七転八倒
楠木さんを見送ったあと、僕はただひたすらに家路を急いだ。
アパートに着くと、先程の余韻からなのか、何故か寂しさが込み上げてきた。
冷えた身体を温めようと、お風呂を汲む。
沸かしている間に冷蔵庫の中身と相談しながら簡単なもので空腹を満たす。
婚約破棄されて以来だろうか?
異性とこんなにも親しく話したのは。
湯船に浸かっている間も、今日の出来事を思い返していた。
1人ぼっちも気楽なものだと思ってたけど、誰かと少し距離が縮まると、強がっていた自分が滑稽に思えて、1人クスクスと笑ってしまった。
風呂上がり。
冷蔵庫から冷えたビールを取り出すと、急に込み上げてきた寂しさを紛らわそうと、プルダブを引き渇いた喉に流し込む。
テーブルに無造作に置いた携帯電話からLINEが届いた事を知らせる通知音が鳴る。
ふと時計に目をやる。
20時38分。
最近じゃ、僕にLINEをくれるのなんて、会社のグループLINEくらい。
「あーもう!」
僕はひと言不満を吐き出すと、テーブルの上の携帯電話をひったくる様に取る。
が、LINEを開いてみると、意外な相手からメッセージが届いていた。
"お家着いたかな?"
"早速LINEしちゃいました!"
楠木さんからだった。
気怠い気持ちは何処かに吹き飛んでしまい、僕は楠木さんにLINEを返信する。
"先程帰宅して、お風呂&ご飯を済ませて、今はキンキンに冷えたビールで宅飲み中(≧∇≦)"
柄にもなく顔文字なんかもつけて返事を返すと、楠木さんからもすぐ返事が届く。
"おかえり(^^)あ、宅飲みしてるんだ!実は私も今食事とお風呂済ませて、旅館で部屋飲み中♪♪"
''あ、ねぇねぇ。私、下部温泉て所に泊まってるんだけどさ、ここの温泉凄くいいよね!何でも武田信玄の隠し湯って言われてたみたいで、合戦で傷付いた身体を湯治して癒したとか!私の傷付いたハートも癒えるかしら?(笑)"
なんか、今日知り合ったばかりとは思えない位、飾らない自然な感じでやり取りしている気がする。
楠木さんはとても不思議な人だ。
気まずい雰囲気になったり、話の内容に困って会話が途切れたりしない。
まるで昔から知っている幼なじみみたいな気持ちにさせられる。
"下部温泉いい温泉でしょ!家から少しだけ遠いけど、僕も時々日帰りで行くんだ。ハートは癒えるか分からないけど、日々の疲れは癒えると思うよ(^^♪そうそう、僕の地元静岡には、秘湯と言われてる温泉があって、浸かるとたちまち傷も疲れも癒えるとか。しかもこの温泉の凄いところは、女性が入ると美人になるって言われてるんだよね。厚木に転勤になる前に、もう一度入りに行きたいと思います٩(๑⃙⃘˙ᵕ˙๑⃙⃘)۶"
僕は若い癖に温泉が大好きなので、意外と近隣の温泉情報に詳しかったりする。
バイクツーリングをすると、若干前傾姿勢になる為、身体のあちこちが痛くなってしまう。
その為僕はツーリングに出掛けると、行った先々の温泉に必ず浸かって帰る事にしている。
ただバイクに乗るのではなく、折角なので、休日は身も心もリフレッシュして過ごしたい。
それが僕流のツーリングの楽しみ方だ。
"何処!何処なの?その美人の湯って!?住所プリーズ!"
美人の湯と言うキーワードに食い付いてきた楠木さんにちょっとビックリした。
"え?興味あるんですか!?"
意外だったので、そう返信してみた。
"いや、女子だったら興味あるでしょ!?"
そう言うものだろうか?
"えー!でも楠木さんにはあまり関係ないかと思うんですけど( ˊᵕˋ ;)"
間髪入れずに返信が来る。
"なんでよ!私、手遅れ!?(´•̥̯•̥`)"
ちょっとキレ気味な返信が返ってきた。
"いえ、そう言う意味じゃなくて、楠木さんて充分すぎる位にお綺麗じゃないですか。それ以上美人になってどうするんだろう?って思ったんです。"
僕は慌てて返信を送った。
ピロリロリン♪♪
急な着信音にビックリしつつ、僕は電話をとる。
「はい、瀬戸です。」
楠木さんからだった。
「瀬戸君、君のお仕事ってひょっとしてホスト?ホストなの!?それと瀬戸君て視力いくつ?目が悪いみたいだから、1度眼科を受診する事をオススメするわ!私だからいいものを、女性を揶揄うなんていい趣味とは言えないわよ。」
なんだか急に焦った様に早口になる楠木さん。
「自分はホストじゃないですから(笑)後、無駄に目がいいんです♪両目2.0だったりします。それともう一つ。思った事をつい口に出してしまうのは僕の悪い癖ではあり、それで色々失敗したりもしました。けど女性を揶揄ったり嘘をついたりなんてしません。ましてやそれが素敵な女性なら尚更です。」
僕はひょっとして軽いヤツって見られてるのかな?
