7 女王との謁見1 ~離宮本館 謁見の間にて~
マリーオリジナルの命の水と栄養に配慮した食事のお陰で、体調は徐々に戻り、邸宅内を散歩できるほどに回復してきている。
平和で静かな日々がゆっくりと流れていくが、残された農民や義勇兵、幹部達が心配でたまらなかった。生き残った彼らは、罪と向き合い、罰を受ける未来に不安や悔しさ・絶望を感じているだろう。
彼らを助けるために、出来ることをしたかったけれど、世間と隔絶された離宮で出来ることは無く、情報も得られなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
そして、女王陛下との謁見の日を迎えた。
離宮本館控室に通され、控室に用意されていたソファーに座り、案内されるまでの時間を、お茶やお菓子を食べながら過ごしていた。
「ご準備が整いましたので、謁見の間までご案内させていただきます」
マリーが俺の前に進み出て、軽くスカートを摘み上げ挨拶をすると、謁見の時を落ち着いた声音で知らせてくれた。マリーが案内してくれることに少しほっとした。
「俺は、平民出だから作法が全く分からない。大丈夫だと思うか?」
ようやくマリーと二人きりになれた渡り廊下で、最低限の作法を確認するために話しかけた。俺は、作法を本館に向かう馬車や控室で確認すればいいと考えていたけれど、邸宅を出発すると馬車は別々。控室に通されるとメイドが何人も出入りしたため、作法を聞く機会を逃し続けていた。
「陛下の御前まで私もお付き添いいたしますから、ご安心くださいませ。陛下の御前で私が陛下にご挨拶いたします。アラン様も、右手を胸に当て、頭をお下げくださいませ。謁見中は、陛下の御質問のみにお答えすれば問題ございません。退室する際も同様にご挨拶くださいませ」
俺は「挨拶を見てくれないか?」とマリーにお願いをして、挨拶を確認してもらうとマリーはニッコリとほほ笑み、「問題ございません」と太鼓判を押してくれた。
「謁見の間は誰が居るのか分かるか?」
目覚めてからの俺に対する待遇は、要注意人物に対するものではなく、平民出の俺でも分かるくらいに丁重に扱われている。しかし、反乱軍首謀と国家の最重要人物との謁見なのだから、厳重な警備体制だと予想した。
「今回は、公式な謁見ではございません。陛下と側近が1名または2名が控えていると思われます」
マリーは、3名前後しかいないと顔色一つ変えることなく教えてくれたが、側近の立場であれば、その様な手薄な警備にヒヤヒヤしたりしないものかと、部外者の俺は余計なことを考えてしまった。
「警備が手薄な様に思うが、いつもなのか?」
俺は心で感じたことをついつい口に出してしまったが、マリーは気にすることもなく丁寧に答えてくれた。
「いつも通りでございます。陛下は、か弱い乙女のふりをなされますが、凶暴・・・オホン。お強い方でございます。陛下に警備など意味が無いのでございます。半殺しにされた騎士様は数知れず。アラン様もご油断なされぬようにお気をつけくださいませ」
マリーは半殺しにされた騎士がいることを教えてくれたが、身に覚えがあるので冷や汗が出てきた。まさか・・・この時のために肥育されてきたのか!? 俺は、何度かラファエラに面会を求めたが、不在を理由に叶わなかった。唯一、事情を正確に知りえるラファエラと謁見前に話をして状況整理が出来なかった点が悔やまれる。
「そんなに強いのか。用心しよう」
俺は、自分に力が無いことを理解しているつもりだ。ラファエラの様な人外の力を持つ騎士が多数いる本拠地で、大立ち回りをしようと考える愚か者ではない。何があっても手を出さないと心に決めた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
謁見の間の扉が開き、玉座まで敷かれた長く赤いカーペットの上をゆっくりと歩いた。マリーは、俺の半歩後ろを歩いている。
