26 再会3 ~行政府セントラル~
気づいたら、私は医務室で寝ていた。クリスはどこかしら?と周囲を見渡しても部屋は静まり返り、誰もいない。私は、アランが廊下を歩いていたという話を聞いてから、記憶がない。たぶん、庭園で倒れたのだと思う。
『渡り廊下での出会い作戦』は、ダンテスさま、アンヌ・マリーさま、アーロンさま、エリックさま。そして、何人かの文官と何度も打ち合わせを重ねた上で、用意周到に準備し、事前に練習までした。
ダンテスさまとの約束は、クリスにアランが生きている確信を与えないことだった。今回の作戦は、ダンテスさまが中心に計画したし、確信を与えないための対応もしたはずだった。しかし、彼女はアランと断言した。そして、私は誤魔化すことも失敗し、倒れてしまった。
セントラルに入省してから、私は、失敗らしい失敗をしていない。正確には、失敗しない様、常に、上司や同僚に相談やアドバイスをもらいながら仕事をするように心掛けてきた。今回、相談や根回しもばっちりだったし、前日に練習もしたし、その通りに進行していた。
クリスがアランを『見つめることができる時間』も決めて、話しかけるタイミングも計画通りにできた。しかし、私たちの想定を超えて、クリスがアランに早く気づいてしまった。練習で決めた時間ではなくて、クリスの表情を見ながら声を掛けるタイミングを決めるべきだったと今更ながら後悔し、ため息しか出なかった。これからどうなるのかしら・・・と考えていると、クリスが水さしとコップをトレイに載せて運んできた。
クリスは、私の顔を覗き込むようにして心配そうに見つめると私に話しかけてきた。
「急に倒れるからびっくりしたわ。大丈夫?」
クリスは、昨日までの病的な顔が嘘のように晴れ晴れし、健康的な顔に戻っていた。彼女が元気を取り戻して、友人として嬉しいのだけれど、私は、自分の失敗のせいで素直に喜べなかった。
「大丈夫よ。急に眩暈がしたのよ。問題ないわ」
この後、私は、アーロンさまやダンテスさまに、悪い報告をしなければいけない。私が、もう少し早く声を掛けていればと悔やんでも悔やみきれない。そして、今回の失敗がクリスに与える影響が分からないことが、私にとって一番のストレスだった。
私の落ち込む顔に気付いたクリスは、申し訳なさそうに話しかけてきた。
「本当にごめんなさい。私、自分のことばかり考えて・・・、あなたの立場を考えていなかったわ」
私は、突然の謝罪にびっくりして理由を尋ねた。
「急にどうしたの?」
「なんでもないわ。連れてきてくれてありがとう。大変だったでしょう?」
クリスは、お礼の言葉とともに大変だったでしょう?と私に聞いてきたのだけれど、今回の出会いが秘密裏に行われたものかどうか、私に探りを入れていると感じた。
「一生懸命、見学許可証を書いたわ」
私は、決してアランについて触れるわけにはいかない。そして、彼女にも触れてはいけないことを察して欲しかった。
クリスは、「フフッ☆。そういうことじゃないわ」とニッコリと微笑むと、これ以上詮索しないでという思いを察してくれたのか、私を問い詰めなかった。私は、腕組みし「他に何かあるかしら?」と、それ以上聞かないように念押しした。
「何も見てないわ。ありがとう・・・。私ね。セントラルの採用試験を受けるわ」
私の念押しに、クリスは今回の出会いが秘密裏であったことを完全に理解してくれたのか、『何も見ていない』と答え、セントラルの試験を受けると宣言してくれた。
私は、「本当に!?」と答え、ベッドから飛び上がり、クリスの両手を掴み、目を見ながら意志を確認した。
クリスは、一度頷くと、少し引き気味に、「もう大丈夫。次は、私があなたに報いる番ね」と答えた。
私は、クリスのために用意したものを内ポケットから取り出した。
「じゃ、じゃーん。家族カード!」
「このタイミングで『家族カード』とかおかしいでしょ?」
クリスは、私が手に持つカードを見ながら、苦笑いしている。
「このカードは馬鹿にできないわ。食堂がタダ。売店もタダ。乗合馬車や図書館、空中庭園の利用もタダよ?」
私とクリスは家族ではないけれど、ダンテスさまが、特別に用意してくれた。
アーロンさま曰く、採用試験までセントラルの図書館や庭園で過ごしてくれれば、護衛が楽になるので、メリットがあると判断したのだろうと教えてくれた。
「待遇が別格だと噂で聞いていたけど・・・凄いわね」
家族カードは、アリシア陛下肝いりの職員向けのサービスで、忙しくて家族と過ごす時間が取れない職員が多いことから、食事や休憩時間に家族と少しでも過ごせるようにと配布されている。そして、収入源が絶たれているアルマにとって、貯蓄を切り崩さずに、生活を支えるカードになるはず。
「少しでも節約したいクリスにとって最も必要なアイテムでしょ?」
私の言葉にクリスは、カードを両手で大切そうに包みながら、満面の笑みを浮かべて話し始めた。
「大切に使うわ。ありがとう。大好きなアルマ」




