ある寒い日の朝
ある寒い日の朝、冬休みが終わった日のことだ。俺は、「目覚まし時計」という、いわゆる人類史上最も間違った発明品により、起こされた。
もし、目覚まし時計がなければ、全員が朝遅刻して、遅刻が許される環境になるのではないか。
日本は労働大国だが、そうすれば、長時間労働も削減され、社会に良い影響を与えるのではないか。
ただ、いくらこの頭の中で考えようと、社会の不合理さに対して物申そうと、虚しくブドウ糖を消費するだけをなので、思考を停止させ人類史上最も間違った発明品の言いなりになり朝の支度を始めた。
物語が始まる前に少し、俺について話しておこう。俺は、北新高校一年生Bクラス、凪原 秋。
学校での地位はどちらかというと陰キャであり、非リア充。
クラスカースト20位くらいのごく普通の人間である。
中学時代に帰宅部で、彼女もできないまま時間だけが過ぎていったという歴史があるので、高校からは部活に入ろうと、一応陸上部に入っている。しかし、元々運動神経がいいわけでもなく、データの収集役や、雑用係として陸上部に所属しているためか、クラスカーストの地位は変わらないままだ。
15分後、俺は妹の紗綺と一緒にバス停でバスを待っていた。
妹とは他よりも仲のいい兄妹で、妹は中学3年生。ちょうど2ヶ月後に受験を控えている。
ある程度賢いので心配はないのだが、俺と同じ高校を目指しているらしい。
妹の特徴を挙げるならば、可愛くて、素直で、純粋無垢で、兄思いなところだろうか。
俺の友達は皆俺がシスコンだというが、半分正解で半分違う。こんな可愛い妹を持てば、誰でも同じ感情を抱くだろう。たぶん。
他の特徴を挙げるなら、基本的には冷静で、処世術に長けていて、クラスの中心的存在であるということか。
ここからバスに乗り、8駅先が北新高等学校、俺の通っている高校だ。
偏差値は65〜75と結構いい。
ちなみに紗綺は新南中学校に通っていて、ここから俺の通っている高校と同じ方面に5駅先だ。
「今日、お母さんたち出張らしい」
紗綺が俺に話しかけてくる。そういえばそんなことも言ってたっけな。
俺の家は、母親も父親も同じ会社の同じ部署に勤めていて、出張もよく2人そろって行っている。だから、俺が小学5年生のころから紗綺と2人で留守番することが幾度となくあった。
親2人が出張にそろって行った場合、初めのころは冷凍食品やらなにやら用意されていて温めるだけで済んだが途中から、紗綺がご飯を作ってくれるようになった。最近は料理の腕も上達していて母さんの作る料理よりおいしいと思うものもいくつかある。
しかし、俺は紗綺の兄として気の利いた一言を言ってやる。
「最近は紗綺も勉強で忙しいだろう、夕ご飯出前でも取るか」
そう、紗綺は受験生なので、勉強ずくしの生活を今しているのだ。
夕食を作る時間があるなら勉強したいだろう。
紗綺が受験生であり、忙しいのなら兄である俺が夕食をつくってやるべきだという人もいるかもしれない。
ただ、こうならないわけには深いわけがある。
新年が明けて3日目くらいだろうか。
俺が暇を持て余して部屋でぼーっと過ごしていると母さんが、部屋に入ってきた。
「暇しているのなら、夕食を作るの手伝ってくれないかしら」
俺は中学の家庭科以外で料理をしたことがなかったから料理の腕の自信は塵ほどもないのだが、暇を持て余しすぎてシャーペンやらボールペンやらを分解するという奇行を行っていたので、頷いた。
「じゃあ、お味噌汁をつくってくれるかしら」
「いいぞ」
俺は一階のキッチンまで行くと母さんの指示した通りに味噌汁を作り始めた。
真面目に家庭科の授業は受けていたので味噌汁ぐらい余裕で作れるだろと思っていたのだが、家で料理を作ってこなかったことに罰が当たったのか、鰹出汁の時点で苦戦していて、特に指を包丁で切るとかというへまはやっていないのに一時間以上も台所で作業をしていた。
