59 大鎌を持つ黒い天使2
アリシアさまの執務室を退室すると、メイドのクロエがテキパキと動き始め、待合室の扉を素早く開けて丁寧にお辞儀をする。
別人の様に動き始めたけれど顔がこわばり、目が笑っていないわね。キツク言い過ぎたかしら?とニコッと笑みを浮かべて「ありがとう」と述べて退室する。
C研に戻る廊下の途中。
執務室でのやり取りを思い出し、次第に怒りが込み上げイライラが募る。彼女に裏の顔が無くて安心したけれど、アンジェ・ノワールへの配属だけが、どうしても納得できない。
今まで、アンジェ・ノワールの騎士に会ったことがないけれど、宮廷やセントラル内のイメージは最悪。彼女は、天然系の見た目に反して、性格が図太いところがあるけれど、自分で対処出来ない理由や批判に晒され孤立すれば、誰だって精神的に耐えられないはず。
本当に何を考えているのかしら・・・。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
悶々としながら、セントラル5階、基礎魔学研究室、実験室Cに辿り着く。
トントン
「はい。ど~ぞ~」
扉を叩くと部屋の中からクリステルの明るい声が聞こえてくる。ゆっくりと扉を開けると、試験準備をしながら顔だけこちらに向けた彼女と目が合う。
午前中、口述試験を受けて疲れているはずなのだけれど、家に戻らず実験室に来て研究だなんて真面目よねと思いつつ、執務室でのアリシアさまの言葉を思い出す。知らず知らずにプレッシャーをかけているのかしら?と心配になる。
「クリステルさま・・・お疲れ様です」
彼女は、席から立ち上がると両手を胸の前に会わせて不安そうな顔で話し始めた。
「アンヌマリーさま? あ!あっ・・・もしかして、ダメでしたか?」
精神的な圧力を掛けているかもしれないと心配する気持ちが顔に出てしまったわと慌てて笑みを浮かべ、彼女の言葉を打ち消すため急いで口を開く。
「違うわ。色々と問題があるのだけれど大丈夫よ!何とかなるわ!」
私は何を言っているのよ。言葉足らずで、誤解しか生まない表現を口にするなんて頭が混乱しているわ!足りない言葉を付け足すため、口を開こうとするより先に彼女が話し始めた。
「やっぱり・・・。最後、もたもたしてしまって。印象が悪かったですよね」
私の言葉足らずから生まれた彼女の言葉を慌てて首を振り否定してから、足りない言葉を付け足すことにする。
「違うのよ。あなたは完ぺきだったわ。評価も問題ないのよ」
不安そうな顔を崩さない彼女の口が開く前に、アリシアさまに言われて気付いた気持ちを伝えることにした。
「ふぅ・・・。本当にごめんなさい。悪気はなかったのよ」
驚いた表情を浮かべたクリステルは、突然椅子から立ち上がり、その衝撃で机上の書類が床に散乱する。
「何のことですか?頭を上げてくださいませ」
「毎日、朝から晩まで、一生懸命研究してくれていたのに、あなたに甘えてばかりだと気付いたのよ」
「そんな!仕事とお手当て、ご推薦まで頂けて、本当に感謝しています」
クリステルは、目を真ん丸くして感謝してくれているけれど、彼女が騎士になるまでの間、研究ばかりで生活のフォローができていなかった。しかも、お手当ての額すら知らないなんて、私、本当に最悪。アリシアさまに怒られる訳だわ。
「お金の面とか色々と苦労させてしまったわね。本当にごめんなさい」
「そんなことありません。10月までアルマの家に同居させて頂けますし、たぶん大丈夫です!」
彼女は目をぱちくりさせて答えたが、予想していなかった返答が気になって仕方がない。
話が噛み合っている様で噛み合っていないのよね。
騎士に叙任されているならば、お金の心配はないはずだけれど、お金に苦労している言い方が気になるし、10月まで同居が許されている意味も分からない。頭が混乱してきたわ。
「なぜアルマと同居を続けるの?」
「ええっと。家を借りてしまうとお手当てがなくなってしまうからです。でも!試験に受かってお給料を頂ければ多分大丈夫です!」
屈託のない笑顔を浮かべて当たり前のように答えるけれど、彼女の話が言葉通りならば、お手当て以外の収入がないことになる。
アリシアさまとの会話で感じた一抹の不安が頭をよぎる。まさかねと全否定したい気持ちが前のめりになるけれど、一番初めに聞くべきだった話を尋ねることにした。
「確認したいのだけれど、あなたはアリシアさまの騎士なのよね?」
彼女はキョトンとして口を開く。
「まさか。騎士様なんて恐れ多いです。でも!5月頃にご友人の一人にさせて頂きました」
いやな予感が的中して頭が痛くなる。
騎士の自覚がまるでないわね。アリシアさまはちゃんと伝えたとおっしゃっていたから彼女の問題かもしれないけれど、アリシアさまと友達ってどういうことかしら?詳しく聞いてみる必要がありそうね・・・。
「お友達ですか?」
彼女はハッとした表情を浮かべると、あわあわしながら話し始める。
「あっ。すいません!女王陛下をお友達呼ばわりとか不敬ですよね・・・」
