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64 入省式4 ~セントラル本部 大広間~

頭上に掲げた黒い杖に膨大な魔力が一点に収束して優しく弾ける。同時に金色の光の泡が室内を満たし、泡が肌に触れるたびに痛みが引き、切り傷や青あざ、腫れが消えていく。

初めて見る治癒魔術?いや。治癒魔法か・・・?


クリスは平民の中で魔力が多い方だけれど、貴族や魔力が多い平民が犇めくセントラルで普通の魔力量。騎士ならば魔法は使えるだろうけれど、魔力量に見合わない大規模な魔法に違和感しかない。

「クリス。その魔力はどうした?」


彼女は、大きな赤いリボンが結ばれた身の丈を超える長い漆黒の杖を両手で持つと、無邪気にほほ笑み口を開く。

「アリシアさまに頂いたこの杖を使ったのよ」


差し出された杖を両手で受け取ると表面にびっしりと彫金された美しい紋様と金銀二種類のダイヤルが目に入る。エペラピエルと同じならば、銀のダイヤルは魔力強度が調整出来たはずだ。


親指をダイヤルに当てて少しだけ回してみる。僅かに杖が震え魔力が溢れ出すと天使の6枚翼がデザインされた杖の先端が金色に輝きだした。

「色が違うけれどラファエラ様の杖に似ているな。人工魔石がはいっているのか?」


俺の問いに彼女は腰に両手を後ろで組むと間髪入れずに得意げに語り始める。

「ふふっ。正解!ラファエラ様と色違いでお揃いの杖です。わたし用に魔石を入れていただいたのよ」


無邪気に話す彼女の声が遠のき、反乱鎮圧のため、突撃してきた2人の騎士とラファエラ、振り下ろされた杖で体が吹き飛ぶ場面が脳裏に浮かぶ。嫌な記憶を思い出し、痛くもない左腕を咄嗟に押さえた。


「大丈夫??」

左腕を押さえた俺に気付いたクリスが心配そうな表情を浮かべながら顔を覗き込んでくる。ハッと我に返り無意識に動かした左手を元に引き戻し、平静を取り繕い笑みを浮かべて口を開いた。


「大丈夫だ・・・」


バァーン

彼女の右手が俺の左腕に触れると同時に前触れなく部屋の扉が開け放たれ、女性の大声が部屋に響く。

「エリック。起きたのね!」


ウワァー!

キャァー!

突然、脳裏に浮かんだ本人が現れ、思わず叫び声を上げてしまった。俺の叫び声に釣られてクリスも仰け反り悲鳴を上げる。バクバクする胸を手で押さえながら、声の主に顔を向けると、顔を赤らめながらも腰に手を当てて頬を膨らませたアリシアが立っている。


「あら?何よ?失礼ね!お取り込み中だったのかしら?」


顔を真っ赤にしたクリスは「違います。違います。誤解です!」と懸命に否定し始めた。相変わらずだなと頭を抱えたくもなるが、二度も殺されかけたけれど、約束が果たされたのだから文句は言えない。アリシアのあざとらしい態度を無視し、心を空にして冷静に返答する。

「いえ。今起きた所です。現場指揮ができず、申し訳ございません」


アリシアは、ベットで胸に手を当てて座礼の姿勢をとる俺の前に進み出ると、胸の前で握り拳を作り楽しそうに話し始めた。

「気にしなくてもいいわ!それよりも、感動の再会!素晴らしい演出だったでしょう?どうだった?びっくりした?」


つい今し方、俺を含めて、入省式に参加した役人を病院送りにした人だと思えない言葉に空いた口が塞がらない。予想外の言葉に、怒りの感情が突風のように一瞬で過ぎ去り、諦めの感情が一気に溢れ出し、被害の程度を聞く気すら失せてしまった。