まあ、素人でも1時間以上あれば味噌汁くらいは作れるもので1時間半ぐらい経った頃に味噌汁が完成した。
「随分と時間がかかったわね。紗綺はいつも15分もかからないわよ」
母さんが呆れたように俺の作った味噌汁を見ながら言ってくる。
それは慣れってもんでしょ。と言いたいところなのだが、俺は慣れても30分はかかりそうだ。
「お母さん、ごはんまだー?」
紗綺が、ご飯がなかなかできないことにしびれを切らしたのか、勉強に一区切りがついたのか、キッチンまで下りてきた。
今日は、部屋着なのにスカートを穿いている。
「ごめんね紗綺ちゃん。秋が味噌汁作るのに苦戦してて一時間半もかかっちゃったのよ」
あっ、と母さんがふたを開けようとしていたビールを落とす。あれっ、アルコールはもう今週は飲みません。なんて言ってなかってっけ、つい昨日。
それより俺の料理下手を暴露するな。紗綺が「うっわ、マジでこいつ」って目で見てくる。
「お兄ちゃん、早く味噌汁注いで。持ってくから」
紗綺がこっちに向かって歩いてくる。
やろうとしてくれていることはとてもありがたいことなのだが、やろうとしている動機は多分、味噌汁を運ぶのでさえ俺に任せるよりも自分でやった方が早いと判断したからだろう。悲しい。
俺はやっと完成した味噌汁を1杯1杯丁寧におたまで注いで、テーブルまで1つずつ持って行こうと歩いていた。
すると、さっき母さんが落とした中身の入ったビール缶が下に転がってきたのだ。俺は避ける暇もなく俺は足でその缶を踏み、ツルッと音がするように滑って転ぶ。
俺が持っていた味噌汁が宙を舞ったかと思うと、ガンと後頭部を床に思いっきり叩きつける。頭の上に星が回っている気がする。
はあ。とため息を吐きながら顔を上げ、目を開けると味噌汁をかぶって尻もちをついている紗綺がそこにいた。股全開で。
「いやっ」
そう言って紗綺がスカートを抑える。だが、もうすでに遅い。結構見えてた。薄桃色のいかにもって感じのかわいら
パァーン
俺の顔に赤いあざが残るくらいの平手打ちを喰らわされた。
「お兄ちゃんのえっち。変態」
そんな紗綺の声が聞こえてきた。ただ、平手打ちの痛みとこの言葉による傷の温度差の激しい違いで全く悪口に感じない。
「何もここまで叩くことないだろ」
顔をもう一度上げると俺に平手打ちを喰らわした犯人、紗綺……否、俺の母親がそこに立っていた。紗綺がこの平手打ち喰らった思っていたから、痛み以外何も感じていなかったが、少し怒りが湧いてくる。
「何で第3者が俺に平手打ちしてくるんだ」
「妹をエロい目で見る変態の息子に当然の仕打ちをしたまでよ」
そんな答えが返ってくる。いや、そこは否定………………できん。俺が変態という部分以外は。
確かに、エロ目線で紗綺を見ていたか、と聞かれればイエスと答えるしかない。
だってシスコンで、男子高校生だよ。しょうがないじゃん。
「お兄ちゃん、私のぱんつ見たでしょ。えっち」
さっきの平手打ちと比べたら、悪口が本当に悪口に聞こえない。
「紗綺ちゃん、この悪ーい変態お兄ちゃんにはもっと強く言ってやらないと。お母さんが言うこと真似してね」
母さんはひと深呼吸おき、思いっきり今吸った息を思いっきり吐き出した。
「非リア童貞」
非常に短い文で簡潔にまとまっている。
非常に俺の高校生活をうまく表している。
非常にぐさっときた。
「紗綺ちゃんも言うわよ。せーのっ」
「お兄ちゃんの、ひ、ひ、ひりあ、ど……」
そこで止まる。母親が娘に悪口を教えるってどうなんだよ。それも悪口を届ける相手が自分の息子って。
「もうちょっと声出して」
母さんが追い打ちをかける。
