いきなり告白……かと思いきや
そんな幼馴染とのまったく感動的でない、むしろ失望するような出会いの後。
優は、着替え終わって下駄箱に来るなり、顧問と話があるといって、職員室に行ってしまった。
何分待つこととなるかわからないこの静かな下駄箱前で本を読みながら待っていると、誰かの足音が聞こえた。
「凪原くん、ちょっといい?」
そういいながら控えめに俺の肩を叩いてきたのは、このクラス……?の…………? 誰だ?顔と名前が合わず、頭の中で顔と名前の書かれた歯車がガッチャンガッチャン音を立てながら動いている。
少しすると、歯車の顔と名前が一致した。このクラスの女子の翡翠桃華だ。クラスカーストは5位〜8位くらいだろうか。名前の通り、桃色がかった色の髪の子が、俺の方を向きながら話してくる。
「どうした?」
「あの、ちょっと頼みたいことがあるんだけど、今1人かな?」
少し噛みそうになりながら話してくる。滑舌の悪いイメージはないから、少し緊張しているのだろう。
「1人だが、何かようか?」
優を待っているだけで、特に何もない。
「ちょっと付き合って欲しいことがあって、誰もいない所まで行っていい?」
「いいぞ」
俺は鈍感ではない。と思う。
心臓が、少し高鳴る。これで俺も非リア生活から抜け出せるのか?
少しばかり歩き、翡翠についていくと理科室前の廊下――どのクラスの帰り道にもならない廊下で翡翠が足を止めた。
あれ? 告白するならもっと校舎の裏とか、木の下とか、雰囲気あるところでするもんじゃないの?
そんなことを考えていると、翡翠がこちらを向き、顔を火照らしながら口を開く。
「凪原くんに」
くんに?
「少し」
少し?
あと一言で全てが決まりそうだ。
どんな内容だろう?
どんな風に?
「協力して欲しいことがあるんだけど……」
ですよねー。俺に告白するなんてありえませんよねー。
少し肩を落としながらも、呼ばれたものだし、話ぐらいは聞くとしよう。
「それで、協力って?」
「教えて欲しいことがあるんだけど、今風間くんって、彼女いるの?」
あーっ、優の方ね。優の方なのね。
確かに優は顔も良くて、運動もできて、コミュ力も高くて、勉強もできる(勉強は俺のほうが上だが)しね。
いや、()のせいで俺の優に対する気持ちが現れただなんてことはないから。
「多分いないんじゃないか。ただ、優のことだから、いてもおかしくはないな」
「じゃあ、聞いてみてくれる? その、私からだと聞きにくいし…… あと、なるべく風間くんには私が聞いてたって教えてほしくないんだけど……」
俺に対して見上げるような、下から目線とでもいうのだろうか。そんな眼差しで俺を見てくる。
この眼差しを受けて断れない男子がいるだろうか。
「いいけど。ただ、彼女がいるかどうかわかったら、どうしたらいい?」
残念ながら、翡翠に俺は呼び出せても、俺に翡翠は呼びだせない。
中学時代から、あまり女子と話さなかったものだから(紗綺は例外だが)女子に対する免疫がない。そういう部分では、優を尊敬する。
じゃあ、どうしたらいいか。
答え:LINEの友達になる。
公衆の面前で呼び出すことはできなくても、文章にして優に彼女がいるかどうかを伝えることくらいはできると思う。
反して。
俺にできないことその2
女子のLINEを聞くこと。
どうしようかと迷っていると、翡翠が
「じゃあ、LINE交換してくれる?」
リア充って、こういうとこすごいよな。優だって、すぐに女子のLINEを聞き出してる。
「もちろん」
俺からLINEを聞くことはできないが、聞かれる分にはよいのだ。
そういって、俺はポケットから携帯を取り出す。QRコードを読み込むと、新しい友達に「HISUI」と追加された。
なんか背景の字体が丸っこい。小洒落てるなあ。わかんないけど。
「おーい、秋ー」
優の声が聞こえる。
「じゃっ、私はいくね」
そういって桃華は優が来た方向と反対側へ逃げるように去っていった。
「どうしたんだい?こんなところで」
優に好きな人がいるか相談してた。とは約束してしまった手前、いえない。
「理科の先生を探してた」
理科室前だから理科室へ探しに来てもおかしくない。と思う。
「見つかったか?職員室にはいなかったけど」
「いや、見つける必要がなくなった」
「そうか」
そういいながら玄関の方に歩き出す。
「本当はどうしたんだ?」
バレてたか。いや、こいつ本当探偵になった方がいいって。優の勘ってすごいんだよな。
「とある女子に呼び出されてだな」
男子にしとけばよかった、と今更ながら思う。
「告白されたのか?」
だったらよかったのだが。
「いや、残念ながらハズレだ。それ以上先のことはいえない」
