11 エリックのお菓子 ~離宮別館応接室にて~
謁見から数日後、事前に通知された召集を受けて、離宮本館から馬車で20分程度離れた場所に建てられた別館を訪れた。別館は、本館のような豪華絢爛な作りでなく、質素で荘厳な作りだ。建物の中は、歩く足音の一つ一つが空間に響き渡り、神が住まう別世界にいる感覚に襲われる。今回は、控室に通されることなく直接、応接間に案内された。
ドアが開き、応接間に入ると、白金の長い髪に膝丈の赤いヒラヒラのワンピースを着た陛下と紫の長い髪に赤色のロングワンピース、『羽ペンを持つ天使』が金刺繍された白いマントを羽織る美しい女性がソファーに腰かけて優雅にお茶を飲んでいた。二人は、入室してきた俺に気付くとニッコリほほ笑み、ティーカップをテーブルに置いて、ゆっくりと立ち上がった。
俺は、テーブルの前まで進み出ると、白金の髪の陛下に右手を胸に当て、頭を下げ一礼して挨拶した。
「本日は、陛下の騎士が、美味しいお菓子をご準備して、参上いたしました」
髪色を黒から白金に変えた陛下をジト目で見つつ、お菓子の入った箱を陛下に見える様に差し出した。速攻で変装がばれた陛下は、一瞬、頬を膨らませたものの、お菓子の箱を見るやいなや目を輝かせた。そんな陛下の様子を見ていた白いマントの女性は、口に人差し指を軽く当てて苦笑いをしていた。
予期しないプレゼントに期待を膨らませて、陛下は、胸の前で手を握り、上ずった声を上げた。
「お菓子を頂けるなんて素敵ね!うれしいわ。エリックは本当に多才ね!」
陛下は、目を輝かせてお土産のお菓子を受け取ると余程嬉しかったのか、お菓子の箱を胸で抱きしめた。今回のプレゼントは、クリスをセントラルに入省させる計画を承認していただいた陛下へのお礼でもある。
「先日の謁見のお礼です。ありがとうございます」
俺の謝辞に陛下は、お菓子の箱を丁寧に開封しながら答えてくれた。
「気にすることはないわ。私にもメリットがある話だもの」
陛下は、箱を開け終わると、お菓子を見て「美味しそうね!」と一言いうと、お菓子を一つ口に入れた。
「すごく美味しいわ! アンも食べてごらんなさい」
陛下は、右手にお菓子を一つ摘まむと、アンの隣の席に移動して、お菓子をアンの口に入れようとした。
「きゃ。アリシアさま、いけません・・・。私は、ご挨拶すらしていません」
「いいから、食べてみなさい」
「だめです。だめ・・です」
野獣のような目をした陛下が、アンと呼ばれた女性に半ば強引に襲い掛かると、二人は、ソファーの上でもみくちゃになった。二人を止めようにも、チラチラ見える太ももに目線をどこに向けるべきか定まらず、後ろに控えるメイドに目配せしても、視線を逸らされてしまう始末。この状況を抜け出す方法は、陛下に今日の目的を思い出してもらうしかないだろう。
「陛下。魔石の話が先です。まず、ご紹介していただけないでしょうか」
陛下は顔だけを俺に向けて、本来の目的を思い出したのか、はっとした表情を浮かべ、アンに跨ったまま上半身を起こして答えた。
「そうね。魔石の話が先ね! 彼女は、アンヌ・マリーよ。自己紹介をしてくれるかしら」
陛下は、ソファーに押し倒したアンヌ・マリーと呼ばれた女性を抱き寄せて上半身を起こすと、もみ合いでソファーの上に落ちたお菓子をさり気なく食べた。アンヌ・マリーと呼ばれた女性は、陛下にお礼を言うと、もみ合いでぐちゃぐちゃになった髪を手櫛で整え、乱れた服も直しながら、ソファーに座り直し、背筋を整えて自己紹介を始めた。
「はい。アリシアさま。お初にお目にかかります。アンジェ・ブラン所属の騎士アンヌ・マリー・マルティノッジでございます。私は、マジッククォーツサンドの結晶化について研究をさせていただいております。主に、魔力発生メカニズムの解明と結晶体の強靭化による品質向上が研究テーマでございます。以後お見知りおきくださいませ」
呼吸を少しずつ落ち着かせながら丁寧に挨拶をしてくれた。彼女の見た目や挨拶から感じる印象は、真面目でキツそうなのだが、陛下との一連のやり取りを見ていると、どことなくドジっ子の雰囲気も漂わせる女性だと感じた。彼女は騎士を名乗った。しかし、体の線が細く、剣や魔術による戦闘訓練を受けている体つきではないことから、騎士に見えない。どう見ても、書類や本に埋もれて働く研究者だ。
「俺は、エリック・ネルソンスです。数日前に騎士に叙任されました。以前は、商店の経営と人工魔石の結晶化に関する研究、魔石の利用を想定した武器開発などをしていました。以後、お見知りおきください。平民出で、言葉や作法などこれから学びます。失礼がありましたらお許しください」
言葉使いや作法は、謁見後、直ぐに勉強を開始したのだが、長年身に染みた習慣は、数日で矯正できる訳がなく、相手に不快を与えない言葉遣いや作法を最優先して学んでいる。そんな俺の挨拶に、アンは、思い当たる言葉があるのか、軽く目をみひらいた。
「私も同じく元平民です。お気になさらずに。ところで、エリックさまが開発されたハンドカノンやリボルバカノンを拝見させていただきました。人工魔石が持つ可能性を明確にイメージすることができました。本当に感激いたしましたわ」
リボルバカノンの感想をもう少し掘り下げようかと、アンの感想に答えようとすると陛下が割り込んできた。
「アン!素晴らしい感想ね。そのイメージが大切なのよ。ご褒美よ!」
陛下は、お菓子を一つ摘まみ、アンに襲い掛かろうとしている。アンは諦めたのか苦笑いしつつ「エリックさま。お菓子をいただきます」と言うと小さく口を開けた。そんなアンの口に、陛下は、お菓子を入れた。いや。突っ込んだ。
「あ・・・ありひあさま、むいです」 (アリシアさま、無理です)
アンは両手で口を押さえて、涙目になり咽ていた。
「口の中で、すぐに溶けるわ。大丈夫よ」
陛下は平然と答えて、何食わぬ顔でお菓子の箱をテーブルの上に置いた。
「それでは、皆さんで召し上がりましょう」
とんでもないパワハラ上司だなと思いつつも、俺は、後ろに控えるメイドに水を準備させて、アンに飲ませた。アンは、水を飲み、ようやく落ち着きを取り戻した。
「エリックさま。ありがとうございます。この様なお菓子は初めて食べました。エリックさまが作られたのですか?」
アンは、お礼を述べるとお菓子について質問した。
「メイドのマリーに協力してもらい作ったお菓子です。卵の卵白と糖をよく混ぜて泡立てたものを焼いて、果汁を加えたクリームとスライスした果物を挟んだシンプルな菓子ですよ」
大まかな作り方を説明すると陛下とアンは興味をそそられた様だ。
この世界で糖は、市中で貴重品なので買うことも見かけることもない。しかし、ドライフルーツから抽出した糖が離宮内にあると知り、前世の記憶を頼りに菓子を作ってみた。その後、作り方を二人に詳しく教えたのだが、アンは「シンプルな作り方ね。今度試してみようかしら」と言いつつ、目を輝かせて話を聞いていた。暫く三人でお茶やお菓子を食べながら、雑談しつつゆったりとした時間を過ごした。




