3 血の贖罪と契約3 ~フーシェ伯領にて~
「しかし、これだけの知識をどこで身につけられたのですか?」
ラファエラは再びノートを開き、知識を得た経緯を訪ねてきた。
ノートに書かれた内容は、前世で得た科学技術の知識を駆使したアイデアや科学と魔術の融合に関する内容が書かれている。しかし、この世界で魔術は神の軌跡、科学技術は悪魔の術だとする考えが根強く、特に、科学に対する偏見は今も根深い。
更に、魔術についても、魔術を神聖視する聖教会と論理的なものだと柔軟に考える国とで対立しているとも聞く。
このノートは、魔術を神聖視せず、悪魔の術を組み合わせた内容が記されているのだから、教会の目に触れれば、異端審問されかねないかもしれない。
「そうだな。話半分で聞いてくれ」
俺は生前の知識がある。前世は、魔術や魔力がない代わりに高度な科学技術がある世界。鉄でできた巨大な船。空を飛ぶ乗り物。天にそびえる鉄塔。宇宙や他の星に行くことも出来る」
この話は小さい頃、この世界の両親に話したことがある。しかし、両親は血相を変えて二度とその話をしてはならないと俺に釘を刺した。
なぜなら、両親は、魔術に対してリベラルで寛容なのだが、科学は世間の根強い偏見もあり、話すことすら許さなかった。
魔術が支配する世界で、魔術を使わない現象(科学)は、心霊や悪魔の力が働いている様に感じて恐ろしく、魔力を使わずに道具を動かす技術は、悪魔の術だとする考えが平民に根深く残っている。
そのため、俺が前世の知識を活用して開発した火薬式ハンドカノンも火で点火する方式を採用せず、魔力で発火するように火薬の調合を工夫している。
「鉄で出来た船や乗り物を動かすためには、大きなエネルギを溜めて、少しずつ取り出す技術が必要ですね?そのエネルギを何処から得るのですか?」
俺の心配も気にすることもなく、ラファエラは顔色一つ変えずに質問してきた。
「地下に堆積した大量の古代生物の死骸からだ。採掘した死骸を容器に溜めて少しずつ燃やすことでエネルギを得ていた」
古代生物の死骸とは、前世でプランクトンが堆積して出来たとされる石油、植物が堆積して出来た石炭にあたる。
「生物の死骸を燃やすとか想像するだけで気持ち悪いですね・・・。しかし、燃やすだけでは乗り物を動かせないと思います」
生物の死骸だと聞いたラファエラは顔を顰めたが、燃やすだけでは動かせないと彼女は指摘したのだ。つまり、燃やすだけでは動力に変換できないことに気付いている。
正直驚いた。
前世で、石油・石炭の発見は紀元前頃だが、燃焼で得られるエネルギを動力に変換する技術が発明されるまで1700年以上かかった。エネルギは人が使える動力に変換しなければ意味が無いのだ。
「その通りだ。燃やして得られる熱エネルギを仕事、つまり、動力に変換する必要がある。その変換技術こそが『科学』だ。例えば、我々の武器、ハンドカノンも乗り物の動力源として応用できる」
前世で文明が急速に発展する切掛を与えた技術の一つが『エネルギ変換』だ。石炭を燃やした熱で水を温めることで発生する蒸気でピストンを動かし仕事に変換する。そして、ハンドカノンは熱エネルギを仕事に変換するピストンとして応用できる。
「魔力を使わずに動く乗り物が実現できる可能性があるなんてすばらしいですね。積極的に科学を取り入れるべきでしょうか」
この世界の人が『科学』という単語を使うことに、そして、ポジティブに捉えていることに正直驚いた。やはり、本当か妄想かも分からない言葉で聞くよりも、現物を見るのとでは違うのだろうか。
しかし、この世界のエネルギ問題は深刻なのかもしれない、なぜなら、この世界の歴史を調べると、前世の近世の様な世界が400年以上続いている様だ。
「残念だが、この世界は、世界中の需要を賄うだけのエネルギがない様だ。地下を掘り地層を調べたが、この世界は若すぎる」
この世界で、石油・石炭を探す前に地層を調査したことがある。何か所か掘ってみたものの土の層が少なく岩盤に当たってしまう。この惑星に生物が生まれてから、石油が作り出されるまでに必要な歳月が経過している様に思えない。
「そうですか・・・。火薬はエネルギとして使えませんか?」
ラファエラは少し残念そうに呟いたが、直ぐに気を持ち直して代案を示してきた。
俺のノートは、火薬に必要な鉱石鉱脈の位置や配合に関するデータが詳細に書かれている。この詳細な記述を見れば、エネルギ源として考えているのではないかと予想したのかもしれない
しかし、俺は、火薬が硝石、硫黄、木炭を混ぜて作る程度しか知らず、特に、重要な硝石は、トイレにできる鉱石で、自然界の硝石鉱脈は、乾燥地帯の谷間や洞穴内で稀に採れる程度の前世の記憶しかなかった。
幸いにも、硫黄や硝石鉱脈が近隣の山で見つけられたため、鉱脈の位置や配合に関する試行錯誤の結果が事細かに書かれているだけなのだ。