「ひ、ひりあ、ど、どう、、、」
紗綺が頑張って6文字目の言葉を発しようとすると、
「ただいまー」
助かった。父さんが帰ってきた。いつも、夕飯の途中に帰ってくるのに早いなあ。と思ったら、俺が夕食が始まるのを1時間以上延ばしているだけだった。じゃあ、今日父さん仕事長引いたんだな。
父さんがキッチンに入ってくる。
キッチンの構図。
台所の前に平手打ちを喰らった俺が正座で座っていて、近くには水の入ったペットボトルが。キッチンの入り口のドアの前には女の子座りで味噌汁をかぶって少し泣きそうな顔の紗綺。2人を見下ろすように母さんがいる。
「紗綺、どうしたんだ?」
この中で(見た感じ)一番被害を被っている紗綺に父さんが聞く。
「…………………………………………」
紗綺は只今絶賛反抗期で、父さんに対しては火事があってもあっても口を聞かないぞというという徹底ぶり。また、母さんにも時々反抗期を見せる。しかし、俺に対しては以前から変わらず優しいので、別段問題はない。まあ、紗綺に口を聞いてもらえなくなったら俺は死んじゃうけどね。
「母さん、どうしたんだ?」
「このエロガキが紗綺のパンツを見たのよ」
俺を指差しながら最悪の回答を母さんがした。
誤解法1
俺と紗綺が喧嘩をして、俺が紗綺に味噌汁をかけた。それに反撃した紗綺が平手打ち。何かの拍子にパンツが見えた。
誤解法2
俺が一方的に性的な行為を迫るも、紗綺が承諾しないため、味噌汁をかける。そして、妹の下着を見るが母さんが入ってきて俺に平手打ちを喰らわせ、一旦落ち着いた場面。
俺たち兄妹は喧嘩をしたことはここ数年ない。また、俺がシスコンであることは周知の事実であるため、誤解法2で誤解するだろう。
諦めよう。
ここは父さんの出方を見よう。俺にできることは何もない。
父さんが口を開く。
「秋、いくら妹が受験勉強で構ってくれないからと言って、してもいいことと悪いことがある。スカートめくりはダメだぞ。ありゃ女子に振り向いてほしい小学生下学年男子のすることだ」
どうやら斜め上の方向で誤解されたらしい。最悪とも言えないが、最善とも言えない微妙なライン。
「違うんだっ」
俺は叫ぶ。
結局この問題は新年初の第一回家族会議となり、判決は俺が悪いということで、罰として永年凪原家内での料理禁止という制裁が与えられた。
この制裁、全く今回の事件と関係ないと思っている。別に料理に時間はかかってたが、失敗してたわけではない。全ての原因のビールを落としたのは母さんだから9割母さんが悪いと思うのだが。しかし、俺の家の会議という名の裁判では控訴ができないので、その判決を飲むしかない。
そんなこんなあったわけで、俺は料理をすることを禁じられている。
「俺も料理の練習がしたいんだがなあ」
この事件を思い出したのか、紗綺の顔が紅潮していく。
「お兄ちゃんのばかぁっ」
背筋がぞくぞくっとする。たまんないよね、この感覚。勘違いしてほしくないのだが、俺はドMではない。紗綺から言われると、なんかいやらしく聞こえるのだ。
「で、今日は出前取るか」
紗綺の作る夕食の方が美味しいだろうが、勉強を頑張っているところを邪魔してはいけない。
「いや、大丈夫。たまには息抜きも必要だし、久しぶりに2人っきりなんだから、せめて夕食くらいは一緒に食べよ。夕食は何がいい?」
「紗綺の作ってくれる料理なら美味しいし、なんでもいい」
紗綺が、褒められたからか照れくさそうにしている。ただ、困ったような顔になり
「でも、それが一番困る。何作ろうか考えちゃう。考えるだけで時間が過ぎてっちゃう」
それもそうかもな。確かに。でも、いざ自分で決めろと言われたら困る。
何が一番簡単なんだろう。炒飯?魚料理?肉料理?シチュー? 一番簡単そうな料理はなんだ?
