16 人工魔石5 ~離宮別館応接室にて~
アンは、一口お茶を飲むと新たな質問をしてきた。
「エリックさま。粉体に混ぜるマジッククォーツサンドは、天然魔石を砕いた粉末を使用しますか?」
結晶化に使用するマジッククォーツサンドは、生体から取り出した天然魔石を魔力で粉砕して得る方法が最も効率的だと考えられる。しかし、効率的な反面、魔石を砕くために大量の魔力を必要とし、更に、粒子を仕分ける技術も未熟なため、現時点で、最善ではないと判断した。
「いいえ。植物から取り出した粉末を使用しています」
二人は、想定外の答えを聞いて、二三度、目をパチパチと瞬きして、唖然としていた。普通の反応だよな・・・と、その後予想される質問の言い訳を考えていると、アリシアは、首を傾げて質問してきた。
「なぜ植物の粉末を使用するの?」
当然の質問だ。天然魔石は、直ぐに割れてしまうので利用価値が低く、容易に入手できるため、魔石を砕く方が早く、わざわざ、粉末を他の手段で取り出そうと思わないはずだ。しかし、魔石を砕く方法は、結晶化に必要な二つの条件を満たすことができなかったため、植物から取り出される粉体を使用するしかなかった。
「魔石の安定性や粘り強さは、粒子をより小さくすることと、粒子の大きさを揃えることが重要です。しかし、わたしは、魔石を細かく砕く魔力が無く、粒子の大きさを揃える技術も無いため仕方なく植物の粒子を使用しました。植物に含まれる粒子は、とても小さく、大きさも揃っています」
俺の答えにアリシアは、苦笑いしつつ、右手を額に当てて答えた。
「エリック。あなたの魔石作りは執念ね・・・。眩暈がするわ・・・。ちなみに、植物の粉末は、どの様に取り出すの?」
「農家から購入した麦束を魔獣の溶解液を混ぜた溶液で煮出した後に、何度も濾過して抽出します」
アリシアは、苦笑いしているアンを横目にため息をついて答えた。
「とても真似する気にならないわね・・・」
苦笑いする二人に、返す言葉もなく、笑って誤魔化しているとアリシアが口を開いた。
「ところで、アン。丁寧に砕いた粒子を使用すると、結晶が安定化する内容を纏めた報告書があるわね?」
アリシアの問いに、アンは間を開けず答えた。
「ございます。細かく砕いた粒子と大きさを揃えた粒子は何れも結晶が安定化する傾向を示していました」
アンの報告にアリシアは頷くと、俺の目を見て話し始めた。
「エリック。何故かわかりますか?」
アリシアとアンは、粒子をより小さく且つ大きさを揃えることが結晶の安定化に有効だと気づいている。大したものだと感心しつつ、アリシアの質問に答えた。
「はい。粒子と粒子は互いに引き合う力が常に作用していることと、その力は、粒子の体積当たりの表面積比が大きくなるほど、同一体積あたりの力が強くなるからです」
アリシアは、呪文のような俺の回答を真剣な面持ちで聞いていたが、首を傾げたのち、口を開いた。
「あなたの知識は先を行きすぎているから分からないわ。そうね・・・。粒子同士が引き合う力について、もう少し簡単に説明できるかしら?」
アリシアは、難しい話をしても決して『分からない』の一言で片づけず、理解しようと努力する姿勢が常に見られる。だからこそ、彼女は色々なことをよく理解しているし、何故かを知っている。そして、俺は、彼女の知識に対する姿勢に敬意を表して、一生懸命教えたくなるのだ。
「例えば、植物の葉に水滴を垂らすと、葉の表面の凹凸が粒子同士の接触を妨げるため、水は広がらずに弾けます。しかし、窓ガラスに水滴を垂らすと、ガラスは凹凸が無いので、水とガラスの粒子が互いに引き合い、水が広範囲に広がります。この様に、粒子と粒子とが近づくことで作用する力。それこそが、引き合う力です」
俺の答えにアリシアは、軽く頷き、結晶の安定化に対する彼女の見解を話し始めた。
「なるほどね。科学でも説明できるのね・・・。私たちは、粒子間に働く『ちから(力)』を『魔力』だと考えているのだけれど、違うアプローチで同じ答えに辿り着いた点で興味深いわね」
アリシアの言う通り、異なる世界で発展した科学とこの世界の魔学の知識で結晶化に取り組み、同じ結論に辿り着いた点で興味深い。しかし、魔力について何も分かっていない状況で、魔力の無い世界の自然法則をこの世界に適用する考え方は、あまりに安直だ。
「前世の自然法則です。この世界で通用するかどうか分かりません。話半分で聞いてください」
