44 魔獣ヴイーヴル2 ~第一野外演習場~
野外演習場のテントから飛び出し、野外演習場と式典会場を区切る林の中を武官のブランとともに全力で駆け抜ける。暫くすると、林の向こうに広がる広大な広場が見えてきた。
林を抜け切ると、状況が見えてくる。
ヴイーヴルが式典会場付近まで降下し終え、翼を羽ばたかせるたびに、嵐が吹き荒れるさまに地上のテントや机、椅子を吹き飛ばしている様子が確認できた。
広間の中央付近を歩く人の姿はなく、アンジェ・ルージュの騎士が付近の塹壕や避難施設に人々を誘導する姿や、ヴイーヴルの咆哮で集まったとみられる小型魔獣ガルムを塹壕に侵入しないように駆除している姿も小さく見える。
林を抜け、ヴイーヴルが舞う式典会場の方へ走ろうとするブランに大声で叫ぶ。
「向こうに見える高台に向かうぞ!」
ブランは、困惑した表情を浮かべ、首を傾げながらも「かしこまりました」と答えた。彼の態度から、刀の使い方の話ばかりで、作戦を伝えていないことに気付く。
「陛下が天幕付近に避難されている。ヴイーヴルを天幕から引き離すぞ」
「ヴイーヴルまで距離があります!攻撃がとどきますか?」
ブランの心配はもっともだ。ヴイーヴルまでの距離は、目視で900~1,000アトペデスくらいある。この世界の武器や魔術の有効な攻撃距離は、せいぜい50アトペデス。常識的に届くはずがない距離だ。
「致命傷にならないかもしれないが十分に届く」
「届くのですか!?」
俺の答えにブランは驚きの声を上げる。一般的なヴイーヴルは翼を広げた全長が20アトペデスだと言われているので、ここからでも当てることができると思う。しかし、遠方から狙撃する使い方を想定していないので、レンズを使用した光学照準器がない。ここから目視で急所に当てるなど不可能だ。
「そうだな。目で見える範囲は全て攻撃範囲内だ」
改良魔石を使用するリボルバ・カノンの有効攻撃範囲は、視覚外の2,000を超える。ただ、距離が1,000を超えると目視で目標を捉えることが難しくなるし、金属の弾丸は、飛翔中に空気との摩擦熱で徐々に溶解してしまう問題もある。そのため、目で目標を捉えることができる範囲が、攻撃できる範囲になるのだ。
ブランに、リボルバ・カノンが抱える課題を詳しく話す余裕もないので、別の機会に話そうかと考えていると、俺の言葉に彼は、驚愕した表情を浮かべて大声で叫ぶ。
「目から鱗が落ちる思いです!」
「なぜだ?」
ブランに、目から鱗が落ちるような新しい気づきを与えたつもりはない。敵の出鼻をくじくために、敵よりも遠くから攻撃した方がいいはずだよな?と考えていると彼は答える。
「士官大学や軍研では、視界に敵がいる前提で戦いを学びます。視覚外から攻撃する発想自体が、斬新で驚きなのです」
ブランの言うとおり、この世界の戦闘は、魔術や槍を使い、目で見える範囲で全て行われる。たとえば、後方の魔術士が、魔術で先制攻撃を敵の前線に加えてから、槍を持つ騎士が近接攻撃魔術を併用しつつ、馬に乗り突撃するのだ。戦術として、前世で活用されていたことがある弓やクロスボウのような飛び道具が無いから、戦略上、魔術以外の遠距離攻撃を全く想定していない。
ブランは、俺を尊敬の眼差しで見つめるが、正直な所、尊敬されるほど深く考えていないし、言われるまで気が付かなかった。
「水を差すようだが、そこまで深く考えていないからな?」
「固定概念に捕らわれない、新しい発想に感動したのです」
一切、迷いなく答えるブランの目を見てしまうとプレッシャーしか感じない。
