55 入省試験1 ~セントラル本部待合室~
統一歴1945年8月30日。中央大陸、レゼル王国行政府セントラル本部2階
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「クリステルさま。こちらが待合室でございます。指定のお席はございませんので、どうぞご自由にお掛けになって、お待ちくださいませ」
「ありがとうございます」
すてきなメイドさんにお辞儀をして部屋に入ると、天井から幾つも吊るされた豪華なシャンデリアが目に飛び込んでくる。思わず、凄いわと小さな声が漏れ出てしまった。
視線を下げると白を基調とした室内、開け放たれた大きな窓、窓に掛かる素敵なピンク色のカーテンが目を引く。そよ風でカーテンが優雅になびき、室内に心地良い風が吹き込む。
外は気温が徐々に上がり、額に汗が滲む陽気だけれど、セントラル本部は不思議と涼しい。心地よい風に目を瞑り、身を委ねたい気持ちになる。
子供の頃に憧れた、貴族令嬢が優雅に暮らすお部屋みたいね!と年甲斐もなくドキドキしながら見渡すと、各省庁の制服を着た志願者と思われる方々が中央のソファーを陣取り、面識があると思われる人達同士で話をしたり、専門書を読んだりと試験までの時間を思い思いに過ごしている。
部屋の片隅に移動してソファーに座ることにした。
目立たないように端っこを選んだけれど、私をチラチラ見る視線が気になり始める。
私と同じ出戻り組だと思われる方々は、紺や黒、濃緑など落ち着いた色合いのドレスやスーツを着ているのだけれど、私は、アリシアさまに頂いた赤いシンプルな膝丈のドレスを着ている。やっぱり、目立つのかしら?と少し恥ずかしくなる。
―――今日は試験。集中しないとね。
私は1次試験の筆記が免除されて、二次試験の口述だけ受ける。アンヌ・マリーさまは『心配ないわ』と言うけれど、試験を受けるのだから不安もあるし、心臓がバクバクして収まらない。ヘマをしないように注意しないと!と両手を胸の前で握り目を瞑る。
「クリス?クリステルか?」
背後から私の名前を呼ぶ男性の声がする。
聞き覚えのある懐かしい声。ビックリして声の主に顔を向けると見覚えのある顔。国防省の紋章を付けたマントを羽織る男性が、驚きの表情を浮かべて立っていた。
「えっ?あっ!ドニー!?生きていたのね!」
「あぁ。何とかな。クリステルも元気そうで安心した」
今日まで、ドニーは消息不明で、生死さえ分からなかった。彼は、アランと一緒に仕事をしていたから、痛い目に合っていたらどうしよう!と身震いしていたけれど、生きていて本当に良かった。
泣かないように目頭を押さえていると、彼は目を逸らし、急に暗い表情を浮かべて申し訳なさそうにゆっくり口を開いた。
「何と言えばいいのか・・・。5月末に発表されたアランの件。知っているよな?」
アランの件とは、フーシェ伯領反乱鎮圧後に出された終息宣言の内容だと思う。宣言では、反乱の首謀者アラン・ベルナールの死と関係者の恩赦が正式に発表されたけれど、彼は赦されて、アリシアさまの騎士としてお仕えしている。
この話は、アリシアさまが『内緒よ』とおっしゃられたので、絶対に秘密。
アランの親友で、仕事仲間でもある彼に本当のことを伝えられないのは辛いけれど、後ろめたい心を読まれたり、怪しまれるそぶりも見せられない。余計なことを考えずに口を開く。
「知っているわ」
彼は暗い表情のまま、床に膝をついて身をかがめると話し始める。
「こんなことになって、本当にすまなかった」
反乱前、ドニーは、領地を追い出された農民と距離を置くようにアランを説得していたけれど、説得できなかったことを悔いているのかもしれない。でも、結果を振り返って、間違いだったと言う事は簡単だし、悔いても仕方がない。そもそもドニーは、アランに巻き込まれてしまったのだから、彼に責任はないと思う。
目を瞑り彼に返す言葉を考えていると、跪く彼と私に好奇な視線が突き刺さる。
私は、なるべく目立たないようにしているのに、今の状況は逆効果。その体勢を直ぐ止めさせて、別の話題に変えないとまずいわ・・・。
「彼が決めたことだから、あなたに責任はないわ。わたしは大丈夫」
彼の謝罪に早口で答えて、ソファーから立ち上がると、彼の腕をつかみ強引に立たせた。彼を向かいのソファーに座らせると、私は、何事も無かったかのように振る舞う。
