52 方針3 ~離宮執務室~
黄金は細々と採掘されているものの、経済成長に伴う通貨の需要が、供給を上回り、何れ破綻する。そして、金本位制を続ける限り、その未来を回避する手段がない。
出来ることと言えば、必死で黄金の大鉱脈を発見するか、一定量の黄金に基づいて紙幣を発行し続けるしかない。しかし、いずれの選択肢も長続きしないだろう。
理由は簡単だ。
人は、問題が起きると重圧と責任を回避するため、ルールに従おうとする。その行動は正しいと思う。しかし、ルールが間違えていた場合は、何が起きるだろうか・・・。
通貨の価値は、黄金や銀の重さではないのだ。
もし、通貨の価値が重さなら価値が固定化され、変わらないはずだ。しかし、レゼル王国は、通貨交換比率が、他国の銀が国中に流入し始めた2、3年で大きく変化した。
例えば、貿易用にも使用される銀貨と国内だけで使用される銅貨の交換比率は、流入前が1:100、現在が1:85なので、銀貨の価値が下がっている。税額は変わらず推移しているから、庶民は、わざわざ両替商で銅貨を銀貨に両替してから納税しているのだ。
このまま、この制度を続ければ、通貨供給が必要な状況で、黄金と紙幣発行との紐づきに縛られ、紙幣発行を躊躇して通貨を供給できず、大不況の引き金を引くことになるはずだ。
そこで、通貨の管理を提案することにした。
「この問題の根本原因は、お金の価値が、『希少な黄金の重さ』だからです。金本位制を止め、国が紙幣の発行と量を管理しては如何ですか?」
前世でも、大恐慌を切欠として、金本位制を止め、通貨の発行と量を国が管理する制度に移行したと記憶している。しかし、この方法も100点ではないけれど、金本位制よりはマシだったはず。
今から制度設計して、管理する仕組みを作れば間に合うはず・・・。俺の提案にアリシアは、驚きと疑いの眼差しを向けて話し始める。
「国は、どうやって国中のお金を管理するの??」
この世界で、国がレゼルの様に口先で市場介入するのは、極めて異例のこと。多くの国々は、造幣局のみ運営し、他国通貨や採掘された貴金属素材を使った造幣や戦費調達のための紙幣発行のみ行い、経済は市場に任せ、管理する発想自体がない。
「今後、組合や商店、ギルドなどは、資金を集めるために証券を大量に発行すると思います。その証券を国が売買することで市場の通貨量を管理します」
人工魔石が民間に普及すれば、魔石を使った様々な魔道具や乗り物、サービスが普及していくことになる。そして、新たな魔道具の供給と普及は、お金の需要の波を生み出すから、市場のお金を誰かが適度に調整する必要がある。
俺の話を黙って聞いていたアリシアは、難しい顔をすると淡々と話し始める。
「それだと、国中の商店やギルドはダメになるわね」
「なぜですか?」
「不景気になれば、証券が売られるはずだから、国が証券を買い支えることになると思うのよ?」
「はい。その通りです」
「大きな不景気が起きれば、人々は経済政策を批判するわ。すると、国は、人々の批判に耐えかねて、積極的に証券を買い始めると思うのよ・・・」
「おっしゃる通りです」
確か、前世で政府や中銀は、20年に及ぶデフレから脱却できず批判に晒され、北京ダックにされるアヒルのように無理やり通貨を銀行や企業に投入し始めたのだ。
結果、企業の競争力が落ち、目新しい商品もサービスも無く国際競争力が落ちたにも関わらず、株価が上がる逆転現象が起きたのだ。
「でもね。売れる物も売れそうな物も無いのに証券を買えば、働く人々は安泰だと考えて、懸命に働かなくなるわ。ギルドが一つ一つ堕落し、堕落したギルドで溢れかえり国も終わるわ!」
誰もが不景気は避けたい。好景気が継続してほしい。しかし、国が市場に積極的に介入すれば、彼女の言葉通りにギルドや商店などがゾンビ化して、市場の自浄能力が機能しなくなる。
不景気は、デメリットばかりではない。成長が望めない企業を振り落とし、優秀な企業にリソースを集中させることができる良い機会なのだ。
働く人の数は限られている。ダメな企業を残せば、リソースが分散して慢性的な人不足に陥り、優秀な企業が、より成長する機会を失ってしまうのだ。
彼女が何処まで理解しているのか分からないが、感覚的に気付ける力は、為政者として優秀なのだろう。
「国が証券を選ばず、買い支えれば、堕落した商店やギルドで溢れかえり、証券価値も何れ暴落することになると思います・・・」
考えがまとまったのか、彼女は机に両手を付き、ソファーから身を乗り出すと、嬉しそうに話し始める。
「エリック。とても参考になったわ! 今の通貨制度廃止と次の制度をアンジェ・ブルゥの騎士に考えさせるわね」
「是非、ご検討ください」
アリシアは嬉しそうにニッコリ微笑むが、ラ・メールや周辺国との貿易問題が気になって仕方がない。
このままでは戦争になりかねず、妥協案を提案するため口を開く。
「何れにせよ、武力衝突は回避すべきだと考えます。例えば、貿易交渉の妥協案として新農薬の輸出や技術の売却を考えませんか?」
俺の提案に、彼女は「ふっ~~」と深く息を吐くと冷静な声音で話し始める。
「その案は駄目ね。売れないわ」
「何故ですか?」
俺の問いに、彼女は一瞬不思議そうな顔を浮かべたが、何かを悟ったのか不敵な笑みを浮かべて話し始める。
「魔獣ペルーダの溶解液に骨粉を混ぜて作るからよ」
「魔獣ペルーダの溶解液ですか? 強力な酸ではありませんか!」
彼女の突然の告白に驚きを隠せず、思わず叫んでしまった。
新農薬の製法は、機密事項の一つで開示されていない。立場的に調べれば知ることも出来たが、騎士となった時点で、国営のレゼル農薬公社に製造が委託されていたため、詳細を知る機会もなく、調べることもしなかった。
アリシアは、ソファーを深く座り直し、足を組み直すと「ふふふっ」と不敵に笑い、ゆっくりと話し始める。
「そうよ? 危険で猛毒。作り方を知れば逆ギレされて、直ぐに戦争ね?」
彼女の言葉に、俺は肩の力がスッと抜けてしまい降参するしかなかった・・・。
「・・・お力になれず申し訳ありません」
「エリックが謝ることではないわ。私たちは、価値あるものがあれば買うと言っているのよ?あとは、彼らが剣と盾でなく、ペンと本で戦うことを期待するしかないわね」
彼女の言うとおりだ。リボルバカノンが対人戦闘に投入されれば数千人単位で死者がでることになる。その様な凄惨な現場は見たくない。そうなる前に、お互いに妥協点を見出してもらいたいものだ。
目を閉じ、今後の行く末を考えていると、アリシアがモジモジしながら言い難そうに話し始める。
「このあとエリックに見てもらいたいものがあるのだけれど、離れの工房に一緒に来ていただけないかしら・・・?」
登場人物の紹介ページを追加しました。
AIイラストも追加したので、よりイメージしやすくなると思います。
是非ご覧ください!
イメージの生成は、プロンプトの作成がポイントの様です。
大変だけどコツを掴むと楽しいですよ。




