第7話 農仙といずれ辿り着く者
う~ん これは夢?現実?
前いた世界の俺の畑の畦に腰掛けながら、ぼ~っと畑を眺めている自分に気がついた。
いつからこの状態になっているかもわからないが、また明晰夢なのか?
「久しぶりだねぇ。」
声に振り向くとでっかいトカゲがいた。「うお!でっかいトカゲ!」
「まだ君はトカゲと言うか。農仙だよ! の・う・せ・ん!」
あ、ああ。 そういえば生まれ変わる時に見た夢でもこのトカゲは農仙と名乗っていたような...。
「まぁ...無事君がこの世界に定着してホッとしたねぇ。やはり君は特異点“いずれ辿り着く者”として歩き始めたねぇ。それどころか生まれるなり加減知らずだねぇ。」
? 今よくわからない部分があったぞ。辿り着く者って何のことだ?
「君の魂の性質だねぇ。いかに迷い立ち止まろうと、法則の極点を本能的に感じ取り、そこへ歩んでいくというものだねぇ。
この世界に来て不思議に思わないかい?誰に習ったのでもなく、壁にぶつかっても、それをどうすればいいのか本能で強くわかることがあるだろ?」
ああ、何故かこうすればできる!って実感の湧くやつのことか。
この世界に来て頻繁にその感覚があるし、実際その通りにできてしまうやつな。
確かに頻繁にあるな。
しかし急に夢に現れてそれを教える?ひょっとすると昼間の馬か?それとも俺の畑作業で何かきっあっけがあったのか?
「両方だねぇ。ん?ああ、君が声にしなくても考えている事はわかるよ。
そうそうもう君も理解したね。」
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俺が特異点だ?俺には特別な力などないぞ?
まぁ普通より運が悪いかもしれんが、才能も体力も何もかもがフツーだ。
特にこれまで褒められたり賞賛を受けた記憶もないしな?
言ってて悲しいな....
「そりゃ魚が泳いでいることも鳥が飛ぶことも誰も褒めないだろうし、魚も鳥も自分のことを異常とは思わないだろ?
君はいずれ辿りつく者、迷い、つまずき、それでもどこかへとたどり着くことを望み、突き進む…そういう存在でありどれほど迷いつまずこうとも法則の極限へと向かう。
故に“特異点”なんだねぇ。
それにこの世界は君の性質がとても反映しやすい法則でできているからねぇ。こっちに来てから前より思うがままに感じることはないかねぇ?」
思うがまま…ねぇ。農作業は確かに前の世界よりも数段面白いが、いかんせん赤ん坊の体ではなぁ…。
「赤ん坊からじゃないとこの世界の法則になじめないからねぇ。」
それと何で記憶が残っているんだ?
「君の特異点としての性質のせいだねぇ。その特異点の性質と君の記憶は合致するもんだったんだねぇ。」
記憶が俺の特異性の一部って言うのか?
「そうそう。そういうことだねぇ。
そしてその貴重な特異点が昼間、魔王の探索網に見つかりそうになったから急いで会いに来たというわけだねぇ。」
探索網?ということは昼間の魔獣...ヤバいやつだったのか?
「ただの魔獣ならどうもないんだけどねぇ。あれは精霊王と争っている悪魔側が割と無計画に放った...いわば斥候みたいなもんだねぇ。偶然にも幼い君が見つかってしまうところだったから危なかったねぇ。」
俺が見つかるとどうなる?
「真っ先に消滅させようとするだろうねぇ。」
それは...確かにヤバかった…。
「貴農家として力をつけてもらう前に消滅させられては、僕としてもたまったもんじゃないからねぇ。」
ああそうそれ“貴”農家って何だ?
「この世界はね、生命を構成する法則が君のいた世界と全然違うんだねぇ。君も魔法を使ってみてわかっただろ?」
魔力…あのカラフルなモヤとその扱い方(魔法)だな。多分火は魔力の波長が短く、風は波長が長いから見える色ってなところだろ?
「そうそう。さすが“いずれ辿り着く者”だねぇ。既に自ずからこの世界の法則に近づこうとしているねぇ」
?
現代で光の波長を知ってれば“普通”だろ?
「まぁ、知っていても実際にそれを魔法という形で実行できないんだけどねぇ...君には自覚ないよねぇ。」
わかるようなわからんような?
「大丈夫。結局のところ君は理屈を超えていずれ法則の極限を理解することになるだろうからねぇ。」
?…まぁいいや。で、結局貴農家って?
「ああ、そうだったね。この世界は君のいた世界と違い、あまり食べ物をとる必要がないねぇ。なんせ精霊力と魔力が過剰にあふれているから、勝手にエネルギーが体に取り込まれるんだねぇ。」
何!食わなくていいのか?
