1 血の贖罪と契約1 ~フーシェ伯領にて~
統一歴1945年。中央大陸、レゼル王国フーシェ伯領首都レローズ。
4月26日。アラン・ベルナールを中心とした農民が突如、武装蜂起し領主軍が壊滅。首都が反乱軍に占領された。物語は、同年5月3日。反乱軍の司令部が置かれた領主の元居城の一室から始まる・・・。
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突然の閃光と閃光に続く爆発音。壁が破壊され飛び込んでくる3つの赤い影。
照明は既に消え、巻き上がる土煙で何も見えない。突如死角から伸びてくるメイス?いや、杖のようなもの。避け切れない!腕で防ぐのが精一杯で、そのまま吹き飛ばされる。吹き飛ばされると同時に何かが体に流れてくるのが分かる。それは、腕から胸、腹、頭と体内を流れて全身が痙攣を開始する。
意識を保とうと集中するが、逃れられないことが何となく理解できた。諦めるわけにはいかない・・・意識が飛ぶのを堪えることで精一杯で受け身を取る余裕すらない。飛ばされた慣性力で体は床を何度も反転し、壁にぶつかることでようやく停止した。
直ぐ動かねば次がくる・・・
しかし、腕や足の痙攣は収まらず言うことを聞かない。痙攣でけがの状態も分からない。意識を集中し、視界が徐々にもどることで、体の状態が見えてきた。
衝撃を受けた左腕はダメそうだ。右足首も変な方向を向いている。恐らく吹き飛ばされた際に、右足を床に上手く接地できず体勢を崩したためだろう。
もはやここまでか。
土煙が落ち着き、月明かりが窓から差込むことで状況が少しずつ見えてきた。そこには赤いマントとフード、仮面を付けた全身赤ずくめの何者かが3人。内、一人だけ大きな杖を持つ者がいる。
体格は一番小さいが、体格に似合わないほど大きな杖。6枚の翼が模られた杖の先端は、黄金色の微細な閃光が煌めき、暗闇に咲いた悲しげな一凛の花の様だった。
あの者が攻撃してきたのだろうか。
薄っすらと見えてくるマントに描かれた『剣を持つ赤い天使』。
まさかアンジェ・ガルディエーヌか? 少数で戦局すら変えてしまうとも言われる世界有数の騎士団。そして、女王陛下の代理騎士。
反乱は、領主の度重なる圧政と暴行に対する抗議が大義名分だが、アンジェ・ガルディエーヌとの戦いは、女王陛下に剣を突き付けることと同じ。すなわち国家反逆罪だと言われかねない。その意図は全くない。
どうするか。思考を巡らしている間に杖を持つ赤い騎士が近づいてくる。
もはや、相手の出方を伺う余裕はない。国家反逆罪で全てが消される前に、未来に望みを繋がなければという思いで痙攣が残る口を動かし、噂に聞いた言葉を振り絞る。
「騎士殿。血の贖罪の機会を望みます」
自らの命を代償に他人の罪の許しを請う血の贖罪があるという話は昔からあるが、その結末に関する記録は、いくら調べても無かった。
しかし、俺の言葉を聞いた騎士は、振り上げかけた杖の動きを止めた。仮面の隙間から見える目から感情の全てを読み取ることができないものの僅かに見える目から敵意は薄れ、張り詰めていた空気の変化を感じた。
「反逆者風情が、血の贖罪など・・・」
大柄な体格をしたもう一人の赤い騎士が一歩前に出て、落ち着きを保ちつつ少し怒りを滲ませた声色で反論してきた。この騎士も仮面を付けているため、表情から感情を読み解くことはできない。しかし、態度や口調から、話しかけることすら無礼だと言わんばかりである。
「駄目だ!最後の一人まで・・・戦うと・・・決めたではないか」
少し離れた所で、副官の二コラが、血まみれの状態で顔だけこちらに向けて息も絶え絶えに叫んでいる。頭を動かすことが精一杯で、起き上がることも出来ない様だ。
他にも数人倒れているが、誰なのか、生きているのかも分からない。今の状況を乗り切り、二コラや生きている可能性がある者を未来に繋ぐことが何よりも優先される。
「黙れ!すべてを失うわけにはいかない。分かってくれ・・・」
俺の言葉による制止に、二コラも目の前にいる騎士たちが尋常でない存在だと気付いている様で、怒りと悔しさ、無念の表情が入り混じる顔を伏せて、ぶつけられない怒りを言葉にならない言葉で叫んだ。
暫くの静寂の後、杖を持つ赤い騎士が落ち着いた声で話した。
「よい。血の贖罪の機会を与える」
体格と声から察するに女性の様だ。赤い騎士は、振り上げていた杖を既に下ろしており、床に倒れ起きることが出来ない俺を見下ろして見ている。既に敵意は感じられず、敵意とは別の怒りでも悲しみでもない。哀れみでも侮蔑でもないポジティブな感情を感じることができた。
「よ、よろしいのですか!?」
先ほど、無礼だと言わんばかりに反論した赤い騎士が、驚きの声を上げる。しかし、杖を持つ騎士の方が立場が上なのか、丁寧な口調と態度である。
「血の贖罪は、生きて我らに対峙できた者に与えられる権利」
女騎士は、落ち着きを払い驚きの声を上げた騎士に反論した。
噂は本当だったのか!?