そうだとしたらちょっと悲しいな〜。
「ちょ、なになになになに⁉︎そんな事言ったって何にも出やしないんだからね!」
更に慌てふためく楠木さん。
「いえ、僕は思った事を言っただけですし、なにもいりませんよ?」
僕の答えに、ム〜と言う小さくて可愛い唸り声が聴こえてきた。
「瀬戸君て天然って言われる?それともジゴロ?ひょっとして仕事ってジゴロなの⁉︎アメリカンジゴロなの⁉︎」
勢いよくそんな事を言われたけど、どちらも言われた事ないし、自覚もない。
「いや、あの、天然とか言われた事ないですし、仕事がジゴロって事は無いかと…あと、アメリカンジゴロってなんですか?自分生粋の日本人ですから、この場合アメリカンジゴロってよりも、ジャパニーズジゴロって方が正しいかと。」
至極真面目に答えてみた。
至極真面目に答えてみたけど、何故か楠木さん大爆笑。
「あっはっはっは!瀬戸君面白い!やっぱ君天然だわ!」
多分きっと携帯片手に今頃笑い転げてるんだろうな。
「もう!天然でもなんでもいいですから、笑い止んで下さいよ〜。」
今日話してる時、たまに悲しそうな顔してたから凄く心配ではあったけど、大爆笑出来る位元気になってるみたいだし、僕の話した内容もまんざらでも無かったのかも。
「あー笑った!久々に転げ回りながら笑った!ごめんね〜笑い過ぎちゃって。怒ってる?」
少し申し訳なさそうに、でもまだ先程の大爆笑が余韻を残している様な。特に馬鹿にされた風に僕は取らなかったので、全然腹立たしさはない。
「全然怒って無いですよ。むしろ楠木さんが沢山楽しそうに笑ってくれて良かったと安心しました。正直、今日少し悲しそうに笑う顔なんかも垣間見れたから、自分のこんな会話で笑ってくれて嬉しいです。美人はね、どんな顔しても絵になっちゃったりしますが、その中でもやっぱり笑顔が一番素敵だと僕は思うんです。だから楠木さんにらいつも笑顔でいて欲しい。今日知り合ったばかりで、お互いまだまだ知らない事沢山あるかと思います。それを少しづつ知っていけたら、僕は凄く嬉しいです。」
気がつくと楠木さんは落ち着きを取り戻したみたいで、僕の話に耳を傾けてくれている様子だった。
「ありがとね。なんだか今日本当に沢山心から笑った気がする。最近毎日が凄く苦痛でね、何もする気もおこらなかったの。誰も知らない街に行ってね、素敵な旅館の素敵な温泉にでもつかったら、綺麗さっぱり洗い流せるかなって思ってた。でも私の心を綺麗に洗い流してくれたのは、温泉でも景色でもない、瀬戸君との偶然の出会いだった。旅行に行く前と比べると、今はとっても心が軽いんだ。だから…ね?これからもこうしてLINEや電話してもいいかな?」
突然の楠木さんの話に、内心ビックリしたものの、僕に断る理由は何一つ見つからなかった。
「なんだか改めてこんな事言うのもなんだけど、不束者ですがよろしくお願いします。」
綺麗な女性相手だったし、若干僕もテンパっていたからおかしな挨拶になったかもしれないけど、またも楠木さん大爆笑。
「あっはっはっは!瀬戸君瀬戸君、君は私のとこに嫁いでくる嫁か!やっぱ最高に面白いよ君!…まぁ、瀬戸君なら嫁いできてもいいけどね。」
僕は急に恥ずかしくなってお休みの挨拶をして電話を切ろうとした。
「あーちょいまって!今週本厚木駅北口に10時!忘れないでね!ってかまたちょいちょいLINEするからよろしくね。
今日はありがとう。私なんかと出会ってくれてありがとう!おやすみ瀬戸君!」
そう慌てて電話口で楠木さんは話すと、僕が切る前に先に切られていた。
なんだか少し恥ずかしい事を言われた様な気がしてドキッとしたけど、お互いに酔っていたせいかな?
残ったビールを流し込むと、僕は電気を消してベッドに入った。
最近では寂しいい気持ちに包まれて眠る事が多かったけど、今夜はぐっすり眠れそうだ。
ふと窓の外に目を向けると、昼間の雨は嘘の様に晴れ上がり、白い月と無数の星が輝いて見えていた。