「そうか。聞かないことにしておくよ。めっちゃ気になるが」
少し優の口調がキツくなる。絶対何か行動を始めるな。
「変に詮索するとお前のデータ改ざんするからな」
脅しをかけておく。これで詮索はしてこないだろう。これがデータ係の有利なところだ。
まあ、陸上部員にしか使えないし、下手すりゃ退学だから、優以外には使えないが。
「それは本当にやめてくれよ。僕のこれまで積み上げてきた成果が無駄になる」
「いや、詮索された場合又は俺が優に詮索されたと判断した場合は問答無用で改ざんする」
こんなやり取り、教師に見られたら停学だな。
「わかった。余計な詮索はしない。それより、今日秋の家行ってもいいか?」
「いいが、どうしたんだ?」
「秋が最近買ったっていってたボードゲームに興味があってさ」
確かに、俺の部屋はボードゲームと本の宝庫だ。最近買った「トワイライト・ストラヴル」という二人用のボードゲームがあるのだが、それに興味を持ったらしい。
「やろうか。ルールは分かっているか?」
下駄箱につき、下履きに履き替える。
「動画サイトで見た限りだが、わかっている。細かいところは……まあ、教えてくれ」
外に出ると、バス停に向かって走り出す。
「1ゲーム1時間くらいかかるが、大丈夫か?」
「トワイライト・ストラヴル」というボードゲームは相当なプレイ時間が必要なのだ。1時間というのも「最低で」の話なのだ。
「今日は部活がなかったからね。明日は土曜日だし、なんなら秋のうちに泊まってくから、時間に関しては大丈夫」
「そうか。一応母さんに優が泊まるかもしれないって断っとく」
「ありがとう」
そういった瞬間、バス停に着いたバスが見えた。あとバス停まで100メートル弱だ。このまま歩いていけば、確実に間に合わない。
「走るか」
俺は優に声をかけ走り出す。久しぶりの全力疾走だ。別に間に合わなくたって、この後何か待ち合わせがあるわけでもないから、バスを見送ってもいいのだが、なんか目の前でバスが過ぎ去ると損した気分になる。
「はあ、はあ。間に合った」
後から来た優がぜえぜえいいながらバスに乗ってくる。運転手さんが苦笑いしてる。
部活がなかったのでいつもより早い時間帯だからか、バスの中は空いていた。
俺の隣に優が座る。
さっさとやることをやろう。
「優って、彼女いるのか?」
聞きたいことを隠しながらいっても結局この探偵みたいな勘を持ち合わせる優にバレるわけだから、単刀直入に聞く。
「いない」
「やっぱりそうか」
「随分と失礼な言い方をしてくれるが、知名度や人気度は秋の100倍以上だぞ」
100倍はないだろう。いっても2倍くらいでしょ。俺だって、前回の定期テスト、全科目学年3位だったんだぞ。それなりに知名度はあると思うのだが……。
「じゃあ、誰かから好かれていると思うことは?」
「ある」
優が考えるそぶりも見せず、即答した。よほど自分に自信があるのだろう。
この爽やか陽キャイケメン、ゲームでぼろくそに負かしてやる。俺は心の中でそう固く誓ったのだった。
「それより秋はどうなんだよ」
今度は優が聞いてくる
「俺が1人で帰ってる時点でわかるだろ」
「やっぱりか。2人とも同じ彼女なしの非リア充だもんな」
確かに、2人とも彼女がいないという面だけ見れば非リア充だが、決定的に違うところが1点ある。それは「好かれているか好かれていないか」である。
俺の場合、俺のことが恋愛的な意味で好きな人は誰もいないだろう。恋愛的な意味がなくても、片手で数えられるほどだと思う。しかし、優の場合、翡翠のように裏で好きだと思っている生徒が何十人もいるだろう。
「優が好きな人はいないのか?」
聞く必要もないが、なんと無く気になったので聞いておく。
「いないな」
優は嘘をつくの下手だ。
目が少し泳いでるように見える。少なくとも、幼馴染の俺には分かる。
「あるだろう、いってみろ」
「バレたか。いや、いいたくない」
「誰にもいわないからさ、ほら。吐けばスッキリするよ。ここからも出られる」
「ここってどこだよ。秋はどっかの警察官か」
「まあ、誰なんだ?」
「同じ学年で身長は目測155cm〜170cmの間、下の文字はひらがな3文字の女子」
「誰だよそれ、全くわかんない」
同じクラスで、身長は目測155cm〜170cmの間、下の文字はひらがな3文字の女子なんて100人以上はいるだろう。あっ、一応翡翠もその100人のうちに入っている。よかったな。
「秋の方こそどうなんだよ。いるんだろう?」
そこまではいい、だが、わざとらしく、気付いたように「あっ」という。
「秋はシスコンだったな」
「違うっ!」
何回も否定させていただくが、俺はシスコンではないっ!紗綺のことは好きだが、シスコンではない!