「そう。食べ物がなくても生きることはできるんだねぇ。
だけどね、外界の物質を体に取り込んだほうがより長く、強く生きることができるんだねぇ。
ほんのちょっと昔、人類はそりゃぁ短命だったんだよ。
親から子に何かを伝える前に寿命が尽き、折角の神の似姿を持つ生き物なのに、その栄光を現わすことなんかできずにいたねぇ。
本来生き物は物質を体に取り入れて成長するように生み出されているのだけれど、この世界ではエネルギーが過剰に溢れるようになって、取り込める生物も、取り込む力すらも変化し過ぎたんだねぇ。
そこで神は調停をもたらすべく農仙を人の世に送り出し農業を広めたんだねぇ。」
ほ~。なんとも異世界だなぁ。
「農作物を取り込めば、精霊力や魔力に偏り過ぎた生命構造を物質的に取り戻せるんだけどねぇ。
大きな問題があるんだねぇ。」
この効率の悪い農作業か?
「その通りだねぇ。この世界の複雑なバランスを読み取って作付けするには特殊な能力がないと無理なんだねぇ。」
なるほどだから貴農家か...農業の才能はわかったけど、昼間の父のクワの威力は一体何だ??
「そうそう。貴農家は力の流れを感じ取る資質があるから、魔獣の魔力の隙間を見つけられるねぇ。
クワの扱いも精霊力や魔力を感じ取って扱うから普通の人間とは威力が違うねぇ。
農業という創造も真逆の破壊も得意なんて、まさしく神が作りたもうた天秤の振り子そのものだねぇ。」
クワかぁ、そういえばみんなカマやクワで魔獣を退けてたなぁ...。
「まぁこの世界でクワとカマが発展した背景には美学もあるんだよねぇ。
剣は切れるのはほんの先ぐらいでぶっちゃけ残りの部分は叩きつけるだけだろ?
無駄ばかりだねぇ。農業は無駄とは無縁だねぇ。
必要なところにだけ刃があるクワは大地を切り開くし、湾曲した鎌は余すところなく作物を刈り取る。
その姿に効率と美を見出したんだねぇ。」
なるほど、それでクワとカマか…。確かに農具はみな美しい…。
それにしても他の特異点だっけか?精霊王の特異点と悪魔の特異点っていったい何だ?
「勇者と魔王のことだねぇ。勇者は人の世界の“教会”が担いでいる人物でほぼ人間をやめてるねぇ。
魔王は邪教団と魔物たちの王だねぇ。
どちらもこの世界に大きな力と影響力を持っているねぇ。...暴君としてだけどねぇ...。」
暴君ね...。俺にそれと対抗しろと?
「そうとも言えるし、そうじゃないとも言えるねぇ。
君は存在するだけで神が作りたもうたこの世界の使徒の力を有するのだからまぁ、実際好きに生きるといいんだけどねぇ。」
仮にいずれかの陣営に味方したとしたら?
「その場合は反対の陣営が滅びて、最終的に残った2つの陣営で拮抗するだろうねぇ。」
すべてはバランス...ということか?
「だから君は好きに生きたらいいんだけどねぇ。いずれ辿り着く者なのだからねぇ。」
よくわからんがどこに辿り着くんだ?
「う~ん。法則の極限は1つのようでいて、いくつもあるからねぇ。
それはいつか自分で決断する時が来るねぇ。でも君は自由だってことだけは忘れない欲しいねぇ。」
自由 自由…か。(農の)自由…なんて素晴らしい!俺は自由だ!(農の!)
「そんなに喜んでくれると僕もうれしいねぇ。というわけで君と君の自由を守るため、ひいてはこの世界のバランスを保つためにしなきゃならないことがあるねぇ。」
まさか精霊王とか魔王の討伐か?
「う~ん あまりお勧めはしないけど、やりたければそれもありなのかな?」
違うのか?
「まずは努力だね。君は君の望むことに努力しなきゃならないねぇ。」
…? そりゃそうだろ?何事も努力は必須だぞ?
「うんうん いいね。君は勇者みたいに資質に飲み込まれたりしなさそうだねぇ。」
…あとは何だ?
「僕が君の安全を確保することを君自身が受け入れることだねぇ。」
なんだ、そんなことでいいのか?むしろ守ってもらえるなんてありがたい限りだぞ。
「ならばヨシだねぇ。君のおじいちゃんが少し望ましくない事をしそうだったしねぇ」
ん?爺さんが何をしようとしてるんだ?
「君を守ろうとして教会側に接触しようとしていたのさ。精霊王の足元そのものなのにねぇ。
まぁ、君も守護を受け入れてくれたことだし、当面そんな心配もなくなるねぇ。
それじゃあ明日からよろしくねぇ。」
そして眠りが訪れた。
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「これで君のおじいさんにも農仙のお告げとして釘をさせるねぇ...」
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遠くまどろむ意識の隅で、そんなつぶやきが聞こえたような気がした。