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2 血の贖罪と契約2 ~フーシェ伯領にて~

「血の贖罪を望む者。名乗りなさい」


女騎士は、俺の目を見ながら凛とした声音で名を尋ねてきた。彼らは司令部が置かれたこの部屋を目掛け、迷うことなく突撃してきたと思われる。司令部が置かれている場所が把握されている以上、部屋に居る可能性が高い人物も絞り込んでいるはずだ。

虚偽は、知の贖罪の機会を失うことに直結する。


「俺は、指揮官をしているアラン・ベルナールだ。騎士殿のお名前をお聞かせいただけないだろうか」


「なぜ名を知りたいのですか?」

女騎士の問いに、死が確定している俺が名を知る意味もないのではないかと一瞬、頭を過ぎるが、相手の名も知らずに仲間の命をかけた契約を結ぶ訳にはいかない。


「血の贖罪の約束が果たされるのか心配だからだ」

答えを聞いた女騎士は、俺の思いを察したのか小さく頷き名を名乗った。


「私は近衛騎士団アンジェ・ガルディエーヌ筆頭騎士ラファエラ。あなたが血を捧げれば、約束は果たされます。安心なさい」


近衛騎士団アンジェ・ガルディエーヌNo.1で筆頭騎士ラファエラ。

アンジェ・ガルディエーヌの騎士は、軍だけでなく国家の要職に何人も名を連ねる文武両道のエリート集団だ。そのエリート集団のトップに君臨し、行政府セントラルの宰相を兼任。兵士間で『漆黒の聖女』と呼ばれる騎士が彼女だ。


しかし、近衛騎士団員は、公式の場で仮面を外すことが無く、目の前の女騎士がラファエラ本人だと確認できる術は全くない。


アンジェ・ガルディエーヌに関する情報や噂は、反乱を計画する際に徹底的に調べ上げた。歴史を紐解く限り、アンジェ・ガルディエーヌが内乱鎮圧に投入された公式記録はなく、戦いの記録は全て外国との戦争に限られていた。


記録から、地方の内乱程度でアンジェ・ガルディエーヌが全面的に参戦する可能性は低いと予測できたが、しかしながら、数名程度が支援目的で参戦する可能性はあると考えていた。


調べる中で最も不自然な記録が多い騎士が目の前のラファエラに関するものだ。


彼女に関する噂は、

『魔力放射による範囲攻撃で、一瞬で敵を無力化した』

『ラファエラの歌を聞いた兵士達が、狂戦士のように暴れ出し、敵を壊滅させた』

『ラッパを吹いたら突風が起きて、大地が不毛の荒れ地になった』

『聖教会の聖女、癒しのエリーゼと掴み合いのケンカをした』

『薬を貰ったら後で高額請求された』

『不治の病を治した』

『未来が見える』

『神と交信していた』など、幾つかの噂話が集まった。


普通、一つぐらい確からしい話があるものだが、嘘だと分かる噂話しか無い人も珍しい。しかし、幾つかの噂に共通する内容は、魔力量の多さだ。そして、目の前にいる彼女の魔力量は尋常でない。


更に、彼女の魔力は変化する点も特徴だ。突撃された際の魔力は、攻撃的な痛みや冷酷な冷たさを感じたが、今現在は、温かみ?宙に浮き癒されるような感覚?を感じる。


「ラファエラ殿。感謝する」

彼女の名乗りと約束が果たされるとの言葉。そして、会話が成立している状況への感謝の気持ちを素直に伝えた。彼女は再び頷くが、仮面を付けた顔から感情を読み解くことは出来ない。


「あなたの罪と償いをしめしなさい」

彼女の言葉に跪き答えるために姿勢を正そうと試みるが、足は少しでも動かそうとすると激痛が走り、ガクガクと震え下半身は当分、動かせないと感じた。


「跪くことも出来ず、動くこともままなりません。このままの姿勢でお許しください」


痛みをこらえながら上半身を起こし、壁を背もたれとした状態で姿勢の非礼を詫びた。


「許します」

彼女も無理だと察したのだろうか、姿勢の非礼を責めることは無かった。両脇に控える2名の赤い騎士も警戒しつつも状況を静かに見守っている様だった。


「私の罪は、領主に抵抗したこと。領主の度重なる圧政、理不尽な私刑、暴行に苦しめられ陳情を繰り返すも受け入れられず、領民を巻き込み戦うしかなかったこと」


領主が権力を笠に着て、気にくわない領民を私刑し、結婚未婚問わず目に付いた女性を暴行していたのは事実だ。何度も是正を求める書簡を中央(王都)に送付したが、返信も改善されなかった。


だからと言って、反乱を起こして良いわけがないことも理解している。ただ、何度も助けを求め続けてきたことを理解してもらいたかった。


「だまれ、この機に及んで言い訳か!」

大柄な体格をした赤い騎士が、俺の言葉に重ねる様に怒声を上げた。残念ながら『何故助けてくれなかったのですか?』という俺の意見は、弱者の言い訳にしか聞こえない様だ。


「モーリス」

ラファエラは、モーリスと呼ばれた赤い騎士の方へ顔だけを向けて静かに名を呼び、彼の言葉を制止した。モーリスは、ラファエラの目を見て、納得できないという態度を示した後、俺の顔をキッと睨みつけた。


