拝啓に想いをのせて 第三稿 AR003 S№0000
著者
木本葵
昭和40年(1965年)広島市生まれ。
被爆二世のクリスチャン。熱狂的な広島東洋カープファン!
小学1年生まで父の転勤で呉→忠海→広島市中区と点々とし廿日市市を拠点に結婚まで過ごす。
結婚後人生の半分以上を広島市で過ごしている。
県立大竹高等学校普通科卒
私立大阪芸術大学映像学科卒
大学2年の時に課題で書いたシナリオを期に、当時学科長であった脚本家の依田義賢先生に個人的にシナリオを約2年半指導して頂いた。
その後、広島に帰り30年のブランクを経て病気の為ほぼ寝たきりになっていた所を映画監督で盟友の岡秀樹氏に生きがいになるから書けと言われて脚本に復帰。
同人誌でもいつか出そうかと(笑)
正直完成度は低いのですが、気に入って頂けたら幸いです。
出来るだけ月1位のペースで約2時間物等の脚本を書けたらと思っています。
もしコミック原作や小説原作に使って頂けるならご連絡下さい。
(ないでしょうが(^^;))
ではお楽しみ頂けたら幸いです。
よろしくお願い致します(o*。_。)oペコッ
尚、著作権は全て木本葵にありますので、無許可の転載等はご遠慮下さい。
注:これは小説ではなく脚本です。いわゆるシナリオです。
映画用のシナリオとして製作されました。
拝啓に想いをのせて 第三稿 AR003 S№0000
脚本 木本葵
■東海道新幹線
山陽への線路を西に向けて走る博多行新幹線のぞみN700系。
■同・車内
三人用の座席の一つを後ろにして、6人が向かい合うように座っている。進行方向正面側に奥から新井杏子(60)・新井忠志(67)、新井夫婦の孫娘の美優(15)。向かい合って奥から息子の嫁の忠志敏江(35)と忠志と杏子の息子の康太(35)・息子夫婦の長男で美優の弟の大地(13)。みんな私服で来ている服の裾はスカートやズボンには入れていない。
美優「じいちゃんの映画観たよ」
忠志「そうか。どうだった」
康太「父さん、また日本アカデミー賞狙ったでしょ」
忠志「俺は純粋に観客に喜んで貰えるようにと思って作っている。で美優、どうだった」
美優「面白かったよ」
大地「俺には分からんかった」
美優「大人じゃないと分からない映画なの」
大地「もう大人だよ」
美優「子供じゃん」
敏江「やめなさい。二人共。周りに迷惑でしょ」
黙る美優と大地。
康太「広島は久しぶりですね」
杏子「そうね。あたしもお父さんも仕事ばかりで中々帰れなくて」
忠志「何年ぶりかな? 杏樹ばあちゃんやお義父さんの葬儀に出て以来?」
杏子「一回法事で行きませんでしたっけ?」
美優「私は一度行った覚えがあるよ」
大地「俺は覚えてない」
康太「法事に行ったね」
美優「ねね、おじいちゃんとおばあちゃんはおじいちゃんの初監督作品でおばあちゃんが主演してから恋が深まって結婚したんでしょ」
杏子「そんな事もあったかねぇ」
忠志「僕は覚えてないなぁ」
美優「隠さなくても。でも出会ったのって広島のひいばあちゃんちだったんだよね」
忠志「康太、しゃべったな」
車窓に白々しく目を向ける康太。
美優「ねぇねぇ、どんな出会いだったの? 教えて」
杏子「まぁね、隠す事でもないけどね……」
忠志「(照れながら)俺は言わんぞ」
杏子「おじいちゃんは最初は監督じゃなくて脚本家だったのよ……」
ふと車窓から外を見る杏子。
新幹線の窓から瀬戸内海が見える。
それに被せてタイトル。
『拝啓に想いをのせて』
■昭和51年 東京の風景(夕暮れ時)
暮れなずむ東京都心の全景。被るテロップ『昭和51年』
霞が関ビル(空撮)。
安田火災生命ビル(現損保ジャパンビル・空撮)。
東京タワーの前を歩く人々。初夏の装い。着物の女性もいる。
浅草寺前にごったがえす人々。
■新宿・居酒屋内
煙草の煙でもやっている木造の店内。
近藤(30)が汗を拭き拭き店内に入ってくる。
店員A(20代半ば・女性)「いらっしゃいませぇ~!」
近藤「えっと、同僚が来てるはずなんだけど」
店内の奥の四人掛けのテーブルから豊田(30)が立ち上がる。手には煙草を持っている。
豊田「お~い、近藤!」
近藤「お~、豊田ぁ~ そこにいたか~」
近藤は豊田たち同僚の机に歩いて行く。
豊田「(店員Aに)おね~さん、ビール大瓶追加ね」
店員A「は~い、ただいま~」
近藤がテーブルに着くと後二人同年代の同僚がいる。
彼らのテーブルの手前の四人掛けのテーブルにカメラはドーリー。その席には向かい合って店奥側には三島(27)、向かい合って出入り口側に忠志(25)が座って呑んでいる。
二人の座っている机にはつまみが数品とお銚子。そして灰皿がある。
三島「(煙草片手に)故郷か……」
忠志「(煙草をくわえて)そうなんですよ、先輩。俺は新宿生まれの新宿育ちでしょ。仁科さんから故郷を書けと言われても想像つかなくて」
三島「まぁ、プロの脚本家が書けませんとは言えんわな。忠志、お前、仁科さんに感謝しろよ。前の二作は視聴率取れなかったんだろ。それでもお前には何かあると思って使ってくれるんだ。本当なら新人のお前が二作連続で失敗したら、普通は二度と使わんぞ」
忠志「そうなんですよね。でも、俺、どんどん自信が無くなって来ていて……」
