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第一話 棚からぼたもち02

 優京大学は日本でトップクラスの偏差値を誇る大学である。中でも優京大学大学院は知名度、実績ともに申し分ない。


 そんな優京大学の研究室の一つに俺が担当する取引先があった。『脳科学研究室』は大学院1番奥にひっそりと佇んでいるが、一方で扉を開けば脳科学に関する意見を活発にぶつけ合う学生たちの姿があった。


「こんにちは、大刀洗さん」

「こんにちは。お忙しい所申し訳ありません」


 日本でも高名な脳科学の研究者である教授に挨拶を返す。学生達も会釈をしてくれたが、彼らにとって研究の方が興味の対象らしく、すぐに討論を再開した。


「いつ来ても活気がありますね、ここは」

「ええ。脳科学はマイナーな学問だからこそ、ここに来る生徒は積極的な性格なんですよ。楽をさせてもらってます」


 目尻にシワを寄せて年配の教授は笑った。


「大刀洗さん、今日は何しに来たとですかぁ?」


 俺に話しかけてきたのは栗毛の発育の良い女の子だ。クリクリとした目を輝かせながら、エクボを見せて笑う。名前は吉野坂(よしのさか)佳恵(よしえ)。九州出身らしく博多弁なまりの言葉を話す。まだ大学2年生という彼女は眩しいほどの若さに溢れている。


「今日は新製品の紹介に伺いましたもっとも、試作段階ではあるんですが」

「そうでしたか。わざわざありがとうございます」

「私も聞きたか!!」


 鼻息荒く迫る吉野坂だが、その肩を他の学生に掴まれた。


「おい、吉野坂。まだこっちの議論が終わってないだろうが」

「ええ、そんなぁ。セロトニンを取り込む細胞の異常ということで結論は纏まったじゃなかとですか?」

「まだ他にも原因があるかもしれないだろ?」

「だったら自閉症モデルマウスの解剖してもよかろ?」

「だめに決まってるだろ! どれだけ希少なマウスだとおもってるんだ?」

「なんのためのマウスなんよぉ……」


 吉野坂はハリセンボンのように顔を膨らませ、先輩に引きずられて行った。


「吉野坂くんはとても優秀な生徒ですが、どうにも周りと足並みを揃えるのが苦手でしてね。あきっぽくて一つの研究に執着しないんですよ」

「そうなんですか」


 そう俺は返したが、彼女の様子を見ればそんなに気はしていた。


「しかし、脳や精神の学問は他学問に比べてあまりにも未知のフィールドが広い。飽きっぽい彼女はある意味では固定観念に囚われない広い視野を持った生徒とも言えるんです」

「なるほどですね」

「案外、偉大な発見をするのは彼女のような人物なのかもしれません」


 吉野坂は他の学生に囲まれながらも大きなあくびをした。


●◯



 次に向かったのは『神田北(かんだきた)自転車』。名前の通り自転車屋である。郊外に位置するなんの変哲もない自転車屋は比較的若い男が営業していた。


「よお、神田北」

「太一。お前かよ」

「お前かよってことはないだろ。わざわざ貴重な部品を持ってきたのにさ」


神田北(かんだきた)雅司(まさし)は30手前の男だ。目までかかった前髪と無精髭。そして年中つなぎ姿の神田北は実年齢以上に老いて見える。


「ほら27式ネジ200本だ。ドイツから取り寄せた。6万7000円な」

「つけとけ」

「居酒屋か俺は」

「今使ってるロボットが完成したら倍にして返す」

「……ったく……」


 自転車屋である生計を立てる神田北は実際に貧しい暮らしをしている。だが、彼がその裏で行うもう一つの仕事はかなり金の回りが良い。


 というのも神田北は日本で指折りのロボット工学者なのだ。彼が開発するロボットは秘密裏に大企業や研究所に買い取られる。実際に神田北は倍にしてツケを返すので俺は渋々部品代の肩代わりをするのだ。


「まったく、お前も意地張らずにどっかの研究所に入ればいいのに」

「ケッ。意地なんか張っちゃいねーよ。学会の連中が俺のことを毛嫌いしてんのさ。どこに行っても低待遇。英語でも勉強して海外の研究所の扉でも叩いてみるか」

「文系教科苦手だったろ」


 神田北は俺と同じ地元の出身だ。4つも学年が違うが親同士が仲良く、よく一緒に遊んでいた。


 神田北は極めて優秀なロボット工学者であった。しかし、彼の開発したロボットがあるとき暴走し、数人の人を負傷させた。彼は工学者としての資質を疑われ、研究所をクビになった。


「じゃあ、俺は行くから。体に気を付けろよ」

「ヘイヘイ」


神田北は煩わしそうに、しかし口角を吊り上げて返事をした。


●◯


 一箇所に留まる時間は短かったが、移動に時間を取られ、時刻は午後四時を回っていた。最後に訪れた場所は『ザリガ二サーカス団』国内で6番目に大きなサーカス団である。株式会社マルボウズはこのようなエンターテイナー集団にもオーダーメイドの道具を提供するのだ。


「やあ、Mr.大刀洗」

「ミセス真剣(マジ)ックさん。ご無沙汰しております」


ド派手なボンテージ服を身につけた仮面の女は文字通り両手を広げて歓迎してくれた。


ミセス真剣ックはサーカス団団長の奥さんであり、チームマジシャン(文字通り手品集団)のリーダーでもある。


「ミセス真剣ックさんの道具はこちらの箱に入っています。こっちは極楽男子さんの道具で、これはハンカチプリンスさんの道具です。夢幻ロボットさんの道具は後日配達業者が輸送します」


マジシャンは同じ組織に所属していても種を明かすことは許されない。そのため、いつも黒い箱に道具を入れてそれぞれのマジシャンに渡す規則になっている。必然的にマジックの種を俺は知ることになるがそれを漏らそうものならすぐに裁判沙汰になると先輩に脅されている。


「あ、後最後にアメノチ(めぐみ)さんに」


 最後に小さな箱が一つ。中に入っているのは普通のスプーン。普通のトランプ。まさしく種も仕掛けもないはずの製品。


「ありがとうございます!」


 紫色に染められたツインテールの少女は小さな両手で箱を受け取った。アメノチ恵こと、宮ノ陣(みやのじん)(めぐみ)は成人しているそうだがその見た目は10歳前後の少女にしか見えない。噂では生まれもっての病気だそうだが、その話の真意も定かではなかった。


 彼女の不思議なところはそれだけでない。アメノチ恵、いや、宮ノ陣恵の言葉を信じるのならば彼女はエスパーなのであるから。


 初めて彼女と会った時、宮ノ陣はマジックの道具は要らないと言った。マジック道具の製造会社は直接マジシャンとの取引は行わない仕組みになっている。それではマジシャンとしてやって行くのは無理だと警告すると宮ノ陣は自分がエスパーだと語った。


 目の前で空中浮遊されれば信じないわけには行かないだろう。仮にそれがマジックだとしたら、俺の協力などもはや必要ない。


「恵はいつの日か自分はエスパーだと世間に公表したいんです」


ある時彼女はそう語った。人を騙すことに罪悪感があるという。また、自分と同じような境遇の人と出逢いたいとも。


 現在そのことを公表されようモノなら新人類として研究機関に捕まったり今以上の見世物になりかねない。そのためには強大で盤石な後ろ盾が不可欠である。


 現実問題そんな組織が現れる可能性はかなり低いだろう。うまく使えば巨万の富を築け得る彼女の才をただただ保護する組織などあり得ない話だからだ。

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