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10 離宮謁見後 ~邸宅にて~

陛下との謁見が終わると正面玄関前で待機していた馬車に乗車し、少し離れた場所にある邸宅まで帰宅した。


馬車は、行きと同様に俺が乗る馬車と随伴員用の馬車とで分かれて分乗するため、話し相手もなく、謁見時の感想や世間話、馬車から見える景色など同乗者に尋ねることもできず、暇を持て余しながら帰りの馬車に揺られたのだった。


「エリックさま。お疲れさまでございます」

玄関で出迎えてくれた数人の使用人とともに邸宅応接室に入ると、マリーが俺のジャケットを脱がしながら話しかけてくれた。本当に疲れた。離宮の雰囲気、陛下の魔力、ジルの威圧感、掴みどころがないダンテス。


誰も彼も個性が強く、カオス状態の謁見の間に咲いた一凛の花。唯一の良心がマリーなのだ。しかし、他の使用人が彼女に接する態度を見ていると、彼女も普通ではないと感じた。


「マリーが傍にいてくれて心強かった。ありがとう」

俺は、マリーの目を見て感謝を表した。俺の言葉を聞いたマリーは、お礼を言われ慣れていない為か、驚きの表情を僅かに浮かべた後、嬉しそうにはにかむも直ぐに仕事モードに戻した。


「わたくしなどに気遣いは不要でございます」

マリーはジャケットの片づけやお茶の準備などの指示をテキパキしつつ、ニッコリほほ笑みながら、お気遣い不要ですよと答えてくれた。


「しかし、すごい魔力量だった。あの魔力を前にして切りかかる騎士がいるとは驚きだ。アンジェ・ガルディエーヌは、いかれた騎士の集まりなのか・・・」


俺は、陛下の印象をマリーに話した。無論、最大の衝撃は、ラファエラと女王陛下が同一人物だという点に尽きるが、戦闘時に感じたラファエラの魔力でさえ抑えていたことも驚きだ。あの魔力を目の当たりにすれば、恐怖で立ち竦むか、気が動転して暴走する騎士がいてもおかしくない。


「私からは何とも申し上げられませんが、陛下はエリック様をお気に召しているご様子でした。あのように照れるお姿を久しぶりに拝見いたしました」


マリーは、陛下の魔力量について聞き流したが、陛下から見た俺の印象は大変良いのではないかと教えてくれた。そして、会話の節々で見られた陛下らしからぬ言動は、陛下なりの照れらしい。


「照れていたのか? おもちゃを手に入れて喜んでいる子供に見えたが」

「陛下なりの照れ隠しでございます」


マリーは、リボルバカノンを隠れ蓑にして、俺の忠誠を確認できたことが嬉しかったのだと教えてくれた。俺にはまるで分らなかったので、陛下に振り回されない様、マリーに相談しながら決めていこうと心に誓った。


「ところで、陛下は、俺を『温めていた』と話していたが何か知っているか?」


俺は、陛下に聞くことができなかった、もう一つの疑問をマリーに聞いてみることにした。


「その件でございますが、言葉通りでございます。運ばれた時点で、お怪我は全て治癒されておりましたが、失血量が多く体温が上がりませんでした。陛下は、私が温めると聞かず、2日間ほど添い寝されておりました」


マリーは、失血量が多く、体温が上がらない俺を献身的に温めていたと教えてくれた。しかし、陛下は、俺の耳の魔石が、安定していると言い切ったのだ。今までの言動から推察すると、陛下は2日間、布団に潜り込んで魔石を調べていたのではないか。


「そうだったのか。陛下自ら。お礼を言うべきだろうか?」

陛下が、魔石を調べていた証拠はなく、人を疑うのもよくない。俺は、陛下に何らかの礼をすべきかマリーに意見を求めた。


「いえ。治療にかこつけて、公務をサボっていただけでございます」

マリーは、顔色一つ変えず、はっきりと公務から逃げるためだと言い切った。少なくとも、俺を温めるためではないという点で、俺と同じ考えだ。そして、マリーは、俺の耳に付けている石について、何も知らないはず。


俺は、点と点が線で繋がるのを感じた。


「何故、はっきりと言い切れるのか?」

俺は、はっきりと断言したマリーの考えの理由を聞くことで、今し方、思い付いた仮説の正しさを判断することにした。


「そのお役目、『私がいたします』と陛下にハッキリと申し上げました」

俺は、一瞬目が点になったのだが、陛下は、マリーを押し退けて布団に潜り込んでいたらしい。しかし、俺の意識がない所で、布団に潜り込む相談を二人でしていたことに呆れるしかなかった。


「そうか。なるほど・・・」

言葉の意味は、公務をサボるために布団に潜り込んだとするマリーの意見に同意したのではない。つまり、陛下が俺の介護を理由に、公務を全て放り出し、2日間ベッドに潜り込んで、耳に付けた魔石を調べていた仮説が間違いないと確信したのだ。


「陛下のお力ならば、短時間で完全回復出来るはずでございます」

更にマリーは、陛下が高度な治癒魔術を使えると教えてくれた。俺は、首を切ったにも関わらず、生きていることに納得できず理由を尋ねたのだが、陛下は、何も教えてくれない。この世界は、前世よりも文明が劣るが、治癒面で勝る所もあるのかと感心して、マリーに尋ねた。