三島「おいおい、大学時代からお前には一目置いてたから俺が仁科さんに推薦したんだ。恥かかせるなよ」
忠志「三島先輩のように才能ある人から推薦されて、こんな無名の俺が書かせて貰った事には感謝してますよ。でも」
三島「でもなんだ?」
忠志「三島先輩は来年初の本編(※映画の事)やるんでしょ。俺とは器が違いますよ」
三島「こらっ! 忠志! しっかりせんか! あのなぁ、お前には才能があるんだよ。そう思うから俺は推薦したし、仁科さんだってお前を見捨てないんだろうがよ」
忠志「はぁ……」
三島「故郷かぁ~ どこか田舎に伝手はないのか?」
忠志「家は江戸時代から新宿ですし、親戚もみんな東京ですからね。金もないし」
三島「金ないって…… まったく自宅でのうのうと脚本書ける身分で脚本書く以外趣味もないだろ。前二作で貰った金も手つかずじゃねぇのかよ」
忠志「それはありますけど……」
三島「じゃあ、田舎行けよ。クランクインは来年の4月だろうが。今は新幹線もあるんだ。湯布院でも行って温泉浸かりながら長湯治してこいよ。あそこは田舎だぞ~」
忠志「俺、新人ですよ。前二作だってそんなに貰ってないし、旅館になんて長く泊まれませんよ」
三島「(お銚子で忠志のお猪口に酒を注ぎながら)良く考えろよ。仁科さんだって上を止めてくれての仕事依頼だろうから今度は失敗出来んと思え。その位の気で行け。まぁ、失敗しても俺が何とかするから。まぁ今日は呑め。奢りだから記憶無くなるまでまず呑んで切り替えろ」
■神田神保町・古書店内
古書店内で『故郷』に関するような本を物色する忠志。
ふと『安芸路』という本を手にする。
ページをパラパラとめくる忠志。その本の中に封筒が挟まっているのに気が付く。
裏には東京の住所と『武田浩』の名前。表書きを見る忠志。
表書きには『広島県佐伯郡廿日市町佐方 宗雲寺内 谷口杏樹様』と書いてある。
封筒の中を見ると手紙が入っている。手紙を取り出し読む忠志。
■東京駅
人々がごったがえす中、ショルダーバックにスーツケースを持って改札を抜け、新幹線ホームに行くスーツ姿の忠志。
ホームに新幹線ひかり号が入ってくる。
新幹線に乗り込む忠志。
■新幹線の情景
西に向けて走るひかり号0系。
■広島県佐伯郡廿日市町・廿日市駅
古い木造の駅の改札を通る忠志。その後ろを彼が乗って来たリベット打ちの山陽本線の電車が発車する。
忠志が前を見ると少し向こう正面への道にあった踏切が降りて鳴っている。木造の広島電鉄(広電)廿日市駅に停まっていた上はクリーム色で下は濃いオレンジ色の路面電車ではない一両編成の大きな車輪の郊外線が西に向けて走り出し、踏切を抜けて行く。電車が通り過ぎて遮断機が上がるとその向こうに多くの人々が行きかう活気ある廿日市商店街が見える。車の姿はない。
汗を拭き、持っていたスーツを羽織り直し再びカバン類を持つ忠志。
駅前には小さな広場がありタクシーが数台止まっている。
タクシーに歩み寄る忠志。
タクシーの窓をコンコンとノックする忠志。後ろのドアが開く。
運転手(30代半ば・無愛想)「どこまで?」
スーツの胸ポケットから手紙を取り出し宛先を運転手に見せる忠志。
忠志「ここまでお願い出来ますか?」
運転手「わりゃバカかっ! そがいな近いとこ、歩けぇや!(※おまえバカか。そんな近い所だったら歩け)」
すごい剣幕で怒る運転手。
忠志「すみません。あの~ 俺…… 私は地元ではないので分からなかったものですから」
運転手「(気を取り直して東に伸びる田舎道を指さして)この道をまっすぐ行ったらガードがあるけぇ、そこをくぐって左の道、まっすぐ行ったら寺見えるけぇ、そこじゃ」
忠志「ありがとうございました」
タクシーに最敬礼して歩き始める忠志。
片側一車線の道路。舗装はされているが中央線や路肩線などはない。蝉しぐれの中、そこを歩き続ける忠志。車はほとんど通らない。
線路下の低いガードをくぐると、左右に舗装されてない道と左手に大きな自然の池(ほとんど沼)があり、その向こうの田んぼが数反あり更に向こうに寺が見える。
寺への参道と思しき左の道を歩き出す忠志。
忠志「(つぶやき)こりゃ思ったより田舎という感じじゃないけど、ふるさと感はあるな……」
汗を拭き拭き寺へと歩く忠志が急に立ち止まる。
目の前を一匹のヘビが竹藪から池に向かって進んでいる。
恐ろしさに動けない忠志。
谷口杏子(18)『(声だけ)動かん方がええよ』
振り返る忠志。長い黒髪に白いワンピース姿の杏子が籐で編んだ買い物籠を手に立ち止まっている。足には突っ掛けを履いている。
杏子「あれはマムシじゃけぇね」
忠志は杏子の美しさに見惚れて動けない。
杏子「ど~したんですか? そんなにマムシが怖い?」
忠志「いっ、いや、ヘビ自体動物園でしか見た事なくて……」
杏子「(驚いて)ええ? この辺じゃしょっちゅう出ますよ。お兄さんはどちらから来られたんですか?」
忠志「あっ、東京です」
杏子「ええなぁ~ 大都会じゃないですか。ウチも行きたいなぁ~ 東京にはヘビいませんか?」
忠志「いや、多摩川上流とかなら、いるだろうけど……」
杏子「お兄さんはどちらへ?」
忠志「えっと、(再び手紙を出して)宗雲寺さん?」
