6、綺麗で素敵で、かっこいい
「——何をしている」
その低い声に、僕を囲んでいた彼らはびくりと肩を震わせた。
それから強張った表情でこわごわと声の主を振り返ると、へりくだるような口調で口々に弁解し始める。
彼らだって王城に出入りしているのだから、それなりに高位な貴族のはずだけど、この態度を見る限り声の主はそれ以上に高貴な方なのかも。
そして僕はといえば、そんな様子をぼーっと眺めながら、先程の声の余韻から抜け出せずにいた。
『何をしている』、という、咎めるような響きを持った声。
ほんの短い言葉だったのに、爽やかなのに色気を感じさせるとんでもない美声に、僕はぽーっとしてしまっていた。
正直こんなに自分好みの声は今まで聞いたことがない。
僕なんかに好みだと言われたら声の主はきっと困ってしまうだろうけど、そうと分かっていても聞き惚れてしまうくらい、良い声だなと思った。
と、そんな風に熱に浮かされたような気分でいると、再びその声が僕の耳を打った。
「俺は保身のための嘘が嫌いだ。失せろ」と。
氷のように冷たい声音のその声に、先程からがたがたと震えていた貴族たちは怯えた様子で去っていって。
少しほっとすると同時に、僕は慌てて顔を俯かせた。
(僕がこんな顔だって分かったら、きっとこの人にも軽蔑されちゃう……)
初めて会う知らない人なのに、なぜか僕はこの人には嫌われたくないと思っていた。
人から嫌われたり蔑まれたりするのなんて僕にとってよくあることなのに、どうしてそう思うのか自分でも不思議だけど。
この人に嫌われると思ったら怖くて、握りしめていた手が知らず震え出した。
助けてくれた恩人に対して顔も上げず、その上震え出すなんて、我ながら失礼極まりない。
自分が情けなくて仕方なかった。
だけどその人は僕を糾弾することもなく、なんと優しい声で話しかけてきた。
さっき貴族たちを追い払ったときの声とはまるで違う、僕を安心させようとしてくれているような穏やかな声音だった。
初対面で優しい声をかけられるのなんてほとんど初めての経験で、どうしていいか分からず上擦った声を上げた僕に、その人は信じられない提案をしてきた。
「君の名前を教えてくれるかな? まだ心細いだろうし、君の屋敷まで送るよ」
「えっ、そんな、ご迷惑に……」
僕の顔は俯いていて見えていないとはいえ、この黒髪と小柄な体格で、僕の容姿があまり良いものではないということは分かっているはずなのに。
思いもよらない優しい申し出に、僕は顔を見られないように伏せていたことも忘れ、思わずばっと顔を上げて——固まった。
この世のものとは思えないほど美しい人がそこにいた。
初めに目に入ったのは、宝石のように美しく輝く薄い緑色の瞳。
柔らかそうな髪は淡い金色で、瞳の色ともよく合っている。
しかも顔は文句のつけようがないほど整っていて、百人中百人が美形と言う顔はきっとこういう顔なんだろうな、と変に納得してしまった。
背もすらりと高くて、バランスのとれた美しいスタイルをしている。
すごく綺麗で素敵で、かっこいい人だと思った。
僕とはまるで反対の、美の結晶のような存在である彼に、不思議と羨望や嫉妬の気持ちは湧かなくて、ただただ僕は彼に見惚れた。