61 入省式1 ~セントラル本部 大広間~
統一歴1945年10月1日。中央大陸、レゼル王国行政府セントラル本部大広間。
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9月も終わりを告げセントラル入省式の日を迎えた。大広間の舞台袖から入場するとセントラルの技官や文官、武官がひしめき合いながら、アリシアの入場を心待ちにしている。
正面舞台上は、セントラルで役職を持つアンジェ・ガルティエーヌの騎士が着席し、玉座に最も近い座席に案内され、そこに着席した。椅子に腰かけ、広間を見渡すと新しい制服を身にまとった新人たちが、会場最前列で横一列に整列し、緊張した面持ちで控えている。
新人の顔を一人ずつ確認しながら、ふと、アリシアと交した5月の約束を思い出す。先日、アンジェ・ノワール総務局局長が持ってきた合格者リストの中にクリステルの名前を見つけて、約束が果たされたと分かった。俺が推薦したドニーも無事合格。
ドニーの成績は、サティスフェザン(十分)。
六段階評価で3。ラファエラと俺の推薦で忖度が働いた可能性があるけれど、準備期間が全くない状況でよくやったと思う。
クリスの成績は、最高評価のエクセラン(最優良)で6。
アンヌ・マリーの推薦による忖度はあるだろうけれど、試験官が特定の成績上位者に肩入れすれば揉め事に発展するので、エクセランを与える義理はないのだから実力だと思う。
何より、4月、5月の大混乱を精神的に乗り越えることができたことに頭が上がらない。彼女が、セントラルを目指して勉強し続けてきたことを知っていただけに自分事のように嬉しくなる。
しかし、二人は、俺がセントラル長官であることを知らないはず。
彼女は、アルマが保証人となって、特例でセントラル施設の一部利用が認められていたけれど、組織に関する情報は制限されていたはずだし、ドニーは国防省の技官だけれど、国防省とセントラルは横の繋がりがほぼ無い。
明日から、二人と合流して研究を続けることになるが、どんな表情をすればいいのか、どう接すればいいのか悩ましい。そこで、明日の合流を見越して、事前に察してもらうため仮面を付けず入場することにしたのだ。
新人の一人と目が合う。ドニーだ。
彼は、目を見開き驚いた表情を浮かべて、幽霊かゾンビを見るように俺を見つめている。アランとしての俺は、死んだことになっているのだから無理もない。丁寧に説明すればきっと分かってくれるはずだ。
会場最前列に並ぶ新人を全員見終えて、クリステルがいないことに気付く。想定外の出来事に、隣に座るアンヌ・マリーに聞いてみることにした。
「クリステルを知りませんか?」
「少し前にみかけたわ。お花摘みかもしれないわね?」
彼女は化粧室にいるのだろうか?仮面を付けたアンヌ・マリーの表情を伺うことが出来ないけれど、彼女の声音から心配している様子を感じないので大丈夫なのだろう。会場にいることが分かってホッとしたが、間もなく式典が始まる・・・。
式典が始まると直ぐに挨拶があるので、探しに行く時間もない。
会場で同僚と話すアルマの姿を見つけて小声で呟く。
「大丈夫でしょうか・・・」
「心配し過ぎよ?」
やや呆れ気味に答えるアンヌ・マリーの言葉に心配し過ぎなのだろうか?と姿勢を正し座り直す。この建物にいる限りは心配ないだろうと意識を式典の進行に集中することにする。
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楽団による荘厳な演奏が始まり、アリシアの入場を告げる。
舞台上の騎士が全員起立し、広間の男性は右手を胸に当てて頭を下げ、女性はスカートの裾を持ち、膝を曲げて深礼の姿勢をとりアリシアを迎える準備を整えた。
荘厳な両開きの扉が開く音が響き渡る。
同時に、大広間入口の人々がざわめき、ざわめきが波のように押し寄せてきた。何ごとかとナーブ(主廊)を歩いていると思われるアリシアを見るために顔を少し上げる。いつも通り、真っ赤なドレスに身を包むアリシアと後ろに続く黒髪の女性がゆっくりと歩いていた。
黒髪の女性は、赤いドレスとベールを被り、顔が良く見えないけれど、たぶんラファエラだ。二人の登場に開いた口が塞がらず、俺も含めて会場にいる多くの者が言葉を失い顔を硬くする。
アリシアはバレていないと思っているようだが、セントラル内で、アリシアとラファエラが同一人物であることは暗黙の了解だ。。しかし、今、目の前に二人のアリシアがいる。混乱する頭を落ち着かせて、冷静を取り戻そうと努めながらアンヌ・マリーに耳打ちする。
「アリシアさまが二人います・・・。影武者でしょうか?」
「フフッ。新しい魔法かしらね?」
アンヌ・マリーは呆れ声で話すけれど、アリシアの騎士となり、無から有を生み出す魔法が存在することを知った。しかし、魔法を駆使するための人の魔力はあまりに少ない。ましてや自分のクローンを作り出すなど、どれだけの魔力が必要になるのか想像もつかない。
アリシアは、会場のざわめきを気にする様子も見せずに歩みを進め、舞台上の玉座に座ると同時に、ラファエラが玉座の傍らに立つ。
舞台上の騎士たちが着席すると会場のざわめきが収まり、舞台袖に置かれたカウンターテーブルに控えるアンジェ・ノワール総務局局長が話し始める。