「そうなのか。あれから12日経過したが、確かに回復が早いな」

前世の記憶では、開腹手術の場合、術後1ヵ月間は自宅安静だ。首を切れば、そもそも生きていないだろうから比較も出来ない。しかし、3日前から歩けるので、回復が早いと思う。


「いえ、短時間とは、一瞬のことでございます。しかし、私の経験上、お気に入りの方ほど回復がゆっくりでございます」


マリーは、陛下の治癒魔術は怪我を一瞬で治すが、人ごとに回復時間を変えていると教えてくれた。


「気のせいではないか?」

俺は、あり得るなと思いつつも顔を引きつらせて、冗談だよな?という感情を込めてマリーに確認した。


「いずれエリック様も気付かれると思いますが、陛下は、世間で言われるような天使や聖女様ではございません。『本物』の聖女様にケンカを売るような方でございます」


ラファエラさまと癒しの聖女エリーゼさまのケンカは有名な噂だ。


噂によると、エリーゼさまが、ラファエラさまを聖教会のお茶会に招いたところ、和やかに会話が弾んでいたらしいのだが、魔術の話題になると、意見の対立から言い争いになり、ビンタの応酬を繰り広げたそうだ。信じられない話だ。


謁見で感じたラファエラの印象は、親しみと温かみ、冷酷さを併せ持つ女性だ。


光と闇が共存する『漆黒の聖女』と呼ばれるだけあり、彼女がニッコリとほほ笑む笑顔に親しみや温かみ、安らぎを感じるのだが、時折覗かせる支配者の顔は、膨大な魔力と相まって、冷汗が出るほど冷酷で冷徹さを感じる。怒らせたらビンタで済まず、切り刻まれるかもしれない。


一方、以前、町の教会に往診に来たエリーゼを見た印象は、聖女の中の聖女だ。


『癒しの聖女』と呼ばれるだけあり、分け隔てなく人々を治療し、常に笑顔を絶やさず、患者一人一人の目を見て、手を握り、励ましの言葉を掛け、病と病で傷ついた心の両方を治療していた。

彼女の治療に取り組む姿勢は聖女のあるべき姿であり、小柄で愛らしい見た目や教会の地位で得た呼称でないことが分かる。彼女が手を挙げる姿を想像することすらできない。


「ラファエラ様とエリーゼ様のケンカは本当なのか?」

「一字一句間違いありません」


マリーは、俺の問いに、真顔で間違いないと教えてくれた。しかし、聖女同士のケンカは、二人だけの問題ではなく、歴史的に根深い問題の一つだ。


中世。教会の力が強く、魔術が神聖だと考えられていた時代、無詠唱魔術を使用しただけで人々は処罰されていた。しかし、時代とともに無詠唱魔術が浸透し始め、無詠唱魔術に対する偏見が無くなりつつある。一方、無詠唱魔術の拡大と共に教会は、神と人の繋がりを詠唱に見出して、教会の存在意義を取り戻そうとしている。


その急先鋒がエリーゼなのだ。


二人の聖女のケンカについて、聖教会も国も一切無言を貫いている。そして、エリーゼさまのお淑やかな見た目も相俟って、平民の多くは、聖女を貶める悪い噂だとして信じて疑わない。


しかし、マリーの話や態度、噂から察するに、ケンカは本当で、先に手を出したのはラファエラなのだろう。恐らくマリーは、世間で知られている『漆黒の聖女』像は虚像で、誤った認識は、間違えた判断や選択をすることになると教えてくれているのかもしれない。


何れにせよ、マリーから幾つかの貴重な情報が得られたが、これ以上は、陛下のみぞ知ることなので、話題を変えることにした。俺は、直近の悩みであり、可能な限り先送りにしたい騎士としての訓練について聞いてみた。


「ところで、俺は、騎士に叙任されていた様だが、強くない。国家騎士に手古摺るほどだ。刀を持ち戦えと言われれば戦えなくもないが、訓練とかあるのか・・・?」


「エリック様の配属先の通達がまだでございます。配属先により、対応が変わりますので、通達が出るまで、お待ちいただけますでしょうか」


マリーは、困った顔で通達が出ないことを教えてくれた。通常、離宮に入ると直ぐに通達が出され、バタバタと準備をするらしいのだ。しかし、未だ通達が無く、マリーを含めたメイド達や他の使用人もラファエラ付きのままらしい。


唯一決まったことは、ダンテスが俺の執事長に就任することだけだ。しかし、彼は、引退していた所を急遽、呼び出されたため、期間限定の配属だ。


「後日、陛下と離宮の応接間で話をする約束をしている。その時に、通達について聞いてみよう」


マリーの立場では聞きにくいのだろうか? 俺は、陛下が通達を忘れているのではないかと考え、次の話し合いで確認することにした。


「お気遣いありがとうございます。お願いしたく存じます」

マリーは、申し訳なさそうな顔をしつつも困っていたようで、俺の申し出に、パッと明るい顔をしてお礼の言葉を述べた。マリーは「夕食の準備をいたします」と告げると、軽やかな足取りで応接室を退室した。

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