56 入省試験2 ~セントラル本部応接室~
口述試験会場の扉の前。いよいよ試験が始まる。
私は、フェリシアさまから、試験対策をしていただいたけれど、対策を受ける機会がない志願者に申し訳ない気持ちが溢れる。
けれども、フェリシアさまは、必要な能力を持つ人に加点する仕組みだから問題ないわ!とおっしゃるし、アンヌ・マリーさまは、専門性が高い仕事は、点数よりもマッチングが重視されるものよ?と当たり前のようにお話しされた。
制服組の志願者も、出身省庁や研究所の先輩から試験対策を受けていることが分かって、特別扱いじゃなくて、一見さんをお断りする試験だと自分に言い聞かせた。練習通りならば、試験前に簡単な面接があるはずだわと、ギュッと手を握る。
トントン
中から「入りなさい」と声が聞こえ、荘厳な重い扉を開けた。フワッと心地よい風が吹き抜けて、待合室と同じ素敵なお部屋が目の前に広がる。
一歩進み出て扉を閉めると、入室の挨拶をするためスカートを摘み、足の膝を深く折り曲げて口を開く。
「失礼いたします」
挨拶を終えて正面を見据えると、仮面をつけたアンヌ・マリーさまと見覚えのある眼鏡を掛けた小父さまが、部屋の中央に置かれた大きな机の前でご着席されている。
お二人の両側に目を向けると、初めてお会いする室長だと思われる若手男性3名と笑みを浮かべたフェリシアさまがご着席されていた。フェリシアさまは、アンヌ・マリーさまの基礎魔術研究室の局長でリーダ。そして、お茶飲み友達。
フェリシアさまと目が合い微笑み返すと、机の前まで進み出る。再びスカートを摘み、足の膝を深く折り曲げてご挨拶しながら、自己紹介をするため口を開く。
「私は、クリステル・フォーレと申します。よろしくお願いいたします」
自己紹介を聞き終えた小父さまが、落ち着いた口調でゆっくりと話し始める。
「私は、本試験の主査を務めるクレマン。左におわすお方が、アンジェ・ガルテエーヌ騎士アンヌマリー・マルティノッジさまであらせられる。失礼が無いように」
「承知しました」
小父さまに「どうぞ掛けてください」と席を勧められ着座し、大きめのバッグを右足下に置くと再び話しかけられた。
「試験前に、私から簡単な面接を行う。初めに、経歴を聞かせてくれるかな」
「はい、私は、王立レゼル大学卒業後、宮廷省の技官として2年勤務。その後、親の介護のため、フーシェ伯領首都レローズに戻りました。半年前に親が亡くなりましたので、アーロン様付き研究員で技官アルマ・ルーセルさまのご紹介により、アンヌマリー・マルティノッジさまのご推薦を頂き、現在に至ります」
思い付きで、余計なことを言わないように注意しながら、事前に用意した回答を淡々と述べていく。けれども、小父さまの優しい顔が徐々に崩れて、強い視線が向けられるようになる。
「レローズからお越しですか?」
私は、立ち振る舞いや答えも、完ぺきに出来ているはずなのに、彼ったら、首を傾げたり、眉間にしわを寄せたりと不自然な動きも加わる。面接で大切な何かを見落としているのかしら!?と不安になる。
「いえ。反乱前から王都で、アルマさまの自宅に滞在しております」
質問に回答すると、直ぐに目線を下げ、心臓をバクバクさせながら次の質問を待つ。けれども、時が止まったかのように沈黙が流れ、一向に話が進まない。
沈黙に耐えかねて恐る恐る目線を上げると、小父さまと目が合ってしまう。
しまったわ!と目を伏せようと思ったけれど、彼は、不振の眉を寄せて、私の事をじっと見つめ続けて視線を外してくれない。
ラファエラさまに睨まれた騎士さまや局長さまのように体が固まってしまう。小父さまは、咳払いすると、不信感を露わにして話し始めた。
「不幸中の幸いですな・・・。ところで、5階か8階で何度か見かけたことがある気がします。気のせいでしょうか?」
想定外の質問に、一瞬頭が真っ白になる。
あう!どうしよう!最難関だと言われる試験だけあって、普段の行動を観察して、その質問をしてくるなんてビックリだわ!さすが、セントラル。
アンヌ・マリーさまとフェリシアさまに視線を向けると、頭を小さく横に振っている。二人にとっても想定外の質問だったのかしら? フラフラしてノックアウト寸前に見えるわ。
誰にも頼れないわね・・・。しっかりしないといけないわ!
私は、8階のラファエラさまの執務室で、小父さまにお会いしたことがあったはず。ただ、ラファエラさまが、激おこプンプン丸で小父さまとお話しできなかったのよね。隠すこともないので、深呼吸して心を落ち着かせると自信をもって答えることにする。
「8階の執務室で・・・」
「クレマン!あなたは、夢と現実の区別が付いていないと思うわ?」
アンヌ・マリーさまは、普通に答えようとした私の言葉を遮り、質問返しをした。不意を突く質問は、不意を突く質問で返すものだと教えてくれたのかしら? 凄いカウンター口撃に、小父さまはタジタジ!彼は頭を抱えて悩み始める。
瞬く沈黙が流れた後、小父さまが顎に手を当てながら話し始めた。
「申し訳ございません。おっしゃる意味が理解できません・・・」
試験中に小父さまをノックアウトしてしまったアンヌ・マリーさまは、「はっ~」と息を吐くと、がっかりした口調で畳みかけるように話し始める。
「あなたが『見かけた』と思い込んでいる場所を考えてみなさい」
「騎士と局長、許可を得た者以外は、立ち入り禁止区域でございます」
「そうよ。理解できた?あなたは混乱しているわ!」
「おっしゃる通りでございます。大変、申し訳ございません」
事実をお話しした小父さまは、何故か夢を見ていたことにされて、謝罪する羽目になってしまった。私が押し切られて、ちゃんと言葉にしなかったからだわ!