半分くらいは。
「ごめんって」
そんな面白みもない恋バナに花を咲かせながら家に帰る。
「ただいまー」
「お邪魔します」
優がよそ行きの口調となる。
「「おかえりー」お兄ちゃん」
紗綺と母さんが声を揃えて返事をしてくる。俺たちは2階の俺の部屋に上がり、優のいっていたゲーム「トワイライト・ストラヴル」を出してくる。と同時にドアが開いて母さんが入ってきた。
「母さんと紗綺は買い物に行ってくるから、1時間くらい戻らないかも。優くん、ここで晩ご飯食べていくわよね?」
「はい、お願いします」
「じゃ、バカ息子をよろしくね」
俺は馬鹿じゃないぞ。と母さんに向かって目線を送ったら、このまえ、みそ汁でさえ作るのを失敗したのは誰だったかしら?とかえってきた。
「はい。よろしくされました」
優がそんな冗談を返す。冗談だよな、これ。
そんなこんないいながら、ゲームを始める。
序盤、このゲーム初プレイの優のほうが勝っていた。
「このゲーム思ったより秋、弱いな。こんなんじゃ面白くない。もっと強く、うまく立ち回れないのかい?」
優が煽ってくる。くっそ、さっきこのイケメンをぼろぼろにしてやると宣言したばかりなのに、俺の負けはほぼ確定だろうというほどに俺の劣勢だった。ただ、優には1つ誤算があった。このゲームは1プレイ1時間もかかるのだ。今は序盤。まだまだ逆転のチャンスはある。
「そうだな、確かにこのゲームは俺の苦手なタイプのボードゲームだ。この前だって、父さんとやって最悪な状態で負けたからな」
嘘だが。最高の状態で勝ったの間違いだが。そもそも、このゲームに嘘はついてはいけないなんてルールないしね。
油断してくれると、このゲームは勝ちやすい。
「そうなのか。確かに、このタイプのボードゲームはなかなかしないからな」
優が超油断してる。ここから逆転を狙うぞ。
だが、そう意気込んだのはいいが、一向に勝利の兆しが見えてこない。
なんなら遠ざかって行っている。
なぜだ?
ゲーム終盤。完全に俺の負けが確定していた。
残りも僅か数ターンとなったところくらいだ。
「秋、この僕が何も予習も練習もなしで秋に挑むと思うかい?そりゃもちろん、練習してきたよ。この前、あるホテルに行ったとき、このゲームがあったんだ。だから、そのホテルで2回ほど僕の母と練習してきたよ」
「ずるいぞっ!」
「このゲームに嘘はついてはいけないなんていうルールないからね」
小学生みたいな屁理屈だな。みたいなことを言おうとしたら、俺もゲームの序盤でそんなこと考えてたことに気が付き、慌ててその口をつぐむ。
結果的に、俺は優にボロボロで負けた。
俺が惨敗したと同時に、母さんと紗綺が家に帰ってくる。意外と時間がかかったな。
「ただいまー」
母さんの高い声が2階まで届く。優は、1階のキッチンまで下りて行った。
「何か手伝いましょうか?」
優のそんな声が聞こえる。あの陽キャ爽やかイケメン、こういうところに気が利くから、みんなから好かれるんだろうな。と思う。
俺は料理に関しては手を出すなと母さんと紗綺から強く注意されてるから、手伝えることといえばせいぜい箸を出してお茶を用意することくらい。
料理が上達したくても、料理の練習ができないんじゃ上達するわけがない。