杏子、手紙の宛先を覗き込む。
杏子「これ家ですよ。家のおばあちゃん宛ての手紙じゃけぇ」
■宗雲寺・境内
忠志を連れて宗雲寺の門をくぐる杏子。
境内では白いブラウスに膝が隠れる位のチェック柄のスカート姿の新田玲子(19)がお堂前に腰掛けている。ブラウスの裾はスカートの中に収められている。
(当時の人はTシャツでも何でもズボンやスカートの中に裾を入れていないと自堕落だと言われたので、この時代の登場人物は今後同じような出で立ちとするが、作務衣は別とする)
杏子「ただいま~」
玲子「杏子、何しとったん。遅いねぇ」
杏子「スーパーフジムラまで買い物行っとったんじゃいね」
玲子「ええ男連れとるじゃん」
杏子「もう、冷やかさんの。おばあちゃんのお客さんじゃけぇ」
忠志「新井忠志と申します」
玲子「あっ、この子の友達で新田玲子です。こんにちは」
忠志「こんにちは」
本堂の隣にある家屋の玄関から杏子の母谷口由美子(45)が割烹着姿で(着物ではなくブラウスに灰色のスカートの上から割烹着)出てくる。
杏子「あっ、おかあちゃん。おばあちゃんにお客さん」
由美子「えっ? あらあら、どうも」
忠志「東京で脚本家やっております。新井忠志と申します。(ショルダーバックから手土産を出して)これつまらん物ですが」
由美子「(受け取りながら)まぁ、東京から。すみませんねぇ、気ぃ使わせてしもうて」
忠志「いえいえ」
玲子「脚本家さんって、映画とかの?」
忠志「いや、まだ本編は任せて貰えない新人なもので。テレビドラマもまだ2本しかやってなくて」
玲子「ええ! テレビぃ~! どんなの?」
杏子「玲子、初対面で失礼よ」
忠志「いえいえ」
玲子「ねね、どんなん? どんなん?」
忠志「まほろばの道というのと桜の木の下にはっていうドラマです。全話は書いてないんですが、それぞれ20話位は書きました」
杏子・玲子・由美子「(いかにもつまらなかったそうに)あ~」
忠志「ですよね」
玲子「でも、ウチは両方何となく最終回まで見たよ」
忠志「(苦笑)何となくですか」
玲子「ええじゃん。杏子なんか2話目で見んなったもん」
杏子「ちょっと、玲子!」
忠志「いや、いいんですよ。視聴率ひどかったですから、自分でも分かってます」
杏子「(強引に話を変えようと)おとうちゃんは?」
由美子「おにいちゃんといっしょに法事の打ち合わせで中村さんとこ行っとるよ。まぁ、暑いけぇ、中に入れてあげんさいや、杏子」
杏子「は~い。忠志さん、こっち来て」
玲子「ウチは?」
杏子「あんたも入りんさい」
■谷口家・応接間兼居間
机の上に麦茶が置かれている。麦茶の入ったコカコーラの懸賞で貰ったグラスには結露で水滴がついて流れ出している。中の氷が溶けてカランとなる。
その麦茶を持ち上げて一口飲む忠志。また机に置く。
忠志の向かいには渋い着物姿の杏樹(74)と由美子が座っている。
風鈴が静かに鳴っている。
応接間には杏子の部屋から届いてくる杏子と玲子の談笑がかすかに聞こえている。
忠志達のついている座机全体に風が当たるように首を振る扇風機。
杏樹はじっと忠志の持ってきた手紙を読み続けている。たった二枚の手紙を何度も何度も繰り返し。杏樹の目は涙が少し光っている。
横から手紙を覗き込み、杏樹の肩を支えている由美子。
手紙を封筒に仕舞う杏樹。
忠志「私がどう言ったらいいのか分かりません。武田さんが出せなかった手紙ですから、本来お見せする事もどうなのか? しかし、もし良かったらお収めください」
杏樹「新井さん。ホンマにありがとう。彼から連絡が来んなった理由も分かって胸の閊えが収まりました」
由美子「お義母さん、大丈夫?」
杏樹「ああ、もうええよ」
杏樹の肩から手を離す由美子。
杏樹「彼は生きとりんなさるんですかいの?」
忠志「それは分かりません。その住所には行ってみましたが、近所の方も武田さんの消息には心当たりがないそうで」
杏樹「ほうですか……」
境内に面して空いている出入り出来る窓の外に目を向ける杏樹。
蝉が鳴いている。
杏樹「事情は分かりました。息子もええ言うでしょう。あなたさんが田舎を書ける自信がつくまでこの家におるとええ」
忠志「しかし、そこまでして頂く事は」
杏樹「ええもんはええ。家の息子も頑固ですけぇ、そがぁな事情じゃったら絶対泊まらせる。由美子さん、客間の用意を」
由美子「(笑いながら)はい、お義母さん」
立ち上がり応接間を出て行く由美子。
杏樹「故郷かいね~ この辺ももっと田舎じゃったんじゃが、広島市に近いけぇ、どんどん田んぼやら畑がのうなって(※無くなって)新しい家がどんどん建ちよる。その内に日本から田舎言うもんがのうなるんじゃろうねぇ」
忠志「さっき申した様に私はずっと東京で育ったもので田舎というのが正直分かりません。ですけど今ここまで来てみた風景。例えば新幹線の中から見えた山郷の田畑の風景とかが消えて行くのは淋しいですね」
杏樹「その気持ち、大事にしんさいよ。田舎という故郷はあって当たり前じゃない。どんな事もそうじゃけどあって当たり前の事なんかありゃせん。あんたもここが第二の故郷じゃ思うて、この家が自分の実家じゃと思うて、気兼ねなんぞせんと、よう見てよう学びんさいね」
