5、完璧な人
セシル・エルマー視点です。
クリフォード・フォン・アークライト公爵令息といば、辺境育ちの僕でさえその名前を聞いたことがあるくらいに有名な、美貌の貴公子である。
艶やかな白金の髪と、上質なプレナイトのように淡く輝く薄緑色の瞳。
その整った顔立ちに凹凸は少なく、鼻や口の大きさも控えめで美しい。
身長はすらりと高く、全体的に見ても完璧としか言いようのないプロポーション。
おまけに誰に対しても高圧的な態度を取ることもなく、振る舞いも大変紳士的だという。
まさに非の打ちどころがない完璧な男性である。
それに加えて、彼はあの超名門貴族、アークライト公爵家の嫡男でもあった。
天は二物を与えずと言うけれど、彼に限ってはその言葉は全くもって当てはまらない。
実際に会ったことはないけど、彼ほど完璧な人にはもはや嫉妬する気すら起きず、彼の噂を聞くたび、僕はただただ彼は自分とは違う世界の人なんだと感じていた。
そんな華やかな世界に住む彼とは違い、僕ことセシル・エルマーは田舎貴族の三男で、おまけに超がつくほどの不細工だった。
真っ黒な髪と、紺に近い青色の目。黒髪というだけでも相当マイナスな印象なのに、目まで濃い色合いの青なんて、これだけでも周囲からはかなり忌避されてしまう。
しかも僕は顔の造形も悪くて、全体的に顔のパーツが不揃いだった。鼻は小ぶりなのは良いけど高すぎるし、目はぱっちりとしていて大きすぎるし。
おまけに僕は背も低いし細身なのだ。だからどんなに深くフードを被って顔や髪を隠していても、体型ですぐに不細工だと分かってしまう。
そんな僕だから、次兄や妹にはいつも目の敵にされるし、社交の場に出れば遠巻きにされ侮蔑の目を向けられた。
その度に傷つかないと言えば嘘になるけど、中途半端に期待する方が辛いというのは分かっているから、僕は他人に優しくされることをいつからか半ば諦めていた。
だけど両親や長兄は、こんな僕にも優しく接してくれていたから、僕はすごく恵まれている方だと思う。
僕は三男なので家は継がないけど、このエルマー伯爵領が大好きだから、独り立ちしたら領内でただの平民として暮らそうと思っている。
幸い次期領主である上の兄もそれを応援すると言ってくれているし、こんな容姿の僕が上手く暮らしていけるかは甚だ心配だけど、やれるところまでは頑張りたいと思う。
そんなことを考えながら日々を過ごしていたある日、僕は王城に呼び出された。
◇ ◆ ◇
僕を呼んだのは次兄だった。
王城に文官として勤めている兄は、重要な書類を屋敷に忘れてしまったから届けてほしいなどと口実をつけ、たまたま領地から王都に出てきていた僕を呼びつけたのだった。
醜い見目の僕が、美意識の高い貴族が集まる王城へ顔を出せばどんな目に遭うか、分からないはずがないのに。
そして案の定というか、にやにやと意地悪く笑う次兄に書類を渡して戻る途中、僕は数人の貴族男性に囲まれてしまった。
不細工なんかが王城に来るな。
俺たちの国にお前が住んでいると思うだけで不愉快だ。
見れば見るほど醜いやつだ。
口々にそう罵られ、廊下の端に追い詰められて、悪意に溢れたいくつもの目に見下ろされるのは怖かった。
こういう直接的な口撃をされるのも初めてではないけど、何度経験してもやっぱり怖いものは怖いし、傷つくものは傷つく。
だけどなによりも、全く言い返せもしない自分が一番情けなくて悲しくて。
僕はただ俯いて、彼らが去ってくれるのを待つだけだった。
そんな僕に彼らはどんどんヒートアップしていって、このままいったら殴られるんじゃないかと思うほど、強い語調で僕を罵り始めた。
僕は細身だから、この人たちに暴力に訴えられたらきっと何もできないだろう。
さっきから何人も近くを通ってはいるようだけど、誰も僕なんかを庇おうとはしてくれなかった。
すごく怖いのに、僕には逃げることもできない。
無力な自分が情けなかった。
その時。
低い、凛とした声がその場に響いた。