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57 入省試験3 ~セントラル本部応接室~

―――私とクリステルの出会いは5月の終わり。

その頃、アリシアさまのご命令で供給開始した未完成の人工魔石が、直ぐに割れると非難が殺到し、技官達が対応に追われて研究室の雰囲気は最悪だった。


追い打ちをかけるように、「新魔道具リボルバカノン用の人工魔石を6月16日までに用意せよ」と勅命を受けて、悪い雰囲気が加速する。研究費も人も増えたけれど、「絶対に無理です」と私に泣き言を言う研究員を宥めながらも、研究室の局長として、打開策が無い厳しい状況に悩んでいた。


ある日の定例会。

アンヌ・マリーさまが研究補佐の女性を連れてくる。クリステルと名乗った彼女は、見た目が可愛らしく天然系。バリバリ研究するタイプに見えないので、研究室の雰囲気を変えるためのマスコットガールかしら?と気にも留めていなかった。


次の日、アンヌ・マリーさまの執務室に呼び出されて『成功するまで帰さない合宿』が通告される。「業務が滞ります!」と意見したけれど「滞る業務を片付ける機会を失うけどいいの?」と脅され、「フェリシアと私にしかできないのよ?」と半ば強制的にC研(実験室C)に連れ込まれた。


合宿と銘打つ強制労働が始まると、クリステルは新しい器具類や設備改造のアイデアを次々に提案し始める。器具類の図面や発注書、設備の改造指示書など、アンヌ・マリーさまが目の色を変えて書き始め、私は言われるがまま、大量の書類を抱えてセントラル内や工廠を目まぐるしく走り回る。


数日も経たないうちに、C研は様変わりする。見たことがない器具類や魔改造された設備類、アンヌ・マリーさまが持ち込んだ結合剤が揃うと、解決の糸口さえ見いだせていなかったマジッククォーツサンドの安定化した結晶体が短期間で完成した。


この時、初めてクリステルが特別な存在だと気付き始める。


その後、少しずつ魔石を大きくしながら試作を繰り返し、最終的に過去最大の人工魔石が完成した。この成功は、結合剤の効果も大きいけれど、試作を繰り返す中で、問題が起きれば、原因を論理的に絞り込み、次々に打開策を打ち立てて、問題を突破し続けたクリステルの分析力や思考力に依るところが大きい。


目の前の彼女が、基礎魔学研究室を希望してくれてとても嬉しいけれど、研究の進め方は、若返った百戦錬磨の研究員の様で、私が指導出来ることも余りなく、局長として彼女を使いこなせる自信が持てず悩ましい・・・。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇

「クリステルさん。お疲れ様です。以上で結晶魔学の試験を終了します」

事前に用意した最後の出題とその回答を得て、試験の終了を宣言する。クリステルは試験が終わり、胸に手を当てて安堵している様子がうかがえる。


私は、彼女の様子を微笑ましく思いながらも、評価書に所見と評価を記載し、最後にサインを入れ魔力を流すと口を開く。

「クレマンさま。専門分野の試験が終了しました」

試験と評価の終了を伝達し、サインを入れた評価書を丁寧に手渡しする。


「フェリシア殿。ありがとうございます」

クレマンさまは、礼を述べると評価表を受け取り、全ての評価書の方式審査を開始した。再び沈黙が支配し、書類を捲る音だけが部屋に響き渡る。


パタン


ファイルを静かに閉じる音が終了を告げ、クレマンさまが口を開く。

「基礎および専門分野の試験を全て終えたことを確認しました。以上で、口頭試問を終了いたします。

志願者は、魔力を流した受験票の半券を、フェリシア殿に提出してから退出してください」


クリステルは、私たちの目の前で魔力を半券に流し終えると、椅子の右手側に立ちスカートの裾を摘みお辞儀する。

「ありがとうございました」


プライベートでも見せる穏やかな表情に、私も安堵したけれど、面接や研究で、別人のようにバリバリ答える彼女は、何かに取り憑かれているのかしら?と心配になる。


何度見ても、そのギャップに慣れないし、どちらが本性なのか、よく分からなくなる。私は、笑みを浮かべると彼女を労うため口を開く。

「お疲れ様です」


「ありがとうございます」

彼女は、ニッコリして礼を述べると、半券を持つ両腕が私にスッと差し伸ばされる。ほぼ同時に、長袖ブラウスの裾から見覚えのある腕輪が露わになる。

「あら? 綺麗な腕輪ね」


腕輪から目線を外し、半券を丁寧に受け取る。クリステルは素早く胸の前に腕を引き戻し、右手で腕輪を隠すとモジモジしながら恥ずかしそうに俯く。

「すみません。面接の場に相応しくないですよね?」


見覚えのあるデザイン。印象的な『黒い大鎌』の刻印。絶対忘れてはいけない、大切な『何か』だったはず。喉元まででかかっているのに思い出せない。少しだけ集中すれば思い出せるかもしれないけれど、試験管たちの視線が気になりはじめる。