玉座右手は、高身長で白髪、白髭、優しそうな顔立ちをしたフロックコートがよく似合う全身黒ずくめの執事の様な初老の男性が立ち、左手は、高身長で大きな体格。中年で品と落ち着きがあるものの、鍛え上げられた両腕を剝き出しにした袖なしの赤いロングジャケットを羽織った男性が、尋常でない威圧感を漂わせ立っていた。
赤は、アンジェ・ガルティエーヌを象徴する色らしい。
恐らく、彼も近衛騎士なのだろう。
そして、玉座の女王。
長い黒髪に、膝丈の赤いシンプルなワンピースにマントを羽織り、アンジェ・ガルティエーヌが付けている仮面を被り座っていた。玉座に近づくにつれて女王の魔力量が尋常でなく、左手に控える騎士の威圧感など忘れてしまうほどの力を感じ、冷や汗が止まらなくなった。
女王陛下の玉座の前で、マリーが立ち止まり、スカートの裾を持ち、足を折り曲げて深々と挨拶をした。俺も続いて、右手を胸に当て、頭を下げ一礼する。
「アラン改めエリック・ルネソンス面をあげなさい」
陛下の凛とした声音とともに、マリーが後ろに下がる気配を感じて、顔をゆっくりと上げた。陛下の仮面は既に外され、見たことのある女性がニコニコしながら俺を見ている。
「ラファエラ様ではありませんか!」
俺は思わず驚きの声を上げ、思考が一時停止してしまった。正に、壮大なドッキリを仕掛けられ、種明かしされた瞬間だった。種明かしをした陛下は、楽しそうに俺を見つめ、両脇に控える2名の男性はヤレヤレといった感じで微妙な空気が漂った。
「なぜ、俺は生きている!?」
ラファエラ。いや、陛下に聞きたいことは沢山あるが、彼是聞ける立場にない。俺は最も聞きたい質問を一つだけ厳選して質問したのだった。
「ちょーっと首を切って、刀に血を吸わせてくれればよかったのに、ざっくり首を切るから大変だったのよ? もうだめかと思ったのは久しぶり。でもね。治療の甲斐があったわ。冷たくならないように、ずーっと温めていたのですから!」
陛下は冗談と言わんばかりに笑いながら語るが、あの時の陛下の目は本気だった。それ以外の選択肢を与えないと暗に示唆する王族独特の威圧感が漂っていた。
「しかし、治療の範疇を超える傷だったはず・・・。温めていたとか意味が分かりません」
俺は、この世界で治療不可能な傷を負った。前世でも首の血管を切ると手遅れになるはずだった。俺は、陛下が高度な治癒魔術を行使できる以外に、生きている答えを見出せなかった。
「細かいことは気にしないの。所で、あなた!あの時、言ったわよね?『再び目覚めることがあれば死ぬまで忠誠とやらを誓おう。煮るなり焼くなり好きにすればいい』って。かっこいいわ!」
陛下は、細かいことを気にするなと答えをはぐらかし、贖罪の前に俺が発言した言葉を引き合いに出し話題をかえてきた。
「確かに言ったが・・・。これは夢だよな」
俺は自分の言葉を確実に記憶していたが、陛下の意図が読めず、夢を理由にはぐらかそうと試みた。
「夢じゃないわ!約束を果たしなさい。あなたの意志を聞かせて!」
逃がしてくれなかった。陛下は声を上げて、忠誠の意志を再確認してきた。陛下が何故、平民で反乱を主導した危険人物である俺に拘るのか理解できない。
「分かった。約束だ。永遠の忠誠を改めて誓う」
陛下が約束の履行を求める以上、断る理由がない。
意地を張り断れば、陛下の機嫌を損ねて、領地の農民や義勇兵、残された幹部達に大きな影響を与える可能性がある。それだけは絶対に避けなければならない。
「やったわ!ジル。彼って凄いのよ! ハンドカノンは、たいしたことなかったけど、リボルバカノンを見たでしょ? あれ!彼が作ったのよ!」
陛下の顔は、パッと明るくなり、欲しいものを手に入れた子供のような笑顔で、ジルと呼ばれた赤い騎士に喜びを伝えた。話しかけられたジルと呼ばれた騎士は、顔色一つ変えずに陛下の話に耳を傾け頷いていた。
「まさか民間であれほども物が作れるとは思いもしませんでした」
ジルは、相変わらず顔色一つ変えないが、ハンドカノンやリボルバカノンに対する陛下の意見に同意し、民間で作られたことに言葉で驚きを表した。
「そうよね!あなたたちも触発されたでしょ!?」