私たちに向けられた視線が次々に外れ、元の穏やかな雰囲気が漂い始める。
彼に流されて、あのままにしておいたら、私が『お説教をしていた』とか、根も葉もない噂を流されたかもしれないけど、直ぐに手を打ったから、きっと大丈夫。
メイドさんがテーブルに置いたお茶を一口飲んで、一仕事終えた気分で一息つく。暫く沈黙が流れると、彼はうつむきがちな目を上げて話し始めた。
「そう言ってくれると気が楽になる。ありがとう」
ドニーの目に輝きが戻って一安心。ただ、誰が聞いているか分からない場所では、差し支えない話題を話すべきだけど、彼は冷静さを失っているのかしら? 同じ話題を繰り返されると困るので、私から話題を振ることにする。
「ところで、あなたも試験を受けるの?」
彼は浅く座り直して身を乗り出すと、困った表情を浮かべて小声で話し始める。
「あぁ。国防省の技官で採用されて一息付く間もなく、大臣命令で試験だよ。ここは、王研(王立レゼル研究所)や軍研(王立レゼル軍事研究所)のスーパエリートや各省庁の選抜だらけだ。俺なんかお呼びじゃないはずだが、何故か、エリック長官と前任のラファエラ宰相が俺を推薦するとか意味が分かんねぇ・・・」
頭を抱えながら彼は話すけれど、ラファエラさまはアリシア陛下だし、エリックさまは騎士で、6月に就任されたばかりのセントラル長官。雲の上の2人に推薦を頂けるなんて、ドニーは、凄い人だったのかもしれないわ。
「ラファエラさまとエリックさまの推薦なんて凄いわね!」
私の言葉を聞いた彼は「はぁ~」と一息つき、この世が終わりみたいな顔で話し始める。
「1次試験の免除は本当に助かった。でもな。ラファエラさまに呼び出されて、魔力を叩きつけられながら、『口述試験で落ちたら覚悟なさい!?』と説教されたよ。本当に生きた心地がしなかった」
彼は肩を落とすけれど、ラファエラさまはアリシアさま。アリシアさまは、お茶目なところもあるけれど、お優しい方。彼も本当の姿を知れば、きっと考えが変わるはず!でも、『内緒よ?』と言われているので、教えられなくて残念!
そこで、彼を目一杯、励ますことにした。
「たくさんの方に応援してもらえてよかったわね!」
「よくねぇよ!」
ドニーの悲痛?絶望の様な叫びが部屋に響く。再び私たちに視線が集まり、私はドキドキする胸を押さえて、平静を装いお茶を飲む。流石に彼も視線に気づいたのか、『ゴホン』と咳払いすると、何事も無かったかのように振る舞う。
無難な話ですら、注目を浴びてしまうなんて、彼は、新たな才能を開花させたのかもしれないわね! 私は、お人形さんの様に笑みを浮かべながら、お茶を静かに飲むことにする。
暫く沈黙が流れてから、ドニーが口を開く。
「クリステルも試験を受けるんだろ?」
「友達の紹介で受けるわ」
「昔、話していたセントラル勤めの友人か? 1次試験をパスするとか天才だよな?」
「そうね。アルマは頭がいいわ」
私は、笑みを浮かべながら、彼の質問に淡々と答えていく。
会話の最適解を見つけたかもしれないわ! この流れに乗れば、再び注目を浴びることもなくなるわね!と心の底で安堵のため息をつく。
すると、彼は、私のドレスを見ながら、思い出したように話し始める。
「ところで、俺らの中で、お前の服の色が話題になっていたぞ」
「ええっ!」
今度は、私の声が部屋中に響き渡る。
しまったわ!と慌てて口を塞いだけれど、さすがに全員の注目を浴びてしまう。『人の注目を浴びる才能』は、伝染するのかしら? わたしも背筋を伸ばし、右指を口元に当てて「こほんっ」とわざとらしく咳払いする。
―――もう! 赤は派手かもしれないと気付いたのだから、『黙っておくものよ?』と伝えたいけれど、今更、伝えても仕方がない。
私は、身を乗り出し、口元に手を添え、小声で確認することにする。
「やっぱり、派手ですよね??」
彼は驚いた表情を浮かべて、身を乗り出して話し始める。
「違う違う! 何と言えばいいのか・・・。赤は女王様と騎士の色なんだよ」
「ええっ!?赤はだめなんですか!?」
再び、私の声が部屋中に響き渡る。
しまったわ!と手で口を塞いだけれど、全員の冷ややかな目が突き刺さる。あん!もう!穴があったら入りたいわ! 真っ赤になっていると思われる顔を両手で隠して、冷たい視線を遣り過ごす。彼の才能が私に引き継がれたかもしれないけど、今じゃないのよ!
