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ヴァンダリズム・シンフォニア!  作者: キタノタクト
第一楽章 輝けるセイザの下に――邂逅のソナタ
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5 有栖那由多①

 走り行く秤の後ろ姿をブラインドの隙間から眇め見て、有栖(ありす)那由多(なゆた)は軽薄そうな笑みを上げた。

「もう行っちゃったよ秤ちゃん。流石はセンパイの子供だ」

 言いながら、左手で胸ポケットから煙草を取り出す。パッケージの弓矢を撫ぜて、それから銀紙を破る。この瞬間が彼は何よりも好きだった。ゆっくりとされど流麗にシガレットを一本取り出す。咥えてから、マッチを取り出す。いつでもスラックスの右ポケットに入れると、彼は決めていた。右手で箱を取り出して、それから左手で中身を取り出す。彼の利き手は左だから、これが極めて効率的だ。

 そう、エフィシェンシーだ。それは何より重大だ。ロジカルなエフィシェンシーこそが、人生の枢要だ。彼はそう確信している。それもただのロジカルではない。自らの中で組み立てられたロジカルに従って導かれたエフィシェンシーこそが重大なのだ。それが無くては、人生はミゼラブルだ。

 那由多は矯めつ眇めつ、マッチを見定める。ここからが重要だ。右手で持ちたる箱と左手のマッチの角度は中々難しいのである。彼はいつだって慎重で周到である。片手で擦るなんて横着は勿論しない。だって、そうだ。失敗したらすごください。

 意味も無い賭けを好むのは精神の幼い証だ。大人はいつだって確実を好む。逸るのもまた幼稚の証左だ。じっと待ち続け、そして好機は逃さない。美しいハーモニーを響かせて、頭薬に火が付いた。暫し、満足げに焔を眺め、そしてやっと煙草に火を――。

「……何をするんだい?」

 突然伸びてきた腕に阻まれて、那由多は不機嫌そうに声を上げた。大きな掌がマッチを蔽って、そしてぎゅっと炎を握り潰す。拳が開いた時には黒々と炭化した軸芯だけが残っていた。

「……喫煙禁止」

 低い声が小さく言った。殆ど唇の動かない腹話術めいた話し方だ。那由多は見慣れたスキンヘッドを睨んで、唇を尖らせる。

「誰の迷惑にもならないじゃないか?」

 店内には誰の姿も無い。自分も男も喫煙者だ。しかし、スキンヘッドは首を振る。

「……相変わらずの堅物だね」

「お前がいい加減なだけだろう。飲食店の禁煙禁止は法律で決まってる。大体、あれはお前らが作った法律だろうが」

 那由多は肩を竦めた。

「いいや、ボクはいつだってニュートラルさ。ボクこそが世界というグラフの揺るぎない原点なのだからね」

 彼の物言いにスキンヘッドは呆れたように溜息。

「相変わらずのジコチューだな」

 厳めしい顔に似合わない言葉に那由多は吹き出すように笑った。

「ジコチューって……。キミが言うとまるで違う意味に聞こえるな。南米の密林で信仰されていた忘れられた軍神とかどうだろう? 満月の夜に処女の心臓を捧げさせるんだ。ああ! 我に心臓を捧げよ! さすれば、汝らに血の恩恵を授けん! 吾が名はジコチュー! 大地の狭間より出でし混沌の化身なり!」

「ってね」っと笑った男にスキンヘッドは苦笑いを返すしかない。こいつをまともに相手してはいけない事を彼はよく知っている。無視して、自分の用を言った。

「……行かせて良かったのか?」

「むしろいけない理由が分からないな。勿論、彼女は自由じゃないぜ。彼女が自分で選ぶその道は運命という作為によって舗装されている」

「だから、言うんだ。そのやりかたは危険じゃないのか」

「ああ、そうさ。世界は危険に満ちている。この地面はいつ揺れ始めるか分からないし、空から降ってくる雷にいつ灼かれるともしれない。数秒後にはボクの心臓は突然麻痺を起こしてるかもしれないし、今この瞬間血栓が脳のどっかに詰まりかけてるかも」

 呆れたように肩を竦めるスキンヘッド。しかし、那由多はむしろ彼の心配性の方を呆れたかった。何をそんなに案じているのか彼には全く理解出来ない。

 火の付いていない煙草を咥え直し、窓に掲げて気取ってみる。中々、絵になる仕草じゃないか? 脇のハゲが邪魔だけど。

「生きるも死ぬもキミの自由さ。ボクの知った事じゃあない。ボクはキミじゃないし、キミはボクじゃない。キミはあの人の娘だけれど、あの人その物でもないしね。だから、ボクにはどうでもいいのさ。キミに資格があるのなら、剣はキミに応えるだろうさ」

「剣を抜いて、王座に至れ……。まず何よりも、強くなくちゃ、始まらないのだからね」

 ニヒルな笑みで独言を締めて、那由多は火のない煙草を口から離した。

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