19 呼び出し2 ~王都にて~
私は、2階の応接室に向かうために、研究室を出て、階段を下りながらアーロンさまに呼ばれた理由を考えようとした。しかし、私とアーロンさまとの仕事上の接点は殆どない。私にとってアーロンさまは、雲の上の存在。私は研究員で技官。上司は室長。室長の上司は局長。局長の上司がアーロンさまなのだ。そもそもアーロンさまは、騎士として女王陛下直属の配下。セントラルでは、宰相ラファエラ様に次ぐ地位にある方。
私とアーロンさまの最初の出会いは、入省して間もない頃、毎月行われる研究進捗会議だった。
初めて出席した会議で、アーロンさまが、研究の遅れに対して、局長や室長に怒声を浴びせる現場を見て、私は直ぐに逃げ出したくなった。しかし、アーロンさまは、私たちの実験室や休憩室に度々訪れて、私たちの悩みや世間話を聞いてくれるし、夜遅くまで実験をしていると必ず労いの言葉と差し入れをしてくれた。
最初は怖くて逃げ出したかったけれど、アーロンさまは、わたしたちを見てくれている。私にとって、怖いけれど頼りがいのある素敵な騎士さま。絶対に手が届かないと分かっているけれど憧れの方。
2階応接室に到着し、扉をノックすると「はいれ」と声がした。
扉を開けて入ると、アーロンさまが、ソファーに深く腰を掛けて座っていた。私を見るや否や、何時もの明るい調子で話し始めた。
「アルマ。急に呼び出してすまないな」
私は、アーロンさまの前に進み出て、スカートの裾を持ち、足を折り曲げて深々と挨拶をした。
「おはようございます。アーロンさま。お待たせして申し訳ありません」
アーロンさまは、手を振りながら「堅苦しい挨拶はいい」といい、笑いながら話し始めた。
「実は、陛下の腹心。名誉執事のダンテスから突然の呼び出しがあった。この後、直ぐにお前に会いたいそうだ。研究員が名指しで呼び出しなど滅多にないぞ!?何かやらかしたか?」
私は、『陛下の腹心からの滅多にない呼び出し』と聞いた瞬間、顔が真っ青になった。
真っ青になった私の顔に気付いたアーロンさまは、次第に笑顔が消えてゆき、私が何を言い始めるのかと顔がこわばっているように見えた。
「実は・・・、その・・・その・・・」
私は、震える声を押し殺して、言葉を振り絞ろうとするけれど言葉にならなかった。
呼び出しの理由は、クリスの件で間違いないはず・・・。
何日間も報告できずに先送りし続けたクリスの件を、自主的に話す最後の機会になるかもしれない。手遅れかもしれないけど、今、報告しなければ、アーロンさまの立場を更に悪くし、私のせいで、陛下に罰せられるかもしれない。恐らく、クリスが、私の家にいることも把握されているはず。でなければ、呼び出される訳がない。分かっていても、クリスを裏切る真似も出来ない。でも、アーロンさまも同じくらい大切。
どうしたらいいのかわからない・・・。フーシェ伯領に帰ろうとする彼女を引き留めたのは私。あの時、帰すべきだったかもしれない・・・。私のせいだと思うと、20日間一人で抱え込んだ苦しみも相俟って、目から涙が溢れかえった。
アーロンさまは、涙を流す私をみて、驚いた顔をしつつも心配そうな声音で話しかけてきた。
「どうした?言いにくいことなのか?」
アーロンさまの優しい声が辛かった。
私は、心の中で『クリスごめんね・・・』と言い、涙で濡れた顔をハンカチで拭き、深く深呼吸をして心を落ち着かせると正直に話すと決めた。
「申し訳ありません。フーシェ伯領の反乱首謀者の関係者が家にいます。ご報告が遅れました」
「本当か!?なぜ、もっと早く言わなかった!」
アーロンは、想像を超えた私の告白に一瞬語気を荒げたが、おでこに手を当てて考え込んでしまった。
暫く沈黙が流れたが、私は、最も重要な情報を報告するために口を開いた。
「本当に、申し訳ありませんでした・・・。しかし、彼女は反乱より前の4月24日時点で私の自宅にいました。検問所に通行記録が残っているはずです。反乱に一切、関わっておりません」
アーロンさまは、おでこに手を当てたまま、深くため息を付くと私の報告について答えた。
「一切、関わっていなくとも、それを決めるのは我々ではないぞ。その女は、今、何処にいる?」
「私の自宅で休んでおります」
私が20日間抱え込んだ爆弾を結果的に受け取ることになってしまったアーロンさまは、顔が真っ青になっていた。しかし、クリスが今朝時点で私の家にいることを知ると、一安心したのか、落ち着きを取り戻して話し始めた。
「そうか。その話で間違いないな・・・。ダンテスが動くなど普通じゃない。すべて正直に話せ」
アーロンさまは、私を責めたてることをせずに、正直に話すように指示した。
「かしこまりました。嘘偽りなく正直にご報告いたします」
アーロンさまは、ソファーに座り直して、姿勢を正すと話し始めた。
「アルマ。反乱対応で忙しかったとはいえ、部下と定期的に話す機会を設けなかった私の責任でもある。すまない」
報告の遅れは、私の優柔不断が原因だ。私の立場なら、室長や局長に報告してもいいのだから、アーロンさまが謝る理由などどこにもない。
本当に責任感が強く、部下思いの騎士さまだと心から感じた。
私は、「本当に申し訳ありませんでした」と心から謝罪した。
アーロンさまは、この後、面談するダンテスさまを警戒されている。
今まで、この様に怯えにも似た表情を浮かべるアーロンさまを見たことがない。正確には、ダンテスさまが仕える女王アリシアさまだろうか?噂に聞くアリシアさまの『お仕置き』は、凄惨を極めると聞く。あの小柄で美しい姿から全く想像がつかない・・・。
「ダンテスがここに来るまで、知っていることを俺に全て話せ」
アーロンさまならば批判したりせず、私の話を最後まで聞いてくれるはずだと信じて私は答えた。
「承知いたしました」
私は、王立大学や宮廷省時代の話、アランとクリスの関係。王都に来てから起きたことを包み隠さず話をした。




