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51 方針2 ~離宮執務室~

俺の質問に、アリシアは再び足を組むと真剣な面持ちで話し始める。

「ラ・メール王国やその周辺国で戦争準備の兆候があるのよ。その陰で、オプスキュリテの動きも確認できたわ」


ラ・メール王国は、レゼル連合の西側で国境を接し、海上貿易で栄える中堅国。三大列強に数えられるレゼル連合の敵ではないが、問題は地理的条件にある。ラ・メールは、更に西方にある三大列強の一つ、オプスキュリテとレゼルの中間に位置する国だ。


つまり、オプスキュリテの支援が続く限り、物資は枯渇することがない。ラ・メールは、馬鹿ではないと思いたい。支援が続いたとしても、レゼルに勝つなど、無理だと理解しているはずだ。恐らく、何らかの要求を呑ませるため長期戦に持ち込み、交渉を有利に運ぼうとしているのではないだろうか? 


予想が正しければ、レゼルは短期決戦で臨む必要がある。

そして、その手段として考えられるのが・・・・。

「もしかして、リボルバカノンによる魔術『ティル・オ・フュジール』を実戦で使用されるのですか・・・?」


リボルバカノンは、人工魔石の魔力に依存するので、一般兵士でも使用可能な強力な魔道具で魔術だ。火薬式の簡易的なハンドカノンでさえ領主軍が壊滅したのだから、この世界にリボルバカノンによる魔術に対抗出来る手段が無いと思われる。


使用されれば、一方的な虐殺現場を見ることになるだろう。あまり気持ちいいものではない。そんな俺の不安を他所に、彼女は俺の目を見据えて話し始める。

「対悪魔用魔道具として位置付けているから、状況次第ね。悪魔や魔人が現れれば容赦なく使うわ」


悪魔と聞いて、二か月前の悪魔ベリアル襲撃事件を思い出す。魔人となったジャン。2枚羽の悪魔ベリアルと5枚羽の悪魔。あの圧倒的な存在感に、思い出せば体が強張り、震えが止まらなくなる。


―――離宮別館裏手の広大な敷地に花畑が広がる・・・。


一ヵ月前、休暇中に、散歩でたまたま訪れた花畑で、大きな花束を抱えるラファエラにばったり会った。彼女は、『悪魔や魔人と戦い、散っていった私の子供(使徒)たちが寝ているのよ』と教えてくれた。


よく見ると、色鮮やかな花々に隠れるように墓碑が覗いていた。

墓碑は、名前と手向けの言葉が刻まれ、彼女は、彼らとの思い出を楽しそうに話してくれた。最後に感極まって涙を流す彼女に掛ける言葉もなく、肩を抱きよせ、慰めるしかなかった。


目線を上げると、数えきれない墓碑が広がっている。

多くの無名騎士(使徒)は、その命を代償として、次の騎士にバトンを繋げ続けてきたのだ。


悪魔を倒す日を信じて―――


ついに、悪魔に対抗しうる魔道具リボルバカノンと人工魔石を手に入れたのだ。

対人用としてはオーバキルだが、魔人や悪魔が戦場に出現するならば話は別だ。だが、国対国。人間同士の戦いに、彼らが関与する可能性があるのだろうか・・・。

「悪魔や魔人が、人の戦場に現れるのですか!?」


俺の問いに彼女は、表情一つ変えることなく衝撃的な事実を伝えてきた。

「そうね。オプスキュリテは悪魔と契約しているの。悪魔は稀だけれど、魔人や悪魔付きは頻繁に現れるわね」


一般的なオプスキュリテのイメージは医療先進国だ。

国同士のいざこざも得意の外交力を生かした仲裁を行い、良いイメージしかない。だからこそ、悪魔との契約は信じがたい。仮に真実だとすれば、オプスキュリテも参戦し、悪魔や魔人を戦場に展開してくるのだろうか・・・?

「オプスキュリテも参戦する可能性があるのですか?」


アリシアは、メイドがテーブル上に置いた白磁金彩のシンプルなティーカップに口を付け、一口お茶を飲むと悩ましい顔で答え始める。

「それはないと思うわ。でもね。オプスキュリテは狡猾なのよ。今までのやり方から、魔人や悪魔憑きを傭兵団に所属させてから、支援国に雇わせるのよ」


オプスキュリテの悪魔契約と、傭兵団に魔人が所属している話が真実ならば、戦場で人間か魔人かを見極める余裕などないはずだ。

「なるほど・・・。厄介ですね」

「そうよ。私が躊躇すれば部下が死んでしまうの」


情報の精査は必要だが、魔人がいる前提でリボルバカノンを配備するしかないのだろうか。そもそも、ラ・メールが追い詰められている理由が分からない・・・。

「一つ分からないのですが、ラ・メール王国やその周辺国となぜ揉めているのですか?」


彼女は両手を左右に広げて、一息「はぁ・・・」とため息をつくと、伏し目がちに困った表情を浮かべた。

「貿易交渉がうまくいっていないからだと思うわ。『レゼルは売るばかりで、何も買わないから不公平だ』と言われているのだけど、『売れるものを考える努力もしないで、ふざけているわ!』と突っぱねたから、武力で脅すつもりね」