話し終えて、彼女は肩を落としてしょんぼりしているけれど、アリシアさまは、使用人に対しても気さくに話されるし、現場の作業者は、『アリス』と愛称で呼ぶことが許されているので友達が多いのは事実なのよね。
従者との距離の取り方に疑問を感じるけれど、アリシアさまは、クリステルのことを随分と気に入っているご様子。友達を兼ねているとしても全く不思議じゃない。
「問題ないわ。アリシアさまはお友達がたくさんおられますから」
私の言葉を聞いたクリステルは、胸の前に両手を合わせて、パッと明るい表情を浮かべながら話し始める。
「そうなんですか!?アリシアさまと仕事のこととか将来のこと、恥ずかしいですけど好きな人のこととかも色々アドバイスして頂きますし、あと、自分の身は自分で守れないとダメよと言われて護身や魔術も学んでいます。本当にすごい方です」
友達同士ならば仕事の話もするかもしれないけれど、友達から護身や魔術を習うかしら?と疑問を感じる。友達になった経緯を確認する必要がありそうね。私は、笑みを浮かべながら体を乗りだして口を開く。
「クリステルさまは、どの様な出会いで、お友達になられたのですか?」
彼女は、視線が左上を向き、首を少しだけ傾げる。記憶を思い出しているのかしら?暫く沈黙が流れ、突然、彼女はクスッと思い出し笑いをすると、慌てて右手で口を押さえてから静かに口を開く。
「2階のシエルでお会いして、『私の騎士になりなさい』と言われました。素直に『友達になりましょう』と言えなくてシャイで可愛いですよね?」
右手でこめかみをおさえて目を瞑る。
本当に頭が痛いわ。アリシアさまの言葉は本当だったけれど、まるで伝わっていないじゃないの!心の声がボソリと出てしまう。
「天然とテキトーが会話するとこうなってしまうのね・・・」
しまったわ!と慌てて両手で口をふさぐ。クリステルは不思議そうに私の顔を覗き込む。
「何かおっしゃいましたか?」
「い、いいえ!独り言です。お気になさらずに・・・」
私にとって彼女は大恩人。心に溢れる余計な感情を消すために頭を振る。最後に騎士の証を確認したいけれど、直接聞けば私が疑っている印象を与えてしまって失礼よね・・・。
私は、彼女の隣の椅子に座ると満面の笑みを浮かべて口を開く。
「ところで、アリシアさまに頂いたものがあれば見せていただけないかしら?」
「もちろんです! 部屋の引き出しに入れてあるので、直ぐにお見せできます!」
彼女は椅子から立ち上がると壁際に置かれた大きなチェストの引き出しを開けて、次々に物を取り出しながら、私の目の前に置き始める。
コトン、バサッ
「最初に頂いたのが、この腕輪と赤いドレス。あと、黒いマントと赤い大きなリボンが付いた三角帽子です。この腕輪は、アンヌマリーさまの腕輪に似たデザインで凄く気に入っています。この鎌を持つ黒い天使がコワカワで可愛いと思いませんか?」
カシャン
「最近頂いたのが、この剣です。魔力の少ない私でもアンジェ・ルージュの騎士様の様に魔術が放てる凄い魔道具ですよ。あと、そこに立てかけてある大きな鎌も頂きました」
クリステルは、満面の笑みを浮かべて次々に魔道具や装備を見せてくれた。腕輪は騎士の証。本物の『ブラスレ・ダンジェ』で間違いないわね。剣は配備が開始されたばかりの『エペ・ラピエル』。そして、金糸が縫い込まれた赤いドレスに漆黒の黒いマント。
いつしか大きな鎌は、室内に立て掛けられていたけれど、仰仰しい鎌を見て、彼女もストレスを抱えているのかしら?と怖くて誰も聞けなかったのよね。
アリシアさまから頂いたことが分かって少しばかり安堵したけれど、この部屋で保管しているのかしら?と冷や汗が出てくる。
「まさか、この部屋で保管しているの??」
彼女の顔が徐々に青ざめ両手で両頬を押さえながら狼狽える。
「あっ!すいません。このように高価なものを置く場所がなくて。本当に申し訳ありません」
騎士に叙任されれば、専用の邸宅と使用人、纏まったお金が支給されるけれど、今までの話を振り返えれば、何も支給されていないのかしら?と不安に襲われる。
「謝る必要はないわ。もしかして、アリシアさまにお給料を頂いていないの?」
彼女はキョトンとして首を傾げる。
「なぜ、アリシアさまからお給料を頂けるのですか???」
何も知らず、愛らしく答えるクリステルを見ていると罪悪感で押し潰されそうになる。彼女の貢献は計り知れないのに、私も誰も彼女を見ていなかったなんてありえないわ。そもそもアリシアさまは、何もしていないじゃないの!
「クリステルさま。今、お時間がございますか?アリシアさまの部屋に行きましょう」
「ええっ!」
「それと!この腕輪は魔法の暴発を防ぐ大切な魔道具。感情の高まりや就寝中、魔法が暴発して人が死んでしまいます。決して外してはいけません。直ぐに付けてくださいませ」
「はっ、はい!」
クリステルは、困惑の表情を浮かべながら慌てて腕輪を付ける。オドオドする彼女の腕を掴み「行くわよ!」と伝えて実験室を早足で出た。




