第一話 棚からぼたもち03
当然と言うべきか、俺はその日から豪遊を始めた。有給を全て消化したあと会社を辞め、高級マンションの最上階に引っ越した。前々から欲しかった外車も買った。高級寿司を回転寿司感覚で食べ、高級ワインをストロングゼロのように飲んでみた。
豪遊に豪遊を重ねても尽きることのない金。いつしか俺はーー退屈していた。
どんな高級な酒も仕事終わりのいっぱいには敵わなかったし、どんな美味しいご飯も同僚と食べる飯には敵わなかった。外車を持っていてもどこかに行こうとは思わないし、一人暮らしには持て余す広さの家だった。
会社勤めをしている方がまだ充実していたのかもしれない。自分と世間との関わりが現金を介してしかないような気さえする。社会から隔絶されたようにすら錯覚していた。
「そうだ、俺1人が生きていくなら2億円くらいあれば十分だろ。このお金は何か人のために……そう、慈善活動に当て用じゃないか。我ながらいい考えだ」
俺はソファからむくりと起き上がりパソコンに向かった。様々な慈善団体を探し、寄付をする先を検討する。
発展途上国への支援。悪くないが……自分の目に見える形で寄付の結果を見てみたい。孤児院への寄付。これはいいな。あるいは犬の殺処分の防止……そういえば、昔柴犬を飼育していた。犬への愛着心は人一倍である。
一日中探した結果。
「決められねぇ!」
こんなにも世の中には困っている人がいるのか。大きな団体だけでも100以上。それも1億や2億では足りない問題に直面している。
「足りないな、10億円じゃ……」
株でもやって増やすか? いやいや、ハイリスクだな。ここでマイナスになっては本末転倒だ。しかし、リスクを負わずにお金を増やすことなんてできるのか? だったら……。
「会社でも立ち上げるか」
『鶏口となるも牛後となるなかれ』。死んだ親父の口癖だった。ようは大きな団体の末端より、小さな団体でもトップにいた方が良いということである。死んだ親父は俺と同じ会社員であり思いっきり牛後であるわけだが、まあ今更それに突っ込んでも不毛だろう。
とにかく、俺はなんとなくその言葉が心に染みついており、会社を立ち上げるなどという荒唐無稽な決断をしたのである。
俺は4人の人物に電話をかけた。
「なるほどね。その案、乗ったわ」
「めっちゃすごいやん! 絶対参加するばい」
「分かった。協力しよう」
「もちろん引き受けさせていただきます!」
異口同音。4人の天才たちは二つ返事で了承した。
◯●
それから3ヶ月が経過した。俺は駅前の無駄にアクセスの良いオフィスビルを買った。地下一階、地上五階建てのビルは少し年季が入っているが5人の会社の本拠地としては十分大きいだろう。
「随分チンケなビルね」
にも関わらず天才生物学者、最邪凛千はそう言い放った。彼女のスタイルの良さを強調させるような私服は内面的な性格の鋭さすらも強調しているようだった。
「そう言うなよ。お金は無限じゃないんだ」
「実験器具代をケチるようならすぐにでも帰るから」
じろりと睨まれる。
「おいおい、随分と生意気な女じゃねえか」
口を挟んだのはロボット工学者、神田北雅司。いつもと同じつなぎ姿でそこに立っている。
「自分の好きな研究させてくれるってのに礼儀がなってなさ過ぎじゃないか? 俺が言うのもあれだが、研究者だからって社会のルールを守らねえってのはいかがなもんだと思うぜ」
「はあ? 何アンタ偉そうに。てか臭いんだけど。オイルと加齢臭の匂い」
最邪凛と神田北の間に火花が散る。
「まあまあ、落ち着きましょうよ。せっかくこれから協力し合う仲間なんですから」
間に入ったのは宮ノ陣140センチにも満たない身長で高身長の2人の間に入る。
「……ふんっ」
「悪かったな、嬢ちゃん」
最邪凛と神田北は引いてくれたようだ。
「すごかー! 子供なのに立派やねー!」
宮ノ陣を正面から抱きしめたのは吉野坂。豊満な吉野坂の胸に宮ノ陣の顔面が埋まる。
「聞いたばい!マジシャンやっとるっちゃろ!?」
「くる……し」
「今度うちにも見せてほしか!」
「しぬ……」
「なんかがばいい匂いするー!」
「あれ? おばあちゃん?」
「おい、吉野坂。それ以上やると宮ノ陣が死ぬぞ」
宮ノ陣はふらふらになりながらも無事生きているようだった。
全くもって個性が強く、扱いにくいことこの上ない。だが、それと同時に有難いほど優秀な人材だった。
●◯
五階建てのビルの一階はどこにでもあるようなオフィスだった。オフィス机が5つ設置され、俺たち5人のそれぞれの机になっている。
「株式会社ダークロスト。それがこの会社の名前だ」
「ダークロスト?」
「変な……個性的な名前やね」
「縁起が悪いわね。科学者が言うのもなんだけど」
「相変わらずセンスの悪い男だ」
従業員一同から厳しい批判をされたが、もう登録しちまったし変えようがない。闇を失くす(ロスト)ってところに由来した名前だが、確かに悪役みたいな名前だ。
二階は神田北の研究所になっている。三階は吉野坂、四階が最邪凛。1番上の5階は宮ノ陣となっている。
「とりあえず、売れるものを作ればいいんだな?」
話の早い男、神田北はそれだけ言うと二階に篭ってしまった。吉野坂と宮ノ陣も同様に。
結局残されたのは俺とエスパーの宮ノ陣。
「すみません、大刀洗さん。私はあまり研究というのは……」
「そうだな、元エンターテイナーだし」
俺は少し考えた後、こう言った。
「俺たちで研究してみるか。エスパー」