04-1 チタン(前編)
3年ぶりとなります。
お待ちいただいていた方、いらっしゃったらすみません。
もともとこの話を書きたくて始めたのですが、3年かかりました。
その割には、大したことないかもしれません。
前後編になりましたが、ご期待にそえるとよいのですが。
”カラン カラン”
久しぶりに田舎街にある我が家に帰ってきた。おおよそ一ヶ月ぶりの我が家である。まだ日のあるうちに到着したので窓を開け空気の入れ換えをしつつ風魔法で薄く積もった埃をさっと掃除する。食料の備蓄は使いきってあるのでアイテムボックスの中のストックと迷ったが、帰宅したことをご近所の皆さんに知らせるのもかねて外食することにした。
前世で下戸であったのを今も引きずっているために晩酌の習慣がないので町に数件しかない夜のお店の中でもしっかりと食事ができる酒場に入っていく。
「お、ユージ帰ってきてたのか。今回の収穫はどうだったかな?」
「さっき着いたばかりです。今回は、まあ可もなく不可もなくボチボチって所です。」
今回の遠征は湖の畔の秘密の拠点やらその奥のゴーレム谷やら結構収穫はあったのだが馬鹿正直にそんなことを言えばたちまち晩飯代やら飲み代を集られるのでここは過少申告しておくべきであろう。
「なんだよ、しけてんな。そういえばいつぞやのお嬢ちゃんたちが何度か来ていたぞ。」
「お嬢ちゃん?」
「ほら、学校の制服を着た二人組のお嬢ちゃんたちがいただろう?」
「あぁ、魔法学校の」
そう言われると採取旅行に出発する前、学校の課題の帰りか何かで乗合馬車の時間までの間に休憩していった街の魔法学校の制服を着たお嬢さん二人組がいたことを思い出した。
「知らせてくれてありがとう。暫くは今回の収穫の整理でもしながらなるべく店を開けておくようにしておくよ。」
「そうしてやんな。別に急ぎではなさそうではあったがな。」
「了解。」
どうせ暫くは採取した薬草類の調合やら採掘した鉱石の精製などで自宅に引きこもらなければならないのだからついでに店を開けるくらいなら問題ないだろう。
そうしてその晩は、久しぶりの拠点の町の料理に舌鼓を打ち自分の寝床でぐっすりと眠りについた。
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”キー”
次の日、店の棚を掃除しつつ在庫の確認をしていると恐る恐る店の中を伺うように入り口の扉をそうっと開けて魔法学校のお嬢様たちが扉の隙間から顔を出している。
「ユージさん、戻っていらしたのですね?」
「あぁ、いらっしゃい。丁度、昨日の夕方に戻ってきたところですよ。それよりもそんなところから覗いていないで中にお入りください。」
「はい、お邪魔します。」
”ぽわーん”
「とまれ」
前回来店したときは、森の探索後でだいぶお疲れではあったものの年相応の若さを振りまく感じがあったのだが、今日は随分としおらしい感じで入ってくると同時になにやらお嬢様方から匂ってはいけない香りが漂ってきた。
「はいはい、でるでる、いったんでるでる」
そう言って入ってきたばかりの二人のお嬢さんをすぐに店から追い出しつつ、風魔法を使って店の奥から与圧をかけて店の入り口付近の空気を入り口から外に追いやっていく。
「なんだ、討伐依頼の帰りかな?この時期だと奥の沼地のポイズントードか。しかし二人とも魔法学校の生徒さんだろう?【生活魔法】は、まだ習っていないの?【浄化】をかければ匂いも取れるでしょう?」
【生活魔法】は、普段の生活の役に立つ魔法を魔力量が少ない人でも使えるように簡略化してまとめられた物だ。その中でも【浄化】は、服から体から部屋までありとあらゆるものを綺麗にする超便利魔法だ。汚れ仕事をこなす冒険者なら必須の魔法だろう。
「ええっと、私たち二人とも【浄化】が苦手で」
「家に帰るとメイドがガッツリ【浄化】をかけてくれるので…」
「うら若き女子としてそれはいかがなものかと思うけど、仕方がないか。【浄化】。うん、これで良しと。」
