18 呼び出し1 ~王都にて~
統一歴1945年5月16日。中央大陸、レゼル王国王都「テール・プラミス」市街地・・・。
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穏やかないつも通りの朝。窓を開けると心地よい風が部屋に流れ込み、小鳥のさえずりが聞こえてくる。道を歩く人はまばらで街の人々がそろそろ起き始めて朝食の準備を始めるころ。
気持ちが良いはずの一日の始まりを私は、気持ちよく迎える心の余裕がない。
20日前に起きたフーシェ伯領首都レローズでの農民の暴動と領主軍の壊滅。領主の逃亡。首都が一時的に占領されて、私が勤める行政府セントラルは内乱の対応で大混乱だった。そして、私にとって一番の問題は、隣の部屋で寝ているクリステル。彼女は、反乱軍首謀とされるアラン・ベルナールの関係者で恋人。
クリスが家に来てから3週間以上経つわね・・・困ったわ。
本来なら、私がお仕えするアンジェ・ガルティエーヌの騎士アーロンさまに報告しなければいけないはず。
分かってはいるものの、クリスを守りたい気持ちや錯綜する情報に振り回されて、今日こそ報告しようと職場に向かっても、いざ、職場に着くと昨日と異なる情報を耳にして明日、報告しようと先延ばしする生活が何日も続いている。
クリスは、2週間ほど、滞在する約束で遊びに来ていたが、農民の暴動の情報を得て、彼女は直ぐに荷物を纏めて帰ろうとした。戦場だと分かっている場所に女性を一人で戻せる訳がなく、戻ろうとする彼女を必死に押さえつけて引き留めた。彼女と大喧嘩もしたけれど、情報を集めることを約束して家で保護している。
私は、クリステルが寝ている部屋のドアをノックした。
中から「どうぞ」と声がするのを確認して部屋に入った。
「おはよう。クリス。体調はどう?」
「おはよう。アルマ。それほど悪くないわ・・・」
体調は悪くないと言うけれど、クリスの顔はやつれて病的だった。ここ数日、仕事が忙しくてクリスと会話が出来ていない。もしかしたら寝られないのかもしれない。
「しっかりとご飯を食べないと駄目よ?」
クリスは私を見てニッコリほほ笑むと「分かったわ」と答えた。
私は、閉め切られたクリスの部屋の窓を開けて、陽の光と新鮮な空気を部屋に入れた。クリスは少し眩しそうにすると、「着替えてから台所に向かうわ」と話した。
私は、「分かったわ」と言い、クリスの部屋を出て、台所で朝食の準備を始めた。
私たちは、ダイニングで朝食を食べ始めた。しかし、クリスは食欲がないのかあまり食べていない。
暫くすると、クリスは、ナイフとフォークを置き、遠慮がちに話しかけてきた。
「レローズは変わりないかしら?」
反乱が起きてから、セントラルで得られた無難な情報を共有するのが日々の日課になっているのだが、クリスは、毎日、同じ質問を繰り返すことに気を使っているように見える。彼女は、首都レローズの門が解放されれば、一旦、家に帰るつもりなのだろう。
昨日の夜。仕事の帰りが遅く、日課の話が出来ていないことを思い出し、クリスの質問に答えるため話し始めた。
「変わりないわ。首都の門は閉ざされて、中に入れないわ。解放まであと2週間ね」
私は、数日間、同じ答えを繰り返しているので、クリスは黙って頷くのみだった。首都レローズは、反乱に参加した農民や兵士、首都の領民一人ひとり事情聴取するために門を閉じていると聞く。
「恩赦の噂は間違いないかしら?」
10日前に恩赦が与えられた情報が得られたが、情報が錯綜していて本当かどうか判断できなかった。しかし、7日前に、恩赦と事情聴取の計画、首都レローズの解放予定日が書かれた、局長クラス向けの資料を仕事場でたまたま見かけて、恩赦は間違いないと確信した。
「間違いないわね。事情聴取後、女王アリシアさまの名で恩赦が一人一人与えられているそうよ」
首都の領民は、外出が許されず自宅待機を命令されているものの、事情聴取を受けた者から、女王の名のもとに『恩赦の証』が与えられ解放されている。解放された者は、首都の中ならば行動制限がないようだ。
「アランはどうかしら・・・」
クリスは、涙目で私に聞いてきた。セントラルの公式発表は、『反乱を主導した者は全員拘束し、王都に移送した』と伝えている。そして、王都でも同じ情報が流れている。
「分からないわ。拘束されたかどうかも分からないのよ。拘束されていれば、幹部と同じく王都にいるはずよ。もう少し情報を集めるから、家から出ては駄目よ?」
私の言葉にクリスは頷くが、半ば諦めているような雰囲気さえ感じる。
反乱者首謀アラン・ベルナールに関する情報は、セントラルでさえ、厳しい情報統制が引かれていて、生死さえよく分からない。しかし、セントラルでは、『血の贖罪』が執行された噂で持ちきりだ。血の贖罪で、反乱に参加した幹部を除く、全ての農民、兵士が許されたと・・・。そして、血の贖罪は、反乱者首謀アラン・ベルナールの命と引き換えだとも。何れ公式発表されると思うが、内容が重すぎて、彼女に話せるはずがない・・・。
私の話を一通り聞き終えたクリスは、「分かったわ。本当にありがとう」と礼を述べた。
「何言っているのよ?友達じゃない。私は出勤するけど、留守を頼むわ。しっかり朝ごはんを食べるのよ?」
「わかったわ。いってらっしゃい。気を付けてね」
私はダイニングを出ると、彼女に手を振り仕事場に向かった。
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私は、いつも通り、勤め先が運行する乗合馬車に乗り、職場がある行政府セントラルに向かった。
セントラルは、宮廷省や国防省、国務省などの全ての機関を統括し、女王陛下と各行政機関の調整と重要政策を企画立案する行政機関として知られるけれど、実体は、近衛騎士団アンジェ・ガルティエーヌの支援組織として活動している。そして、私は、セントラル5階にある魔術応用研究室で、アンジェ・ブランの騎士アーロン・ド・ゴールさま付きの技官として、軍用通信機の改良を担当している。
研究室に到着すると、何人かの同僚が日々回覧される様々な書類に目を通しつつ、お茶を飲みながら朝のひと時を過ごしていた。私は、すれ違う同僚に、朝の挨拶をしながら自席に向かうと室長に手招きされて呼ばれた。
「おはようございます。クロードさま。お呼びでしょうか?」
私は、室長の一回り大きな執務机の前に立ち、軽くスカートを摘まみ朝の挨拶をすると、クロード室長は、今まで読んでいた書類を机に置き、淹れたばかりだろうか、湯気が立ち昇るお茶を飲みながら話し始めた。
「アーロンさまが、お呼びだ。至急、2階応接室に向かってくれ」
室長は、研究者肌で真面目なのだが、必要なことしかお話にならないので不愛想。普段通りの愛想のない口調で応接室に向かうように指示した。突然の指示に、私は理由を聞くことにした。
「お呼び出しの理由をお伺いして構いませんか?」
理由を知らないのか、又は質問に答えるのがめんどうなのか、少しイライラした表情を浮かべながら室長は答えた。
「悪いが、分からない。アーロンさまに直接聞いてくれ」
「かしこまりました。」
室長は、人と最低限の会話しかせず、必要のない会話を好まない。しつこく聞くと怒り始めるので、私は、理由を掘り下げることをせずに、大人しく引き下がることにした。