忠志「ありがとうございます」
■宗雲寺前・参道(夕暮れ)
参道脇に植えられたイチジクの木を眺めている開襟シャツにスラックス姿の忠志。その向こう側の田んぼやその又向こうの池からカエルの合唱が始まっている。
首から下げたキャノン・P型ポピュレーヌでその光景を写真に収め、フィルムを巻いてあっちこっちの写真を撮り始める。
寺の門から杏子と玲子が出てくる。
玲子「新井さ~ん。杏子が新井さんの事、ええ男すぎて惚れてしまいそうじゃってぇ~」
杏子「ちょっ! ちょっと玲子! 何言よるん!」
笑う忠志。
杏子「古そうなカメラですね」
忠志「これ? 親父から貰ったんだ」
ふとイチジクを見る忠志。
イチジクの木に実がなっている。
忠志「イチジクってこんな風になるんだね」
玲子「ええっ! 忠志さんって、イチジク見た事ないん?」
忠志「いや、実は売ってるから見た事あるけど、実際に木になってるのは見た事なかった」
杏子「家のイチジクじゃけぇ、もいで食べてもええよ」
忠志「うん。ありがとう。じゃあ、一つ貰おうかな」
イチジクの木に近づいて実を取ろうとする忠志。さっと手をひっこめる。ゴマダラカミキリがいる。
玲子「どしたん? あっ、カミキリじゃん。新井さん、虫ダメなん?」
忠志「いや、ダメという程じゃないけど、実際に見たのは初めてで」
玲子「ホンマに?」
杏子「ちょっと玲子。からかいんさんなや」
玲子「待っとって。ウチがもいじゃるけぇ」
玲子は木に手を入れるとカミキリを掴んで忠志に渡そうとする。
引く忠志。
杏子「もう! 玲子!」
玲子「冗談冗談」
杏子がカミキリを葉の上に離し、イチジクを取る。茎に繋がっていた部分から白い樹液が流れ出す。
杏子「はい、新井さん。白いんは樹液じゃけぇ大丈夫いね」
忠志「(受け取り)ありがとう」
玲子「その樹液は沢山手につくとかゆうなる(※痒くなる)けど、それ位じゃったら大丈夫じゃけぇね」
忠志「(イジジクの皮をむきながら)二人とも何か語尾が違うね。同じ広島弁でも」
玲子「さすが脚本家! よう気が付きました! 偉い!」
杏子「もう、ふざけんの!」
玲子「大体、ほんまは方言禁止って学校から言われとったんよ。国の教育方針じゃって。じゃけぇウチらは標準語もしゃべられるんじゃけど、めんどくさいじゃん。語尾が違うんは、ウチらは小さい頃からの友達なんじゃけど高校が違うんよ。ウチはこの廿日市の高校卒業したんじゃけど、杏子は山口との県境の大竹市の高校行っとったけぇ、岩国弁が混ざるんよ。通称、いね言葉。語尾にいねってつくけぇ、いね言葉」
忠志「そうなんだ。ここは山口県に近いんだね」
玲子「うんうん。ここから汽車に乗って20分行ったら県境じゃけぇね。杏子はウチより頭ええのに商業科行ったんよ」
杏子「もう玲子! 忠志さん、ウチは決してエズい事ないけぇね」
忠志「エズい?」
玲子「頭がええ言ういね言葉。ウチもじゃけど杏子んちも親の頭が固いけぇ、まだこの時代になっても、大学出た女にゃ貰い手ないけぇ言うて、大学行かせて貰えんかったんよ。ほいじゃけぇ、杏子は商業科。ウチは意地張って普通科」
忠志「東京には大学出の女性は沢山いるよ」
玲子「ほうじゃろ~ じゃけぇ田舎は嫌なんよ。ウチ、東京行きた~い」
杏子「もう、バカな事言っとったら門限遅れるよ。新井さん、ウチは玲子送って行くけぇ、何個でも食べよってええよ。出荷するもんじゃないけぇ」
忠志「ありがとう。じゃあ、もう少し頂くかな? でも、電車って言わずに汽車ってこっちじゃ言うんだね」
玲子「ほら、ここは国鉄と広電が並走しとる地域じゃけぇ、国鉄が汽車、広電は電車って、みんながそういう言い方するんよ」
杏子「(玲子の手を強引に引っ張りながら)ほら、行くよ」
玲子「門限6時なんて、今時じゃな~い」
参道を歩き去る二人を微笑ましく見送りながら、イチジクを頬張る忠志。
■夜の谷口家
ウシガエルの合唱が響く中、網戸越しに応接間で皆が揃って夕飯を食べながら談笑している外からの光景。
家の中からカープ・中日戦のラジオ放送が流れている。
■同・応接間
畳に置かれたトランジスタラジオからプロ野球中継が流れている。
扇風機が首を振る。
行伸(24・ランニングの裾を短パンに仕舞い込んでいる)「そうなん。東京じゃ言うけぇ巨人ファンかと思うた」
忠志「いや、野球自体のファンは三分の一かそれ以下だし、ほら東京にはヤクルトも日ハムもあるしね」
行伸「ほいじゃあ、話題少ないじゃろう。こっちは誰彼なく会えば挨拶みとうにカープの話題じゃけぇ」
忠志「(笑いながら)東京では、それはないですね」
幸男(51・杏子の父・作務衣姿)「まぁ、大体の事情は分かった。ほいじゃあ、ゆっくりして行かんといけんのぉ」
幸男が向かいの忠志にビール(キリンラガー)を勧める。
忠志「(酌を受けながら)あっ、ありがとうございます」
幸男「(行伸を指しながら)こいつは今年佛教大学を出たばかりでのぉ、まだまだじゃが跡を継いでくれたけぇ安心しとったんじゃが、田舎言うても段々と都会に取り込まれよる。檀家も減るじゃろうし心配なんじゃわ」
忠志「田舎の都会化ですか」
