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第二十話 脅迫と一生

――――とんでもない能力を隠してやがった……。


 俺は思わず息を呑む。ダメージを受けないと強化されないという条件付きではあるものの、この破壊力は驚異的だ。俺が上手く手綱を握ることができれば、大きな武器になる。


「叩いたり蹴ったりするなら、もっと本気でやってもらわないと。お尻叩きも全然痛くなかったしさ……困るよね、こっちは命賭けてドMやってるのにさ」


 何に対して憤ってるんだ? こいつ。


「ていうか……迎えに来てくれたんだね! アッシュ様! 私嬉しいよ!」


「あ、ああ……まあな」


「助けに来てくれるってことは、愛されてる証拠だよね!」


「……」


 果たして、俺はこの女の手綱を握ることができるだろうか? 正直、あまり自信がない。


「……アッシュ様、そろそろ衛兵が上がってきます」


「おっと、そうだったな」


 こうしている場合じゃなかった。俺はすぐにピグリンの首根っこを掴み、抱え上げる。


「あれ、その人連れてくの?」


「お前の首輪を取らないといけないだろ? こいつを脅して、契約を破棄させるんだよ」


「ああ、そっか」


 他人事みたいに頷きやがって。

 そうして俺たちは、ひとまずベルチーモ邸をあとにした。



「……今ここで、エレンとの奴隷契約を破棄しろ。あんたに選択権はないぞ?」


「は、はいぃぃ」


 屋敷から離れた場所で、俺はピグリンにナイフを突きつける。

 心底怯え切ったピグリンは、言われた通り、すぐにエレンとの奴隷契約を破棄した。


「あっ」


 エレンがそんな声を上げると共に、首輪が地面に落ちる。


「こ、これで要求は果たしただろ⁉ もう解放してくれ……!」


「うーん……でもなぁ、俺たちに脅されたってこと、誰かに話されたら困るし……やっぱりここで死んでもらったほうがいい気がしてきたな」


「ひっ……ぜ、絶対言わん! いや、言いません! 誰にも言いませんから!」


「どうかなぁ、あんまり信用できないなぁ」


 俺はナイフをピグリンの耳に当てる。

 そして軽く引けば、耳の付け根から一筋の血が流れた。


「いっ――――」


「まあ、世の中助け合いって言うし、命だけは助けてやる。ただ、その小さい脳みそによーく刻んどけ。もしあんたが俺たちのことを誰かにチクろうとしたら、その前に体の一部をもらう」


「か、体の一部……⁉」


「まずは耳、鼻、口……いや、喉仏もいいな。せっかくだから指も落として、会話も筆談もできないようにしてやるか。そこまでされても俺たちのことを誰かに話そうとするなら……そうだな、その勇気に免じて、こっちも手を汚して(・・・・・)やるか(・・・)


 ピグリンの顔が、ますます恐怖で引きつる。

 俺は満面の笑みを見せつけてやったのち、ナイフをしまった。


「よし、これで俺たちはあんたの命を助けた。あんたは、金輪際俺たちのことを誰にも話さない……これぞ助け合いってやつだな。ありがとう、ピグリン伯爵」


 俺が指を鳴らすと、すぐさまフランがピグリンの意識を奪った。

 こいつのことは、このまま放っておくとしよう。屋敷にいた連中が探し回っているだろうし、ここに放置しても、朝までには見つけてもらえるはずだ。


「さすがアッシュ様……惚れ惚れするような〝責め〟だったよ……! 私もされたいなぁ」


「そういうつもりでやってたんじゃねぇよ……」


 今ので、どうしてエレンは気持ちよさそうな顔をしているのだろう。

 こんな性癖大怪獣が、今まで大人しくしていたことが信じられない。


「アッシュ様」


「ん?」


「この男、本当に始末しなくてよろしいのですか?」


 そう言いながら、フランが気絶したピグリンを一瞥する。

 それに対し、俺はひとつ頷いた。


「ああ、こいつの弱みは握ったからな」


 俺は懐から束になった書類を取り出す。


「こいつのデスクにあった、不正の証拠だ」


「え……いつの間に?」


「あのとき、こいつの意識はエレンに集中してたからな。漁り放題だったよ」


 中身は、横領や賄賂に関係する取引の契約書。これが公になれば、ベルチーモ家はあっという間に没落する。


「この書類を、匿名で騎士団に送り付ける。そしたらピグリンは、即没落。そうなってから屋敷が襲撃されたことをチクっても、書類が流出した言い訳としか受け取ってもらえなくなる」


 庶民と比べ、貴族は華やかな生活を送ることができるが、転落したときのふり幅も桁違いだ。一度没落すれば、その時点で誰もそいつの話を信じなくなる。実際、今の俺はそうなっている。


「……エレン、改めてお前に訊きたい」


 俺がそう言うと、エレンは首を傾げた。


「本当に、俺たちについてくるか?」


「……」


 こう言えば、エレンにはすべて通じるだろう。俺は必要とあらば平気で犯罪に手を染める。当然、バレたら一生犯罪者だ。数え切れないリスクを背負いながら、俺は生きている。ついてくると言うなら、いつ死んでもいいくらいの覚悟を持ってもらわなければ困る。


「――――私はついてくよ、アッシュ様に」


 目を輝かせながら、エレンは即答した。

 どうやら愚問だったようだ。こいつの好奇心を止めることは、誰にもできそうにない。


「……分かった。じゃあ、一生俺についてこい」


「はいっ! アッシュ様!」


 こうして、俺のもとに新たな手駒が加わった。

 ある意味、制御不能のじゃじゃ馬と言えるが……まあ、なんとかなるだろう。

 むしろそれくらい暴れてくれないと、面白みがない。

 俺は、ヌルゲーがやりたいわけではないのだ。


「これで私も、一生アッシュ様の奴隷かぁ……ゾクゾクするなぁ」


 天を仰ぎ、何故かびくびくと震えるエレンを見て、俺は早速仲間に引き入れたことを後悔しそうになった。


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