どうやら普段から攻撃魔法で使いなれている火と水の系統の【種火】と【給水】の【生活魔法】なら問題ないらしいが、同じ【生活魔法】でも使いなれていない光属性の【灯り】や聖属性の【浄化】は効果が今ひとつらしい。
【浄化】をかけたので女子から匂ってはいけない匂いは取れたので店の中で普段は村人がだべるのに使っているテーブル席に座ってもらいお茶を勧める。そろそろ秋の声が聞こえてくる季節だがまだまだ暑さが残る中での森での討伐依頼をこなして来たこともあり二人ともコップに入れた冷たい麦茶をごくごくと飲んでいる。
コップ一杯の麦茶を一気に飲んで少し落ち着いた様だ。二敗目の麦茶をつぎ足しながら話しかける。
「そういえば、何か用事があったんじゃなかった?」
「そうでした。今度の秋の社交シーズンに王都に行くのですが、その時に王都にいるお母様のお誕生日に合わせて何かプレゼントを渡したいと思っているのですが、こちらのお店に何かプレゼントにできそうなものはありませんでしょうか?」
「一応確認だけど、お母様って貴族の奥様だよね。んー、どんなものが喜ばれるのか全く見当がつかないな。今まではどんなものを渡していたの?」
「去年までは自分で刺しゅうしたハンカチを渡していたのですが、刺しゅうしたハンカチをプレゼントするのはそろそろ年齢的に限界なので。」
どうやら刺しゅうのハンカチは10代前半くらいまでの貴族令嬢が送る手作りの贈り物の定番の様なのだが、彼女たちの年齢ではもう少し大人っぽいものにしないといけないらしい。貴族令嬢はいちいち大変そうである。
「なのでアクセサリーとかを一緒に選んだりするのが一緒には選べませんし それにそれなりに良いアクセサリーですと予算の方が合わないというか。」
一緒に選ぶとしても予算は合わないだろうと思うのだが、ここで言う一緒に選ぶとはどうやら屋敷に宝石商を呼んで持ってきたものの中から良さげなものを選ぶと支払いは家を経由してパパさんに回されるので心配ないそうだ。
「こちらのお店では確か冒険者向けにアクセサリーを取り扱っていたことを思い出しまして何かあればと相談させていただこうかと。」
冒険者向けのアクセサリーといってもここで扱っているのは魔法が付与されている魔道具だから一般的なアクセサリーと比較しても決してお値段控えめなわけではないのだけれど…まあ仕方がないか。
「なら、こういうものがあるんだけど?」
そう言って奥の棚の引き出しからシルバーの金属光沢をした飾り気の無い指輪を取り出して見せた。
「何の飾り気もないずいぶん地味な指輪ですね。素材は…銀でもミスリルという訳でもないですよね、これが?」
「はい。チタンというあまり一般的に使われていない金属になります。というか素材の特性として硬過ぎるのと融点つまり溶けだす温度が非常に高温で扱いにくいため厄介者扱いで見向きもされないですね。」
「でも、ユージさんは使っているのですよね。」
「まあ、私は錬金魔法で加工しますので融点が高くても硬すぎて加工しづらくても問題ないですね。軽くて強いので防具にも向いているのですが、いかんせん量が取れなくてなかなか大きいものが作れないのですよ。」
「そんな希少な素材を使っているならば、この指輪もそれなりのお値段なのでは?そんな高価な指輪を見せられても買えませんよ?」
「あまり市場に流通しないから珍しいけどそれほど高価なものではないですよ。ただ、この金属の特著として光触媒反応があるのでその特性を利用すると【浄化】を付与したアクセサリーが作れるのです。」
「ということは、この指輪にも?」
「はい、【浄化】が付与されています。どうぞ、お手にとってはめてみて下さい。【生活魔法】の【ライト】でよいのですが【光属性】の魔法を何か使えますか?」
「えっと、【ライト】」
なぜか左手の薬指に指輪をはめた状態で【ライト】を遠慮がちに唱える。なんだろう、【浄化】だけでなく【ライト】も苦手なのかな。この子、本当に魔法学校の生徒さんなのだろうか?
