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第4話:天啓の森-4

「今は、立ち入り禁止ですよ~。ぜいぜい。立ち入り、禁止、で、すよ~」


 初めは勢いのあったサイアだったが、途切れなく呼びかけ続けているので息切れし始めた。

 一応、騎士ではあるので、ボードを掲げる腕はまだ震えてはいない。


「なあ、サイア。観光客が森に入ろうとしたときに声をかけるだけでいいんじゃないかな」

「そうよ。しかもボードに書いてあるんだから、言わなくてもわかると思う」


 周囲に「立ち入り禁止」ということが伝わったからか、森の入り口に近づく観光客はほぼいなくなり、ココとガストンは地べたに座って休憩していた。


「何を言ってるんだ。ぜえぜえ。これは任務。手を抜いたら、評価されない、だろう。ぜえぜえ」


 サイアが振り向いて、ココたちに反論する。

 無駄に動いているせいか、顔中汗まみれだった。

 そのむさ苦しい顔を見たココはあからさまに嫌な顔をした。


「サイアー。ちょっと休憩しようよー。そんなに叫び続けたら喉も乾くだろう。俺、水筒を持ってきたからさ」


 ガストンが腰に付けていた水筒を手にとってサイアに見せる。

 反論したそうなサイアだったが、これ以上は声を出すのはつらいようで、しばし考え込んでいるようだった。


「……ちょっとだけなら休憩してもいいかな」

「そうこなくっちゃ! ほら、水を飲めよ」


 サイアに水筒を渡そうと、ガストンが立ち上がる。


「水よりももっと良いモノがあるよ! ほれ」


 サイアの背後に、いつの間にかメレスが立っていた。

 右手には木のコップ。左脇にはボロボロになったボードを挟んでいる。


「なにこれ?」

「あー、なに、リンゴジュースだよ。アタシからボードを奪ったヤツと平和的交渉をしたら、お詫びにくれたの」


 ケラケラと笑うメレス。


「平和的交渉って、ボードがすごいボロボロになってるんだけど……」


 ガストンがココに耳打ちした。


「メレスって、私よりもブルーステップみたいよね……」


 ガストンとココが呆れている横で、サイアはメレスからコップを受け取った。

 黄金に輝く液体を見て、サイアは思わず唾を飲み込む。


「まあ、経緯はともあれ、メレスがこんな気前のいいことをしてくれるなんて今までになかったことだから。ありがたく頂戴するよ」


 サイアはコップのフチに口をつけると、一気に飲み干した。

 その様子を不安そうに見つめるガストンとココ。

 思わずココはサイアに声をかける。


「ねえ、サイア。大丈夫?」

「何が?」

「何がって……」

「すごくおいしいリンゴジュースだよ」

「あはははは。なんだただのリンゴジュースか! 私、ちょっと心配しちゃったよ」

「心配ってなに――」


 話の途中で、いきなりサイアが直立の体勢のまま倒れた。


「キャー! サイア!」


 ココが驚きのあまり、頭を抱えて叫んだ。


「ちょっと、メレス! サイアに何を飲ませたんだ?」

「ごめん。実はジュースじゃなくてリンゴ酒をちょっとね」


 ガストンはサイアが落としたコップを拾って匂いを嗅ぐ。

 その表情は軽くむせているようだ。


「メレス。まさか原液のまま飲ませたのかい?」

「え? 混ぜ物するなんてケチなことはしないって」

「逆だよ! ここのリンゴ酒はアルコール度数がすごく高いから、8割は水がソーダで割るものなんだ。俺の親父も間違って原液で飲んで泥酔して大変だったんだから」

「マジ!? どうしよう!」


 メレスが倒れたサイアを仰向けにして膝枕をした。

 サイアは真っ赤な顔で何かを呟いている。


「なに? サイア? 苦しいの?」

「……こい」

「え?」

「こ…い」

「なに?」

「酒、もっと持って来い。酒をもっと持ってこーい!」


 膝枕されたまま、ぶんぶんと両手を振って暴れるサイア。


「あ、これ、大丈夫だわ」


 メレスはすっと立ち上がる。

 枕がなくなり、ドスンと後頭部を打ち付けたサイアはなぜか大笑いしている。


「ココ。サイアをそこの木陰に移動させて俺の水筒の水を飲ませてやって」

「わかった。ほら、サイア、移動するよ」


 ココはガストンから水筒を受け取ると、サイアの右腕を掴んでズルズルと木陰まで引きずって行った。


「メレス。サイアをからかうのはほどほどにしないとダメだよ」

「あーごめん。今回のはちょっとやり過ぎだったかも。でも、アイツが真面目すぎるから、なんかイラッとしちゃうんだよ」

「真面目過ぎるからって――」

「はいはい。お話し中、ごめんなさいね」


 メレスの言い訳に呆れたガストンが何かを言おうとしたところに、陽気な男が割って入って来た。

 ハンチング帽をかぶり、グレーのシャツを着た中年男性。

 弁当売りのような首かけトレーに何かを乗せている。

 どうやら土産物屋のようだ。


「おふたりさんはお国に雇われた冒険者かい?」


 軽いノリで土産物屋がふたりに近づく。


「まあ、そんなところかな。アタシたちは観光客じゃないから。土産ならあっちの屋台の方にいるヤツらに売りつけるんだね」

「これは観光客じゃなくて冒険者向けのお守りだよ」


 ガストンとメレスがトレーの上に並ぶモノを覗く。

 そこには陶器製の女神を象った人形。


「俺、知ってるよ。これ天啓の森にある使者の像だ」

「若いのに博識だねー。勇者にあやかって、安全祈願に使者の像を携えて冒険するっていうのがこれからのブームなんですよ!」

