63 入省式3 ~セントラル本部 大広間~
―――エリック・・・エリック・・・エリック・・・。
頭の中で、微かに女性の声が聞こえる。
聞き覚えのある声。懐かしい声・・・。
連日の激務で仕事をしている夢ばかりだけれど、このように穏やかな夢も久しぶりだ。
目を開けたくないな・・・。
なぜ呼ばれているのか分からないけれど、ボッーっとしながら心地よい声に身を委ねる。
記憶を思い起こせば、入賞式からの記憶がない。
確か、ラファエラの祝福から、急遽アリシアの歓迎演奏が告げられ、人々が逃げ惑い会場は大混乱。高らかにラッパの様な楽器が吹き鳴らされ演奏が始まると、人も物も全てが舞い上がり宙を舞った。
それから・・・。
そうだ。アンと吹き飛ばされて、地面に叩きつけられた!
朦朧としていた意識が冷めてハッと我に帰る。
「エリック!」
上半身を起こすと身体中に痛みが走り、同時に女性の声がハッキリと聞こえた。
視界が淡いオレンジ色にかすみ焦点が合わないけれど、赤いドレスと黒髪の女性の輪郭がぼんやりと見えてくる。
「・・・ラファエラさま??」
「アラン。わたしよ?」
声の主は身を乗り出し、俺の顔を覗き込むけれど視点が合わない。
眉間を指で押さえ瞬きを何度か繰り返すと目の焦点が徐々に合い始める。窓から差し込む寂しげな夕陽の光を背に受けて、黒目黒髪の女性がニッコリと微笑み目と目が合う。
―――違う。ラファエラじゃない。
王族に見紛うほど綺麗に着飾っているけれど、顔の輪郭、雰囲気、声音・・・。どれも見聞きしたことがあるように感じられ懐かしい。そして、俺が捨てた旧名を知っている者は限られる・・・。
「クリステルか??」
「はい! 本当に心配したのよ? 死んじゃったと思ったわ」
目に涙を浮かべながらもにっこり微笑むクリスを力強く抱き寄せる。彼女は、一瞬驚いた表情を浮かべながらも抵抗する素振りを見せず、成すがまま俺の胸に傾れ込み手を首に回して顔を埋めた。
両腕で彼女を抱きしめると支えを失い、柔らかいベッドに沈み込む。
部屋の外でバタバタと走り回る音や大声で指示を出す人々の声が騒々しく室内に響き渡るけれど、外の喧騒が別世界の出来事に感じられ、失った時間を取り戻すかのように安心感が心を満たしていく。
彼女の温もりと香りを感じて、首元へ軽くキスをする。
目を瞑り幸福感で満たされながら、彼女の耳元で語りかける。
「心配をかけてすまなかった。あれから半年か・・・。元気だったか?」
彼女は身動きせず顔を埋めたまま耳元で話し始める。
「私は元気。ところで、体は大丈夫?」
彼女は気遣うように俺の頭や体を右手で優しく撫で始めた。全身に痛みがあるけれど耐え難い痛みはない。反射的に受け身が取れたのだろうか?風圧で高く舞い上がった体は、打ち所が悪ければ命を落としたかもしれないけれど、異常を知らせる兆候はなさそうだ。
仮に異常があったとしても、これ以上、彼女を心配させるわけにもいかないよな。
「多少痛むけれど、大丈夫だ」
彼女は安堵のため息を付くと、身を起こし両手を胸の前に当てて口を開く。
「よかったわ。少し前にお医者様に見て頂いて、打ち身だとおっしゃっていたわ。1週間安静にしていれば痛みが引くそうよ」
俺の手を握りニッコリ微笑む彼女に微笑み返し、視線を部屋全体に動かす。室内は、豪華絢爛な作りだけれど、赤い夕陽の陽を浴びて暗い影を落とし虚ろな雰囲気を醸し出している。
「ところで、ここはどこだ?」
クリスは苦笑いを浮かべながら口を開く。
「ここは、王宮の医療室。セントラルはメチャクチャになってしまって『暫く使えないかも』って言われたわ」
ラッパの演奏で会場が閉鎖されるとか何の冗談なのだろうか?