結果。
「カレーにする。甘口のな」
俺は一番無難そうなやつを選ぶ。久しぶりに甘口のやつを食べたい。中学生になってから、母さんが俺は大の甘党なのに「中学生なんだから中辛にしなさい」と言われて、ここ4年間くらいずっと中辛を食べてきている。
ちなみに紗綺は中学3年生だが、甘口だ。多分中辛3人前、甘口1人前が作りやすいのだろう。あ、じゃあ甘口2人前はまずかったか。
「オッケー、甘口カレーね。ところでこの前の、味噌汁かけられた時にお母さんが言ってた『どうてい』ってどういうこと?」
やっぱり知らなかったのね。どうすれば柔らかく伝えられるだろうか。どう答えればいいだろう。
「処女の男性版みたいなものだ」
「処女って?」
「子供を産むための行為をしたことがない女性のこと」
「その、『子供を産むための行為』って何?」
わからないのだろうか。そのまま伝えるか? それとも濁すか? セックスのことを知らなかった場合、どうする? いや、それはないだろう。
「性行為のこと」
「性行為って何?」
ちょっと待て。紗綺は今何と言った? 本当に知らないのか? いや、俺からしたら紗綺のイメージはこういうことも知らない純粋無垢な少女だけど。だけど。だけど、本当に知らないの? 中学3年の女子ってそんなもんなの?
「今何と言った?」
俺の聞き間違いであることを祈りながら聞き返す。
「だーかーらー、『性行為』って何?」
デカいデカいデカいデカいっ声がデカーいっ。この場に人がいなくて助かったが、人が来るまでに解決せねば。多分、性に関しての知識全て知らないのだろう。保険の授業真面目に受けてる?
どう答えたものだろうか。ググりたい。「子供から『性行為とは』と聞かれた時の返し方」とググりたい。どうするのが正解なのか。結果的に紗綺にとって良い結果にするにはどうするのが最適解なのだろうか。
そうこう悩んでいるうちにバスが来る。
バスの中で卑猥な言葉を大声で叫ばれてはいけないので、また家で教える。誰にも聞くなよ。と紗綺には断っておく。ほかの人に変なこと聞いて変な事覚えさせられなければいいが。本当に後が思いやられる。
ちなみにバスの車内は混んでいて、俺と紗綺はバラバラの位置で座った。
バスが2駅目に到着した頃、とある人物が目に映った。俺の座っている席から2つ前に座っている人物。紗綺でもなく、俺の親友の「優」でもない。
俺のクラス全員、いや、俺の学年全員が知っている人物。Bクラスのカースト最高位に位置する桜真希である。
しかしおかしい。桜は俺と同じバスには乗らないはずなのだ。それどころか、北新高で俺と同じバスに乗って登校している生徒は男子のみなのだ。今まで女子がこのバスに乗っている姿を見たことがない。
よし、ちょっと話しかけてみるか。
しかし、俺は大人数の人に迷惑をかけながら、この通勤ラッシュで混んでいて、イライラしているビジネスマンの中を歩き、残りたった6駅、15分にも満たない時間を桜と一緒に過ごす必要があるのだろうか。
話したところで利益があるわけでもない。そりゃ楽しいかもしれないが。
しかも今日だけ特別で、明日からは全く会話を交わさない可能性の高い人と。
それに眠いし。
答えはNOである。ブドウ糖の無駄な消費だ。
もちろんカースト最高位に位置する人物と交流を持ち、自分のクラス内カーストをあげたいが、桜と交流を持ったからってカーストが上がるとも限らない。
基本的にカーストというものは決められたら高校生活が終わるまでの3年間動かないものなのだろう。たぶん。
しかしNOと決まったからには何が何でも気が付かないふりをする必要がある。
俺は目線を前から窓側に向け、いかにも外の風景に集中しているような態勢をとる。
もちろん外の風景などいつもと変わらずつまらないのだが。
仮に桜がこちらを向いてきたとしても、何としてでも気が付かないふりをする。
別に喋りかける勇気がないから話さないっていうわけじゃないこともないけど。
そのまま桜はこちらに気がつくこともなく5駅目、紗綺が降りる駅に着くと、俺は後ろを向き紗綺と目を合わせる。「じゃあね」と俺は目で合図すると、紗綺も「また」と挨拶した。50パーセントの確率で。兄だからって、シスコンだからって、妹の全てがわかる分けじゃないからね。
バスが8駅目、俺の通っている学校の校門の前に着いた。俺が降りると当然、桜も降りる。桜が急にこちらを向いてきたので、慌てて視線を桜から逆方向に向ける。
もしかして、桜と絶対に話さないといけない状況下に置かれたんじゃね?