幸男「そうじゃのぉ。前の首相の田中さんが高度成長言うてどんどん進めたけぇ、田舎も減って行くじゃろうのぉ。なぁ行伸」
行伸「そうじゃねぇ。でも新井さん、檀家言うもんは都会になっても法事とか必要じゃけぇ、親父の言う程にゃ減らんでしょ?」
忠志「(苦笑しながら)私は門外漢なんで、なんとも」
幸男「まったく記憶にございませんってか?」
行伸「親父、ロッキードはええって。新井さん、じゃけどあんまり俺は心配しとらんのよ。広島の安芸地方は昔から浄土真宗安芸門徒言われて、他の地方から見たら結束も固いけぇ」
幸男「そうじゃ、お盆には面白いもんが見れるけぇ、それも見ときんさいや」
由美子「そうじゃねぇ。あれは広島の安芸地区じゃないと無い風習じゃけぇ」
杏樹「(杏子を見て)それだけじゃのうて、杏子、あんたはヒマなんじゃけぇ、新井さんを冬まで案内したげ」
杏子「ええっ! ウチ?」
杏樹「新井さんは仕事で田舎を学びに来んさった。それをエス…… エソ……」
行伸「エスコート」
杏樹「そうじゃ、それ。それをして新井さんにええもん書いて貰う責任が我が家にはある」
忠志「責任って…… そんなご無理は」
幸男「いや、これも仏様の縁じゃ。あんたぁ、下の名前は何じゃったかいのぉ」
忠志「忠志です」
幸男「これからは家の客じゃのうて家族と思う事にするけぇ、みんな忠志って呼ぼう。それに正座して私は私は言うて、普段通りにしんさい」
杏樹「それがええ。忠志も普段は私とか言うとらんじゃろ。何と言うとるんね」
忠志「(照れながら)俺…… ですね」
行伸「それじゃあ、俺も兄さんって呼ぼうかな」
杏子「じゃあ、ウチはどうするん?」
行伸「忠志兄ちゃん、行伸兄ちゃんでええじゃないか」
忠志「ホントにここまでして頂いて恐縮です」
幸男「じゃけぇ、これも仏様が定めた縁じゃけぇ」
幸男と行伸が合わせて合掌して深々と礼をする。
幸男・行伸「南無阿弥陀仏」
由美子「辛気臭いけぇ、家では止めんさい」
豪快に笑う幸男。つられてみんなも笑う。
■広島電鉄山陽女子大前駅への道・午前中・晴れ
ガード下をくぐり、右手に空地の広がる国鉄線路沿いの坂道を上がる開襟シャツにスラックス・首からカメラをぶら下げた忠志とピンクのワンピース姿の杏子。
忠志「廿日市駅に行くんじゃないんだ」
杏子「ガードがあって回り道になるけぇ、広電は山陽女子前が近いんよ」
忠志「すまんね。案内してもらって」
杏子「ええんよ。我が家のお兄さんじゃけぇ。今日は広島一の大都会に案内するけぇね」
酒屋の前にさしかかる二人。
酒屋の前ではTシャツにGパン、カープ帽姿の坂本文也(19)が段切り替えさえない古びた自転車の荷台にビール瓶のケースをくくりつけている。
二人に気が付く文也。
文也「よぉ、杏子」
杏子「あっ、文也。今から配達?」
文也「ああ」
荷台のロープを確認しながら、ちらちらと忠志を見る文也。
杏子「あっ、この人はプロの脚本家の新井忠志さん。昨日東京から来て、しばらく家で取材されるの」
文也「そうなん」
忠志「よろしく」
返事を返さず、頷くだけの文也。
杏子「どしたんね、文也。変よ」
文也「変じゃないわ」
杏子「この子は、ウチの同級生で幼馴染の坂本文也くん」
忠志「どうも。よろし……」
文也「ワシは幼馴染なだけじゃけぇ。…… 配達行ってくる」
自転車に乗って電停と反対方向に急ぎ走り出す文也。
杏子「どしたんじゃろ? いつもは明るいのに……」
ふふっと笑う忠志。文也の後姿を見ている。
忠志「俺にもあんな時期があったよ」
杏子「中坊じゃあるまいし、今更反抗期かいね」
■広島電鉄山陽女子大前駅・ホーム
ただ屋根とホームのある駅。ホームには段差があり、高いホームの向こう側がスロープになっており、その先に低いホームがある。
写真を撮る忠志。
忠志「変わったホームだね」
杏子「どこが?」
忠志「ホームの高さが違うから」
杏子「ああ、低い方は市内直通の路面電車が停まるホームで、高い方は西広島駅停まりの郊外線が停まるんよ。電車の高さが違うけぇ」
忠志「そうなんだ」
杏子「うんうん。そうだ、ちょっと待ってて」
小走りに時刻表を見に行く杏子。左手首内側の小さな腕時計と見比べている。
小走りに忠志の元に戻ってくる杏子。
杏子「次のは郊外線じゃけぇ、西広島駅で乗り換え。高いホームの方ね」
忠志「お金はどこで払うの?」
杏子「宮島口から西広島までの郊外を走る宮島線は、駅ごとに料金違うけぇ、電車に乗ったらどこの駅から乗ったか分かるように切符みたいなもんを取るんいね。で、降りる時に払うの。西広島から先の市内線はどこまで行っても料金変わらんけぇ、降りる時にただ支払いするだけ」
忠志「複雑だなぁ。バスと一緒と考えればいいのか」
杏子「ほうじゃね」
ホーム脇の踏切の警報が鳴り出す。
線路の向こうに郊外線の姿が見える。
カメラを近づいて来る郊外線に向ける忠志。
■郊外線内
電車の左右で対面する形の長椅子に座る忠志と杏子。
電車の床は木で出来ていてワックスの塗り過ぎか黒光りしている。
電車の天井の扇風機がくるくると首を振っている。
暑さからか車内の窓は全て空いている。
車窓から写真を撮っている忠志。
車内アナウンス(男)「まもなく~ 荒手車庫前~ 荒手車庫前~」