「続けなさい」

ラファエラは、俺の方を向き、言葉を続ける様に静かに話した。


「女王陛下並びに陛下の代理騎士様に剣を向ける意図はありません。我らの目的は領主の首。領主討伐後は罪を認め、いかなる罰を受けいれる覚悟でした。しかし、領主を打ち取れず、道半ばにして無念であります」


俺にとって、陛下に剣を向ける意図がないことを改めて伝えることは重要だった。無論、密室での会話は、後で歪曲されて記録される可能性が高い。しかし、今、生きている俺が、この場所で紡いだ一つ一つの言葉は事実だ。


「平民でありながら、領民をまとめ上げ、領主直下の騎士団を壊滅させたこと。見事でした」


俺は、突然の評価に思わず驚きの表情を顔に出してしまった。貴族特有の遠回しな嫌味の可能性もあるが、調べた限り、ラファエラは貴族の爵位を持たないはずだ。かといって、平民でもないはずだ。考えれば考えるほど訳が分からなくなる。


しかし、前回の戦で領主軍が大損害を被ったのは事実だ。褒められる理由はどこにもない。


「咎めないのか?」

仮面で隠された目や体の動きに細心の注意を払いながら、言葉の意図を探るため理由を聞いてみた。


「十分な装備、訓練を受けた騎士団と正々堂々と戦いお前たちは勝ったのです。武人として、これを見事と言わずして、なんといいましょうか」


ラファエラの言葉は、一切の迷いがなく、事実を素直に受け入れている様に感じた。前回の戦で、領主軍は平民の雑兵だと馬鹿にして、数の暴力で正面から挑んできた。


傍から見れば正々堂々とした戦いに見えるかもしれないが、実態は、平民の雑兵による一方的な虐殺現場であった。しかし、ラファエラの言葉通りならば、大損害を受けた領主軍の賠償は求めないとも読み取れた。


「もはや言葉の裏を読む余裕もないので、素直に受け取ります。血の贖罪により望むは、領民および部下の恩赦。刑の執行免除。差し出すのはわが命」


ラファエラは微動だにせず、静かに聞いていたが、両脇に控える2人赤い騎士は「何っ!」と声を荒げた。しかし、赤い騎士の反応は至極当然だ。なぜなら、俺の命で他の者は無罪放免にしてくれと要求したのだから。


「足りません。あなた一人の血で領民と部下の執行免除は釣り合いが取れません。領民および部下の減刑まで」


ラファエラは、俺の目を見ながら静かに妥協案を示してきた。妥協案の内容は想定通りだった。彼らもまた勝手に物事を決められない。内乱を起こした者に妥協すれば、彼らの立場が危うくなることが容易に想像つく。


しかし、女王陛下が魔術や魔石、武器開発が趣味だとする噂が本当ならば、譲歩を引き出すことが出来るのではないかと考えた。


「私は、知識を差し出すこともできます」

俺の言葉に、全く反応を示さなかったラファエラが、一瞬、反応したのが分かった。


「どの様な知識ですか」

ラファエラの声は少し明るくなり、明らかに興味を示していることが分かった。


「我々が使用する火器。ハンドカノンの構造と作り方、火薬の知識。そして、魔力で金属の弾を連続で発射するアイデア。私の知識が書かれた資料も差し出します。領民と部下の執行免除を求めます」


俺は、今まで書き溜めてきた知識が全て纏められたノートをジャケットの内ポケットから取り出した。ノートは赤い騎士モーリスが受け取り、彼がパラパラと紙をめくり中身をチェックした後、ラファエラに渡された。


ノートを受け取ったラファエラは、中身を軽く見たのち、突如、赤いフードを下ろし、仮面を外した。驚きだった。仮面を外したラファエラの顔は、想像していたよりもずっと若く、18歳位に見えた。落ち着いた雰囲気で、黒目、黒髪の美しい女性だった。


ラファエラはノートを見ながら、『なるほど』と呟いたり、「凄いわね」と感心したり、「たいしたことないわね」など独り言を一通り言い終えると、ノートをゆっくりと閉じて、俺の目を見ながら話した。


「幹部の執行免除は認められません。しかし、幹部以外は、執行免除となるよう取り計らいましょう」


この場で、譲歩案が示されるとは思いもよらなかったが、幹部以外の義勇兵や領民の恩赦が認められたことに正直驚いた。アンジェ・ガルディエーヌの騎士は、女王陛下の権限が与えられていると聞くが、その話は嘘ではないということだ。


「そうだな。全員無罪放免は虫が良すぎるよな。幹部はどうなる」

俺と幹部は、無罪放免などありえない。そもそも反乱を起こした時点で、皆、覚悟を決めていた。領主の首さえ取れれば死に方などどうでもよかった。しかし、領主に逃げられた今の状況は、死ぬに死ねない。


「本来なら極刑。減刑で無期限の労役でしょうか」

ラファエラの言葉は、どことなく寂しげに、言い難そうに教えてくれた。しかし。彼女が教えてくれた答えは、死ではなかった。減刑の余地を示してくれた。


絶対に無理だと諦めていただけに心が揺らいだ。生き残れば必ずチャンスが訪れる。極刑を免れる可能性があることが分かっただけで俺は十分だった。


「そうか・・・。教えていただきありがとうございます」


俺はラファエラに心から礼を言った。

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