32 召喚された悪魔1 ~悪魔ベリアル~
耳を通さず、頭の中に直接響く不思議な声とともに、円形ステージの地面全体から黒い靄がゆっくりと沸き立ち、明らかに周囲の様子がおかしくなった。
暫くすると、地面に、光り輝く黒い大きな文様のような魔法陣が浮かび上がり、魔法陣の中心から人の形をした『何か』が浮かび上がってくる。
人の形をした何かは、特徴的な赤い目と頭から生える黒いツノ、顔や首、手の肌は真っ黒だった。直ぐに人ではないと分かったが、黒で統一された小綺麗な服と黒いマントを羽織っていた。そして、背中の2枚の黒い翼と細く長い尻尾。容姿は、おとぎ話の挿絵で描かれる悪魔に近い。
おとぎ話で描かれる悪魔との違いは、人間の服を着ていることだ。
突如、目の前に現れた2枚羽の何かに怯えているジャンは、声を震わせ叫んだ。
「誰だ!お前なんか呼んでいない!」
呼んでいないと一蹴された2枚羽の何かは、ジャンの言葉を気にすることもなく、丁寧に自己紹介を始めた。
『我はベリアル。力を欲する者よ。ラファエラの結界内で、我を呼び出すとは、たいしたものだ』
2枚羽の何かは、ベリアルと名乗り、意図的でないとしてもジャンがベリアルを呼び出したことを示唆した。ジャンは、大したものだと褒められたことに気を良くしたのか、饒舌に話し始める。
「当たり前だ。俺は、この国でトップクラスの魔術士だ。ヘーゼルとは違う」
ジャンの言葉にベリアルは、赤い目を少し細め、前屈みになると右手を差し出し、落ち着いた声音で語り始めた。
『我と血の契約を結び、全てを捧げよ。さすれば、この世を破壊する力を授けよう』
ベリアルの契約と代償としての力を授ける言葉に、悪い予感と胸騒ぎがして、俺はジャンに大声で叫んだ。
「契約をしては駄目だ!」
俺の言葉がジャンに届いたかどうか、聞こえたかどうか分からない。
彼は、俺を一切見ることなく、ベリアルの目を見つめたまま落ち着いた声音で話し始めた。
「全てを捧げるから、さっさと力をよこせ」
ベリアルは、上から目線のジャンの言葉を気にすることもなく、床に倒れたままのジャンの胸ぐらをつかみ、片手で体を持ち上げると、彼の目を見ながら話し始めた。
『威勢がいいな。さぁ、力を受け入れ、魔人となれ』
ベリアルは、ジャンの首筋に噛みついた。
「ぎゃぁぁぁぁ・・・」
首筋に噛みつかれたジャンは、悲鳴にも近い声を上げて叫んだ。
彼の悲鳴は、演習場に響き渡り、ヤバい空気を察した技官らは、悲鳴を上げながら我先にと退避し始めた。首筋を噛まれているジャンは、目は赤く、肌が徐々に黒くなり、細く長い尻尾と頭から2本のツノの様なものが生えてきている。見た目は、ベリアルと同じ悪魔だ。唯一の違いは、背中に翼が無いことと服装、背丈だけだろうか?
『さぁ。手に入れた力で、一暴れしてみろ!ラファエラの使徒と犬共を殺せ!』
ベリアルは、悪魔のように変化したジャンを満足そうに見つめながら、右手を横に振り、目に付く人を殺すように指示を出した。ジャンは、ベリアルを一瞥したのち、俺に顔を向けるとゆっくりと話し始めた。
「まずは、目の前の騎士をヤってからだ」
ジャンは、ゆっくり俺に向かって歩き始め、間合いを徐々に詰めてくる。
俺はハンドカノンを構えると、躊躇なくトリガーを引いた。
パァーン カァーン
パァーン カァーン
パァーン カァーン
カチッ、カチッ
ハンドカノンから射出されたゴム弾は、全てジャンに当たったものの、固いものに当たり弾かれたような音がした。そもそもゴム弾は、戦闘用途でなく、護身用で殺害を目的としたものではない。
生身の人間に当たれば、動きを止め、のた打ち回る程度のダメージが期待できる。しかし、ジャンの体は、人間の体とは思えないほどに硬化していると感じた。
ジャンの黒い顔から感情を読み解くことは難しい。しかし、彼の赤い目は、余裕のある目つきで俺を睨みつけ、馬鹿にしたような声音で話し始めた。
「弾切れか? 全く効かねぇなぁ」
弾切れに気付いたジャンは、突如、大地を踏み込み、俺に突進し、右手こぶしで殴りつけてきた。
突如伸びてくる拳をハンドカノンのボディで受けたものの、ジャンの力を受け止めることも受け流すこともできず、吹き飛ばされた。俺の体は、何度か回転し、壁に激突することでようやく止まった。
「ぐはぁ。うぅ・・・」
演習場の壁に背中がぶつかった衝撃で、一瞬、呼吸が出来なくなった。
両手両膝を大地に付き、呼吸を整える俺を見て、ジャンは、赤い目を細めて満足そうに話し始めた。
「確か、殺す気でかかってこいと言ったな?」
壁に手を掛け立ち上がると、「あぁ。言った」と答えた。
俺の言葉を確認したジャンは、両腕を前方に伸ばし、黒い手のひらを俺に向けて、魔術行使の準備を整えると話し始めた。
「自分の言葉に後悔しな!俺の圧倒的な魔力の前に絶望するがいい!」
彼の満足そうな怒声とともに黒い掌が一瞬光り、光が手のひらに収束すると、彼は叫んだ。
「ガンマレイバースト」
膨大な光が俺に向けて放たれる。見たことのない攻撃魔術だ。ジャンの攻撃を真横に飛んで、紙一重で交わしたが、観戦席で逃げ遅れた技官が、攻撃に巻き込まれた。技官は、全身が黒く焼け爛れ、呻き声をあげながら、その場に倒れた。
「おい。関係がない者を攻撃するな!」
俺は、ハンドカノンに弾を再装填し、昨日、出来たばかりの改良人工魔石に取り換えながら、観戦席に向けて攻撃しないように叫んだ。