俺は騎士を名乗っているが、名誉称号の様なものだ。つまり、軍事は素人同然。ブランから戦闘について学ぶことがあると思うが、彼に教えるなどありえない。俺にとっての軍事アドバイザーを失望させるかもしれないので、話を終わらせるため口を開く。
「その話は、成功してからにしよう・・・」
「失礼いたしました。しかし、エリック様の魔術は、発動スピードの速さと攻撃回数の多さで圧倒的です。その上で、視覚外からの攻撃は、ヴイーヴルですら防ぐ手段がないでしょう!」
話を終わらせようとしたが、ブランは一向に話を終わらせようとしない。どうしたものかと苦笑いをしつつ、これからヴイーヴルに行う作戦を伝えることにする。
「わざと気付かれるように仕向けるから、期待するなよ」
「それでもヴイーヴルが私たちに近づくまでの間、一方的に攻撃ができます。距離は我々の味方です」
何処までも前向きで、的を射たブランの言葉に流石だなと感心しつつ、高台を陣取る魔獣の群れに遭遇し、走る足がピタッと止まる。
「そうだな・・・目の前のガルムに邪魔されなければな・・・」
ブランが、身の丈ほどあるリボルバ・カノンを抱える俺の前に出ると、魔力を込めた刀、リュミエール・エタンスラントを構えながら口を開く。
「私が道を切り開きます。エリックさまは、続いてください」
俺は黙って頷く。
「ウインド・ブレード!」
ブランは、高台の麓で陣取る20~30匹のガルムに向けて、ブレード状の魔力を斬撃として幾重にも飛ばし続ける。攻撃力は高くないが、シンプルで発動スピードがとにかく速い。そして、人工魔石の豊富な魔力があるからこそできる技だ。
「何ですかこれは! 魔術が・・・いえ、魔力がワルツを舞うように軽いです!」
ブランは、驚きの声をあげたが、溢れ出る魔力で調子に乗らないように釘を刺す。
「限界が低いから丁寧に制御しろ」
刀に使用している人工魔石は、改良魔石でなく、アリシアに支給してもらったものだ。限界が低いので、人工魔石2個を連結して一定の魔力を確保しつつ、魔力変動は、自分の魔力で調整する制御が必要になる。一方で、人外の魔力が得られるので、気を抜きやすいのだ。
「かしこまりました」
ブランは、ウインド・ブレードや電撃を放ちながら、俺の指示に答えると、俺とともに高台に駆け上がる。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
高台の頂上に到達し、広大な広場を見渡す。
吹き上がる風が前髪を揺らし、緊張感が大きな波となってこみ上げてくる。予想通り、広大な広場を見下ろすことができた。式典会場や天幕まで何も遮るものが何もない。ブランとともに駆け上がってきた頂上までの道なき道を振り返ると、ガルムの屍がいくつも横たえている・・・。
———理想的なポジションだ。
天幕付近を旋回するヴイーヴルを横目に、休む間もなく魔道具リボルバ・カノンのバレルを伸ばし構える。俺は、アイアンサイトを覗き込み、ヴイーヴルに照準を合わせて大声で叫ぶ。
「ここから威嚇攻撃する。掩護を頼む」
「承知しました」
ブランの返事を確認し、背中を彼に任せる。
魔石を入れた圧力容器の圧力を上げ、リボルバ・カノンを単射モードに切り替え、安全装置を解除してバレルに魔力を流した。予想以上に動き回るヴイーヴルに当てないようにしながら、俺たちに気付くように威嚇する必要がある。
「エリックさま!数が多すぎます!!」
突然、ブランの叫びに、背後を振り返ると高台を駆け上がる10匹前後のガルムと林の中から次から次へと飛び出してくる無数のガルムが見える。状況を理解すると、リボルバ・カノンを連射モードに切り替え、魔石を入れた圧力容器の圧力を下げた。