やばっ、何話そう…………………………天気? それとも…………………………だめだ。天気以外思いつかない。オタクの場合、アニメとか、漫画とか色々あるけど、陽キャって何話してんだろう。
「おはよう、秋」
甘い声が向いた方向から聞こえてくる。
「うわっ」
誰だっ、と思えば、優だ。まさに闇夜の灯火。これでこの「絶対に話さなければいけない状況」から逃げられる。
風間優。俺の唯一の親友であり幼稚園からの幼馴染。
俺の名前を昔から間違った呼び方で「あき」と呼んでくるやつ。
スポーツ、成績、顔、すべて上の上という3刀流。
クラスカースト男子の部第一位という座につきながら、隠れアニメオタク。ちなみに優がアニオタだと知っているのはこの学校で俺のみ。
まあ、アニオタがカースト1位の座につける訳ないからね。
それより助かった。桜と話さなくてもよくなった。
「寒いな」
俺は今感じている率直な感想を口にした。
「秋って、いつもそれだよね。最初に出てくる言葉は天気に関しての話。天気なんて誰でも知ってるよ。いやでも天気予報は気にするからね。もっと他に面白い話題ないのかい? それだから陽キャの仲間入りできないんだぞ。少しは面白い話題考えてみたらどうだい」
カースト一位め、天気から話を初めてほかの話題にもっていく、という話題がなくてつまらない人間の会話の王道パターンを全否定しやがった。
だって今思いつく限り天気以外話すことないじゃん。それに今日天気予報見てたら今年初めてゼロ度を下回るとか言ってたから寒いんだよ。
面白い話題なんて急に思いつくものじゃ………………あ、あった。天気以外の話題あったわ。
思ってたよりすぐ見つかるもんなんだな。
「そういえば、桜さんが同じバスに乗ってたんだ。いつもキラキラオーラをまとった、ザ・リア充って感じの人なんだが」
「ああ、僕の席の前にいる。部活は確か、バレー部だっけ。まあ、今日だけ特別なんだろうな」
桜が俺と同じバスに乗り、登下校を繰り返していくうちに仲良くなり、いつの間にか俺もリア充の仲間入り。なんて妄想を少し、ほんの少ぅしだけ抱いていたのだが、やっぱりないよな。
「そうか。やっぱり、そうだよな」
自分に言い聞かせるように、隣にいる優には聞こえないような声で小さく独り言を吐く。
いや、吐いたつもりだった。
「期待してたのか、やっぱり。美人だもんね、真希さん。スタイルもいいし顔もいい、誰とでも仲良く接してくれる。男子からも女子からも人気みたいだよ。秋も負けないように頑張れ」
そして優は、まあ無理だろうけど。と小さな声で追加した。おいコラ聞こえてんぞ!