「これから?」

「ええ。この商売は最近始めたもので。でも、冒険の成功を願って、まずはこの森を訪れる冒険者が多いのでそこそこ売れてるんですよ。だから、おふたりもぜひ!」

「アタシはパス! 縁起とか担ぐタイプじゃないから」

「俺も。うちの寺院は偶像崇拝を禁止してるんだよね」

「そんなこと言わずに! なんなら他の冒険者へのプレゼントに! 本当は1個、銀貨1枚だけど、2個で銀貨1枚で良いから!」

「100個でもいらないって」

「そんなこと言わずに!」


 土産物屋が女神像を手にして、ふたりに突き出してくる。

 手のひらよりやや大きい女神像は、意外と細部までしっかりと作り込まれていた。


「しつこいな! だからいらないって!」


 メレスが一歩後ずさる。


「えー私はちょっと興味あるかも!」


 サイアを介抱していたココが三人のもとへとやって来た。


「でしょ! お客さんはわかってらっしゃる!って、なんだお前、ブルーステップかよ。なんで人族なんかの仲間になってんだ。忌々しい種族が!」


 先ほどまでの営業スマイルが一瞬にして消え、土産物屋は軽蔑の眼差しでココを怒鳴りつけた。


「ひ、ひどい……。ブルーステップは1000年前に異神から解放されて、今は人族と友好関係にあるのに」

「優勢な側につく、尻軽な種族なんだろ!」

「ちょっとアンタ! ココをバカにするんじゃないよ!」

「うるせえ! ねーちゃんはこの汚い種族の肩を持つのか?」

「それ以上言うと!」


 メレスが拳を振り上げる。


ドゴッ!


 鈍い衝撃音。

 次の瞬間には土産物屋が放物線を描いて吹っ飛んでいった。

 地面にドサッと落ちると、白目を向いて空を仰いでいる。

 トレーに乗せられていた女神像も散乱し、いくつかは割れていた。


「ぼくの~なかまをぶじょくする~ヤツは~ゆるしゃんぞ~」


 拳を振り上げた姿勢のままサイアが立ち尽くしている。


「なっ! ちょっとサイア。アタシが殴りたかったのに!」


 メレスの不満を聞く前に、再びサイアは倒れて寝息を立て始めた。


「キャー! サイアが私をかばってくれたの! ガストン聞いた? 私のこと『仲間』だって! 嬉しいー」


 転がってる土産物屋を軽く蹴り続けながら、ココが歓喜の声を上げている。

 滅茶苦茶な状況に、ガストンは乾いた笑い声をあげるしかなかった。


「おい! 第20班! 何をしている!?」


 このおかしな状況を打ち破る様に、森の奥から怒鳴り声が聞こえた。

 踏み固められた森の道を馬に乗った副隊長が出口に向かってやってくる。

 中級兵2名が付き従っていた。


「やばいよ! どうしよう」


 混乱したココは先ほどよりも速く土産物屋を蹴り始めた。

 ココは気が付かなかったが、土産物屋の皮膚からブスブスと煙が立ち上っている。


「ガストン! とりあえず、酔っぱらってるサイアをそこの茂みに隠して!」

「間に合わないよ!」

「放り投げろ!」

「わ、わかった」


 ガストンはサイアのベルトを掴むと、砲丸投げのような姿勢で高く放り投げた。

 茂みに落ちたサイアは「ぐげ」と小さくうめき声をあげる。


「メレス。こっちの男はどうする?」

「もう時間がないから、あとはうまく言い訳するしかない。それよりもココ。蹴るのをやめて!」

「あ、ごめん。気が動転しちゃって」


 そうこうするうちに副隊長のハーバが森を抜け、メレスたちのもとに到着した。


「第20班! 状況報告!」

「えーと、いきなりこの男がアタシたちに襲いかかってきたので反撃したのであります! 上官どの!」


 メレスがビシッと敬礼して報告した。


「土産物屋が襲いかかって来るって言い訳、苦しくない?」


 ココがガストンに耳打ちする。

 ガストンは信仰する神に祈る様に印をきった。


「本当か?」


 ハーバは護衛に男の様子を見るように指示すると、護衛のふたりは倒れた土産物屋のもとへと走った。

 そして、「あ!」っと叫ぶと、急いでハーバに報告する。


「そうか! 見事であった第20班! まさかお前たちが異神の下僕を退治するとはな」

「え? 下僕?」

「このゴブリンを倒したのはお前たちだろう?」

「ゴブリン?」


 メレスが土産物屋を見る。

 皮膚から出ていた煙が消えると、そこあったのは人ではなくゴブリンの顔だった。


 ゴブリンは約1000年前に異神が人族をベースに作り出した亜人種。

 初代勇者が異神を撃退した後も自らの創造主である異神を崇拝し続け、他種との交流を持たずに生息している。


「わー本当にゴブリンだ」


 メレスが誰にも聞こえない声でつぶやいた。

 

「このゴブリンはこちらで捕獲して目的を自白させる。森にいる本隊も調査を終えて戻っている最中だ。お前たちは先に森の外れに設置した野営地に戻って、ゴブリン撃退の報告書をまとめておくように」


 ハーバはそう言うと、護衛にゴブリンを捕縛させて先に野営地へと進んで行った。


「ねえ。どうなってるの、これ?」


 ココがメレスのもとにやってきて質問した。


「アタシが聞きたいよ」

「まあ万事解決ってことだな。俺たちも野営地に戻ろうぜ」

「そうね。私、なんか疲れちゃった」


 三人はハーバが向かった方向へと歩き始めた。

 が、少し進んでから、


「サイアのこと忘れた!」


と、森の近くの繁みへと引き換えした。

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