47 晩餐会1 ~玉座の間~
馬に跨り、逃げるように離宮に戻るアリシアを見送ると、ブランにリボルバ・カノンを預けてセントラル分室に急いで戻ることにした。執務室に駆け込むと、今日着る予定だった軍服をアンが片付けている。
「すまない。遅くなった」
乱暴に扉を開けて、飛び込んできた俺を気にすることもなく、アンはスカートを摘み軽くお辞儀すると、ニッコリと微笑み話し始める。
「先ほど、晩餐会を明日に延期すると通達がございました。問題ございません」
土埃と汗まみれで、水浴びをしなければ晩餐会に出られない。延期と聞いて、肩の荷が下りるのを感じると、今日一日の疲労が一気に襲い掛かってきた。壁際の椅子にへたりこみ一息つくとアンに指示するために口を開く。
「そうか。軽く水浴びしてから着替えよう」
「かしこまりました。その前に、伝達事項がございます」
いつも以上に礼儀正しく背筋を伸ばし、報告事項があることをアンは告げた。彼女は、常に礼儀正しく、感情も表に出さないのだが、今日のアンはとても嬉しそうな表情を浮かべている。
普段とはまるで違う彼女にビックリして、思わず「どうした?」と尋ねた。俺は伝達事項よりも、いつもと違う理由を知りたかったのだ。
「申し上げます。エリックさまに、綬章の授与が通達されました。おめでとうございます」
俺の言葉を知ってか知らずか、伝達事項を伝えてきた。報告内容は、関心があることではなかったけれど、アンは上昇志向がとても強く、普段と違う訳が何となく分かった。
「急だな。授章理由を教えてくれ」
「悪魔ベリアルと魔獣ヴイーヴル撃退の勲功とのことでございます」
「授与はいつだ?」
「明日、晩餐会前に授与するとのことでございます」
「突然すぎないか」
「いつもの思い付きでございます」
アンの話から、思い付きで授与式を組み込んだため、晩餐会が延期されたと分かった。悪魔ベリアルの襲撃から1週間。魔獣ヴイーヴル撃退は今日の出来事。アリシアの思い付きに、俺は助けられたが、式部局の侍従らは今頃、準備で大変だと思う。
「ただ、問題が一つございまして、綬章は、男性騎士さまに大変不評でございます」
綬章は、肩に斜め掛けされる紐に勲章を付けた章飾だが、足の裏の米粒のように、有っても役立たないし、無ければ気になる程度のものだと理解している。
アリシアに次ぐ権力が与えられているアンジェ・ガルティエーヌの騎士ならば、章飾で権力を誇示する理由も見当たらないので、不要だとする意見もあるかもしれない。ゆえに男性騎士全般に不評だとするアンの話が分からず、理由を尋ねてみることにした。
「なぜだ?」
「綬章は、『かわいらしいリボン』だからでございます」
アンは、これ以上にない最も的確な単語で答えてくれた。常に常識の斜め上を行くアリシアは、かわいらしい程度も、恐らく想像の斜め上を行くのだろう。
一気に気が重くなり、授賞式の出席から逃げ出したくなる。
「辞退できるか?」
「ご機嫌を損ねますが、よろしいですか?」
「そうだよな・・・」
「諦めてくださいませ」
アンの言葉に苦笑いするしかなく、明日のことを一旦忘れて、浴室で水浴びし、ゆっくり休むことにした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
翌日、沈みゆく夕陽の光が差し込む中、授賞式が開かれる玉座の間に向かう。玉座の間に着くと両開きの大きな扉が開け放たれ、正装したアンジェ・ガルティエーヌの騎士や上級貴族、セントラルの局長らが玉座前まで続く赤い絨毯の両脇で整列しつつ歓談しながら、陛下が入場するまでの一時を過ごしている様子が見える。
