2、王太子の呼び出し
その日、俺は王太子に呼び出されて王城を訪れていた。
ちなみに俺は一応この王太子の側近で、日頃から色々と一緒に過ごすことが多い。まあ側近というより友人に近いけど。
あと、俺の父が王弟なので、実は王太子とは従兄弟だったりもする。
そんな王太子——アルフォンス・フォン・ペルツは、今日は仕事が終わらず俺に泣きつくように呼び出したようだった。
そして俺は現在、本来なら王太子が片付けるべき膨大な書類仕事を黙々とこなしている。
当のアルフォンスは、そんな俺を横目にソファでごろごろしながらクッキー齧ってるけど。
「おー、流石クリフォードだな。仕事がはやーい。いやー、やっぱり持つべきものは優秀な従兄弟だな」
「棒読みのお世辞はいいから、お前もいい加減手伝え。俺は早くこれを終わらせて帰りたいんだが」
「えー」
えー、じゃない。こら、お前が口を尖らせたって全く可愛くないからな。
アルフォンスは結構あっさりした顔立ちで、俺よりはやや低いがすらりとした長身に、鮮やかすぎない色の金髪碧眼なので、多分この世界的にはかなりのイケメンなはずだ。
だから俺以外のやつならそんな顔をすれば大抵のことは許してくれるのかもしれないが、俺には効かない。
「ていうかソファに寝転がるな、アルフォンス。仮にも王太子なんだから、もうちょっとそれっぽい感じに振る舞え」
「えぇ、別に今はお前しかいないんだからいいじゃん」
そういう問題じゃないのだけど。これ以上言ってもアルフォンスは改めそうにないので諦める。
なんて問答をしているうちに、書類の八割ほどが片付いたので、そろそろ帰ろうかと俺は凝った肩を軽く回しつつ腰を上げる。
「アルフォンス、残りはそんなに面倒そうなのはないから自分でやれよ。俺はもう帰る」
「えっ、クリフォードもう帰っちゃうの? もうちょっとおしゃべりしていこうよ」
「遠慮する」
「ちぇ、相変わらずクリフォードは釣れないなー」
そう不満そうに言った後、「まあ、そういうところがクリフォードだよね」なんて続けて、アルフォンスは楽しそうに笑った。
こんな風に、なんだかんだ言ってアルフォンスは俺という人間を理解してくれている気がするので、実は一緒に過ごすのはそんなに嫌じゃない。
俺はなんとなく、ソファに寝転ぶ従兄弟の髪をくしゃりと撫でてみる。アルフォンスは綺麗に整えていたはずの髪を崩され、けれど俺を咎める様子もなくただ不思議そうな顔をした後、くすぐったそうに軽く笑って、「またね」と言った。
それに頷きを返して、俺は王太子の執務室を出た。
◇ ◆ ◇
アルフォンスと別れた後、俺は侍従のリオンと見慣れた王城の廊下を歩いていた。
ちなみにリオンは昔から俺に仕えてくれている優秀な従者で、ほぼ四六時中俺のそばについている。俺がアルフォンスの部屋にいた間は外で待ってもらっていた。
こうやってアルフォンスに呼び出され、仕事の手伝いをさせられたのは予定外だったけど、今日は元々、そんなに予定が詰まっていたわけでもないから問題ない。
屋敷に帰ったら軽く書類仕事をして、あとは書庫で本でも読もう。
——なんて考えていた俺の目に、ふいに数人の男が誰かを囲んでいる光景が飛び込んできた。
数メートル先の廊下の端の方で、貴族の子弟らしき男たちが集まって一人を囲み、罵声を浴びせているようだった。
不細工だのペルツ王国の恥だの、かなり強い口調で罵る声が聞こえてくる。そんな言葉を浴びせられている人物は、男たちの背に遮られているため俺の位置からは見えなかった。
罵られている人物は何も言い返せずにいるようで、それに調子に乗った貴族たちがさらに語調を強めていた。
……無駄にプライドの高い傲慢な貴族たちが、寄ってたかって無抵抗の人間を貶めているというわけだ。
彼らは廊下の端に寄っているので、そのわきを通っていけないわけではない。
実際、今も数人がこの道を通っているが、皆巻き込まれるのが面倒なのか、素知らぬ顔で通り過ぎている。
(……不愉快だな)
俺は別に正義感が強いわけではないが、こんな風に理不尽に罵倒されているのを見て、何も感じないほど冷めてもいない。
男たちの声を聞いてみれば主に容姿のことを罵っているようだし、そんなどうしようもない理由で人を傷つけるのは見ていて不快だ。
俺はすっと背を伸ばして、彼らの方へ一歩踏み出した。