「そんなことありませんわ。とても素敵です・・・」


「フェリシア殿? 半券を受け取りましたか?」

眉を顰めたクレマンさまが、受験票の受け取りを疎かにする私をフォローする。腕輪に気を取られていた私は、透かさず返答する。

「はい!受け取りました」


私の言葉を確認したクレマンさまが、首を縦に振り頷くと口を開く。

「志願者は、半券を提出したら退出して頂いて構いません」


「はい。ありがとうございました」

クリステルは、試験官に向き直ると試験のお礼を述べてから、スカートの裾を摘まみ、お辞儀してからバタバタと部屋を後にした。


パタン


扉が閉まる音が消え、静寂が支配する。

ふとアンヌ・マリーさまと目が合い、左手首に嵌めたアクセサリーが目に留まる。


―――あっ。思い出したわ。


黒い大鎌が刻まれた腕輪。

彼女の突出した能力。

細い金糸が縫い込まれた赤いドレス。

今まで感じていた違和感の1つ1つが一本の線で結ばれ、答えに確信を齎す。


本当なら、答えに辿り着いてスッキリするはずなのに、全身から冷や汗が噴き出し血の気が引いていく。


―――最悪だわ。


「フェリシア。顔が真っ青よ?どうかしたの?」

私を心配するアンヌ・マリーさまの声が聞こえてハッとする。とてもじゃないけれど、私一人で抱え込めないわ。


半泣きしながら研究していたクリステルを見る限り、アンヌ・マリーさまは、何もご存じないかもしれない。しかし、ご存じない『フリ』をなされている可能性もある。


彼女が何者なのか分かったけれど、試験を受けた理由だけが分からず謎が深まる。


「フェリシア殿。次の志願者が控えておりますぞ」

眉を顰めたクレマンさまの声が部屋に響く。緊急を要するけれど、誰が味方で敵なのか全く分からない状況で、不用意に発言出来ない。少なくとも、ここで報告する内容ではないわね・・・。


机上の資料とクリステルが、机の下に忘れたカバンを手に持つと口を開く。

「少し眩暈がしましたが、問題ありません。クレマンさま。直ぐに交代いたします」


交代を告げ、隣の控室に繋がる扉が開く。同時に、クレマンさまと3名の試験官が、右手を胸に当て頭を下げ、アンヌ・マリーさまのご退室をお見送りなさる。私は、控室で交代を待つ試験官に状況を説明し、引継ぎを済ます。


パタン


控室の扉が完全に閉まり、私とアンヌ・マリーさまが控室に残される。控室のメイドに一時的な退室を指示し、誰もいないことを改めて確認すると、意を決して口を開く。

「お話があります」


アンヌ・マリーさまは「ふぅ~。疲れたわ」と小さい声で呟くと、仮面を外しながらソファーに座る。

「構わないわ。あなたもソファーに掛けなさい」


ソファーを勧めて頂き、ゆっくり腰を掛けながら、ギリギリまで最善の対応を考え続ける。もし、私がターゲットで、アンヌ・マリーさまが一枚噛んでいたら、私はお終い。ターゲットでなくても、同僚や部下に相談した内容が漏れれば、誰に何が起きるか分からない。他の騎士様を頼る手もあるけれど、誰が味方で敵かも分からない・・・。


最大の庇護者だと心から信じたいアンヌ・マリーさまに相談するしかないかしら。選択肢を徐々に絞り込み、胸に手を当てて「ふっ~」と息を吐き1つに決める。あとは、探りを入れつつ様子を伺うか、直球で話して反応を見るか・・・。