「はい。死を覚悟するほど驚きました」


アリシアはクリスの両手を握ると満面の笑みを浮かべながら口を開く。

「クリステル。やったわ!大成功よ!」


嬉しそうな彼女と対照的にクリスは困り顔でオドオドし始める。

「えっ。えっと。あはは」

入賞式でクリスがラファエラを演じたと聞いた時から二人は共犯?いや、断れないクリスを強引に巻き込んだはずだし、恐らくアンヌ・マリーも知っていたはずだ。


ただ、彼女らの予想を大きく超えてアリシアが暴走したのだろう。いつものことだから責めても仕方ないのだ。

「アリシアさま。クリステルと再会させて頂いて嬉しいのですが・・・」


感情が高まり、興奮気味のアリシアが俺の言葉を遮り饒舌に語り出す。

「もう!お礼なんか要らないわ!次のサプライズも考えているから期待してね?」


次のサプライズの言葉に背筋が寒くなる。この規模のサプライズが続けば命が幾つあっても足りない。

「いえ!今回のサプライズで大変満足致しました。十分でございます」

必死に訴える俺を気にかける様子も見せず、彼女は残念そうに口を開く。


「えっ~。空飛ぶ結婚式とか興味ない?」

空飛ぶ結婚式とか何だ?

モンゴルフィエ(魔力熱球)に括り付けられて空に飛ばされるのだろうか? 風に流され大空を漂流して、流れ着いた先で命懸けのサバイバル。数年後に発見されて『びっくりした?』と聞かれる非現実的な妄想がハッキリと脳裏に浮かぶ。


思いもしない出来事が高い確率で起きるのがアリシアだ。ハッキリ断って、話題を変えないとまずいな。

「いえ。忙しくて時間が全くありません。ところで、歓迎演奏で吹かれた魔道具を貸していただけないでしょうか」


特徴的な3連ベルのラッパを思い出す。

ベルは美しい音色を奏で、次第に音が共鳴し、ついに風圧の塊が突風の様に襲いかかった。『ラッパを吹いたら大地が荒野と化した』と嘘の様な噂話があるけれど、歓迎演奏で似た体験をしたからこそ、その噂は真実だと言い切れる。


「う~ん。クラリオン(ラッパ)は女神さまに頂いた大切な楽器で宝物なのよね・・・」

少しだけ驚いた表情を浮かべたアリシアは、腕組みすると考え込む。あの耳をつんざく共鳴音と暴力的な突風は、危険極まりないけれど、コントロールさえできれば使い道がなくもない。


まだ、モヤっとしたイメージしか脳裏に浮かばないけれど、手に持ち調べてみたい気持ちが湧いてくる。

「ベルの音を制御出来れば医療用魔道具として応用できるかもしれません。貸していただけないでしょうか」


しばらく沈黙が流れ、廊下の騒々しい音が支配する。

「分かったわ。あとで取りに来なさい」

渋々といった感じで、貸してもらえることになったけれど、アリシアが女神と慕う人物は何者だろうか?範囲攻撃魔術と変わらない凶悪な魔道具を楽器と称してプレゼントするとかヤバいヤツかもしれないな。


ふと、クリステルと目と目が合いアリシアに聞きたいことを思い出す

「ありがとうございます。ところで、クリステルを騎士になさいましたか?」


「そ、そうね!昨日だったかしら?私の騎士にしたわ。そうそう!あの大きな愛の結晶も彼女が作ったのよ?」

アリシアの目が激しく泳ぎ、動揺し始める。

俺がクリスをセントラルの技官に推挙した理由は、彼女の性格を考えてのことで、騎士への叙任はアリシアが決めること。クリスが納得しているならば、騎士でも技官でも構わないと思う。


騎士への叙任は隠しごとではないな・・・。何かあるなと眉間にシワを寄せて首を傾げる。ふと顔を真っ赤にしたクリスと目と目が合い、激しく動揺する彼女の腕輪が再び露わになる。

大鎌を持つ黒い天使の刻印。アンジェノワールへの配属が隠し事なのだろうか?良い噂は聞かないけれど、支援を目的とした騎士なのだから、彼女にピッタリかもしれない。ただ、最後、アリシアが口にした『愛の結晶』の意味がわからない。

「愛の結晶??何のことですか???」


突然、俺とアリシアの会話にクリスが割り込み、捲し立てる様に話し始める。

「あわわ。アリシアさま!私の髪と目の色を元に戻してくださいませっ!!」


必死な形相で懇願するクリスをアリシアが一瞥すると彼女は冷静な口調で話し始める。

「無理よ」

「ええっ!? なぜですか?」

目を真ん丸にして驚いた表情を浮かべるクリスと対称的に、アリシアは悪びれた様子も見せず腰に手を当てて胸を張ると偉そうに話し始めた。

「あなたの髪と目の色を覚えていないわ!」


クリスは一瞬固まり、部屋を静寂が支配する。

目と髪の色を変えた経緯は、確か『ラファエラをなさい』と言われたと教えてくれたが、色を変えておきながら元に戻せないとか酷い話だ。だが、そもそも色を変える前、元に戻せるかどうか聞かなかったのだろうか? クリスにも落ち度はありそうだけれど、涙目のクリスに加勢するためタイミングを伺うが、二人がわちゃわちゃと話し始めてしまう。