でも、わかってるよ。で、桜と彼女とかそう言う関係にはなりたくもなくもなくもなくもないけど。今のところそんな感じじゃないから。
「ただ単に友達になって、リア充の仲間入りという密かな野望を抱いているだけだ。決して桜と付き合いたい訳じゃないぞ」
妹が一番。変態じゃないが。
「今の秋の発言に対して2つだけ否定してもいいかい。1つ目。まずはお友達から。とよく言うじゃないか。今の発言、それの代表例だよ。2つ目は、僕というリア充の王である僕の親友にも関わらず非リアかつ陰キャなのはどうしてだい?」
『だけ』とかつけておきながら俺の発言全否定しているじゃねえか。ていうか自分から『リア充の王』って言ったよな。どんだけ自信あんの。
ツッコミを入れかけた時、とある人物が話しかけてきた。
「あっ、優くんだ。あと……秋くんも。おはよー」
朝からハイテンションな声で話しかけてきた声の主は、桜だった。なんかちょっと俺の名前思い出すのに時間かかってなかったか? いくらなんでもクラスメイトくらい覚えてよ。流石に傷つくぞ。
あ、でも考えたら俺もクラス全員の名前と顔一致しないわ。
「真希ちゃん、おはよう。今日別のルートで学校まで来たんだって? どうしたの?」
そのテンションに合わせ、優もさっきまでの静けさはどこへやら、陽キャらしい声で返す。
「あ、それね。冬休みの間に、私マンションに引っ越したんだー。お母さんたちがアパートよりマンションの方がいいって。私はどっちでもいいんだけどね。一緒のバスだったの? 気づかなかった」
俺にとっては質問するのに一年かかりそうな質問ができるのってすごいよな。優のこういうところは尊敬する。
「僕と秋、じゃなかった。秋と僕が同じバスに乗ってたんだ」
「そうなんだ。2人とも同じバスに乗ってたんだ。いつから乗ってきたの?」
「僕は5駅前から、秋は8駅前だっけ?」
「ああ」
「そうなんだ。このルートで登下校する人、女子の中では1人もいなかったから少し心配だったんだ。これからもよろしくねっ」
桜が眩しいほどのハイテンションでこちらに声をかけてくる。俺はそのテンションにやられて、うなずく事しかできなかった。しかし、優はこのハイテンションに合わせて、桜よりもテンション高めで返す。
「こちらこそよろしく。秋と話す話題も尽きてきたころだったから大歓迎だよ」
「「ははははははは」」
俺は2人と合わせて愛想笑いをする。なにが「話題も尽きてきた」だ。一昨日だって冬休みの中わざわざ電話してきたくせに。
「そうそう、今日から新しい転校生が来るみたいだよ」
「へぇーっ、珍しいね。この学校で転校生だなんていう先輩、聞いたことないよ。知らなかった。誰から聞いたの?」
「先週の月曜日くらいからクラスの女子グループラインはこの話題で持ちきりだったんだけど、誰がこの話題を始めたかはよく分からないんだよね。まあ、その始めた子を見つけてもその子も誰かに聞いた情報かもしれないし」
女子ネットワーク怖っ。伝達速度と伝達範囲そして正確性、全てにおいて恐ろしい。それに情報の出所がわからないってどうなってるんだよ。
「女子ってすごいね。男子のグループラインは閑散としているよ」
そうなのだ。Bクラス男子専用グループラインはあるのだが、全く機能しておらず前回使用されたのは10月くらいだった気がする。男子って、それぞれのグループで勝手にグループライン作って、それを使ってるんだよな。
「そうなんだ。女子の方のグループラインはいつも通知が鳴り止まないほどに賑わっているよ」
「いいなぁ。男子も盛り上がるよう、頑張らなくちゃ」
優がいかにも「絶対盛り上げてやる」というように意気込む。長い付き合いだからわかるのだが、1ミリ、いや1ミクロンたりとも思ってないだろう。
「転校生、どんな子なんだろう。どの部活に入るんだろう。趣味、合うといいよね」
「そうだね、その子がすぐに馴染めるように協力しよう」
俺がハイテンションに合わせられるわけもなく、どんどん話がテンポよく進んでいく。これがリア充の力か。どうやったら身につけられるんだろう。
校舎の玄関につき、桜は「じゃあね」と、他の友達のところへ行った。
「秋は転校生、どんな子だと思う?」
「どうだろな、今のとこ入ってくる情報が少なすぎてなんとも言えん。まあ、隠キャの敵でなかったら誰でもいい」
「そうか。僕はそうだな、美少女がいいかなあ。あと、アニメが好きな子」
「しっ!誰かに聞かれたらどうするんだ!」
俺のクラスカースト男子の部1位の親友という座が失われるだろ!
