第1話
夢を見ていた。歩く夢だ。黒い猫に連れられてゆっくりと歩いていく。光が徐々に強くなる。全てが白くなる。振り返った黒猫だけが俺を見ていた。
起きた時には昼を過ぎていた。
ウィズが腹を空かせてこちらを見ている。
しかし、餌が無いので買ってこなければ。
散らかった床から適当にズボンを拾い上げて財布を手に取る。
財布の中には158円入っていた。
何か買い物をしただろうかと部屋を見渡すが心当たりがない。床中に転がったペットボトルやカップ麺の容器を広い上げながら俺はウィズに言った。
「とりあえず今日のところは自力でなんとかしてくれ。」
ウィズは阿呆を見る目で俺を責めたがどうしようもないので、すまぬ。と頭を下げると空いた窓からするりと出ていった。
さて、猫の餌どころではない。自分の餌を用意しなければならない。しかし金もない。そこで俺は日雇いのバイトに出掛けた。
深夜、道路での交通整理だ。
赤い棒を振り回しながら車を誘導する。様々になるクラクションはまるで楽器のように音を奏でている。そして、今それを操る俺は指揮者なのだ。最初は探り探り、徐々にテンポを上げていく。音色が最高まで高まった時、さすがに怒られた。
「お前、凄いな。」
言ったのは俺と一緒に作業をしていた男だった。
「なんでです。」
「俺には分かるあれは音楽だったよ。」
その通り。と答えると男は俺にコーヒーを寄越してくれた。素晴らしいものを見せてもらったお礼だそうだ。
なんとなく気分良く、俺は給料片手にコンビニに向かった。
コンビニに入ると猫に出迎えられた。
「なんでここに。」
ウィズがレジに座っていたのだ。
入り口で立ち止まっているとレジの向こうからひょこりと女が出てきた。
「もしかしてこの子の飼い主さんですか?」
いかにも。と首を振ると女は怒って言った。
「お兄さん。この子に餌あげてないでしょう。お腹を空かせてましたよ。」
「金が無くて仕方がないんだよ。」
「餌代も無いのに猫飼ってるんですか。」
唖然とした女は俺とウィズを交互に見つめた。
にゃあ。
一声、ウィズが鳴いた。すると女は猛然として俺に言った。
「だったら、ここで働いてください。せめてこの子の餌代位は!」
急に何を言うのかと驚いていると女は扉を開けて中に入っていき、 しばらくすると男を引っ張って出てきた。
「店長!この人雇ってあげて下さい!」
女は俺を指差して言った。
店長と呼ばれた男は状況が分からず混乱していた。もちろん俺も混乱していた。
しかし、また
にゃあ。
ウィズの声が店内に響くと店長は落ち着きを取り戻して、俺に言った。
「まあ、人手が足りてないからね。今からでも働いて欲しいくらいなんだ。」
こうして俺の仕事は決定した。
そして働き出して1ヶ月が経った。