第4話
さて、俺ことネコマスクの鮮烈なデビュー戦について語っておこう。突然のデビューだった為に入場曲すら用意されていなかった俺は飼い猫のウィズの鳴き声で入場することにした。
会場中にウィズの鳴き声が響き渡ると観客は総立ちになり、ネコマスクコールが巻き起こった。
先に入場していた対戦相手は若手の有望株とされていた男だったが俺のカリスマ性の前ではちっぽけな存在だった。そして、プロレス史に残る試合時間2秒という伝説が打ち立てられたのである。
それからというもの俺はトラマスクと闘うため様々な団体を渡り歩いた。
そしてトラマスクとの試合の前日のことである。
レストランで俺はウィズを肩に乗せ、ある女性を待っていた。コンビニでバイトしていた時の同僚の乾である。
そして、彼女はやって来た。普段来慣れていない高級レストランだからかどことなく緊張した面持ちの彼女は俺の前に硬く座った。
俺は磨きあげられたグラスの中の葡萄酒を一口含むと話し出した。
「俺は明日、奴と決着をつける。その前に君に話しておきたいことがあってね。」
乾は俺の白いスーツを凝視していた。
「ああ、これはイタリアのニャルマーニのスーツだよ。何、大したことはないさ。」
笑いかけると乾は俺の肩に目をやった。
「ここ、ペット連れて大丈夫なの?」
「普通の猫なら駄目だろうけどね。ウィズだけは別さ。」
乾ははあ。と返事をすると外の景色をぼんやりと眺めた。
やがて料理が運ばれてきた。
俺が機会を伺っていると肩をぽんと叩かれた。どうやら今らしい。指を鳴らすと店内が薄暗くなりバイオリンの演奏が始まった。無論、全ては俺が用意した物である。
俺はポケットに忍ばせた指輪を取り出し語り出した。
「俺がこの世界に入ったきっかけは君だった。俺はこれからの生涯、君を守り続けると誓おう。どうか僕と結婚してほしい。」
乾は麺の巻き付いたフォークを落としてしまった。無理もない。プロレス界の王であるこの俺からのプロポーズなのだ。
だが乾は眉間にシワを寄せて言った。
「いや、私達付き合ってもいないし。そもそもあなたのきっかけはトラマスクでしょう?ごめんなさい。無理。」
乾はさっさと荷物をまとめてしまった。
「今日はありがとう。だけどもう誘わないで、性に合わないのこういうところ。」
それだけ言って乾は去った。ウィズが嬉しそうに、にゃあ。と鳴いた。
翌日、俺はトラマスクに勝利し名実共にプロレス界の王になった。しかし全然嬉しくない。もやもやとした気持ちを晴らすため俺は散歩に出掛けた。
ウィズが前方を導くようにして歩く。俺はいつとなく話しかけていた。
「俺は最近、これでよかったのかと思うことがあるんだよ。もしプロレスの世界に入っていなかったら俺はどうなっていたんだろうか。」
少し光が強くなった気がする。
「いつからかはよくわからない。でも、最初からやり直せたら良いのになあ。」
周りの景色は白い光にかき消され、振り返ったウィズだけがこちらを見ていた。
「あたいは結構楽しかったけどにゃ。」
「お前メスだったの?」
俺は光に飲み込まれた。