第二十四話 謝罪と光明
留置所で、ダケット=ランタンが殺された。
その事件は、一晩で学園中に広まっていた。生徒の失踪事件に、教師の死――――。
得体の知れない状況に、混乱と恐怖が広がる中、俺はひとりため息をついた。
ダケットが殺されたのは、口封じで間違いない。ダケットの胸には、他の拘留者にはない刺し傷があった。しっかりとどめを刺した証拠だ。他の連中はおまけ。殺しのターゲットは、ダケットひとりだったと考えるのが妥当である。
口封じされる可能性について、少しは考えていた。誤算だったのは、口封じが実行されるまでの速さだ。考察するまでもなく、犯人はマフィアだろう。尻尾を切ることに一切ためらいがないからこそ、やつらの正体は闇に包まれているというわけか。
情報源が消えたのは、正直言ってかなり痛い。マフィアについて真正面から調べたところで、一切尻尾を掴ませてもらえないからこそ、わざわざ夜会に参加したりと回りくどい手段を取ったのだ。
――――完全に先手を取られたってわけだ。
向こうは俺のことを意識しているわけじゃないだろうけど、してやられたというのは間違いない。反撃に出たいところだが、今のところ分かっていることは、あのインヴィーファミリーの仕切るオークションが、学園の失踪事件と繋がっていることだけ。
裏庭からの転移先である夜会会場。あれがどこにあるのかは、現状分からない。〝欲望通り〟にあるオークション会場に行けば、何かしら情報が落ちているかもしれない。ただ、オークションが開かれるのはひと月に一回。次回の開催までは、ずいぶん時間がある。
要は、待つしかないのだ。それがなんとも歯痒くてたまらない。
「……アッシュ」
「ん?」
廊下を歩いていると、背後からイグニアに声をかけられた。
彼女はどこか申し訳なさそうにしながら、俺の目を見つめてくる。
「すまない、少し時間をもらえないか?」
「……ああ、いいよ」
おそらく、ダケットの件だろう。昨日、やつを連行したのはイグニアだ。発端は俺だが、責任を感じていてもおかしくない。気に病むのも無理はないだろう。
「助かる……では、裏庭のほうに来てくれ」
そうして俺とイグニアは、学園の裏庭へと向かった。
相変わらず人気のない裏庭まで来ると、イグニアは昨日ダケットがいた場所を一瞥した。
そしてギリッと奥歯を噛むと、突然俺に向かって深々と頭を下げる。
「アッシュ……すまなかった」
「え……?」
「罪を裁く前に、ダケットが殺されてしまった……。私が連行した以上、被疑者の管理は私の務め……すべては、私が目を離したことが原因だ」
イグニアの体は、強い後悔で震えていた。
なんと声をかけたものか――――俺はしばらく考えたのち、ゆっくりと口を開いた。
「イグニアは悪くない……なんて、軽率には言えないけど、少なくともあんたがひとりで背負い込むことじゃないと思う」
「……」
「騎士団は、イグニアだけのものじゃないだろ? 責任は仲間たちと一緒に背負って、もうこんなことがないように努力する……それが、今のイグニアにできることじゃないのか?」
「アッシュ……」
イグニアの目に涙が滲む。正義感が強いというのも考えものだ。こんな風に、苦しむ必要のないことで苦しむ羽目になるのだから。
俺は懐からハンカチを取り出し、イグニアに渡す。
「ほら、泣いたら美人が台無しだぞ」
「か、からかうな……!」
頬を赤くしながら、イグニアは俺からハンカチを受け取る。
うむ、可愛いところもあるもんだな。
「すまない……。さっきから取り乱してばかりだな」
「いいよ。騎士として立派に働いていても、イグニアだってまだ十七歳なんだからさ。もっと周りを頼ったほうがいいぞ?」
俺がそう言うと、イグニアは目を丸くした。そして言葉の咀嚼が終わったのか、歳相応の笑みを浮かべる。
「そうか……そうかもしれないな。ふふっ、おかしいな。何故かアッシュがずいぶん年上に見えたぞ」
「ははは、なにをいってるんだ? 同い年なのにさ」