もはや楽器というよりも範囲攻撃魔術用の魔道具だ。あの演奏で無傷で済んだ者は少ないだろうし、打ち所が悪ければ死んだ者もいるかもしれない。そして、アリシア自身も自爆していてもおかしくない。
「アリシアさまは大丈夫なのか?」
クリスは胸の前で右手を握り、威勢よく答える。
「お元気よ。ピンピンなさっていたわ」
可愛らしく威張って話すけれど、彼女が動くたびに陽の光を受けて金色に眩く光る赤い服や装飾類が目に入る。キラキラと光るドレスの裾に触れてみた。生地、仕立て、デザイン・・・一切の妥協がない。最高品質の物が選ばれ、最高の技術で作られたもの。一般庶民が一生掛けても手にすることが出来ない代物だ。
ふと入省式のラファエラのドレスを思い出す。
象徴的な赤。真っ黒に変わったクリステルの髪と目の色・・・。
「ところで、なぜラファエラさまと同じドレスを着ている? 髪の毛と目の色もどうした?」
俺の問いにクリスは戸惑いを見せつつも、もじもじしながら話し始める。
「アリシアさまに『ラファエラをなさい』とご命令されたのよ?」
―――なんだって?
アリシアとラファエラ・・・。式典中、二人の登場に気を取られていたけれど、俺が知るラファエラと式典中の彼女は言動や行動が不可解で別人の様だった。ただ、式典中の彼女がクリステルならば合点がいく。あの動きや話し方はクリステルそのものだ。
「もしかして、アリシアさまの隣にいたラファエラさまはクリス・・・。お前だったのか?」
クリステルは口元に指を当てながら、申し訳なさそうな表情を浮かべて質問に答える。
「フフッ。ごめんなさい。あなたを驚かすためにアリシアさまがお考えになったのよ。でもね。あなたが大切にされていて嬉しいわ」
予想が当たってもちっともうれしくない。
思い起こせば、式典中のクリステルは、ラファエラを演じる気がないのではないか?と疑ってしまうほどに素のままで振舞っていたけれど、先入観に支配されて俺は全て受け流してしまったのだ。
しかも、忙しくて手が回らない状況でアリシアに病院送りにされ、ため息しか出てこない。
「はぁ・・・。なるほど。そう言う事か・・・」
額に右手を当てて肩を落とすとクリステルが眉を寄せて心配そうな顔で覗き込んでくる。
「もしかして、怒っているの?」
純粋無垢なクリスの目と目が合い、沸々と湧き上がる怒りが幾分和らいでいく。クリステルは関係ないよな・・・。彼女の頭を軽く撫でながら口を開く。
「アリシアさまにお礼を言わなければいけないな」
彼女は、頭を撫でられて嬉しそうに笑みを浮かべながら口を開く。
「素晴らしいわね。とても喜ばれると思うわ」
式典でクリステルがラファエラを演じた理由も知りたいけれど、彼女の性格から、命じられるがまま演じていたと思う。彼女に聞いても仕方がない。アリシアに聞くべきだよな?と話題を変えることにする。
「そうだ。配属は、アンヌ・マリーの基礎研だよな?」
クリステルは、言い難そうな表情を浮かべて視線を逸らした。
―――まだ何かあるのか?
無難な話題を振ったはずなのに、一瞬でその期待が瓦解していく。二人の間に静寂が流れ、心臓の鼓動がバクバクと高鳴る。右手を胸に当て飛び出しそうな心臓を押さえ彼女の言葉を緊張しながら待つ。
「えっと。えっとね。色々あって、今日、研究員を辞退したのよ」
「えっ? 俺は何も聞いていないぞ?」
「私もあなたが生きていることを知らなかったわ・・・」
「すまなかった。しかし、セントラルを目指して頑張ってきただろ?」
俺の叫びにも似た言葉を聞いてクリステルはベットからちょこんと降りて、姿勢を正しニッコリ微笑む。
「フフッ。意地悪を言ってごめんなさい。実は、私もアリシアさまの騎士になったのよ」
想定外のカミングアウトに開いた口が塞がらなくなる。
彼女の表情を見る限り、嘘を付いたり、困らせている訳でもなさそうだ。大混乱する頭を落ち着かせて、何とか言葉を絞り出す。
「・・・どういうことだ?」
彼女が左腕を胸の前に掲げるとブラウスの袖が捲れて『ブラスレ・ダンジェ』が露わになる。初めて見る紋章『大鎌を持つ黒い天使』が刻印されていた。
彼女はブラスレ・タンジェに手を添えてカメオを回し、大きな赤いリボンが結ばれた黒い杖を手にすると冷静な声音で口を開く。
「私もアンジェ・ガルティエーヌの騎士に叙任されたのよ?」
自信に満ちた表情を浮かべた彼女は、左手に持つ黒い杖を頭上に掲げると膨大な魔力が溢れ出し、美しい声音で詠唱を唱え始めた。
「レスプリサン・ゲリセブレスール・シルトゥプレ・・・」