少しづつ反応を伺いながら、話を進めてみようかしら・・・。

「クリステルが嵌めていたアクセサリーを見ましたか? とても素敵でした」


差し障りのない話を装い、表情の動きに注視する。アンヌ・マリーさまは、目を閉じ、首をクルッと小さく回すと、右肩をトントンと叩きながら口を開く。

「あら、そうなの?まったく気付かなかったわ。どのようなアクセサリーだったのかしら?」


アクセサリーの言葉に反応が見られないので、もう少し様子を見てみることにする。

「左手に嵌めていました。見えませんでしたか?」


アンヌ・マリーさまは、目を輝かせながら、嬉しそうな表情を浮かべて反応する。

「あら?指輪かしら?見えなかったわね」


話に興味を持たれている印象で、心当たりも無さそうなご様子。

アンヌ・マリーさまは、関係ないかもしれない。

もう少し踏み込んだ話をしてみて、反応を見ることにする。

「いえ、腕輪でした。クリステルにピッタリのデザインです」


「今日の試験のために買ったのかしらね?どのようなデザインだった?」

表情がパッと明るくなり、声のトーンも高くなる。

興味津々のご様子で、わずかに身を乗り出した。


アンヌ・マリーさまのご反応に、全くご存じない様子で、大丈夫だと確信した。

ただ、誰がターゲットなのか予想もつかない。身に覚えはないけれど、私がターゲットかもしれない。


ちゃんとご報告しておかなければ、もしもの時、助けてくださらなくなる。

でも、私が関係ない場合、リスクが大きすぎるわね・・・。


―――そうだわ!私は女優。

何も気づかないお馬鹿キャラを演じればいいんだわ。

突発的に頭に思い浮かんだアイデアを演じることを決めて口を開く。


「はい。天使がモチーフになっておりまして・・・」

「あら。彼女らしいわね!」

「かわいらしい天使は何と!悪魔のように真っ黒で・・・」

「ふふっ。普段と仕事のギャップみたいね?」

「しかも。天使は鎌を持っていて、コワカワで可愛くないですか!?」


私の話を聞き終えたアンヌ・マリーさまが一瞬固まり、驚きの表情を浮かべて声を上げる。

「えっ?」


ワザとらしく間抜けた口調で、私は「はい?」と答える。眉を顰めながら、困惑の表情を浮かべるアンヌ・マリーさまが、再び口を開く。

「どういうこと?」


秘密を打ち明けて、少しだけ気が楽になれたけど、投げ返すことが出来ないボールだと知りつつ、ボールを投げたことで気が重くなる。


けれど、研究職の局長が対処できるレベルを遥かに超えてしまっているし、アリシアさまと仲が良いアンヌ・マリーさまなら、きっと何とかするはず!


私は、お馬鹿キャラのままで口を開く。

「怖いと可愛さを合わせて『コワカワ』です。彼女らしいと思いませんか?」


演技がワザとらしかったかしら?

アンヌ・マリーさまは、ジト目で疑いの眼差しを向けてきた。


「はぁ~」と小さなため息が漏れ聞こえ、やりすぎたかしら?とドキドキする。暫く沈黙が流れ、アンヌ・マリーさまは、左腕を胸の前に持ち上げて話し始める。

「あなたが見た腕輪は。これ(ブラスレ・ダンジェ)と同じかしら?」


瞼がピクピク動き始め、怒ってらっしゃるかもしれない。

真面目な口調で答えないと不味いわね。

「チラッと見えただけなのでわかりません」


巻き込まれる訳にもいかないので、曖昧に答えたけれど、私の目が捉えた腕輪は、紛うことなきブラスレ・ダンジェ。血と契約の証。刻印は、大鎌を持つ黒い天使。諜報と暗殺が噂されるアンジェ・ノワールの刻印。


長年、セントラルに勤めているけれど、初めてアンジェ・ノワールの騎士さまにお会いした。滅多に現れないので、存在すら忘れてしまいそう。後々追及されたら、初めて見る刻印でしたと言い張るしかないわね。


顎に手を当てて悩ましい表情を浮かべたアンヌ・マリーさまは、背もたれから背中を起こすと、作り笑いを浮かべて口を開く。

「クリステルが忘れたカバンだけど、私が届けるわ」


忘れたカバンは口実で、腕輪の確認が本命だと察したけれど、折角のお申し出に、それらしい理由を付けてお願いすることにする。


「本当ですか?この後、局長会議があるので助かります」

「気にしないで。私は研究室に戻るから、ついでに立ち寄るわ」

「ありがとうございます。よろしくお願いします」


カバンをお渡しすると、平静を装いつつも血相を変えたアンヌ・マリーさまをお見送りする。私にはどうすることもできなくて、心の中で『本当にごめんなさい』とお詫びした。

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