――――まあ、前世を合わせれば四十は超えてますけども……。
「確かに、今の私がひとりで抱えられるような問題ではなかった。少々傲慢だったようだな」
イグニアは、すっきりした顔で空を見上げる。
「ありがとう、アッシュ。おかげで冷静になれた」
「そいつはよかった」
「また何かあったら、貴様を頼ってもいいか?」
「もちろん。イグニアなら大歓迎だ」
絶対に敵に回したくない女だからな。できる限り好感度を稼いでおきたいし。
「私なら……そうか。ふふっ、そうかそうか」
俺が何気なく口にした言葉で、イグニアは嬉しそうに頬を緩める。その様子を見て、思わず心臓が跳ねた。大前提として、イグニアは群を抜いた美人だ。そんな彼女の飾らない笑みは、俺だけでなく、多くの人の心を鷲掴みにするだろう。
「……アッシュ」
「な、なんだ⁉」
見惚れていた俺は、声をかけられて正気に戻った。
「私に何かあったときのことを考えて、貴様に伝えておきたいことがある。どうか、このことは口外しないでくれ」
「……?」
「ダケットを拘留したとき、私は彼からこんなものを渡された」
そう言って、イグニアは懐から何かを取り出した。
それは、銀色に光るペンダントだった。よく見ると、何やら紋章が刻まれている。
「ランタン家の紋章が刻まれているペンダントだ。彼は言っていた。私が無事に釈放されないなんてことがあれば、それを持って私の屋敷へ行け……と」
「っ!」
ダケットは、腐っても元副騎士団長だ。マフィアから切り捨てられることを、少しは想像していたのかもしれない。プライドの高いやつのことだ。自分が尻尾切りに遭ったときに備えて、復讐の手段を残している可能性がある。
俺が見落としていた一筋の光が、そこにあった。
「わざわざ私にこれを渡したことと、騎士団が賊の侵入を許したことは、決して無関係じゃないと思う。賊は、何かを知ってしまったダケットの口を封じるために、他の拘留者と共にダケットを殺害した……そう考えるのが妥当だと思わないか?」
「ああ……だとしたら、ダケットは何を知ってしまったんだろう?」
俺は白々しく疑問を漏らした。
「……屋敷に行ってみれば、それが分かるかもしれないな」
イグニアは、覚悟を決めた顔でペンダントを強く握りしめる。
いくら俺が責任を感じるなと言ったところで、そうか分かったと切り替えられるほど、イグニアという女は弱くない。間違いなく、ダケットの死の真相を追うつもりだ。
――――それなら、そこに乗っかってやればいい。
「イグニア、俺もついて行っていいか?」
「なっ……話を聞いていたか⁉ これは相当危険な事件かもしれないんだ! 貴様を巻き込むわけにはいかん! 私には人々を守る義務が――――」
「じゃあ、どうして俺にペンダントのことを話したんだ?」
「そ、それは……私が戻ってこなかったときのことを考えて、父上に事情を話してもらうために……」
「悪いけど、大切な人をみすみす危険な場所に行かせるような真似は、勘弁願いたいね」
「たたたた、大切な人ぉ⁉」
イグニアが慌てふためくのを見て、俺は少し照れる。ちょっとクサすぎただろうか?
ただ、ここはイグニアの心を懐柔する必要がある。恥ずかしがっている場合じゃない。
「騎士団長になりたいんだろ? だったら、簡単に死ぬわけにはいかないんじゃないのか?」
「うっ……」
「イグニアが人々を守るために生きるなら、俺がイグニアを守る。だから頼む。俺も一緒に行かせてくれ」
「うう……ううう……わ、分かった。分かったから、これ以上照れさせないでくれ……!」
イグニアの頭から湯気が上がる。
――――さすがに罪悪感があるな……。
いくらダケットの残した情報を手に入れるためとはいえ、イグニアのような純粋な人を言いくるめるというのは、心が痛む。
とはいえ、別に嘘を言っているわけじゃないってことで、ここは許してもらおう。
俺にとってイグニアは、まぎれもなく大切な友人なのだから。




