58 大鎌を持つ黒い天使1
カツ、カツ、カツ、カツ
王宮とセントラルを繋ぐ渡り廊下で響く足音。
空中庭園シエルの芝生が眼下に広がり、家族団らんの話し声や「「「騎士さまだ!」」」」と大声で叫ぶ子供達の明るく弾んだ声が聞こえる。軽く手を振り、子供たちに応えながら、口述試験後の控室で聞いた話を思い出す・・・。
―――頭が痛いわ。
クリステルが付けていたらしい『左手の腕輪』と刻まれた『鎌を持つ天使』。もし、事実であれば、アンジェ・ノワールの騎士に叙任されていたことになるけれど、通達は出されていないし、協力しながら研究している私にも話があるはず。かといって、フェリシアが嘘を付くはずもないわね・・・。
そもそも、アンジェ・ノワールは、侍従局や式部局など6局で構成される支援組織で裏方。セントラル内のメイドやボーイ、コック、ガーデナーに至る全ての使用人は、全員、アンジェ・ノワール所属で、宮廷省から抜擢された優秀な人材が集められている。
彼らは、巨大な組織力を生かして、王宮やセントラル内の情報を集め、アンジェ・ノワールの騎士が、反乱因子を粛清しているのではないか?と言った噂も耳にする。真偽の程は分からないけれど、表舞台に騎士が出てこないことも噂に拍車を掛けていると思う。
試験を『受けさせた理由』も込みで、クリステルの立ち位置が分からないから、直ぐアリシアさまに確認すべきね。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
バァーン
アリシアさまの執務室前に設けられたアンティシャンブル(待合室)の扉を勢いよく開けると、テーブルを拭くメイドと目が合う。
「アリシアさまは、ご在室かしら?」
彼女は驚いた表情を一瞬浮かべたが、直ぐに元の表情に戻してスカートの裾を摘まみ深々とお辞儀をした後、淑やかに口を開く。
「はい。お一人で執務中でございます。暫くの間、誰も入室させないようにと仰せつかりました」
最近着任したばかりのメイドかしらね?
アリシアさまは、頑張ってくださいませ!と一生懸命お声がけして、気分を盛り上げて差し上げなければ書類仕事をなさらない。今頃、優雅にお茶を飲みながら、穏やかなひと時!最高だわ!とか呟きながらお過ごしになられているにちがいない。
アリシアさまのことをまるで分かっていないわね・・・。
「急ぎで相談したいことがあるのよ。直ぐに取り次いで頂戴」
「かしこまりました。ソファーにお掛けになり、お待ちくださいませ」
彼女は落ち着いた声音で話すと静々と執務室に向かい歩く。
良く言えば品よく、悪く言えばノロノロ歩く彼女に、空気を読めないのかしら?パッパッと歩きなさいよ!と内心イライラする。そもそもお伺いなんて立てたら、忙しいわ!とか言われて、追い返されるに決まっているわ。早足で歩き、彼女を追い抜くと口を開く。
「私も一緒に行くわ」
私の言葉を聞いて顔を真っ青にした彼女は、私の前に進み出て、立ちはだかるように行く手を遮り懇願する。
「お待ちいただけますでしょうか!わたくしがお取り次ぎをさせていただきます」
立ち止まり、涙目の彼女をキッと睨みつけると「邪魔よ!どきなさい!」と一喝する。メイドが怯んだ隙に、ドアノブに手を掛けて勢いよく扉を開け放つ。
バァーン
「失礼いたします!」
案の定、ソファーでお茶を飲みながら、ローテーブル上に足を放り出してくつろぐアリシアさまの姿が目に飛び込む。彼女は、慌てて足を床に戻し、ソファーから身を起こすが、左手に持つソーサーをソファー上に落とす。
休憩中を装いながら、驚いた表情を浮かべて話し始めた。
「うわ! ビックリした! どうかしたの?」
想定通りの状況に腕組みしながらアリシアさまを睨みつける。
「どうかしたの? ではございません! クリステルの件です」
アリシアは、あわあわする涙目のメイドを見やると指示を出す。
「クロエ。下がりなさい」
クロエと呼ばれたメイドは「大変失礼いたしました」と申し訳なさそうに謝罪し、逃げるように部屋から退散する。バタンと扉が閉まる音だけが部屋に響き渡る。
ソファーを勧められ着席すると不自然な笑みを浮かべたアリシアさまが口を開いた。
「今日は、試験の日だったわね? どうだった?」
興味関心が無ければ直ぐに忘れてしまうアリシアさまが、クリステルの入省試験日をしっかり覚えてらっしゃる。
彼女を重視している証拠だけれど、騎士じゃないのかしら?と頭の中で疑問符が浮かび始める。まず、口述試験結果を説明して探りを入れようかしら・・・。
「全く問題ございません。研究室配属後の扱いに悩む位、優秀でございます」
目を輝かせたアリシアさまは、胸の前で両手を合わせると話し始める。
「これでエリックとの約束が果たせるわ。『アリシアありがとう』と泣いて喜ぶ彼の姿が目に浮かぶわね!」
クリステルを受験させる約束を結ばれていたのかしら?なぜ、その様に面倒なことをなさったのかと、頭の中で疑問符が増え始める。
「改めて確認いたしますが、10月から『研究員』で間違いございませんね?」
「何を言っているのよ?当たり前じゃない」
目をぱちくりさせて、曇りのない眼で見つめられると、私が間違えているのかしら?と自信がなくなる。
