ボクが孫の代わりになりますんで、元気出してください、ご主人。
「今日は天気が良いな。ユウジ」
「にゃあん」
ボクはマンチカンのユウジ。ご主人のしわくちゃな手がボクの顎を優しく撫でる。そうそう、昔のボクには違う名前が有ったのだよ。その名前はもちまる。四足が短いボクが座ると、焼いた丸餅みたいになるからだそうだ。なんて失礼なお話なのだろう。
最近、ご主人の孫のユウジが死んだ。
交通事故だったそうだ。猫のボクには難しいことは分からない。でも、その日からボクはユウジになった。もちまるよりは名誉ある名前ではないか。人間と同じ名前を授かったのだから。
「ごめんなぁユウジ。私があの時、目を離さなければお前は……」
あ、またご主人が泣いている。機嫌悪いのかな。ユウジが死んだことと関係しているっぽい。けれど、猫であるボクにはどうすることも出来ない。
泣いているご主人の膝元に、もさりと体をうずめてみる。ボク自身はこの行為を好きでやっている。
あったかいからだ。
「にゃあー」
ボクは軽く伸びをした。猫にだって疲れはある。ずっとお空を眺めてほのぼのとしているのが猫の仕事だと思われては困る。
お腹がすいた。今のがその合図だ。
「はは。そうかそうかユウジ。腹いっぱい食わしてやろうな」
「にゃあん」
やったー!
ユウジが死んでから餌の量が多くなった気がする。ボクとしては、気ままを許してくれる今の環境は快適だ。ユウジ、死んでくれてありがとう!
「ほれ、沢山お食べ」
「なぁー♪」
ちょっと良いとこの缶詰だ。昔食べていた安いのと違う。ユウジが死んでから、ご主人の優先順位はボクになった。ボクの願いは何でも通る。
――――でも……、
「美味しいか、ユウジ」
なんだかご主人の微笑が怖くなる時がある。どこを見ているのか分からないうつろな目。もう、ちゃんとボクを見なよ。失礼なご主人だ!
「にゃん!」
機嫌を悪くしたボクは、開いたふすまから和室に入った。餌は半分残している。後でゆっくり食べる。とにかく今はすこぶる機嫌が悪い。
大方予想はついている。旧ユウジに依存しているんだろう。でも、今のユウジはボクだ。そこら辺はわかってもらわないと困る。いつまで過去を引きずっているんだ。
あんな鼻タレで、家の中に大量のモンシロチョウを持ち込む子どものどこが良いんだろう。正直あれには迷惑した。それにあのキャッキャした声。煩かった。ボクは居なくなってせいせいしているというのに。
「ユウジ、じいちゃんと遊ぼう」
「にゃーん」
猫じゃらしとはまたベタなご機嫌取り。でもまぁ、食後には運動が必要か。よし、遊んでやろう。猫の気まぐれだ。決して、動くひらひらにムズムズしたわけではない。
「それ、楽しいか。ほれ、ほれっ」
「にゃあむ、うにゃんっ」
ついつい体が動いてしまう。これは、効く! なんて思って何時間か経ったような気がする。いつの間にか窓から見えた空に灰色の雲が張り詰めていた。雨、降りそうだなぁ。
「ユウジ、お前もいつか死んでしまうんだな」
「なーん?」
当たり前のことを。でもそれがどうした。悲しいのか。だとしたら相当おバカなご主人だ。命のある奴はたいてい死ぬじゃないか。死ぬ前にあるのは痛みだけ。それを乗り越えたら……どうなっちゃうんだろう。
「ごめんなぁ、もちまる。お前の人生を奪ってしまって」
猫生ですが。
え、ボクは何かを奪われているの。だとしたら返してよ。なんだか損した気持ちだ。まぁこの先長々と老人特有の長い話を聞くのだろう。いつものこと。いつものこと。
「ずっと昔から居るお前より、どうしても居なくなったユウジの方が大切だと思ってしまう。ユウジの魂なんて猫に憑依するはずない。だが、名前を呼べば、お前に憑依したユウジが私に話しかけてくれるんじゃないかと思ってしまう。本当に、申し訳ない……」
ご主人は鼻をきゅっとつまんで涙を止めていた。全く失礼な話だ。旧ユウジがボクに憑依するなんてあり得っこないじゃないか。おかしい、おかしい!
「にゃあんっ!」
短い前足で、ご主人に肉球パンチをお見舞した。それなら、「もちまる」と呼ばれた方が良い。まるで命じゃなくて物のように扱いやがって。このっ、このっ!
「やっぱり嫌か。そうだよな」
ん。ご主人、どこ行くの?
……って、どこから持ってきたんだよ、そんなでっかい包丁。
「娘は不妊治療で苦労してユウジを産んだんだ。それなのに、私が付いていながら……親族一同に合わせる顔も無い」
やめなよ、やめなよぅー!
ボクは心の底から、そう叫んだ。ご主人が居なくなったら、ボクの遊び相手は誰になるの? 餌をくれる人は? そう考えたら、ちょっとだけ寂しくなった。
――そうか。旧ユウジも、ご主人にとって同じような存在だったんだなぁ。ボクの鳴き声が届いたのか、ご主人は大きな包丁を床に落とした。あっぶなーい!
「……もちまる。これからも、ユウジと呼んでいいか」
「にゃあん」
ま。ボクが孫の代わりになりますんで、元気出してください、ご主人。あと、ご飯は毎日豪華にしていただけると非常に嬉しい。
外は雨が降っていた。でも、そのうちきっと晴れる。知っているんだ。空色は猫のように気まぐれだということを。きっとそれは、人間も同じでしょ。
ね。ご主人!
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