上に向けた手のひらに灯りがともるのかと思いきやミラーボールのようにキラキラしている。
「えーと、んーと」
「命名、【星明】です。」
「彼女は、その、細かい魔法が苦手なので。」
「えーと、んーと、【ライト】だよね。」
「…はい。」
【星明】か。確かに見た目はキラキラしてとても奇麗だけど実際には魔力がうまく収束せずに広がっているのが星明りのように見えているだけなのだが。
きっと、【浄化】や【ライト】のようなあまり魔力を使わない魔法は苦手なのだろう。確かに魔力量は多そうだから高出力でぶっぱなす攻撃魔法の方が得意なのかもしれない。この件にはあまり触れない方がよさそうだ。
「そうしたら、今度は指輪に魔力を流し込むように【ライト】を唱えてみて。」
「はい、【ライト】」
すると魔力が一旦、指輪に流れこむと指輪から全身に浄化の光が広がっていく。
「うん、ちゃんと発動したね。」
「すごい、まるでメイド長に【浄化】をかけてもらったみたいにスッキリしたわ。」
「元の素材の特性を利用しているから効果が高くなるんだよ。無属性のただの魔力でも作動するけど光属性の魔力で発動するとその分でも効果が高くなってる。これは何も石を付けていないただの指輪だけど、これに今日捕ってきたポイズントードの魔石を組み合わせると指輪の浄化と魔石の毒性の組み合わせで【解毒】も付加できるよ。」
ということで母親への贈り物は、それぞれ【浄化】を付与を追加した指輪となった。
シャルロッテが自分と母親様にポイズントードの魔石を組み合わせて【解毒】の付与も追加した指輪を2個、セリアはポイズントードの場石の代わりに少しの酸化亜鉛と名前が同じ希土類のセリア(酸化セリウムⅣ)を添加したことで【解毒】の代わりに【UVカット】が付与された。付与効果が【UVカット】だと言われてもピンとこなかったのだが、日焼け防止効果があると言うと自分の分をさっそく指にはめてニヤニヤしていた。それを見ていたシャルロッテが、自分の【解毒】が付与された指輪とセリアのそれを見比べながら自分の指輪も【UVカット】付与にしようかだいぶ悩んでいたが最後は【解毒】のままで納得したようだ。伯爵家ともなると毒殺の危険にも備えないといけないのだろうか?貴族のも大変である。
セリアはセリアで自分の分を薬指に付けた上に更に中指にもう一つ指輪をはめ、何かブツブツ言っている。
「これでお嬢に付き合って外で依頼をこなしても日焼けに悩まなくて済みますね。フフフ」
「別の指にはめても効果は変わらないぞ。」
「なんですとー」
「違う指に複数個の指輪をはめた場合、効果は変わらないが効果範囲が広くなるからその状態だと本人の隣に立っていれば効果が得られるな。」
「じゃあ、同じ指に2個はめた場合は?」
シャルロッテが母親への贈り物のはずの指輪まで薬指にはめて掲げている。
「その時は使う魔力も倍必要だけど効果が倍になるな。その指輪を2個はめた状態でお嬢さんが全力で魔力を込めればかなりの猛毒まで【解毒】出来るけど指輪が魔力に耐えられなくて壊れちゃうと思うよ。【解毒】を使うのはかなり切羽詰まった状況だろうから、そんな時は中途半端に魔力を込めて効果が出ないより一回使いきりの全力でやるべきかな。」
小遣い稼ぎのギルドの討伐依頼と一緒に母親たちへの贈り物も決まり満足げな二人に一つだけお断りを入れておく。
「今回指輪に使った材料は、世間では余り認知されていないの金属なので市場では手に入らないものだし採掘できる場所も無くてね。今回使った分で手持ちは使い切っちゃったから新しく作ってって言われても材料が手に入らないからごめんなさいするしかなくてね。だから誰かにお願いされても安請け合いしないように気を付けてね。」
「はい。それは気を付けるようにします。でもやっぱりそんな希少な金属材料を使ってしまってよかったのでしょうか?」
「そこは気にしないで。最近真剣に探していなかっただけだから。探せばそこそこ見つかるし市場に流通しないだけでそこまで希少では無いんだ。」
「それでしたら北の辺境伯領にある金属素材が取れるダンジョンなら簡単に見つかるかもしれませんね?」
「辺境伯領には金属が取れるダンジョンがあるの?よく知っているね。」
「最近、授業でやりました。北の辺境伯領には、有効なダンジョンが2か所あるそうです。そのうちの一つが出てくる魔物を倒すと各種金属インゴットがドロップする金属ダンジョンでもう一つが食用のお肉をドロップする魔獣ばかりが出現する肉ダンジョンだそうです。」
「金属ダンジョンに肉ダンジョンか。中々面白そうだね。今度遠征してみようかな。」
「遠征して【浄化】の指輪の材料が見つかったら教えてくださいね。今度は【UVカット】を付与した指輪をお願いしますから。」