忠志「(外を見て)海も見えるけど、埋め立てが進んでるみたいだね」
杏子「うん。ここに商業施設とか工場とか建つみたい。反対側見て」
反対の車窓を見る忠志。
杏子「山が削られとるじゃろう。ここの土で埋め立てて山側は住宅地になるって聞いとるんよ」
忠志「高度成長か。どんどん人口も増えるだろうし、こないだまで、世界人口は二十億って言ってたのに、今じゃもう四十億って言ってるからね」
杏子「そうなん? 田舎が消える訳じゃわ」
忠志「喜ぶべきか? 悲しむべきか?」
杏子「ウチの寺の山の奥側が削られとるの見た?」
忠志「ああ。住宅地かな?」
杏子「ううん。児童が増えて廿日市小学校だけじゃ入りきらん言うて、来年からあそこに佐方小学校が開校するんいね」
忠志「第二次ベビーラッシュか」
杏子「五年生から下だけが分かれて佐方小に来るらしいんじゃけど、ほら次の四年生って反対に人数少ないじゃろ」
忠志「ん? なんで?」
杏子「丙午じゃけぇ」
忠志「そっか。その次の子からまた増えるんだよね」
杏子「うん」
東に向かって走る郊外線。
■新田家・玄関前の庭
庭に入って自転車を止める文也。ビール瓶ケースを止めていたロープをほどき、ケースを重そうに持って玄関に向かう。
文也「こんちわ~! 坂本酒店で~す!」
は~いという玲子の声。玄関の向こうからドタドタと階段を駆け下りる音がして、玄関が開き玲子が顔を出す。
文也「ほい、ビール」
玲子「(玄関の上り框を指して)そこ置いといて」
無言のまま、ビール瓶ケースを上り框に置く文也。ハンカチを取り出して汗を拭く。
玲子「どしたんね。えらい不機嫌じゃねぇ」
文也「そんな事ねぇよ」
玲子「さては杏子に振られたかぁ」
文也「そんなんじゃねぇって。仕事あるから帰る」
玲子「えっ? 図星?」
文也「じゃけぇ違うって! 関係ないじゃろ! 忙しいけぇ帰るけぇの」
玲子「客商売、客商売」
文也「ありがとうございましたっ! またよろしく!」
自転車に乗り、すごい勢いで走って行く文也。
呆れ顔で見送る玲子。
■原爆ドーム
原爆ドームの向こうの川岸にいくつもの原爆で焼け出された人たちのバラックが建って並んでいる。
行き交う人々。
忠志は写真を撮っていたが、その風景から道向こうの広島市民球場に目を移す。
忠志「まさか原爆ドームの真向かいに広島市民球場があったとはね。ここに原爆が落ちたのか」
杏子「ううん。(東側を指さし)あっちの外科島病院が爆心地。本当は元安橋がT字になってて、そこ狙ったらしいけど、風で流されたみたい。お父さんは戦争で満州行ってたから良かったけど、母方の家族が原爆でやられてね。祖父と祖母と伯父と叔母の数人がやられて、生き残ってるのは今はもう一人の伯父と母だけ。母が中学生の時だったんだって。母は時々調子が悪いの。あまり母に言うと気にするから言えんけど、家族みんな心配してる」
忠志「心配だね」
杏子「ここは焼け野原になって、もう人は住めないって言われてたんだけど、ここまで復興したんだ~ 川の向こうに小学校が見えるでしょ。本川小学校っていうんだけど、原爆が落ちた所からこんなに近いのに、二人も生き残ったんよ。お母さんの知り合いのおばさんがその一人。朝礼で全校生徒がグラウンドにね、出てたんだけど、おばさんともう一人の子だけが体操着に着替えてなくて、先生に言われて地下の更衣室に行ってたの。それで二人だけが助かったんよ」
忠志「奇跡みたいだ。お母さんの家族はどこにいたの?」
杏子「ここから南に行ったところの鷹野橋。お母さんの助かった家族はみんな朝から庭の作物の手入れしてたらしいんだけど、原爆落ちた時、家の煉瓦塀で閃光が遮られたらしいのね」
忠志「やけどとかしなかったのかな?」
杏子「大丈夫だったみたいだけど、塀も家も吹き飛ばされたって。おじいちゃんは部屋でお金を広げて虫干ししてたらしいけど、全部吹き飛んだってお母さん笑ってた」
忠志「笑い事じゃないだろうに」
杏子「でもお医者さんだったおじいちゃんは、原爆落ちた後にこの辺まで来たらしいのね。この川一杯に火ぶくれした人が浮いてたって。小さい黒い物があっちこっちに落ちてて、そっと拾ったらまるで胎児のように丸まった蒸発した人たちだったんだって」
忠志「……」
杏子「おじいちゃんの帰りが遅いからって、迎えに行った伯父や叔母たちは、すぐに髪の毛が抜けて吐血下血して十日の内にみんな逝っちゃって、最後にその年の十月におじいちゃんも…… だからウチ、おじいちゃんや伯父さんや叔母さんたちの顔知らないんだ~ 生き残った伯父は当時は呉に学徒動員で行ってて、母は南に逃げたから生き残ったの」
忠志「そうなんだ。数年前に流行ったジローズの戦争知らない子供たちって歌あるけど、広島ではまだ戦後という訳にはいかないんだね」
杏子「ううん。ウチは戦後でいいと思うの。じゃないと未来見えないし……」
忠志「そっか。前向きだね」
杏子「被爆二世じゃけど、気にしてたら始まらんけぇね。さぁ、忠志兄さん、広島一の繁華街案内するわ」
■本通り商店街
本通り商店街を東に向かって歩く二人。アーケードがあっても蒸し暑い。
ステテコ姿で通りを歩く中年男性。賑わっているが、ほとんどがラフな恰好で買い物したり行き交ったりしている。