俺は目を見開き、口を開けて驚きの表情を顔に出してしまったが、幾ら、反乱の首謀とはいえ、反乱に参加した数多くの領民や義勇兵の罪と自分の命が釣り合うとも思えなかった。何か手はないかと思考を巡らせた。
「しかし、満身創痍ではありませんか」
反乱軍首謀である俺と副官である二コラは戦闘不能。拘束されていないとはいえ、勝負は決している。話をする意味が無いとする意見は当然だといえる。
それどころか、この場にいる者は限られるので、この場の全員を戦闘中に死んだことにして殺してしまえば話を聞く手間も省ける。
「我々の突撃を受けて生きて耐えた者が今までいましたか?見事。褒美ですよ」
女騎士は、褒美だと言った。交渉の余地があるかもしれない可能性が、確信に変わった瞬間だった。ただ、救おうとする人数に対して俺の命だけでは足りないはずだ。
一方で、女王陛下は、動物や農作物を愛で、慈悲深く、人々を救い、優しく導く『天使』の様な人だとする話もあれば、魔術や魔石、武器開発が趣味だとする噂もある。前者の場合、この場に女王陛下がいないので交渉の余地はなく、俺の命で救える命の選択を迫られることになる。
「わかりました」
赤い騎士は、血の贖罪の機会を与えることに納得したのか、杖を持つ赤い騎士に返事して俺の目の前で鋭い眼光を放ちながら一言言った。
「お前!血の贖罪を望むなら、白旗を掲げ、降伏を宣言せよ」
俺たちの未来が掛かった引き返すことの出来ない選択肢が示された。当たり前だが、どれだけ残っているか分からない残存兵に未来を託す選択肢などありえない。血の贖罪が受け入れられた以上、救える命を増やす選択をしていかなければいけない。
「二コラ! 白旗を掲げることができるか?」
二コラと目が合うが、体を動かせる状況でないのか、負けを認めたくないのか悔しさを顔に滲ませ小さく頭を振る姿が見えた。
「俺が白旗をあげます」
ロランが、ガクガクしながら体を起こすと声を上げた。未だに何人かの仲間が床で動かずに倒れている。しかし、動けそうな者は彼だけの様だ。
彼は、義勇軍の将来の幹部候補として最近抜擢した若い兵士だ。足に大けがを負っているが、傷口と思われる部位を縛り上げていて、止血は済んでいる様だった。
「頼む、ロラン」
ロランは壁に手を掛けながらフラフラと立ち上がると、床に落ちていた笛と白旗を手に取り、片足を引きずりながら窓に向かい歩いた。窓は、窓枠ごとアンジェ・ガルディエーヌの突入で吹き飛ばされている。
未だ、戦闘は続いており、幾つもの爆発音が聞こえる。ロランは、降伏を知らせる笛を強く吹き、白旗を掲げた。
程なく、勝利を喜ぶ勝利を祝う勝どきと凱歌の大合唱が始まった。歌に交じり、武器を捨て投降するように促す大声や悲鳴をあげながら逃げだす声など入り混じる。
戦いは終わった。