「そんなー!褐色ですよ?思い出してくださいませ!」

「そうだったかしら?全く記憶がないわ」


アリシアは、とぼけた表情を浮かべて目線を逸らす。無関係を装うアリシアにクリスが逃がさないとばかりに更に詰め寄る。

「ひどいです!アリシアさま!」


アリシアは、ゆっくりクリスに向き直ると冷たい視線で圧を掛け始める。

「へー。そうなんだ?そんなに私と同じ色が嫌なのね・・・」

圧を掛けられたクリスはたじろぎ、下を向きションボリするとボソボソと話し始める。

「嫌じゃありません。でも、でも・・・」

「でも何よ?『嬉しいです』って喜んでいたじゃない」


圧に屈して肩を落としたクリスは、何か閃いたのか恐る恐る顔を上げて話し始める。

「アリシア様。時間を巻き戻せませんか?」

「そうね。大変だけれど、できなくもないわね」

突拍子もないクリスの提案に、アリシアは、顔色ひとつ変えずに当たり前のように答えたけれど、よく考えてみれば時間が戻せる話に驚きしかない。前世、タイムトラベルの概念はあったけれど、過去に戻る技術は無く空想の世界での出来事だった。


「それで、お願いします!」

クリスはぺこりとお辞儀して、必死に懇願するけれど、アリシアは心配そうな顔を浮かべる。

「もう一度、着替えとか挨拶があるけどいいのね?」

顔を真っ赤にしたクリスは、必死に胸の前で両手を振り始める。

「ええっ。あんな恥ずかしいこと。もうムリです。髪の毛の色だけでも何とかなりませんか!」


「はぁ」っとアリシアがため息をつき、可哀そうな小動物を見る目で話し始めた。

「色は幻想で、色なんか無いのよ?光の当たり方で色が『有る』ように見えるだけなのよ?」


アリシアが色の正体に気付いていることに驚きしかない。彼女の言うとおり、色は物に反射した光を知覚しているに過ぎないし、知覚した色と素材の色が同じかどうか分からないのだ。色が無いと言われたクリスは、首を傾げ眉を顰める。

「えっ?どういうことですか??」


彼女の疑問は理解できる。文明レベルが高い前世でさえ、目で見た色が物の色だと信じて疑わない人は多くいたのだから、この世界の人が物の色を見ていると信じてもおかしくない。ただ、この世界の魔法は、モノの本質を理解して正しくイメージしなければ上手く創造できない。


たとえば、車を魔法で創造したとしても、エンジンやラジエターなど中身を丁寧にイメージしなければ、車のハリボテができるだけだし、赤い物体をイメージしながら、物を創造したとしても物は赤く『見えない』。なぜなら、目は、物に反射した赤色に見える光を感じて赤だと認識しているからだ。


つまり、赤に見える光を反射する表面を具体的にイメージする必要がある。一瞬、沈黙が流れた隙に二人の会話に割り込む。

「アリシアさま。色の創造は、髪の毛表面に模様を刻むイメージですよね?」


「そうそう!さすがエリックね。その通りよ。黒は、表面にすごく小さい窪みを沢山作るのよ」

嬉しそうに目を輝かせたアリシアは、頷きながら魔法のイメージを話してくれた。彼女の言う通り、理屈上は、窪みで可視光を全て吸収すれば黒。逆に全て反射させてしまえば白色になるはずだ。


改めてクリステルの髪の毛を見ながら、正直な気持ちを伝えることにする。

「光を閉じ込めれば黒になると理屈上は知っていましたが、初めて目の当たりにしました」


アリシアは大きく頷くと腕を組み真剣な面持ちで語り始める。

「物の色は、反射したソレイユ(太陽)の光が決めるの。だから、表面に刻む模様を工夫して、ある光を消したり弱くして、光の組み合わせや強弱を変えれば黒や白以外にもいろいろな色が作れるのよ」