雑貨屋の前でシミーズ姿で店番をする老婆がいる。
旧日本兵姿で数人が固まり、軍歌を流しながら空き缶を前に置き物乞いをしている。内一人は右膝から下がない。腕の無い者もいる。
珍しそうに辺りを見回し時々写真に収めながら歩く忠志に杏子が何かを話している。
T字路前の右手にロケット型のジャングルジムや滑り台のある公園があり、多くの子供が遊んでいる。
杏子「ここまでが本通りで、ここを左に行って右に曲がると金座街。右行って左に曲がると映画館なんかがある中央通りっていう大きな道に出るんよ」
忠志「(公園で遊ぶ子供たちを見て)近所にも住宅地があるんだね」
杏子「あるにはあるけど、ここで遊ぶ子は親が本通りや金座街で買い物してるのを待ってる子がほとんどよ」
忠志「えっ? 子供だけにして危なくない?」
杏子「なんで? ウチも小さい頃、良くここで待たされたよ」
忠志「ほら、人さらいとか」
杏子「(笑いながら)こんなに人がおるところで人さらいって。都会じゃあるかもしれんけど…… まぁ、今建ちよる最中の紙屋町の百貨店は十階建て言うけぇ、ここも危のうなるかもしれんね」
忠志「なんだか東京より住みやすそうだね」
子供の一人が二人を見つけて囃し立てる。
少年A「おっ、アベックがおる~」
少年B「ほんまじゃ~ アベックじゃ~」
杏子「(真っ赤になって)兄妹よっ! がんぼ(乱暴者)な子じゃねぇ! 兄さん、右行きましょ」
手を杏子に引っ張られて映画館のある方向へと歩き出す忠志。
■映画館
暗い映画館の中で並んで映画を観ている忠志と杏子。
スクリーンには映画「ミッドウェイ」が流れ、三船敏郎が丁度出ているシーンが展開している。
前の方の隅の席でヤクザ風の男が煙草を吸いながら映画を観ている。
■谷口家・応接間・夜
食卓を囲んでいる浴衣姿の忠志と谷口家一同(行伸だけがいない)。
幸男「(忠志から酌を受けながら)ワシは戦争映画は好かん。まだまだ戦後とは言えんしのぉ」
杏子「戦後でええじゃん」
幸男「考えてみいや。ピカの影響でお母さんは今でも病弱じゃし、太平洋戦争終わっても朝鮮戦争やらベトナム戦争でアメリカとソ連だけが儲けとるように見えとっても、日本は知らん顔じゃが、どっちの戦争も日本の米軍基地から出兵しとるし、物資やらで日本企業も稼いだし、岩国とか米軍基地周辺の商店やらはその戦争で稼いどる。何が戦後じゃ。知らん顔して儲けるだけ儲けよる」
杏子「そうじゃけど、戦後って考えんと未来に希望が持てんじゃろ、お父さん。次の世代が生まれた時にその赤ん坊に産まれてくれてありがとう。でも日本の未来は暗いけぇがまんしんさい言うん? そりゃ過去は反省せにゃならんし、変える事も出来んけぇ忘れちゃいけん。でも過去もありゃあ今もあるし、未来もあるんじゃけぇ、希望の光は大切なんじゃないん?」
幸男「高度成長じゃ言うて未来ばっかり見よるとまた戦争になる」
杏子「じゃけぇ温故知新なんいね」
幸男「段々世間は科学の進歩やらで便利にゃなっとる。色々なもんが出来よるし、仕事の効率も上がりよる。じゃけどな杏子、ワシは心配なんじゃ。便利になっていくだけじゃのうてみんなが楽になると思うて、みんなムリにがんばっとる気がするんじゃ。じゃけど、そがぁなんで本当に楽になるんじゃろうか? 作業時間が短縮出来る機械も増えよる。じゃが、人は欲深い。余った時間も仕事しよる。なんか正月も盆も休まん店もあると言うじゃろ? 便利そうじゃが、みんな段々気ぜわしゅうなっとらんかのぉ? 最近じゃあ光化学スモッグじゃとか昔は無かったもんまで日本中に広がりよる。これで人間はほんまにええんかの? 人の欲と業は深い。また戦争になりそうでのぉ。どう思う、忠志は」
忠志「(箸を止め)難しい問題だと思います。たしかに過去を顧みないといけないし、未来に希望を持たないといけない。だからこそ大事なのは今なんじゃないでしょうか? 未来を創るのは大人の義務です。しかし大人だって手探りだし、それぞれ考え方も違う。これを例えその方法が合っていたとしてもみんな一斉にそれだけをやれと強要するのは、ある意味ファシズムのような気もします」
幸男「ほいじゃあ、このまま何もせんほうがええんかいの?」
忠志「いえ、それぞれが子供に残せる希望の未来像へと歩み出すべきなのかもしれませんね。多くの色々な種を今蒔いておかないと希望の未来は咲かない。多くの方がそれぞれの希望の未来へ歩み出せば、ダメな方法は淘汰されるでしょうし、その内の一つでも成功したら、それは歩き出したみんなの成功でしょう。ダメなのは歩き出さずにただ立ち止まる事じゃないでしょうか?」
頷く杏樹。
幸男「じゃあ、しゃあないのぉ。戦後でええかぁ~」
由美子「そうですよ、お父さん。これからの日本は若い世代に任せにゃあね」
応接間に行伸が入ってくる。頬に少し煤がついている。
行伸「風呂沸いたよ。親父ぃ。ええ加減五右衛門風呂から新しい風呂に変えようやぁ」
幸男「まだ使えるもんを捨てるんは仏道に反する」
由美子「ほら行伸。ほっぺたに煤ついとるがね。顔洗ってからきんさい」
■廿日市情景
汗を拭きながら、廿日市の各所を歩く忠志と杏子。
楽しげに話をし写真を撮りながら歩く二人。
廿日市商店街。