けれども、事実を夢だと説き伏せてしまったアンヌ・マリーさまに、このタイミングで事実をお話しすれば、顔に泥を塗ることになるし、納得した皆さんが大混乱するかもしれない。
黙っておくべきかしら?と悩んでいると、小父さまが話し始める。
「オホン。次の質問に移ります。研究室の希望はあるかな」
私が悩んでノロノロしている間に、次の質問に移ってしまったわ。心の中で、小父さまごめんなさいと謝りながら、希望を伝えるため口を開く。
「基礎魔学研究室を希望します。そこで、マジッククォーツサンドの結晶成長に関する研究や魔力の安定供給に関する研究を望みます」
私の希望を淡々と聞いていた小父さまが、手元の書類の束を纏め始める。フェリシアさまの経験談を聞いた限り、配属希望の確認で面接が終わり、口述試験が始まるはず。
いよいよだわ!と身構えていると、小父さまが何かを思い出したように話し始める。
「マジッククォーツサンドの結晶化で重要なポイントを教えてくれるかな?」
まだ、面接が続くの??と驚いたけれど、質問返しから、事実を曲げて謝罪させるなんて芸当、私にはできないわ。横槍が入らないように、質問に丁寧に速く正確に答えるため口を開く。
「はい。結晶化のポイントは、マジッククォーツサンドの粒子径を小さくする粉砕魔術と粒子径を揃える分級魔術が重要です。更に、結晶化のため、球状に成形したマジッククォーツサンドの粉体に魔力を注ぐ必要があります。一般的に、魔力を注ぐと形状を維持することが困難です。そこで、魔力を注いでも形状を維持する魔術が重要です」
「なぜ、分級魔術が重要なのかな?」
「仮説ですが、魔力を注ぐと、マジッククォーツサンドの粒子内にある微粒子が動くと考えています。つまり、粒子内に更に細かい微粒子が存在し、粒子と粒子とが接触した状態で魔力を流すと、微粒子が粒子間を動き、混じり合うことで結合する想定を立てています。この仮説が正しければ、粒子をより小さく、且つ大きさを揃えれば、体積あたりの表面積が増えて、粒子同士が接触する機会が増え、より安定的な結晶体が得られると思われます」
「粒子径を小さくしても粉体が崩れてしまうが、何故だと思う?」
「はい。多くの結晶化研究で、粉体が崩壊してしまう理由は、粉体に混ぜる混ぜ物が魔力又は魔力で生じる熱による劣化又は気化するためだと思います。そこで、魔力を注いでも劣化や気化しない混ぜ物を選択すれば、より安定した結晶体が得られると考えます」
小父さまの質問と回答のラリーが何度か繰り返されると、空気が徐々に重くなる。アンヌ・マリーさまは、腕組みして機嫌が悪い。激おこプンプン丸だわ!試験官の皆さんは下を向き、目立たないように身を潜めているようにも見える。
私、何かやらかしたのかしら!?
「皆さまも、ご質問があれば、お願いしたく存じます」
クレマンさまは質問を促すため、両サイドの試験官たちに顔を向ける。けれど、誰も目を合わさず、俯く試験官たちを見て、ようやく状況に気付いて固まってしまった。
ヒイィ。私も怖くて下を向いて目を瞑る。
結合剤の種類とか作り方とかバイタルレコードの話はしていないし、怒っている理由が分からないわ。
「試すなんて度胸があるわね・・・」
アンヌ・マリーさまの地を這うような低い声にゾクッとして背筋が凍り付く。小父さまが私を『試した』ことが原因らしいけれど、試された記憶が全く無いのよね。私は、恐る恐る顔を上げると、小父さまの様子がおかしいことに気付く。
額に大量の汗を拭きだした小父さまは、大慌てで話し始める。
「大変失礼いたしました。ご推薦された志願者殿の完璧な回答に感服いたしました」
室内の全員が、俯いて言葉を待つ。
暫く沈黙が流れ、アンヌ・マリーさまが呆れたような態度で話し始める。
「まぁいいわ。私が推薦した理由を理解したわね?私の意志は陛下の意志。この言葉の意味をしっかり考えなさい」
「「「「はっ。かしこまりました」」」」
4人の試験官の声が室内に響く。事実を曲げて謝罪させた後は、威圧して全員の心を掌握してしまわれるなんて強すぎ。カッコいいわ!私は胸の前で両手を握り、羨望の眼差しを向ける。
小父さまは、別の書類の束を取り出し、咳払いすると試験の説明を始める。
「オホン! 面接を終了し、口頭試問を始めさせていただきます。まず、基礎分野は、事前に選択して頂いた魔学、医学、薬学から各2問。専門分野は、結晶魔学から4問。合計10問を出題いたします。各専門分野の試験官が質問するので、分かる範囲でお答えください」
「はい。承知しました」
各専門分野の試験官による口述試験がついに始まる。