何かを見落としているのではないかと不安な気持ちが湧き出てくると同時に、アリシアさまのペースに飲まれている自分にも気付き頭を振った。
フェリシアが見間違えるはずがないのだから、報告通りお伝えしようと意を決する。
「本日の面接で、ブラスレ・ダンジェを付けた志願者がいたそうです。心当たりがございませんか?」
私の言葉を聞いたアリシアさまが、一瞬固まる。沈黙と重い空気が暫く流れ、視線を外さず静かに言葉を待つことにした。
「すっかり忘れていたわ。でも、私のせいじゃないのよ。そうだわ!聖霊が祝福を勝手にするから・・」
重い空気に耐えかねて口を開けば、居るかどうかも分からない神様に責任を押し付けはじめる。何時ものことだけれど、潔く間違えを認めようとなさらないのは何故かしら?と頭が痛くなる。
「言い訳は聞きたくありません。しかもアンジェ・ノワールに配属など、ありえません」
アリシアさまの話の途中で口を挟み、言い訳をピシャリとはねつけ、冷たい視線で睨みつけることにした。けれども、アリシアさまは、狼狽の色を隠すこともせず言い訳を加速させる。
「ほら。クリステルは、かわいいでしょ? だから大鎌と可愛さのギャップ萌えを狙ったのよ? 黒いマントに特注で三角帽子も付けたわ。似合うと思わない?」
フェリシアも似たようなことを言っていたけれど、クリステルは着せ替え人形じゃないし、アリシアさまに深いお考えが無いこともよーく分かったわ。あまりに馬鹿らしくて、呆れて言葉が出てこない。
「はぁ・・・。そのような理由でアンジェ・ノワールの騎士になさったのですか?」
作り笑いを浮かべたアリシアさまは、怯えながら口を開く。
「今日のアンは怖いわ。大鎌は冗談よ? 彼女のために『エペ・ラピエル』を渡したわ」
魔道具の話にすり替えようとしているのかもしれないけれど、その手には乗らないわよ。それに、女王陛下の権限が与えられている騎士が研究員を兼任すれば、配属後、皆が扱いに困ってしまう。
研究員を諦めて頂く必要があるわね。そこで、最大の問題点を突き付けることにする。
「供与する魔道具など、何でも構いません。血の契約が確認できた以上、セントラル内にクリステルの合否を判定できる者がいません。つ・ま・り、不合格です!」
私の言葉を聞いたアリシアさまは、急に立ち上がると動揺を隠さず大声で叫ぶ。
「ダメよ! 女王アリシアの名の下に合格になさい。命令よ!」
エリックさまとのお約束を固執なさる理由が分からないけれど、負ける訳にはいかないわ。私は、冷ややかな目で見つめながら、冷静に口を開く。
「アリシアさま。セントラル内の騎士の人事は、エリック長官を通す規則です。ご自分で作られた規則をご自分で破られませんよね?」
頬を膨らませながら私の話を聞いていたアリシアさまは、腰に手を当て、右手を私に差し向けるとプンプン怒りながら口を開く。
「今更言える訳がないわ!そうだわ。あなたも同罪よ? 騎士をアゴで使っていたらしいわね!」
突然の口撃に怯んでしまう。
アゴで使っていたかどうか分からないけれど、彼女は泣きながら仕事をしていたのよね・・・。ちゃんとフォローしていたつもりだったけれど不十分だったかしら?と一抹の不安を覚える。
このままだと言いくるめられてしまうわ。頭をフル回転させて反撃材料を探す。
「それは・・・。アリシアさまが叙任したことを忘れていたからではありませんか!」
私の反撃に、アリシアさまは腰に手を当てたまま間髪入れずに反撃してくる。
「あなたは、人の立場で扱いを変えるの?バイトだからって朝から晩まで、不眠でコキ使うの? エリックが知ったら、きっと怒るわ!」
「アリシアさま!酷いです!」
ごもっともな指摘に心が耐えられなくなって、思わず声を上げてしまう。
アリシアさまは、静かにソファーに座ると姿勢を正して冷静な口調で話し始める。
「クリステルが騎士だと知っている人は少ないはず。何も考えずに合格を出せばいいのよ」
「いずれバレると思います」
「大丈夫。1日だけ研究員で働いて、次の日、騎士になったと言えばいいのよ。簡単なことだわ」
アリシアさまの意志が固く、入省後、正式な騎士の通達を出される予定があることも分かった。私がどうこう言える立場にないけれど、アンジェ・ブランの騎士であれば、研究員の上位互換のような役職。能力も十分あるし、なぜ、回りくどいやり方をするのか全く分からない。
そもそも、クリステルは騎士の自覚があるのかしら?とふと疑問が湧いてくる。
「クリステルは、騎士の自覚があるのですか?」
「もちろんあるわ」
「私から確認してよろしいですか?」
「もちろんよ」
アリシアさまは、上手くいく未来しか見えていないようだけれど、私は、エリックさまと一悶着起きる未来しか見えないのよね・・・。陛下の騎士として、苦言を呈することにする。
「分かりました・・・。エリックさまは頭が切れます。正直にお話しすることを進言いたします」
「もう。あなたは心配性ね? 私に任せて頂戴」
自信に満ち溢れたアリシアさまの答えに不安しか感じない・・・。私は「かしこまりました」と答え、ソファーから立ち上がり、スカートの裾を摘まみ丁寧にお辞儀をすると執務室を後にする。
次は、クリステルね・・・。