そう言えば、レゼルの農作物が外交問題化している話を聞いたことがある。


レゼルの農作物が、周辺国へ大量に流入し、従来の農業を続ける貴族の領地経営が傾いているそうだ。そして、農作物の輸出増加は、新農薬の影響で間違いないと思う。


新農薬は、セントラルの基礎魔術の研究過程で発明されたものだ。レゼルは防衛だけでなく、国家機関が魔術研究や政策立案、教育行政などに深く関与し、体系的に研究を行っている。


つまり、新農薬だけならば、影響は小さかったと思われる。しかし、新農薬と新型農耕器具、農作物の増産を見越した流通網や市場の整備、農民の再雇用など、国家がシステム的に推進した結果、大量の農作物が短期間で一気に流通し始めたのだ。


何も想定していない周辺国は、大量の農作物が、突然流れてくることになるので、金貨の流失や領地経営する貴族からの突き上げなど対応に困っているはずだ・・・。

「なるほど・・・。ところで、余った農作物を強引に売りつけていませんか?」


「売りつけていないわ。それどころか他国の商人が来て、たくさん買っていくのよ。新しい農耕器具もよく売れているのだけれど、金貨に混ぜ物をして、お金の重さをごまかすのよね。怒りたいのは私の方よ!」


彼女は激おこプンプン丸だが、この世界の国際通貨は、黄金で出来た金貨で、金貨の重さがお金の価値。混ぜ物をされれば、怒るのも無理はない。

「もはや、経済戦争ですね」


「そうよ? 商売は金貨や銀貨の取り合いだから戦争で間違いないわね。あなたも知っていると思うけれど、『他国に金貨を支払うな』は私の指示なの。払ったら負けよ」


彼女は経済の仕組みをよく分かっている。この世界の貿易は、物々交換が基本で、不足分を金貨または銀貨(通貨)で支払っているのだが、通貨を支払うと、国外に金銀が流失してしまい、国内の通貨発行量が少なくなってしまう。


なぜなら、通貨は他国の通貨を潰して、新たに造幣するからだ。むろん、金や銀山からマイダリング(採掘)して、造幣局に金や銀の素材を持ち込むことで造幣できるが、採掘される量がとても少い。


国内の通貨が減ると、貿易に必要な通貨を市場に供給できなくなるから、成長できなくなるし、不景気時、負の不況スパイラルからも抜け出せなくなる。


国家経営を考えると、金や銀量の管理は、最重要事項なのだ。

「払ったら負けですか!アリシアさまは商人以上に商人らしいです」


不敵な笑みを浮かべた彼女は、「ふふふっ」と笑うと口を開く。

「褒めて頂いたのかしら?」

「もちろんです」


俺の答えを聞いた彼女は満足そうに頷くと、何かを思い出したのか、神妙な面持ちで話題を変えてきた。

「ところで、エリック・・・。相談があるのよ」


相談の話に、ふと、魔人となったジャンを思い出す。あの時は、単なる研究員の引き受けが、悪魔との対峙に発展した。彼女の相談は、些細なことに見えてもスケールが違う。関わらない選択ができればベストだが、そうはいかないのだ・・・。

「何でしょうか? 分かる範囲で相談に乗ります・・・」


彼女は腕組みすると、伏し目がちの表情でゆっくりと話し始める。

「これから、人工魔石が世に出れば、お金がたくさん必要になると思うの。通貨を全て紙幣に切り替えて、国中の黄金を搔き集めれば、暫く持ちこたえられるかもしれないわ・・・」


人工魔石の魔力が生み出す経済効果は、計り知れない。俺は、前世の類似した歴史の記憶があるから、大量の通貨が必要だと気付ける。しかし、彼女は、今の状況だけで気付いている。そして、紙幣と黄金が紐づいているので、根本的に問題が解決しないことも理解しているようだ・・・。


「・・・でもね。いずれ、世界中の黄金を集めても足りなくなると思うわ。どうしたらいいと思う?」

これから大きく発展し、輝かしい未来が見える中で、ネガティブなことは言いたくない。けれども、対策が出来なくもない。かなり重い話だが、正直に答えることにした。


「このまま金本位制を続ければ、通貨の需要に対して供給が間に合わず、いずれ大不況が起きると思います」

俺の回答を聞いたアリシアは、自分の考えと同じだったのか、「はぁ・・・」とため息をつくと、小さく口を開く。

「そうよね・・・」

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