「只今より、入省式を執り行います。初めにセントラル長官エリック・ルネソンスさまより、ご挨拶を賜ります」
局長と入れ替わりでカウンターテーブルに登壇し、会場最前列に並ぶ全ての新人に向けて語り掛ける。
「入省おめでとう。我々は諸君らを心から歓迎する。今年度から、ラファエラ宰相の意向により、門戸を広げ、過去最多となる30名もの新人を迎え入れた。門戸の拡大は、セントラルが従来の能力主義から実力主義へと大きく舵を切ったことの表れである・・・」
新人達に視線を落とすと、ふとドニーの目と再び交わる。俺がアランだと確信したのだろうか? 彼は落ち着きを取り戻し、真剣な面持ちで話を聞いている。顔を上げて会場を見渡す。扉は完全に閉ざされ、クリスの姿も見当たらない。彼女は式典に間に合わなかったのかもしれない。
挨拶に集中するため、目を一瞬瞑り、話を続ける。
「つまり、ラファエラさまが必要とする人材は、既存の知識の『延長』で物事を捉える者ではなく、知識を知り、理解し何故か分かることで新たな知識を『創造』する者である。間もなく不可能とされたマジッククォーツサンドの結晶体である人工魔石が実用化される」
新人は何の話かと首を傾げる中、人工魔石の実用化の言葉に会場がどよめく。
人工魔石の評価用サンプルは9月に供給開始されたが、セントラル内に行き渡っていない状況下で量産を示唆する言葉に対する反応なのだろう。会場のどよめきを余所にして話を続ける。
「人工魔石は世界を一変させるだろう。諸君らが配属されれば、サンプルを手にし、多くのインスピレーションを受けることになるはずだ。この場にいる者は、各分野の第一線で活躍している選ばれたスペシャリストだ。自信を持ち励んでもらいたい」
パチパチパチパチパチ
話し終えると会場から盛大な拍手が沸き起こる。
彼らに微笑を浮かべながら軽く頭を下げ、カウンターテーブルから自席に戻ると呟きが聞こえてくる。
「はぁ。堅苦しいわ。エリックはダンテスに似てきたわね・・・」
声の主に顔を向けると、アリシアが玉座の膝掛に肘をつき、詰まらなそうにしている。視線を玉座の傍らに立つラファエラに向けるとベール越しに俺と目が合う。彼女は視線を逸らし、もじもじし始めた。
同一人物だと思えない正反対の反応に違和感しか覚えない。
怪しいと思いながら視線を戻すとカウンターテーブルに登壇した総務局局長が再び口を開く。
「入省者総代挨拶。武官マルグリット・ド・ロレーヌ。登壇してください」
貴族らしい女性が、凛とした出で立ちでスッと一歩前に出る。
コツ、コツ、コツ
静寂が支配する広間を歩く音が響き渡る。
ボソボソと話す声や冷たい視線もあるけれど、概ね好意的な視線が彼女に向けられている様に感じる。
総代の人選は悩んだ。
順当に選べば、主席合格のクリステルが務めるべきだ。しかし、総務局は、次席合格のマルグリットを推薦してきたのだ。
クリスは、高い能力が評価されたけれど、素行に難ありと記されていた。
理由を尋ねたところ、待合室でクリスが男性武官を謝罪させるために跪かせ、止めに入った女性武官と揉めたらしい。彼女は変わっているから、しばしば誤解されるけれど、人と争うようなことはない。
腰に手を当てて怒るプンプン丸のクリスを思い浮かべただけで、腹を抱えて笑いたくなる。
間違いなく誤解か別人だ。
マルグリットの推薦理由は詳細に記されていたが、一言で言えば貴族への配慮だ。特に、実射試験後、貴族との関係が悪化し、何かと突き上げがあるらしい。ただ貴族の言いなりになる訳にもいかず、貴族枠でなく一般推薦枠を選択して次席合格した伯爵家出身のマルグリットに白羽の矢が立ったようだ。
めんどうくさいなと思いつつ、甘く考えているとセントラルや宮廷内で揉め事が起きるかもしれない。貴族枠から外れた者が一般推薦枠で総代ともなれば、貴族からの妬みもあるのかもしれない。クリスの誤解は直ぐに解けるだろうけれど、総務局の意見を無視して承認すれば、後々身内を推薦したと批判されるかもしれない。
色々と考えた末に、マルグリットの推薦を承認することにした・・・。
マルグリットが登壇し、スカートの裾を持ち、膝を曲げてお辞儀をすると、いつの間にか表情を切り替えたアリシアが満面の笑みを湛えて答える。
彼女は嬉しそうにニッコリと微笑むと壇上で姿勢を正し、凛とした声音で話し始める。
「本日、行政府セントラルの一員として女王陛下に仕えることを深く光栄に思うとともに、心からの感謝を申し上げます。セントラルで行われている重要な業務に貢献できることは、私にとって大変名誉なことです・・・」
会場の雰囲気に臆することなく毅然と挨拶するマルグリットの姿は安心感がある。クリスは人前で挨拶することを嫌がるだろうし、結果的によかったのかもしれない。マルグリットは緊張する素振りを一切見せずに話を続ける。
「この高貴な機関が象徴する先進性、卓越性、そして責任感を守り抜くことは、私たちの使命であり、その使命に貢献することをお約束します。皆様と共に働き、貴重な経験から学ぶことを楽しみにしています」
パチパチパチパチパチ
会場から盛大な拍手が沸き起こる。
「はぁ。退屈な挨拶ね・・・」
拍手をするアリシアのボヤキが微かに聞こえた。
マルグリットが元の立ち位置に戻り、総務局局長がカウンターテーブルに再登壇して口を開く。
「セントラル前長官、宰相ラファエラさまより、ご挨拶を賜りたいと存じます」




