどころか、強い信頼すら感じる。


「イグニア、俺が言うのもなんだけど、あんたはもうちょっと警戒心ってやつを持ったほうがいいと思う」


「なんだと? 私ほど他人を疑う者は他にいないと思うが……」


――――どの口がほざいてんだ……。


 悪の道を行こうとしている俺を信頼している時点で、見る目がなさすぎる。


「俺が悪人だったらとか……そういうことは考えてないのか?」


「貴様が悪人? ふふっ……ははははははは!」


 イグニアが爆笑すると、俺たちはますます注目を浴びる羽目になった。

 今の質問に、笑いどころはあっただろうか。何やらバカにされているような気もして、俺は少しだけムッとした。


「ああ……すまない、少々笑い過ぎた」


「……何がそんなに笑えたんだ?」


「アッシュが悪人だなんて、まったく想像がつかなくてな」


 そう言ったあと、イグニアは口元を押さえながら再び笑った。

 立場が立場なら、この笑顔も素直に可愛いと思えたはずなのに、今は不気味に感じてしまう。


「貴様はいいやつだ。私の目がそう言っている」


「ふーん……そんなに目に自信があるのか?」


「ああ! 幼い頃から、この目は善悪を見抜くことで有名だったのだ! だからこそ、父上も私を騎士団の一員として迎え入れてくれたんだぞ」


「……」


――――善悪を見抜く、ねぇ。


 それが本当なら、面白い能力だ。イグニアがイグニア(騎士団長の娘)でなかったら、ぜひとも仲間にしたかった。

 まあ、俺を善人だと思っている辺り、眉唾ものだが。


「そうだ、悪と言えば……最近、学園内で悪事を働いている者がいるらしい」


「悪事?」


「生徒の失踪事件(・・・・)だ。聞いたことないか?」


「いや……家のことでバタバタしてたから」


「そうか……」


 イグニアがシュンとする。どうやら、この話は避けたほうがよさそうだ。


「で、失踪事件の概要は?」


「ん、ああ、えっと……学園内で、すでに六名の生徒が行方不明になっているんだ」


「六人って……相当だな。しかも学園内って……」


「失踪した生徒たちは、誰も学園から出たところを目撃されていないんだ。騎士団も学園内をくまなく探索しているらしいが……今のところ、彼らの痕跡は見つかっていない」


 俺が家のことで追われている間に、とんでもないことが起きていたようだ。

 前世だったら、連日ニュースになるような大事件。いや、この国だって、子供を大事にしていないわけじゃない。ましてやこの学園には、貴族の子息や令嬢が大勢通っているのだ。彼らに危険が及ぶ可能性がある以上、騎士団は総力を挙げて調査するはず。


――――それでも見つからないと言うことは……。


「イグニア、失踪者たちに何か共通点とかないのか?」


「ん? それなら……これは反感を買う言い方かもしれんが」


「……?」


「共通点は、身分がほどほど(・・・・)の生徒だ。具体的に言えば、男爵以上、子爵以下だな」


「男爵以上……子爵以下、か」


 貴族の位は、男爵から始まり、子爵、伯爵、侯爵、公爵と上がっていく。

 伯爵以上の家は、国との繋がりが圧倒的に強くなる。この事業ならこの家、といった感じで、国から仕事を頼まれるようになるのだ。

 ちなみにシュトレーゼン家は、外国との貿易を担当していた。主な輸出入品は青果。市場に並ぶ外国産の青果は、半分以上がシュトレーゼン家によって輸入された品だった。

 まあ、その品物の裏で、クスリや盗品を輸入していたんだけど……。


――――と、話が逸れた。


 ともかく、失踪している生徒は、国からすればそこまで重要視されていない家の子供ってことだ。騎士団が全力で捜索しても、痕跡ひとつ見つからない。失踪者は、全員子爵以下の家柄。ここから導き出されることは……。


「……面白くなってきた」


「ん、何か言ったか?」


「ああ、物騒になってきた(・・・・・・・・)って言ったんだ」


「そうだな……事件が早く解決するよう、私も全力で協力するつもりだ」


「頼りにしてるよ、イグニア」


「うむ! 任せておけ!」


 そうしてイグニアは、思い切り胸を張った。



 その日の放課後、俺は学園内のとある場所に向かっていた。

 イグニアの話を聞いて、俺がたどり着いた答え。

 それは、学園関係者と裏社会の繋がり(・・・・・・・)だった。

 もっとも関わっている可能性があるのは、人身売買を生業とするインヴィーファミリー。

 人身売買において、貴族の子供は高く売れる。平民やスラムの住人と違い、品と学があるからだ。ただ、誘拐した人間を売るのは、言い訳の余地もなく違法。力のない平民相手ならまだしも、貴族の子供となると、すぐに話が大きくなってしまう。いくらマフィアとはいえ、わざわざ危ない橋は渡りたくないだろう。

 だったら、学園関係者と協力すればいい。おそらく、この学園のどこかに、生徒を売っている者がいる。簡単には分からないようなやり方で、証拠も残さず、インヴィーファミリーと関わっている者が――――。


「そういう情報を集めるなら、やっぱここだよな」


 たどり着いた場所は、旧図書室だった。新図書室が作られたことで、今は誰も使わない古書の倉庫。紙と、若干のカビ臭さに満ちた部屋に、俺は迷わず足を踏み入れる。

 背の高い本棚によって作られた迷路を抜けると、奥の開けた空間に出ることができた。


「……面白いお客さんが来た」


 その空間で、ひとりの少女が本を読んでいた。

 まず目を惹くのは、床につくほど伸びた、黒から紫へグラデーションのかかった髪。

 体格はとにかく小柄で、幼い印象を受ける。目元は一見眠たげだが、奥のほうにほのかな色気を感じさせる。 


「仕事の依頼だ、情報屋(・・・)


「……ふーん」


 俺の言葉を聞いた彼女――――ノワール=クロフティは、興味深そうに目を細めた。

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