陛下は、両サイドの初老の男性とジルの目をみて、やる気がでたでしょ?奮起しなさい!と言わんばかりに2人に話した。初老の男性は「おっしゃる通りでございます」と穏やかに答え、ジルは「やる気がでました」と姿勢を正し返答した。
「ところで、リボルバカノンは使えそうですか?」
場の空気が、お説教の様な雰囲気に成りかけたのを察して、俺は話題を変えリボルバカノンについて話をした。
「そうね。まず動かしてみたいわね。魔石を支給するから進めてくださる?」
陛下は、さりげなく魔石を支給するから動かしてみてと俺に指示した。リボルバカノンは、数秒であれば人の魔力で動かすことが出来る。しかし、急激に魔力が消費されるため失神や最悪、命の危険が伴う。
そこで、魔石を別途準備して動かす前提で設計されている。しかし、生体から取り出した魔石は、直ぐに自己崩壊するため使えない。俺が知る限り、人工的に魔石を作る技術が無く、リボルバカノンに使える魔石は、世の中に存在しないはずだ。
「魔石?もしかして、マジッククォーツサンドの結晶体のことか!?」
以前、ラファエラは、生体から取り出した魔石は自己崩壊するから使い物にならないと発言していたため、生体から取り出した魔石の問題点やリボルバカノンに使えないことも理解しているはずだ。
つまり、陛下の発言は、人工的に生産した人工魔石が『ある』ことに他ならなかった。
「そうよ。以前、あなたが話してくれた仮説は正しいわ。マジッククォーツサンドの結晶体は、生物の体内にある魔石。よく気が付いたわね。私たちは、量産できるレベルではないけれど、品質が劣るものであれば、試作できるわ。支給できる数に限りがあるので大切に使いなさい」
陛下は、量産化できるレベルに達していないが、少なくとも試作品を生産できるレベルに達していることを教えてくれた。無論、俺でも結晶化に成功したのだから、この世界の誰かが人工魔石を造る技術を確立しているのではないかと考えていた。
「本当に結晶体を生産できるのか!?」
俺は、試作であれ、身近な存在が結晶体を作れることに驚いた。しかも、貴重なはずの魔石を支給出来ることから、少量であれ、生産技術とその設備があり、魔石を利用した様々な研究開発が行われていると予想できる。
俺の質問を聞いた陛下は、何を言い始めるの?とばかりに、僅かに目を細め、俺の耳を見ながら話し始めた。
「もう。白々しいわね!あなたの耳に下げている石は何? 小さいけど、なぜ安定しているの?」
血の贖罪の直前に、ラファエラに託した耳の魔石は外されることなく、未だ俺の耳に付いていた。陛下は、魔石が自己崩壊せず、表面にヒビすらも入らず安定していることに、穏やかでいられないのか膨れ面で尋ねてきた。しかし、その表情は、どこか負けを認めた様な雰囲気で、教えてもらいたいという感情を感じた。
「完成とは程遠いし、想定した魔力量が得られない。安定化は、混ぜている材料。結合剤の効果だと思う」
散々、陛下に振り回されてきたので、答えを焦らそうかと考えたが、膨れ面をする陛下のかわいらしい一面を見て和んでいる自分がいた。男という生き物は実に単純なものだ。
しかし、安定化の研究は、乾いた雑巾から水を絞り出すほどに苦労したのだから、陛下に色目を使われたとしても簡単に教える訳にはいかないのだ。一方で、研究成果として得られた結合剤は、魔石を安定化させることに成功したものの、新たに魔力が低下する問題が発生して、解決できずにいる。
俺は、結晶化のアイデアと新たに抱えている問題点を相手に開示することで、お互いが補完し合うことができないかと探りを入れた。
「なるほどね。加えている材料や作り方を比較したいわね。次回、アンヌ・マリーを離宮に呼ぶわ。お互いの情報を交換しましょう。いいかしら?」
陛下は、品質が安定しない問題を抱え、俺は、品質の問題はクリアしたが、魔力が低下する問題を抱えていた。お互いの技術を比較することで、更に良いものが作れる可能性を感じる提案だった。
俺は一言「お願いしたい」と答え提案が受け入れられた。