優が本音を出しやがった。ほんとに誰かに聞かれてたらやばいぞ、と思うのだが、周りの生徒は全員、自分自身の友達と喋っているので、優の小さな声は俺を通り過ぎたくらいでかき消されているのだろう。
本当にハラハラさせられる。
優との他愛無い話で時間が過ぎ、朝のホームルームとなった。
「全員いるな。知ってる人もいると思うのだが、今日から転校生が来る」
入ってきなさい。と、先生が廊下を向いて転校生を呼ぶ。
すると、廊下の扉が開き、優の期待していた通りの少女が入ってきた。
サラサラした綺麗な髪は腰のところまで伸び、紅のその目は少し緊張しているように見えるが、焦点はしっかりとしている。背丈は黒板の6、7割くらいだから、女子の中では多分結構高い。胸については言及すると変態だと思われるのでここでは伏せておく。
一言で言うと、美少女、だ。もちろん、紗綺とは比べ物にならないが、桜とクラス美少女対決で1位、2位を争えると思う。
その美少女は、黒板の中央までゆっくりと歩き、先生からチョークを受け取り黒板に名前と振り仮名を書く。
そして、こちらを振り向く。
「Bクラスの皆さん、私の名前は葉月仁香と言います。途中からで、色々分からないこともあると思いますがその都度、教えてもらえたらと思います。よろしくお願いします」
クラスから「おおーっ」となぜか声が上がり、拍手が起きる。
先生の話からこのセリフまで、どっかでみたアニメと全く同じだったので驚いた。定番なのかアニメの影響を受け過ぎているのかよく分からん。
「どこからきたの?」
ざわめきの中、先陣を切ったのは、誰に対しても明るく、陰キャ陽キャ誰とでも気軽に接するBクラスのアイドル。
クラスカースト女子の部2位。
その名も水上詩乃だ。
その先陣を切った詩乃に続き、クラスの陽キャ達が一斉に質問を始める。
「誕生日はいつなの?」
「どうやってきたの?」
「どの部活入るの?」
「どんな子がタイプ?」
ちなみにこの質問合戦の参加者は全員陽キャ。
どちらにも属さない、または隠キャである人物は黙ってその陽キャの闘志に憧れている。
まあ、そんな陽キャに囲まれた転校生にお近づきになれるわけもなく今日の授業は過ぎてゆく。
どの授業でも、先生の挨拶や、転校生の自己紹介などがあって、なかなか進まない。
陽の下にいる人にとっては最高のひとときなのだろうが、陰で暮らしている者にとっては苦痛である。
そんな苦痛の一日がやっとのことで過ぎ、部活も無事終了。
玄関を出て、着替えているはずの優を待っていると、後ろから声をかけられた。
非常に今日の転校生、仁香と声色が似ていると思えば、予想外なことに本人だった。
陽キャに囲まれていた転校生がなんの用かと、尋ねると。
「秋君だよね?」
急に俺の名前当てゲームをしてきた。
「この学校で唯一の凪原秋だけど、何か?」
なぜ俺に話しかけてきた。
「やっぱり。いや、クラス名簿見てたら、なんかみたことのある名前があるなと思って」
何を言っているんだこの転校生は。
困惑している俺を無視して転校生——葉月仁香は続ける。
「小学校の時、覚えていない?小学2年生で私、他の学校に転校しちゃったから覚えていないかもしれないんだけど……」
「つまり、俺の小学校1年生から2年生の間までの記憶の中に葉月がいると言うことだな」
「うん」
小学校低学年の記憶か……
あやふやだな
俺は低学年の時の記憶をできるだけ深く探ってみる。
葉月……葉月……葉月仁香……仁香……ニカ……にか
「あっ、音楽会の時お漏らししてた!結構中良かった!」
いたなあ。仁香って子。俺と優とよく遊んでた。
小学校低学年の時は男女がどうとかなかったもんな。
「しーーーっ!デリカシー、デリカシー」
俺が変なことを叫んだせいで、仁香が慌てて人差し指を口に当てる。
「変わってないねぇ、あの時と」
懐かしそうに仁香が話す。
「そうか?別人だろ。もう10年近く経っているんだから。仁香だってあの頃とは全然違うぞ」
「いや、そう言うことじゃなくて、内面的な問題ってやつ? 今みたいなデリカシーの無さとか」
「まあ、三つ子の魂百までともいうしな」
「いやあ、まったく成長が感じられない。三つ子の魂百までともいうけど、ここまでくれば酷いよ」
「そんなことは」
「じゃあね」
結局俺が反論する暇も与えず、彼女は行ってしまった。