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第3話:天啓の森-3

「ねえ、『天啓の森』ってどんな場所なの? 私、集落を出たばかりで先代勇者のことは詳しく知らないから」


 うなだれるサイアを横目に、ココがメレスに質問した。


「そうだねー。簡単に言うと『異世界の使者』っていう全身が発光してる正体不明の存在が、森で暮らす猟師の青年に『お前が勇者になって異神を倒せ』って無茶な命令をした場所かな」

「じゃあ、ここが勇者発祥の地ってこと!? あはははは、すごーい! でも、知らない人の言葉を鵜呑みにするって、ちょっと不用心じゃない?」

「ココもそう思う? アタシも思った。自分が選ばれし者だと信じちゃうのは自意識過剰だよねー」

「そんなことない!」


 笑い合うふたりに、うなだれていたサイアが詰め寄る。


「異神に支配されて絶望的な状況で、自分の命をかえりみず旅立つ決意をしたんだぞ! 僕は先祖の勇者を尊敬している!」

「はいはい。すごいすごい」

「この森は異世界の使者が現れた神聖な場所なんだ」

「そうなんだ。私は人族の風習がまだわかっていないけど、入り口のアーチが神聖な感じがしないのはどうして?」


 ココが振り向き、見上げた先にある木製のアーチには、「ようこそ!勇者発祥の地、天啓の森へ」とカラフルなペンキで書かれている。

 森の入り口付近の広場には飲食店や土産物屋が立ち並び、観光客で賑わっていた。


「そりゃそうよ。今じゃここは『勇者の聖地巡り』の人気観光スポット。毎日たくさんの観光客がやって来るから、そいつらを相手にした商売も盛んなの。神聖な場所だったのは数百年も昔の話ってわけ」


 森に入ろうとする観光客に『ただいま閉鎖中』と書かれたボードを見せて追い返しながら、メレスはココに説明した。


「そうなんだ。観光地でも良いから、私も森の中を見てみたかったなー」

「俺は小さい頃に家族旅行で来たことあるよ」

「いいなー。ねえガストン。中には何があるの?」

「そうだな。勇者になる青年と使者の対面シーンを模した石像があったよ」

「へー面白そう!」

「ほら、森の周りはこんなになっちゃったけど、今でも森の中は神聖なままじゃないか!」

「サイア、それはちょっと違うかも。俺が観光したときには、石像の近くに森の名産を使った料理が食べられる大型レストランがあったから」

「森の名産! 私も食べてみたい! 名産ってなに?」

「リンゴとキノコ、それにイノシシだったかな。イノシシのソテーのキノコソースがけと、リンゴ酒が人気メニューだったはず。俺の親父がリンゴ酒をえらく気に入っちゃって、大量に買い込んでたなあ」


 懐かしそうに思い出を語るガストンの横で、再び四つん這いで落胆するサイア。


「そんな……」

「ていうか、サイア。アンタさあ、初代勇者を崇拝してる割には聖地についての情報が古すぎない? ほんとに勇者を尊敬してるわけ?」


 メレスは立ち入り禁止のボードを見せても入ろうとする観光客を蹴って追い返しながら、サイアに声をかけた。


「してるよ! 勇者の伝記を100回は読んだもん」

「伝記って。それ1000年も前に書かれた話じゃん。内容もどこまで本当かわかりゃしない。ってこら、ボードを持っていくんじゃないよ!」


 蹴られた観光客がキレて、メレスからボードをひったくると、そのまま土産物屋の方へと逃げていった。

 メレスは「ココ、ガストン。ここは任せた」と言うや否や、逃げた観光客を追って走り出す。

 ココとガストンが返事をする前にメレスは雑踏の中へと消えていった。


「おい。サイア。がっかりするのもいいけど、そろそろ真面目に任務をしたらどうだい? メレスは文句言いながらもちゃんとしてるよ」

「ねえ、サイア。確かに1000年前とは様子が変わっちゃったかもしれないけど、勇者の偉業は変わらないし、観光に来ている人たちの勇者への感謝も変わらないと思うの。勇者はブルーステップを異神から解放してくれた。私の種族は本当に感謝してるわ。だから、元気出して」


 ココがサイアの肩にそっと手を乗せて慰めの言葉をかけた。

 それに反応するように、サイアはココを見る。

 ココはそれに応えるように微笑んだ。


「そうだよ! 形あるものは時間とともに変化していく。でも、勇者の偉業は変わることはない! ありがとう、ココ。僕も勇者の末裔として恥じない行動をするよ!」


 サイアはすくっと立ち上がると、ボードを手にした。

 そして、特に観光客が近づいていないのに「ただいま、立ち入り禁止ですー」とボードを掲げて呼びかけ始めた。


「サイアが立ち直って良かったよ。俺は寺院で説法も学んだけど、ココのようにサイアに語ることができなかった。やっぱり、当事者の言葉は重みが違うね。俺、感動しちゃったよ」

「…まあね」


 感心するガストンとは対照的に、どこか浮かない表情のココ。

 それに気づいたガストンは「どうしたの?」と声をかけた。


「ガストンには言っちゃうけど、ブルーステップに伝わる勇者の伝説って、サイアが喜ぶような内容じゃないの」


 ココが小声で言った。

 申し訳なさそうな表情で見つめる先には、元気いっぱいにボードを掲げるサイア。


「どういうこと?」

「もともとブルーステップは異神側に属していたから勇者は憎い敵だったの。だから、かなり畏怖の存在として語られていて。当時書かれたブルーステップの書物だと、勇者は8本の腕にトゲが付いたこん棒を持って私の種族の肉をそぎ取ったり、目から熱線を放って建物を溶かす異形の存在とされていたの。私も子供の頃、我がままを言うと親に『言うことをきかないと、勇者がお前の肉をそぎ取りにくるぞ』って言われてたから」

「肉をそぎ取るって……」

「あ、でも、戦後の書物にはちゃんと勇者の偉業も語られてるし、種族も基本的に勇者に感謝してるよ! 8本の腕と熱線が出る目を持つというのはそのままだけど。実は私、最近まで人族は腕が8本あると思ってたの。あはははは」

「そ、そうか。それはサイアには言わない方がいいね……」

「ガストンもサイアには黙っていてね」

「わかってるよ。ちなみに人族を実際に見て、他にも違ったところってあるのかい?」


 ガストンの質問に、ふっと感情が消えるココ。


「……それは聞かない方が良いと思う」

「わ、わかったよ」


 ガストンは背中に一筋の冷や汗がつーっと流れるのを感じた。

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