前世の中世後半から近世に相当するこの世界で、これだけ理解していることに驚いた。世界最高の知識集団セントラルの長を務めていただけあるなと感心してしまう。


彼女の言う通り、白や黒色は比較的簡単に再現できると思うが、褐色に見える模様は複雑なはずだ。覚えていないのでは無く覚えられなかったのだろう。

「おっしゃるとおりです。そうなると、本当の色が知りたくなりますね」


当然の疑問をアリシアに投げかけ目と目が合う。彼女は予想に反して目を細め、怪訝そうな顔で俺を見つめるとゆっくりと口を開く。

「だから、さっきも言ったけれど色なんてないのよ?」


確かに彼女は色が無いと言っていたけれども、反射した光のことでなく、物に付いている色の話をしていたのだろうか??


話を振り返れば、物に色そのものが無いと言っているようにも聞こえる。だが、人の目は、反射した光を見て色を感じているのだから、人の目を頼る限り、本当の色を知ることは絶対に出来ない。


アリシアも神様でない限り、同じはずだ。それとも光に頼らず色が判別出来る魔道具があるのだろうか・・・。敢えて疑いの感情を隠さず不信の眉を寄せる。

「なぜ、色がないと言い切れますか?」

俺の問いに、彼女が目を丸くして驚いた表情を浮かべて首を傾げる。

「見たら分かるじゃない」


迷いのない顔で見つめられると『自分が間違えているのではないか』と自責の念に駆られてしまう。頭を振り、一切の迷いを捨てて自分の考えをハッキリと伝えることにする。

「分かりません」


アリシアをジト目で見つめると、さり気なく視線を外される。微妙な空気がしばらく流れ、徐ろに彼女は両手を胸の前でパンと叩き沈黙を破った。


何か思いついたのだろうか?嬉しそうに話し始める。

「あっ!そうだわ!クリステル。あなたのラファエラは完璧だから、暫くラファエラをなさい」


強引に話題を変えられてしまったように感じるけれど、色の有無などどうでもよくて、髪を褐色に戻せるかどうかが重要なのだ。


それにも関わらず、唐突に影武者を指示されたクリスは、なぜか顔を赤らめ、頭を大きく横に振りながらアワアワし始める。

「ええっ!わたし、超ミニスカートとか絶対に無理です!」


彼女の言うとおりラファエラは、ミニスカートやミニワンピースを愛用している。見た目が小柄で若く見えるから違和感もないし、気にならなかった。


ただ、よくよく考えてみれば、あの大きなリボン付きの可愛らしい格好やスカートとハイソックスの間で露になった太ももは気持ち的に抵抗があるかもしれない。アリシアは、目を細め冷たい視線をクリスに向ける。

「わたしは35よ・・・」

「ちがいます、ちがいます。ちがいます!そういう意味じゃありません」


「何が違うのよ?まったく分からないわ」

アリシアは無慈悲に圧を掛けるけれど、狼狽えながらも一生懸命、誤解を解こうとするクリスが愛らしい。彼女は恥ずかしそうに小さな声で話し始める。

「えっと。アリシアさまは天使さまのように、お美しいですけど、私の足は、皆さまにお見せできませんから・・・」


アリシアと目と目が合い、彼女はやれやれといった仕草で苦笑いする。肩を落としションボリするクリスの頭に優しく手を置き、彼女の目を見ながら気持ちを伝えることにした。

「クリス。その服も黒目黒髪もよく似合っている。まるで天を舞う天使のようだ」


クリスは一歩前に出ると両手の指先を口に可愛く当てて目を丸くする。

「えっ本当に!?」

俺の返答を待たずにクリスが胸に飛び込んでくる。彼女を右手で優しく受け止め、耳元で囁く。

「あぁ、勿論だ」

「エリック。大好き!」


視線を上げると頬を膨らませ、腰に手を当てたアリシアと目が合う。ご機嫌斜めなアリシアに苦笑いするしかない。彼女は、目を瞑りプイッと横を向く。

「もう!惚気るなら二人の時にして頂戴!」


ご機嫌斜めのまま、アリシアは部屋を退室する。体を起こしたクリスと目と目が合い、苦笑いするしかなかった。

「後でお詫びに行こうか」

クリスは頷き、再び胸に飛び込んできた。

第一章はここでおしまいです。

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