30 試合1 ~第一演習場~
翌日の午前中。アンヌ・マリーの研究室を訪れ、技官の質問や対応の指示を行い、仕事の合間に、今回の件をアンに相談したところ、大変ねと同情された。
ジャンは、セントラル屈指の魔術士らしいが、悪い意味で有名らしく、気にくわない同僚や上司に、見境なく決闘を申し込み、ケガを負わせて、ラファエラに、しょっちゅうお仕置きをされているらしい。彼は懲りないのよと半ば呆れながら教えてくれた。
アンは、ジャンの戦闘を何度か見たことがある武官を知っているわと、武官を呼び出し紹介してくれた。仕事中に呼び出して申し訳ないなと思いつつ、武官から詳しい情報を聞くことができた。話を終えると、アンは、頑張ってくださいねと苦笑いしつつ俺を見送ってくれた。
午後、昼食を終えて、自分の研究室に戻り、試合に向けた準備をした。準備と言っても、俺は、戦闘員ではないから準備らしい準備がない。ハンドカノンの動作チェックと訓練用の木刀、武官の話を参考に用意した魔術対策を準備した位だ。リボルバカノンの持ち出しも考えたが、陣地制圧用に開発されたため、対人戦闘では、取り回しが悪く、オーバーキルになるので使えないだろうと却下した。
ジャンは、魔術士としての訓練経験や、決闘や試合の戦闘経験があること。そして何より、俺がアンジェ・ブランの騎士で非戦闘員だと認識しているからこそ、あの余裕の態度なのだろう。
事前情報から、ジャンは、接近戦を避け、中遠距離攻撃主体で戦うようだ。魔術士は、魔術で中遠距離攻撃を行う支援戦闘員を指すので、事前情報と肩書は一致する。
一方で、俺の肩書は『騎士』だ。一般的に、騎士は、魔術と剣術を組み合わせて近接攻撃を主体として戦う戦闘員を指すが、俺は元商人で、今は、アンジェ・ブランの研究者だ。
戦闘経験は、前世の記憶を頼りにした剣道の技術と魔術を組み合わせた我流の剣術やハンドカノンを駆使して、素材集めのため、魔獣相手に戦ってきたが、本格的な戦闘訓練は、反乱前に、元武官で、副官だった二コラから戦闘訓練を受けただけだ。正直な所、正規の訓練を受けた騎士や魔術士に勝てるとは思っていない。しかし、この世に無い武器で、俺だけの戦い方が出来れば、十分に勝機があるはずだと考えている。
俺は、ジャンとの試合準備を整え、行政府セントラル分室の敷地内にある第一演習場に向かった。
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第一演習場に着くと、管理室に寄ることにした。
管理室にいた3人の武官に挨拶し、試合の立会をお願いすると、彼らは快く引き受けてくれたのだが、ジャンと試合をすると伝えると、ご苦労様ですと苦笑いされ、同情の目を向けられた。ジャンは、演習場の常連らしい。
3人の武官を引き連れて、円形ステージに入ると、2枚の天使の翼が模られた杖を持つジャンがステージ中央で待っていた。彼は、俺を一瞥すると、右の口角を上げて、ニヤッと笑い話し始めた。
「逃げずに来たことだけは褒めてやるよ」
彼の言葉に、俺には勝てると言う絶対的な自信を感じるが、その自信が何処から湧き出てくるのか?取って置きの作戦があるのだろうか?と考えてしまう。しかし、今回の試合は、自分の戦い方をすることが重要だ。ただ、負ける想定をしていない彼に、彼が負けた時の約束を念押ししておくことは重要だと考え、改めて約束を確認することにした。
「お前が負けたら、言うことを聞く約束を守ってもらう」
俺の言葉にジャンは、馬鹿にしたように鼻で笑うと、彼も約束を確認してきた。
「ふん。お前が負けたら好きにさせてもらうからな?」
俺は、試合の立会人として連れてきた武官3人をジャンに紹介することにした。
「演習場の武官に来てもらった。彼らに立会いをしてもらう。いいな?」
「構わない」
ジャンは、3人の武官を一瞥すると、彼らに挨拶も興味関心を示さず、自分の杖に目をやると、手で触りながら状態を確認し始めた。次に、試合のルールを確認することにした。
「勝敗は、騎士や魔導士の模擬戦に準じる。審判の指示に従う。殺さない。回復不能な大けがは負わせないでいいな?」
「問題無い」
ジャンは、面倒くさそうに試合のルールに同意すると、「そろそろ始めないか?」と一言いい、杖を構えた。
俺は、「審判の移動が先だ」と答え、直ぐにでも試合を始めようとするジャンを制止した。
3人の武官は、円形ステージから出ると、観戦席最前列に設けられた三か所の審判台に散らばり、配置に付いた。今回の試合は、昨日決まったばかりで、事前に通告していないはずだが、何処からかうわさを聞き付けた武官や技官、文官が集まり、観客席の1/4が埋まっていた。
主審台についた武官は、ジャンと俺が配置に付いたことをアイコンタクトで確認すると、真上に振り上げた右腕と綺麗に伸した手を前方に振り下げ、大声で叫んだ。
「始めー!」
ジャンは、試合開始の合図と同時に、俺の頭上に右手で小袋を投げ、左手の持つ杖の先端を空中を舞う小袋に向けて「バースト」と叫び、魔力で破裂させた。小袋が破裂すると、袋の内容物が飛散し、俺の頭上が粉塵で真っ白になった。
真っ白になった頭上を見て、範囲攻撃魔術『フラッシュ・オーバー』を狙っていることが反射的に分かった。
俺の動きを抑えてからの切り札として使うだろうと予想していたが、初手で使う意味が理解できず、俺も、『フラッシュ・オーバー』用に準備したカウンタ魔術の発動のため、準備していた容器を頭上に投げた。
「ディープ・ミスト」
カウンタ魔術の発動と魔力による爆発とともに、一瞬、煙たくなった空間の湿度が一気に上がり蒸し暑くなった。俺のカウンタ魔術に遅れてジャンは、真上に掲げた杖に魔力を流し魔術を発動させた。
「フラッシュ・オーバー」
何も起きなかった。ジャンは、「フラッシュ・オーバー」と何度も叫び、粉塵を撒いた空間に魔力を流すも無駄に魔力が空間に流れるだけだった。
次回から戦いの話が続きます。後半になると不快な表現も出てきます。苦手な方は、暫く飛ばして頂いて35話から読んでください。