俯きながら、頭の中でぐるぐる考えを巡らせる。
私も宮廷省にいたから、赤がアリシアさまと騎士さまを象徴する色だと知っている。だけど、着てはいけない規則は無かったはずだし、そもそも、着てはいけないのならば、アリシアさまが、赤いドレスを私にプレゼントするはずがないわ!
「規則も罰則も無いけれど、赤い服はマナー違反よ!」
突然の声に頭を上げると、ドニーの横に国防省のマークを付けた貴族風の女性武官が立っている。気が強そうな彼女は、嫌悪感を剝き出しにして、私をキッと睨みつけてきた。
ドニーがソファーから立ち上がると、彼女の前に立ちはだかり、口を開く。
「マルグリッド。彼女は、宮廷省を暫く離れていたのだから仕方がない」
「宮廷省にいたのなら、『赤』の意味やマナーを知らないはずがないわ!」
「マナーは公式じゃないし、必ずしも守られていない」
「ここはセントラル!意識の問題よ? 敬意が感じられないわ!」
「ならば、この後、判断されるのだから、お前が言うことではない!」
「この女の肩を持つわけ? 信じられない!」
ドニーとマルグリッドと呼ばれた女性武官との言葉の応酬が何度か繰り返され、彼女が、私を一瞥するとフン!と言い、その場から立ち去る。
私が声を上げたばかりに、全員の注目を浴びて、大声で怒られて、仕舞にドニーに迷惑をかけて本当に散々だわ。涙目の私を、彼は心配そうな顔で覗き込んでくる。
「クリステル。敬意を表すために、赤を着用することもあるから問題ない。気にするな」
見当違いの慰めの言葉に、違うのよ!と言いたいけれど、これ以上、何かを話すともっと面倒なことになるかもしれないので、彼の言葉を受け入れてやり過ごすことにする。
「ドニー。かばってくれてありがとう」
「いや。彼女は、俺の同僚なんだ。失礼なことを言って、申し訳ない」
「私は気にしていないから、大丈夫よ」
ガチャリ
扉が静かに開く音が響き、女性文官が待合室に入ってくる。
「クリステル・フォーレさま。ご準備をお願いいたします」
この場から私を救い出してくれる救世主が現れたわ!
鞄を両手で持ち、素早く立ち上がると口を開く。
「私、呼ばれたから行くわね」
「がんばれよ」
「ありがとう。ドニーも頑張ってね」
「何とかするさ」
彼と一通り会話を済ませると、視線を下に向けて、誰とも視線を合わさず、皆の視線を掻い潜りながら待合室を出る。なんで、こんなことになってしまったのかしら!?とクラクラする・・・。
待合室の扉が、バタンと閉まる音が廊下に響く。
静まり返った廊下で、気持ちがパッと切り替わる。この試験をパスすれば、10月、アランに会えるのよ!アリシアさまとのお約束を思い出し、やる気が漲る。がんばろう。