もう一月もすると貴族の社交のシーズンになるそうであと2週間もしたら二人とも王都に向かうそうだ。その前に母親への贈り物が手に入って二人とも満足げに帰っていった。
その三日後、街の冒険者ギルドにいつものポーションの納品に来たついででギルドの納品担当のノリさんに先日聞いた辺境伯領の金属ダンジョンについて聞いてみた。
「ノリさん、こないだ辺境伯領に金属インゴットがドロップするダンジョンがあるって聞いたんだけどどんな金属がドロップするとか何か知ってる?」
「ああ、金属ダンジョンか。たくさん採れるのは鉄やら銅やら一般的な金属だけど割合自体は少ないが魔鉄やミスリルなんて魔法金属も採らるらしいな。ただ今はちょっとごたごたしているらしいぞ。」
「ごたごた?なんか面倒ごとが起きているのか?」
「なんでも隣の帝国領と近い所の山ン中に新しく三つ目のダンジョンが見つかったところに山越えでこっそり越境してきた帝国の侵攻部隊とばったり出会って領域侵犯とダンジョンの利権でおおもめらしいぞ。」
「うえー、それは近寄らない方がよさそうですね。」
「なんでも帝国側は、手柄欲しさに野心家の第2皇子が交渉に出張って来たらしくてやれ辺境伯領はもう2こもダンジョンがあるから1個くらいこちらによこせとか そもそもダンジョンの入り口はもともと帝国が主張している国境の帝国側だとか難癖付けて何とか自分たちの管理ダンジョンにしようとしたらしくって。」
「ん、ダンジョンが見つかった場所がどれだけ国境に近かったか分からないけどだいぶ無理が有りそうな感じだけど。」
「そこはそれ、腐っても帝国の第二皇子ってことで権力振り回してこっち側のただの文官じゃ相手できないらしい。」
「うあー、お気の毒に。」
「仕方がないのでこっちも王太子が交渉に出張っていったらしい。」
「ああ、王子様もご苦労なこって。それは話がまとまるまで暫く近寄らない方が良さそうだな。」
「ただもうそろそろ話しがまとまるらしいぞ。結局ダンジョンの権利は帝国に譲ったらしいけど代わりに辺境伯領の東にある穀倉地帯を譲渡させたらしい。」
「そうか。話がまとまったなら落ち着くのも早そうだな。魔物の出る山ン中の未知のダンジョン開発よりすぐに利益が出せる麦畑を確保するあたり王太子は名より実を取る中々のやり手なタイプだな。」
「ああ、あっちも手が早いらしい。」
「あっちって、えっち?」
「なんでも帝国の第三皇女が輿入れするらしいしのと辺境伯の娘も側室入りするらしいぞ。」
「なぬ、二人同時に嫁取りとは、ちょっと爆発した方がいいな。」
「物騒だがそれも仕方がないか。辺境伯の娘は、はらましたらしいから。なんでも毎日のタフな交渉で疲れたところを癒されてつい手が出たらしい。」
「それは辺境伯にまんまと乗せられたんじゃなかろうか。」
面倒な交渉事は王太子にお任せで、面倒なダンジョン開発は帝国任せで自分の所にはすぐに収益が見込める麦畑を手に入れた上に次期国王である王太子に自分の娘を側室として迎えさせるとは、これは辺境伯の一人勝ちだな。
なんでも交渉に成功したとかで王太子様は来月王都で凱旋パレードだそうだ。
実際にはそうでもなく異世界ではリア充は爆発するらしい。色々ともめている帝国とはいえ相手は皇族である。今現在での正室は自国の公爵令嬢であったのでどちらが正室の地位に相応しいかの議論になるかと思われたが、皇女側が正室にこだわらないと正式に表明した結果、正室は現状の元公爵令嬢のまま皇女が第二妃との順番で一件落着となったのが、この決定で割を食ったのが今まで第二妃であった元侯爵令嬢のキャロラインである。
”ガシャーン”
”バリーン”
「なんでわたくしがあんな他国の女の下にならないといけませんの。納得できませんわ。」
かなり荒れていらっしゃるのも仕方がないだろう。第一王太子妃のスカーレットの実家は公爵家であり侯爵家出身の自分が正室に成れないのすら諦めきれていないところに更に第三妃に格下げである。そりゃー物にも当たりたくなるのも仕方がない。
「しかも殿下は戻られてから一度もお顔を見せに来てくださらないし。それもこれもあの女のせいなのよ。」
「キャロライン様、おやめください。どうか。」
「うるさいわね。ご公務ですから一月、二月帰られないのは仕方がないですが、その間にお、お、を、お子をなすなんて、キー」
”ドッカーン”
”ボッカーン”
「キャー」
誤解をなさっているようだが、子供ができたのは辺境伯令嬢のフローラで帝国皇女エカテリーナではないのだが、誰かに吹き込まれたのだろうか?そして妊婦に馬車での移動は拙かろうとフローラは未だに実家の辺境伯領に留まったままである。
「ふっふっふ、そうよ。あの女さえいなければ...誰か?誰かある?」
後編、書き終えております。
3年お待たせするようなことはありませんのでご安心ください。