「分かったわ。二人とも沢山質問があると思うけれど、今日は、一か月後のテストに使う魔石について方針を決めましょう。よろしいかしら?」
アリシアは、一か月後に控えたテストに使用する魔石の改良について議論するため、脱線しかけた話を元に戻し、真剣な眼差しで俺とアンの目を見つめた。アリシアの真剣な表情に、俺とアンは「かしこまりました」と答えた。
「まず、加熱方法について意見があるかしら?」
アリシアの問いに俺は即答した。
「2つの方法が魔石の品質に与える優位性は無いと思われますが、期限と実績、将来の量産を考慮すると『魔力加熱法』の一択だと考えます。」
工房の炉は領主シモンに破壊されたので、燃焼法で生産することはできない。期限も考慮すると魔力加熱法の一択だ。さらに言えば、将来の量産に必要な燃料も少なく、無理に進めれば世界が環境破壊で滅びかねないのだ。
「アンはどう思う?」
俺の意見に、アリシアはアンの意見を求めた。
「エリックさまの意見に同意です。私も魔力加熱法が良いと考えます。しかしながら、大型の人工魔石を生産する場合、魔力が足りないと思われます。エリックさまの燃焼法も、検討すべきだと考えます」
セントラルの魔力事情は分からないが、話を聞く限り、魔石作りは人海戦術で作られている。魔力を効率的に使用する工夫が随所にみられるものの人が足りていないのだろう。
「そうね。将来的に全て魔力加熱法で生産することになると思うけれど、当分、大型人工魔石の生産に必要な魔力の確保が難しいわ。大型の魔石は燃焼法。小型の魔石は魔力加熱法かしらね。次に、結合剤について意見はある?」
アリシアの問いにアンは考えを述べた。
「魔石の状態から、エリックさまの油由来の結合剤が優れると考えます。まず、倉庫に保管されている結合剤による試作を優先し、結合剤の試作用設備の導入も直ぐに進めるべきだと考えます」
魔石の状態から、魔獣の油から合成された結合剤の一択でアンと同意見だ。しかし、結合剤は、試作であっても設備投資が必要なので、改良魔石の結果を確認してから設備設計を始めればいいと考えていた。しかし、アンの意見を聞いて遅いかもしれないなと考えを改めた。
「わたしも同意見です。テスト後、改良魔石の支給を望む声が多くなると思われます。『実は、作れません・・・』など言えるはずがありません。早めに設備を立ち上げて結合剤の再現を急ぐべきです」
以前、何度も結合剤を作っていたので、設備さえあれば作れる自信はある。最悪、クリスが合流すれば何とかなるだろう。しかし、倉庫の結合剤は有限なのだから、無くなる前に生産できるようにしなければ、アンの信用を失墜させてしまうことになる。
アリシアは、大きく頷き同意した。
「魔石を試作してから設備投資を判断しようと考えていましたが、確かに遅いわね。結合剤の試作設備も直ぐに作りましょう。最後にマジッククォーツサンドについて意見はある?」
アリシアの問いにアンは口を開いた。
「植物から取り出したものと粉砕したものとで魔石を試作して比較すべきだと考えます」
「私も賛成です。植物から取り出したマジッククォーツサンドは、抽出作業で除去できなかった異物が含まれている可能性が高いと考えています。是非、同じ条件で比較をお願いしたいです」
俺は、アンの提案に便乗した。なぜなら、植物から取り出したマジッククォーツサンドと油由来の結合剤を組み合わせると、魔力が低下する問題を抱えていたからだ。原因は、マジッククォーツサンドの不純物又は結合剤の問題だと考えている。
「アン。植物から取り出したものと粉砕したもととで比較をお願いするわ」
アリシアの指示にアンは、「かしこまりました」と答えた。
アリシアは一息つくと、姿勢を正し、俺とアンを交互に見て指示を出した。
「方針が決まったわね。アン。予備の国費を研究費に上乗せするわ。人も足りないわね? そうね・・・。暇そうな部署から一時的に技官と文官を数名異動させるわ。エリック。倉庫の確認とアンを支援してあげて」
アリシアの命令に、アンは、ソファーから立ち上がり、床に跪いた。俺も空気を察し床に跪くと「かしこまりました。陛下の御期待に答えられるよう尽力いたします」と答えた。
アンと俺は立ち上がると、アンは、「エリックさま。どうぞよろしくお願いします」と笑顔で挨拶をしてきた。俺も「こちらこそ、よろしくお願いします。明日にでも打合せして詳細を決めましょう」と返答し、今日の話し合いを終えた。