入口に整列するメイドの一人に導かれ、壁際の通路を歩き最前列まで案内されると、ジル、エドガー、モーリスが微動だにせず、直立不動で整列していた。彼らと、その後ろで整列するアンジェ・ルージュの騎士たちの周りだけが近づき難いオーラを放ち、異様な空気感を感じる。
メイドにモーリスの隣まで案内され、立ち位置を指定されると、俺に気付いたモーリスが、笑みを湛えながら小声で話しかけてきた。
「エリック殿。昨日の攻撃魔術を見ましたぞ。お見事でしたな!」
モーリスの言葉と共に、ジルとエドガーが顔だけ俺に向けたのを見て、3人に軽くお辞儀をすると口を開く。
「いえ。アリシアさまとアンヌ・マリーさまに貸与して頂いた人工魔石のおかげでございます」
俺の言葉は、謙遜でも何でもない。事前に貸与された魔石でもヴイーヴルだけであれば、撃退できたはずだ。しかし、改良魔石が無ければ、大量のガルムを撃退することができず、武官のブランを守ることができなかったと思う。
「ご謙遜なさるな。エリック殿がいたからこそ、我々は授章の栄誉にあずかれるのですぞ」
悪魔襲撃事件以来、ジル、エドガー、モーリスの3人は、俺を気に掛けてくれているようで、何かと懇意にしてくれる。
特に、レゼル王国、全騎士の尊敬を集めるジルの信頼を得たことが大きい。アンジェ・ルージュ所属の面識のない騎士からも話しかけられることや握手を求められることも増えた。ただ、モーリスとの会話は、いつも俺やハンドカノンの賞賛が延々と繰り返される。悪気がないと分かっているのだがキリがない。賞賛の無限ループに入る前に、早々に話題を変えることにした。
「ところで、モーリス殿。あの赤く長い帯状の布が勲章でございますか?」
入場してから玉座横の台上に、整然と置かれた赤と紺色の布と金と銀製の留め金が気になる。
勲章は『かわいらしいリボン』だと聞いていたので、授賞式の場で布が結ばれるのだろうか? 俺の質問にモーリスは、不敵な笑みを浮かべて話し始めた。
「ご存じでしたか? 新人騎士の驚く顔を見るのが授与式の楽しみでしたが、流石、抜け目がございませんな。はっはっはっ!」
モーリスは否定せず、少し困り果てた顔をしながら笑うだけだった。考えてみれば、彼や、ジル、エドガーも当事者なのだ。ふと、彼らの胸元を見ると『かわいらしいリボン』を付けていない。代わりに天使の留め金を幾つか付けているだけだ。
「どの様に結ばれるのでしょうか?」
「気まぐれですな。まぁ、慌てなくとも、じきに分かりますぞ」
モーリスは、ヤレヤレといった表情を浮かべて答えた。ジルとエドガーを見ると、微妙な面持ちを浮かべていた。開式までの間、ヴイーヴルとの戦闘について詳しく聞かれ、丁寧に答えていると優雅な音楽の調べが流れ始めた。
互いの視線が自然に外れ、会場の人々の会話もピタリと止むと、開け放たれた扉の前で、赤いドレスに身を包んだアリシアが姿を見せる。
「「「おぉー」」」
感嘆の声が溢れる中、アリシアは、赤い絨毯の上を優雅に歩き、玉座前で姿勢を正すとピタリと演奏が止んだ。静寂が会場を支配し、遠慮がちな咳払やカチャリと金属が動く音さえ広間中に響き渡る。
静寂の中、式部局男性局長が、玉座の袖から、一歩前に進み出ると会場の人々の視線を集めた。彼は、緊張する様子もなく懐から紙を取り出すと口を開いた。
「悪魔ベリアル襲撃事件にて最大の功績を上げた4名の者を称え、アンジェ・オ・リュバン章が伝達されます」
授章が高らかに宣言されると、正面扉がメイドにより開かれ、女性文官がキャスター付きワゴンを押しながら広間に入る様子が遠目に見えてくる。ワゴンに何か乗せられているのだろうか?ワゴンが進むたびに、大きなどよめきが聞こえてくる。どよめきが波のように広がる様子に理由が分からず、モーリスを見やると「例の翼ですぞ」と小声で教えてくれた。




