第1話:天啓の森-1
『王都を出立して3日。
初代勇者が異世界の使者から啓示を受けたという森を目指して南下を続けている。
私は勇者の末裔であり、ミヤド王国の騎士・サイア。
再び現れた異神から世界を救うため、冒険をしている。
共に旅をする仲間についても記しておこう。
まず、ガストン。
彼は王都の北、極寒の山岳部にある寺院で修行を積んだ僧兵だ。
寒さで浅黒くなった肌と細身だが筋肉質の身体が修行の厳しさを物語っている。
体術と癒しの気功の名人だ。
次に、ココ。
深紅の髪と薄青の肌の美女で、ブルーステップと呼ばれる異人種だ。
かつて異神の奴隷だった種族だが先代勇者が開放。現在は森の奥に生息するそうだ。
暗器を使った武術が得意な種族だが、彼女は武術を嫌って魔術師をしている。
最後に、メレス。
緑の髪の美しい女性。
長い間、旅をしていたらしく、「何でも屋」を自称している。
まだ共に行動をするようになって日が浅いので、彼女の素性は――――』
「ほら、サイア。アンタの番だよ!」
メレスが日誌に夢中なサイアに声をかけた。
「ちょっと待って。もう少しで終わるから」
「アンタ、また『勇者もどき日記』を書いてるの?」
「もどきじゃないよ。僕は勇者の末裔だ、正真正銘の」
「末裔って言っても、分家の分家、そのまた分家でしょ? それは勇者って言わないの。いいから早くカードを引いてよ」
メレスがテーブルに置かれたカードの山札を指さす。
「サイアがカードを引いてくれないと、私もガストンもカードが引けないんだから早くしてよ」
「そうそう。時間は無限じゃないんだから。俺らを待たせないでほしいね」
「私はブルーステップだから、みんなよりも寿命が長いけどね。あはははは」
ココとガストンもサイアを催促する。
彼ら4人は、『ヴォーン』に興じていた。
『ヴォーン』とは、この世界で一番普及しているカードゲーム。
山札のカードを順番に1枚引いていき、手持ちの札で役を作って場に捨てていく。
手札を全て使いきったら上がり。最後まで手札を持っていた者が敗者となる。
老若男女に浸透している遊戯で、旅のお供には欠かせないアイテムだ。
夜。
サイアたちは今日の移動を終え、野営のテントの前にある組み立て式テーブルについてる。
テーブルにはココの魔術で作った照明代わりの光球と『ヴォーン』のカード、ワインと干し肉が乱雑に置かれている。
「わかったよ。引けばいいんだろ」
サイアはしぶしぶと山札からカードを1枚引いた。
そして、手札を吟味して3枚のカードで役を作り、カードをテーブルに置いた。
「なに、これ? こんな弱気な役しか作れないで何が勇者よ。アタシだったら、もっと手札を貯めて大きな役を作るけどね」
「別にいいだろ。僕は慎重に物事を進める性分なんだ。メレス、君みたいな大雑把なやり方だとそのうち大怪我しちゃうぞ」
「はいはい。勇者様のご助言、ありがたく頂戴しますよー」
サイアとメレスが言い合う中、ココとガストンがゲームを進めていく。
「ねえ。せっかくだから勝負しようよ。負けた人は明日の夕食でオプションメニューをみんなに奢るっていうのはどうだい?」
ガストンが身を乗り出して、そう提案した。
「命のやり取りがない勝負って私初めて! 負けても負担が最小って革新的ね!」
「ちょっと、ココ。アンタ、これまでどんな賭け事してきたのよ」
「えー、私の種族だと割と普通だけど。別に殺すわけじゃないの。相手の人生を所有するだけだから」
「いや、それでも十分怖いって。まあいいわ。アタシもガストンの提案に乗るわよ」
ココとメレスがガストンにほほ笑む。
「あとはサイアだけだよ。どうする? 俺の提案に乗るかい?」
「君は僧侶なのに、賭け事してもいいのかい?」
「俺は僧侶じゃなくて、僧兵。いわば、坊さんたちの護衛役だからね。戒律は結構ユルいよ。肉も食べられるし、酒も飲める。結婚も子孫を作ることも禁止されてないよ」
「だってよ、サイア。ここで乗らないと勇者様じゃないよ~」
「わ、わかったよ。賭ければいいんだろ! 僕もこの勝負、乗った!」
「よし、それでこそ勇者様!」
メレスがバンとサイアの背中を叩く。
サイアはいきなりのことに思わず、テーブルに突っ伏してしまった。
「じゃあ、アタシの番だね」
メレスは山札から1枚引くと、カードの絵柄を見てニヤリと口角を上げた。
「どうだ! 『龍のいがみ合いからモグラの百年殺し』!」
持っていた全てのカードをテーブルに勢いよく置いた。
「すごーい! こんな難しい役、私初めて見るー」
「俺も!」
「ふふーん。これを待ってたのよ。勝負はハイリスク、ハイリターンよ」
ドヤ顔でサイアのことを見るメレス。
悔しそうに身を震わせるサイア。
山札からカードを引くが、役は作れない。
「じゃあ、次は俺。やった! 『戸締りは富を呼ぶ』の完成! これで俺も上がり!」
「私は……『森林を守るため陶器のスプーンに』ができた。ごねんなさい、サイア。私も上がりよ、あはははは」
メレスに続いて、ガストンとココも手札をテーブルに置く。
「なんで、なんで。みんなが急に上がるなんておかしいよ。あ、わかった。僕が日記を書いている間にみんなでカードにイカサマをして、それで賭けを持ちかけたんだ!」
「ひどーい。勇者様が言いがかりだなんてー」
「そうそう。俺は神に仕える身だよ。そんなことしないって」
そう言いながらも、ニヤニヤが隠せないふたり。
「命が取られなかっただけ良かったわよ。もし、ブルーステップの流儀で進めていたら、サイアは今頃……あはははは」
愛嬌のある笑い声だが、ココの目は光を失っている。
瞳の奥は井戸の水面のように底が見えなかった。
「詐欺だ―! こんな勝負は僕は認めないぞー!」
両手を力いっぱいテーブルに叩きつけて怒鳴るサイア。
その姿を見て、笑い合う3人。
「おい! お前たち! もう就寝時間はとっくに過ぎている。懲罰を受けたいのか!」
野営のテントに近づく大柄の人影。
甲冑を身に纏った見張り番だ。
「やばい。ココ、明かりを消して」
メレスが小声で指示する。
ココが右手を軽く振ると光球がふっと姿を消した。
そして、4人は、男女で分けた2つのテントにそれぞれ逃げ込んだ。
「全く。いくら王都に近い安全圏だからと言え、たるんどるぞ!」
テーブルまでやって来た初老の見張り番は小さく不満を漏らした。
が、テーブルに置かれた干し肉を見つけると、きょろきょろと辺りを見回した後に自分の懐に入れた。さらにワインの瓶を掴むと、一気に飲み干した。
「ほかにたるんどる班はどこかなー」
だらしなくゲップをすると、新たな獲物を探して歩き出したのだった。