41 研究発表3 ~第一野外演習場~
アンは、カウンターテーブル上に置かれていた2つの宝石箱の一つから、表面に微細なヒビが入った大きさが15ペデスの人工魔石を丁寧に取り出した。取り出された魔石は、アリシアに8つ支給してもらったので、見覚えがある。彼女は、会場の人々に見えるように人工魔石を指で摘まみ掲げると口を開く。
「私たちは、何十年にも渡りマジッククォーツサンドの結晶化に取り組み、2年前。不安定ながらも結晶化に成功いたしました」
アンは、掲げた魔石を宝石箱に戻すと、もう一つの宝石箱から、二つ目の人工魔石を丁寧に取り出す。取り出された魔石は、悪魔ベリアル離宮襲撃事件に使用した大きさが20ペデスの完全な人工魔石だった。
彼女が、会場の人々に見えるように魔石を指で摘まみ掲げると会場から、「何だ!あれは」や「なんて大きさだ」、「安定化しているぞ」といった感嘆の呟きが聞こえてくる。会場のどよめきが収まるとアンは話を続けた。
「その後、試行錯誤の末、ついに安定化した人工魔石を生成することに成功いたしました」
アンの発表に、会場内はどよめき、舞台袖の年配技官は「ご静粛にお願い申し上げます」と丁寧に発言すると、会場のどよめきが収まり、再び静寂に包まれる。
アンは、会場の人々の落ち着きを確認すると言葉を続ける。
「人工魔石の成功は、アリシア女王陛下の温かいご支援とアンジェ・ブラン騎士エリック・ルネソンスさまの手厚い技術支援、そして、この場におりませんが、一人の調合技士の協力の賜物でございます。この場をお借りして深く御礼を申し上げます」
発表前の事前説明で、アンに調合士を紹介してもらいたいとお願いしたが、今忙しいから10月まで待ってくれないかしら?と断られてしまった。
この時、アンは不自然な笑みを浮かべていた。『怪しいな』と思いつつも、セントラルの技官で調合士を隠す理由も見当たらず、本当に忙しいだけかもしれないので、10月まで待つことにした。
アンは謝辞を終えると、スカートの裾を摘まみ、膝を曲げてお辞儀をし、会場にいる人々は一斉に立ち上がり、拍手喝さいを送る。アリシアが席に座ると、周囲の者もアリシアに倣い席に着いた。会場が静寂に包まれると、彼女は、正面に貼られた大きなポスター資料前に移動して説明を続ける。
「それでは、マジッククォーツサンドの結晶化技術の現状と将来についてお話しさせていただきます・・・」
発表資料とその内容については、アリシアとアン、俺の3人で話し合って決めたので、目新しい説明はない。当たり前だが、貴族に人工魔石の生成方法を開示できないので、最初に現物を見せて、当たり障りのない話をすることにしたのだ。
当たり障りがない話と言っても、最新の『魔力焼結法』を採用する前の生成方法、例えば、圧力容器にマジッククォーツサンドの粉体と水を入れて、高圧高温化で結晶化を促す『魔力水熱合成法』など、興味深い内容が幾つか含まれている。
結晶化に到る泥臭い研究の歩みに感心する一方で、セントラルの研究者は、問題に阻まれると手当たり次第、試行錯誤的に問題を解決しようとする傾向があるので、今後、問題解決のやり方を変えていくべきだと考えている。
アンは、結晶化技術の歴史と現状の話を一通り終えると、将来について話し始めた。
「人工魔石は、個人の魔力タンクではございません。より大きな人工魔石を生産し、活用することで、産業インフラ、社会インフラ、生活インフラ、国の防衛体制など全ての基盤を抜本的に変えます。基盤の抜本的見直しは、国を豊かにすることができます」
アンのスピーチを聞いた貴族たちがざわめき始める。感の良い貴族は、人工魔石が、王族や貴族の優位性をより高めるためのものではないことと、特権階級の魔力的優位性を失うことに気付くはずだからだ。
