50 方針1 ~離宮執務室~
統一歴1945年8月某日。中央大陸、レゼル王国、王室領レプリューム。
首都ジャルダン・エデン、離宮本館アリシア執務室
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リボルバカノンの実射試験後、セントラル長官に任命され二か月が経過した。
この二か月間、セントラル長官として、魔術、防衛、行政分野の主要研究プロジェクトに関わりつつ、結合剤の再現検討、ハンドカノンやリボルバカノンの量産プラントの設備設計、アンヌ・マリーと協力して、人工魔石の簡易生産プラントの計画を開始するなど、慌ただしく時間が過ぎていった。
今日は、定期的な状況報告のため離宮本館にあるアリシアの執務室を訪問している。
部屋に入ると、正面の大きな机の上に書類が山のように積まれ、書類の山と山の間から、椅子にポツンと座ったアリシアの姿が何とか見えた。
挨拶を済ませると、事前に作成した報告書を渡し、彼女は、俺の説明を聞きながら書類に目を通している
「・・・結合剤の再現が成功し、小プラントが完成しました。少量ですが供給可能です。引き続き、量産プラントの設計と10月からの建設着手に向けて進めていきます。以上で報告書の説明を終わります」
10分間に及ぶ報告書の説明を終え、アリシアの目を見ると、彼女は満面の笑みを浮かべて話し始めた。
「よくやったわ。人工魔石の小プラントは、9月中旬ごろから生産開始できると思うわ。直ぐに結合剤の生産を開始して、ストックを増やしてくださらない?」
実射試験後、試作用実験装置で人工魔石の生産を続けたが、供給依頼が殺到したため、量産プラントが完成するまでの繋ぎとして、小プラントを立ち上げることにした。小プラントが稼働すると、今度は結合剤が不足することになる。
「承知しました。月産量が少ないので直ぐに生産を開始します。引き続き、大量生産可能な量産プラントの検討を進めます」
彼女は満足そうに頷き、報告書や書類の束を手に取り立ち上がると、左側に置かれた大きなソファーに向かい歩きながら話し始める。
「お願いするわ。あと、冒頭で説明して頂いたハンドカノンとリボルバカノンのプラント建設だけれど、年明けの着手では遅いわ・・・。前倒しできないかしら?」
彼女は、プラント建設の前倒しを指示するとソファーに腰を掛けた。しかし、研究室のリソースは、7割が人工魔石や結合剤のプラント設計に従事し、残り3割がリボルバカノンの応用として、列車の開発に注いでいる。
つまり、リボルバカノンのプラント設計は、俺と補佐の研究員の二人で進めている状況だ。全く人手が足りていない。
「申し訳ありません。とても手が回りません」
「はぁ・・・。そうよね。エリックもソファーにお掛けなさい」
アリシアは、溜息をつきながら残念そうな顔で答えると、ソファーを勧めてきた。
「失礼します」
「そうだわ! このリストを見てくださる?」
俺がソファーに腰を掛けると、彼女は、両手を胸の前に合わせて、思い出したかの様に声を上げ、書類の束から数枚の紙を取り出した。
俺は、書類の束を受け取り、紙を眺めると表に氏名、経歴、資格などが書かれていた。
「この表は何ですか?」
「フーシェ伯領の反乱後に作成した有資格・有能者リスト。即戦力になりそうな方がいるか見てもらいたいのよ」
想定外の出来事にアリシアを二度見したが、他意はなさそうだ。
―――まさか、このような形でリストが手に入るなんて。反乱後、誰が死んで生き残ったのか全く分からなかった。情報を集めようとすれば収集できたかもしれないが、疑われるような行為は慎むべきと思い、自制してきた。・・・緊張で胸が締め付けられバクバクする。
紙を持つ手に力が入り、指が震える。
