37 束の間の休息1 ~行政府セントラル本部~
統一歴1945年6月14日。中央大陸、レゼル王国王都テール・プラミス。
行政府セントラル本部2階、空中庭園シエル。
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私は、セントラルの採用試験を受けると決めてから、アルマと一緒にセントラル本部が運行する乗合馬車に乗って、毎朝、セントラルに通う日々を過ごしている。
2週間前。
アルマに、アンジェ・ガルティエーヌの騎士アンヌ・マリー・マルティノッジさまを紹介してもらい、採用試験の推薦状を書いて頂けたのだけれど、アンヌ・マリーさまは、私がマジッククォーツサンドの結晶体を作れることを知っていて、幾つも質問された。
アンヌ・マリーさまに、知っていることを全てお話ししたら、手を握り感謝され、『明日から来て頂戴!』と懇願され、『試験勉強があるから』とお断りしたのだけれど、『口述試験の試験官は、私が担当だから問題ないわ。合格よ!』と何かに追い詰められているような必死なお顔でお願いされ、とてもお断りできる雰囲気でなかった。
お給料も貰えるし、もしかしたらアランに会えるかもしれないと、淡い期待もあって、悩んだ末に引き受けることにしたのだけれども、マジッククォーツサンドの粉体と見覚えのある結合剤が目の前に置かれて、『直ぐに人工魔石を作っていただけないかしら?』と手を握られながらお願いされ、押し切られるように、私が人工魔石を造ることになってしまった。
そんなこともあって、ほぼ毎日、セントラル本部のアンヌ・マリーさまの研究室に引きこもって、結晶化の感覚を思い出しながら、夜と昼の区別も休みもなく、ひたすら魔石作りをしている。
魔石作りは、アンヌ・マリーさまが、私の感覚的なテクニックを次々に数値化して、作業をフローチャート化しながら、問題が起きれば原因と解決策を一緒に考えて試していくのだけれど、アランも同じことをしていたので、彼と一緒に魔石作りをしていた頃を思い出して、思わず嬉し涙がでてしまった。
涙を流す私をみて、アンヌ・マリーさまは、無理ばかりお願いしてごめんなさいと謝られたけれど、アランを思い出して涙がでてしまったことを言えなくて、一生懸命、誤魔化していると苦笑いされてしまったかしら。
以前、結晶化に成功したことがあるけれど、初めて使う魔道具や器具類を使いこなせなくて設備を手直ししたり、道具を新しく造って頂いたりした。失敗と改善を何度も何度も繰り返して、5日前、直径が20ペデスの大きな人工魔石が完成する。以前、私が造った魔石は大きさが10ペデスほど。マジッククォーツサンドの粉体がなくて、大きなものにチャレンジできなかったけれど、倍の大きさ。
アンヌ・マリーさまは、完成した人工魔石を見て、目に涙を浮かべながら「あなたのお陰よ」と喜んでいただいて、二人で手を握り、抱き合い、喜びを分かち合った。
連日の研究が一段落して、アンヌ・マリーさまは、人工魔石の評価をするからと離宮にお戻りになられたので、私は、試験勉強の合間に、アランに会えるかもしれないと空中庭園シエルを訪れ、日中の一時を穏やかに過ごしている。
暫くすると、赤いシンプルなワンピースを着た黒目黒髪の美しい女の子が、私にゆっくりと近づいてきて話しかけてきた。
「こんにちは。ここで何をしているの?」
15歳くらいに見える女の子が、ニッコリとほほ笑む姿は、あまりに可愛らしく思わず見とれてしまうほど。私もニッコリと微笑みがえし、彼女に答える。
「少し疲れたから、休んでいるのよ」
黒目黒髪の女の子は、私の隣に自然と座り、上目遣いで尋ねてきた。
「あなたは、ここで働いているの?」
「8月の採用試験を受けるため、勉強しているのよ。あなたは学生さん?」
「違うわ。働いているわ」
「えぇ!?その若さで凄いわね・・・」
働いているという彼女の話に、びっくりしてしまったけれど、飛び級してグランド・ゼコール(エリート養成大学)に入学するような優秀な人は、最短15歳で大学を卒業してから、王立研究所で学びつつ、セントラルの研究室に配属され、研究していると聞いたことがある。
彼女もエリートなのかしら?と年下の若手エリート研究者かもしれない彼女に尊敬の眼差しを向けると、彼女が話し始めた。
「私は、アリシアよ。あなたは?」
レゼルの女王さまと同じ名前なのねと思いつつ、私に顔を近づけ、グイグイくるアリシアに苦笑いしつつ、私は引き気味に答える。
「私は、クリステル。よろしくね?」
アリシアは、私に抱きつき、鼻をクンクンさせたあと、顔を上げて話し始めた。
「あなたから甘い匂いがするから来たのよ?」
突然、匂いがすると言われて、研究室に引きこもっていたことを思い出したのだけれど、体も髪も洗って、服も替えたはず。体に洗い残しがあったのかしら?と訳が分からず、アワアワしながら答えた。
「えっ!ごめんなさい。毎日体を洗って、髪も洗うようにしているのだけれど、お金があまりなくて・・・」
最近、良い香りがする石鹸や洗髪剤が流行っているけれど、お値段が少し張るので、節約のために無香料の安いものを使っている。香料は、洗い残しの匂いを誤魔化す効果もあることに気付いて、安いものを選んでしまったことに後悔していると、私の答えが見当違いだったのか、アリシアは頬を膨らませる。
「そういうことじゃないわ!何といえばいいのか分からないけれど、あなたは『祝福で粉まみれ』なのよ」
粉まみれと言われて、庭園の植木の花や花粉が付いたのかしら?と服を見たけれど何も付いていないし、庭園に花を付けた樹木も見当たらない。
「えっ? 何も付いていないと思うけど」
私の言葉にアリシアは間髪入れずに真面目な顔で尋ねてきた。
「クリステル。あなたは魔法が使える?」
粉まみれの話が、何故、魔法の話になるのかしら?と首を傾げつつ質問に答える。
「使えないわ。使える人を見たこともないわ」
魔法が使える人がいると聞いたことはあるけれど、私も両親も友人も誰も見たことがないので、本当にいるのか疑わしいと思っているし、多分いないと思う。
アリシアは、体を起こし姿勢を正すと、真面目な顔で私を見ながら話し始めた。
「私の真似をしてみて。まず、両手の手のひらを前に出して、手の平の上に小さい炎をイメージしながら『炎よ。出ろ』と心で念じてごらん?」
アリシアの真面目な表情に、思わず笑みが零れてしまったけれど、彼女の表情や態度から、私をからかったり、試している訳でもなさそうだし、何かの実験かもしれないと手伝うことにした。
「フフッ☆。分かったわ。やってみるわね」