「工夫すればエネルギとして使うことが出来ると思う。しかし、材料が希少で大量に作れないからだめだろうな」
前世で、硝石鉱脈は殆ど無かったと記憶している。この世界でも硝石は殆ど採れないので、金や銀を燃料として燃やすようなものだ。火薬はあくまでも武器用で、魔力が少ない平民の魔力消費を抑えるために使用しているに過ぎない。
「であれば、今回の反乱もエネルギ切れで遅かれ早かれ息切れしたわね。それとも、頭のいいあなたなら何か秘策があったのかしら」
秘策になり得るものを用意していたが、研究設備と共に領主に全て破壊、焼かれてしまった。この事件は、反乱を決意した一因でもある。なぜなら、長年の苦労と努力の結晶が一瞬でリセットされてしまったからだ。しかし、この秘策は、女王陛下に献上しようと考えていたので、手元に有ったとしても使わなかっただろう。
「狙うは領主の首だけ。多少の火薬で十分だと判断したまでだ。現に領主軍は壊滅状態だ」
灰になった研究設備が一瞬頭をよぎり、口惜しさと怒りが込み上げ、語気を荒げて感情的に反論してしまったが、ラファエラは、今回の件で関係ないのだからと感情を抑えるため右手を胸に当てた。
「でも領主に逃げられたじゃない?」
ラファエラは、感情を現した俺の目を見つめたまま、表情を変えることなく、落ち着いた声音で現実を指摘してきた。その通りだ。軍を壊滅した所で、反乱軍の勝利条件は領主の首だ。勝利したといえない。
「その通りだ。まさか反乱軍を放置して敗走など・・戦略的撤退だと言い訳するのだろうが。負けは負けだ。しかし、まさか最後に俺の話を理解できる騎士殿と話が出来るとは思わなかった」
生まれてから今までの間に、腹の内を話したことがなく、科学に対する偏見や差別に遭わないよう発言や行動に注意を払いながら過ごしてきた。言葉を選ばず、自分の考えを包み隠さず話したのは初めてかもしれない。そして、初めての会話で理解してもらい議論も出来て、とても嬉しかった。
「礼だ。そこに隠し金庫がある。開けてみてくれ。リボルバカノンが入っている」
血の贖罪を申し入れてから、リボルバカノンの扱いに悩んでいた。このまま放置しておけば、騎士に接収されて、彼らが分析することになるだろう。しかし、リボルバカノンの開発に関わった技師のドニーでさえ、魔力を無駄遣いするゴミだと評していたのだから、彼らに理解できるとも思えない。
しかし、リボルバカノンは、エネルギ源さえ確保できれば、一般兵士が強力な騎士を圧倒し、それどころか戦局すら左右する強力な武器になりえる。俺は、リボルバカノンの価値、重要性に気付くことができる人に託したかった。誰でもよかった。
赤い騎士モーリスが金庫からリボルバカノンを取り出すと、ラファエラは、期待以上のプレゼントを貰った子供の様な驚きの表情を浮かべながら声を上げた。
「これはすばらしい。なぜ使わなかったのですか!これを使えば、我らは退却するしかなかった」
ラファエラは、予想通りの反応を示してくれた。先に渡したノートで、彼女は、後半のページを一生懸命読んでいた。後半のページに書かれている内容は、魔力で弾丸を加速する原理やリボルバカノンの構造図、部品図など事細かに書かれている。反乱前にノートの記述を見れば、現物の存在を疑うはずだ。
しかし、反乱でリボルバカノンを使用しなかったため、存在しないと判断したのかもしれない。そんな中、リボルバカノンが目の前にあるのだから、脅威しか感じないはずだ。
「だから言っただろ? 女王陛下に剣を向けるつもりは無いと。それに陛下に献上するために開発していたんだ。使える訳がない」
女王陛下に献上するつもりだったのは本当だ。
陛下は、骨粉と魔獣から採取される酸を混ぜた人口肥料を数年前に発表した。誰もが、農作物の生産が増えて農業に人が必要になると予想した。しかし、陛下は、公共事業として大規模な道路整備や流通事業を開始したのだ。
誰もが人不足で、公共事業が頓挫すると案じた。
その後、農作物の増産と共に農民が減り、道路や流通事業に人が集まった。なぜなら、土地は領主の物で、利益を最大化するため領主が農民を追い出し始めたからだ。
陛下は、将来を予想して、貴族に支度金を用意させ、陛下は農民のため新たな雇用先を用意していたのだ。そのため解雇時、多くの領地で、農民に支度金が支払われ、新たな雇用先も紹介されたためトラブルが少なかったと聞く。
残念ながらフーシェ伯領は、支度金が無く、新たな雇用先の紹介すらなかった。農民は耕す農地を取り上げられて、死ぬしかない状況まで追い込まれていた。
どうせ死ぬなら一矢報いたい。当然の感情だと思う。
フーシェ伯領での農民反乱は、領主の問題。陛下は正しい判断をしていたのだ。俺は農業の一連の政策を見て、陛下の先見の明に感銘を受けたのだ。