何人もの仲間の名前と顔が脳裏に浮かび、誰の名を探すか葛藤した。まずは、俺の工房で一緒に働いていた親友でもあり、仕事仲間の『あいつ』だ。
「・・・・・・いた! ドニー・ブラン! アリシアさま!彼は生きていますか??」
腕組みと足組した彼女は、苦笑いを浮かべながら質問に答えてくれた。
「落ち着きなさい。そのリストに名前があれば生きているわ」
ドニーの生死は、俺の心に刺さっていた棘の一本だった。彼は、領主軍を壊滅に追い込んだ魔道具を開発、生産していた一人。捕縛されて大変な目に遭ったかもしれないが、生きていた。他にも気がかりな仲間が沢山いる・・・。
「・・・ポール、リアル、ロランも! トム、・・・本当に良かった・・・」
心の棘が何本も抜けて、仕事のストレスや疲れが一気に吹き飛ぶ。進行中の裁判も油断を許さないが、ダンテス曰く『出来レース』だと言われた。状況が間違いなく好転している。流れに乗ろう。まず、ドニーに会い、彼の協力を得ることが最優先だ。
「ドニーは何処にいますか? 彼は、王立レゼル大卒の技士でリボルバカノンの開発者の一人です。彼が協力すれば、日程が大幅に前倒しできます」
日程の前倒しを聞いた彼女は、腕組みした腕と足を戻すと、身を乗り出して、目を輝かせながら話し始める。
「名前の右側に何か書かれていない!?」
リストに再び目を落とし、名前が書かれた行の右端を見ると二つの文字が書かれていた。
「M、Iと書かれています」
「Mは国防省でIが技官。つまり、国防省で技官をしているわ」
反乱鎮圧から三か月で国防省への登用に驚きしかない。いくら何でも早すぎではないか・・・。彼も何らかの取引をしたのかもしれない。
「・・・彼を国防省から引き抜いてもよろしいですか?」
アリシアの顔色を伺いながら、慎重に引き抜きの話をすると、彼女は少し考える様子を見せた後、顔色を変えることなく話し始める。
「私は構わないけれど、長官のあなたが国防大臣に話を通すのが筋だと思うわ?きっと、あの『満腹おじさん』は喜ぶわ」
彼女の言うとおりだ。騎士は、アリシアとの個人契約で、与えられる権力は大きいのだが、その力を振るう場所も無ければ、場面もほとんど無い。しかし、セントラル長官は違う。セントラルは他の省庁を束ねる最高機関であり、更に、他の省庁の大臣は、元老院から選出された貴族出身者が半数を占める。
だからこそ、女王の代理騎士と長官の肩書は、セントラルと関係する行政組織が、俺の言葉一つで末端まで簡単に動いてしまうのだ。だからこそ、権力を笠に着て動くと横暴だと思われてしまう。手順は大事なのだ。
ただ、騎士が大臣を務める省庁は、宮廷省、外務省、国防省があったはず。国防大臣は確か・・・。授章式の悪夢が脳裏に蘇る。
「国防大臣は、モーリス殿でしたか?」
「そうよ。モーリスったら、私の前でもあなたの話ししかしないのよ!」
モーリス殿は相変わらずの様だが、彼であれば話しやすい。だが、セントラルの願書受付は既に終わっている。
願書は特例で通すとして、試験まで一ヵ月も無い。国内最難関だと言われる試験を初見でパス出来るはずがない・・・。どうしたらよいか悩ましい・・・。
「分かりました。モーリス殿と調整します。願書は特例で通します」
「構わないわ。あと、足を引っ張る者がいれば私に言いなさい」
「ははは・・・。ありがとうございます。承知しました」
「とにかく、日程は前倒し。分かった?」
俺に対する彼女は、いつもニコニコしているが、最後のアリシアの顔は、今までになく真剣だった。日程の前倒しは絶対。その方法は、手段を選ばずやれということだろう。
ドニーさえ来てくれれば、前倒し出来る可能性が一気に高まる。ただ、セントラルの試験は絶望的だ。まず、急ぐ理由を確認しておく必要がありそうだ。
「分かりました。しかし、なぜ急がれているのですか?」