アリシアは、遅かれ早かれ貴族制を廃止するわ!と言っていたが、内乱が起きるのではないかと心配になる。内乱が起きずとも、ひと悶着あるのではないか。貴族のざわめきが収まらない中、アンは話を続ける。
「例えば、村や町、都市全体に魔力を行き渡らせることで、各家庭の照明、給水、温かい水の供給、料理の熱源、部屋の暖房など生活を豊かにすることで、新たなビジネスチャンスが生まれます」
新たなビジネスチャンスに関する情報を優先的に得た上級貴族は、新たなビジネスに抵抗せず、投資を決断すれば、莫大な利益を得ることが出来るだろう。特に、生活基盤に関わるビジネスは必要不可欠になるはずだからリスクも少ない。
しかし、貴族の反応は薄く、ざわめきが一向に収まらず、興味関心を示している者が少ないと感じた。しかし、アンは気にする様子もなくポスター資料を指し示しながら話を続けた。
「更に、馬車の動力源としてご利用になれば、物流が高速化され、多くの物を遠方までお運びいただけます。そして、新農薬で大量生産が可能な農作物と各都市間を結ぶターンパイクとを組み合わせていただくことで、より大きな経済効果が期待されます」
新農薬の優先的な供給を受けている貴族は、近隣諸国への輸出を含め相当な利益を得ていると聞く。それも、新農薬の供給開始前から始められていたターンパイクの建設によるところが大きい。そして、新農薬の販売やターンパイクの通行費でアリシアはぼろ儲けしていると噂されている。
一方で、駅伝馬車で運搬しているので、輸送費も高いし、大量輸送ができない問題がある。しかし、この問題も技官のレオに研究させているリボルバ・カノンの技術を応用した列車で解決できるはずだ。
貴族は庶民の生活に関わる話で、興味を示さないばかりか、嫌悪感を抱いたようだ。しかし、馬車の動力源に活用できる説明で、ざわめきが収まり、貴族はアンの話に徐々に耳を傾け始めた。静寂に包まれた会場で、アンは更に話を続ける。
「産業インフラも同様でございます。現在、人や家畜が担っている重労働を人工魔石の魔力で置き換えることが出来れば、24時間、休みなく大量に物を生産することが出来るようになるのでございます」
まさに今、何百年に一度、訪れるかどうかのゲームチェンジが起きようとしている。アリシアは、全ての計画を教えてくれなかったが、貴族制廃止後の貴族は、国営企業の財閥にするらしい。
金融システムも変え、アリシア自身も、司法権や行政権、立法権の一部を委譲するらしい。他にも色々と言っていたが、ここまで考えているのかと驚いてしまった。アンは、ポスター資料の説明を終え、カウンターテーブルに戻ると最後に口を開く。
「次に、人工魔石の魔力を力に変換する技術について、エリック・ルネソンス様にご報告していただきます。ご質問は、エリック・ルネソンス様のご発表のあと、まとめてお答えいたします」
アンはスピーチを終え、スカートの裾を摘まみ、膝を曲げてお辞儀をすると、メイドに先導されて席に戻ってきた。
アンが、自席に戻ると同時に、局長級の年配の技官が舞台袖のカウンターテーブル前にゆっくりと登壇し、話し始める。
「アンヌ・マリー・マルティノッジさま。ありがとうございました。ご質問は、エリック・ルネソンス様のご発表のあとに、必ずお時間をもうけさせていただきます。暫くお待ちくださいませ」
貴族を見やると、挙手して発言しようとする者や質問したいような表情を浮かべた者が何人もいた。アリシアが「後にしなさい」と一喝すると、すごすごと引き下がったが、納得できないと言った表情を浮かべていた。年配の技官は会場が落ち着くのを見計らい、話し始める。
「アンジェ・ブラン騎士エリック・ルネソンス様に『マジッククォーツサンドの結晶体を利用した魔力加速器の構造とその基本原理』についてご発表していただきます。よろしくお願い申し上げます」




