3、控えめに言って世界一可愛い
「——何をしている」
思ったよりかなり低い声が出て、自分でも少し驚いた。
けれど俺以上に驚いたらしい貴族の男たちは、俺の声にびくりと肩をふるわせた。
それから恐る恐るといった様子でこちらを振り返り、俺を見てその顔を青ざめさせた。
「あ、あなたは……!」
「こっ、これは違うのです! こいつが先に俺たちに無礼なことを……!」
「そ、そうですっ! 悪いのはこいつで!」
がたがたと体を震わせながら、必死に言い訳する男たちに、俺は軽蔑の目を向けて口を開く。
「俺は保身のための嘘が嫌いなんだ。……失せろ」
侮蔑を込めてそう言い放つと、彼らはヒッと引き攣った声を上げ、慌てて駆け出していった。
後に残ったのは俺とリオン、そして罵られていた小柄な青年だった。
先程までは男たちの背で見えず、性別も分からなかったが、どうやら男だったらしい。
着ている服も良質なものだし、恐らく彼も貴族なのだろうけど、彼とは面識がないからどこの誰なのかはよく分からない。
かなり低めの身長で、体格も華奢だ。癖のない髪は艶のある黒色で、俯いてしまっているので顔は分からないが、なんとなく可愛い感じがする。
こんなに小柄なら尚更、あんな男たちに囲まれたのは怖かっただろう。
握られた拳がまだ小刻みに震えているのを見て、俺は彼をこれ以上怖がらせないように、なるべく優しい声で語りかけた。
「君、あんな男たちに囲まれて怖かっただろう? もう大丈夫だよ、ここにいるのは俺たちだけだからね」
「はっ、はい、ありがとうございますっ! あの、僕……っ」
……一人称「僕」なんだ。可愛いな。
緊張しているようで上擦った声を上げた彼は、まだ俯いたままで顔は見えない。
さっきもあの男たちに容姿について色々言われていたみたいだったし、顔に何かコンプレックスがあるのかな。
顔を伏せたままでいるのはマナー的に褒められたことではないけど、本人が気にしていることを無理矢理暴くような真似はしたくないので、何も言わないことにする。
「君の名前を教えてくれるかな? まだ心細いだろうし、君の屋敷まで送るよ」
「えっ、そんな、ご迷惑に……」
俯いていた青年が、俺の提案に動揺した様子でぱっと顔を上げた。
けれど次の瞬間、俺の顔を凝視して固まる。そして俺も青年の顔を見て固まった。
青年の見開かれた瞳は美しい瑠璃色で、その瞳を彩る睫毛は長く、くるりと上向いている。
真白の肌にはシミ一つなく、頬は淡いピンク色に染まっていた。
鼻筋はすうっと通っていて、控えめな唇は美しい紅色。
神様が丹精込めて作ったに違いない、完璧に配置された顔のパーツは、その一つ一つがこの上なく整った形をしていて、それらが可愛らしい輪郭の小顔に収まっている。
控えめに言って世界一可愛い。
なんだこの可愛い男の子。
美少年なんていう言葉じゃ足りないくらい可愛いし綺麗だし美しい。
え、こんな可愛い子が存在してるなんてこれ本当に現実? 俺は夢を見てるのか? それともまさか俺の目がいかれた?
と、しばらくそんなことをぐるぐる考えながら固まっていたら、背後に控えていたリオンに「コホン」というわざとらしい咳払いで正気に戻された。
美少年もその咳払いにハッとしたようで、ものすごい勢いで俺から目を逸らした。
それからわたわたと落ち着かない様子で目を泳がせつつ、たまに俺をチラチラ見てくる。
(っ、可愛いかよ……!)
一応俺はこの世界的には人外レベルのイケメンらしいので、こういう反応は割と慣れている。昔アルフォンスに言われた言葉によると、俺の顔を初めて見た人は、眩いばかりの美貌に思わず思考停止してしまうらしい。そして正気に戻った後もしばらく奇跡の美貌への感動が収まらず、こんな反応になるそうだ。
何を言っているか分からないだろうが俺も分からないので安心してほしい。これを聞いたとき正直俺はこの平凡顔に感動もクソもあるかと思った。
他の人がこんな挙動をしているのを見ても何かを思ったことなんてなかったのに、この可愛い子がこんな小動物みたいなことしてるのはやばい。
可愛すぎるのだ。可愛さが留まることを知らない。もはや天使である。
そんなふわふわした気持ちでしばらく彼を見ていたが、彼の宝石のような瞳に動揺のあまりか涙が滲んできたので、流石に可哀想になって、俺はもっと見ていたい気持ちを抑えて口を開いた。
「ごめんね、いきなり屋敷まで送るなんて言われても迷惑だったよね。俺はクリフォード・フォン・アークライト。怪しい者じゃないから安心してほしい」
「あっ、アークライト公爵家の……っ?!」
俺の家名を聞いて更に緊張させてしまったらしい。
失敗した、と内心唇を噛む思いになるが、その気持ちはおくびにも出さないよう気をつけて言葉を重ねる。