山々の風景。
田畑の風景。
観音山に登る二人。
極楽寺から廿日市全景を眺める二人。
■宗雲寺裏・墓地
安芸門徒の風習である色とりどりの盆燈籠(細い竹の棒の上に紙で作った逆三角錐の灯籠がついている。中に火をつける仕掛けはなく形だけ)が各墓に沢山立っている。
その光景を写真に収める忠志。
杏子「どう? これがお盆の安芸門徒の風習で盆燈籠。小さい頃は全国でもやるんだと思ってたけど、安芸地区だけの風習なんいね」
忠志「カラフルだね。中に白い盆燈籠もある」
それらをカメラに収める忠志。
杏子「白だけのは初盆のいね。初めてお盆を迎える方の分ね」
忠志「面白いというか、綺麗で圧倒されそうだ」
■宮島情景
話をし写真を撮りながら歩く忠志と杏子。
宮島のフェリー上。
宮島の土産物店通り。
厳島神社。
弥山に登るロープウェイ内。
弥山の頂上から見えるギラギラ陽に光る瀬戸内海。
宮島水族館。
楽しげな二人。
■桂公園・入口の坂
油蝉の大合唱の中、桂公園に上がる坂道に新車のマツダ・コスモAPが停まっている。
■同・公園内
カープ帽を被った子供たちが野球をやって遊んでいる。
木陰のベンチに座って、それを眺めている忠志と杏子。
杏子「忠志兄ぃが免許持ってないって意外だった」
忠志「つい取り損ねてね。東京は交通網が発達してるから車より電車やバスの方が便利じゃしね。それより杏子が免許持ってるのが以外だったよ」
杏子「高校出てすぐに取ったの。お父さんが今からの時代は車社会が来るって。東京程じゃないと思うけど、これでも広島も車が増えたんよ」
忠志「そうなんじゃね」
杏子「でもまだ車持ってない家多いけぇね。ほんまにお父さんが言うように車社会が来るんじゃろうか? 反対に交通網が東京みとうに発展して、車社会来ん気がするいね」
忠志「それはないじゃろう。多分、お父さんが言うように車社会になって駐車場が増えるんじゃないかな」
くすくす笑う杏子。
忠志「どしたん?」
杏子「忠志兄ぃ、随分広島弁が移ったね。標準語じゃのうなっとる」
忠志「(照れながら)広島弁は移りやすい方言じゃと思うよ。広島に来てもうすぐ二か月じゃしね。夏もそろそろ終わりじゃろ」
杏子「ちょっと悲しいなぁ」
忠志「なんで?」
杏子「だって、どんどん忠志兄ぃが東京に帰る日が近づいてる」
俯いて照れる忠志。
杏子「そっ、そっ、そう言う意味じゃないけぇね!」
忠志「俺な、ずっとさ、自信無くしててさ。前に杏子が言いよった未来の希望と言うか光というかが見えなくて、迷って迷って気がついたらここに来てた」
杏子「うん」
忠志「希望の光を探してた時、杏子に初めて出会った時に光を見たような気がしたんよ」
杏子「うん」
忠志「ごめん。変な話になったね」
杏子「いいよ。何かうれしいし」
忠志「そっか。あの新車はお隣の四俵さんちのだろ?」
杏子「そう。家には駐車場ないし、お父さんたちはカブで仕事行ってるだけだから。四俵さんちは農家じゃし、軽トラとか置く場所あるけぇ」
忠志「初心者にしては運転上手かったよ」
杏子「内緒じゃけど、中学生の頃から、農繁期に四俵さんや他の農家さんの手伝いで軽トラ運転しとったんいね」
忠志「(笑いながら)さすが田舎」
杏子「田舎に行く程、車いるけぇね。農家は忙しいけど減反政策で国から助成金も出とるし、最近じゃあ機械使うて農作業しよる農家も多いらしいし」
忠志「杏子はこれからどうするんね?」
杏子「うん。多分ここで結婚して一生ここかな? でもね夢はあったの」
忠志「夢? 何なん?」
杏子「笑わん?」
忠志「うん。笑わんよ。夢は笑うもんじゃないしね」
杏子「ウチ、女優さんになりたかったの。広島出身の杉村春子さんに憧れてね。中学から高校まで演劇部に入っとったんよ。でも所詮は夢。そんなん無理いね」
忠志「希望ある未来を語る君にしては弱気じゃね」
杏子「この歳じゃと現実が見え始めるんいね。玲子だってほんまは東京の大学出て医者になりたかったんいね。じゃけど医大の学費は高いし、四大出た女は貰い手ないけぇって親に止められたんよ」
忠志「その夢はお父さんやお母さんに話したの?」
杏子「ううん。絶対反対されるわぁ。大体東京や京都に出て一人暮らしするなんて、よう言わんいね」
野球をする少年が大きな当たりをして歓声が上がる。そちらに目を向ける忠志。
忠志「俺は夢は持ってなかった。大学で映研に入って脚本書いてたけど、どうせサラリーマンになると思うとったんよ。じゃけど先輩に夢を叶えた人がおってね。その人が引き上げてくれた」
杏子「うらやましいわ。ウチにはそんな伝手はないけぇ」
忠志「まだ新人で力ないけど、俺がいるじゃろ。成功出来たら知ってる劇団もいくつかあるから、紹介出来るよ」
杏子「そんな…… そんな事、ムリいね」
忠志「やってみん事には夢を諦める必要はないんじゃないかな? 俺、東京帰ったら色々伝手を探してみるよ」
杏子「ええよ…… 忠志兄ぃにムリさせられんし、家の親が納得せんよ。そろそろ帰ろ」
忠志「俺は杏子に夢を諦めて欲しくない。希望の未来を信じて欲しい。考えてみとって」
杏子「…… うん……」
■宗雲寺・参道
池の中で少年数人が水棲生物を探して遊んでいる。
一人、参道をぶらぶらと歩く杏子。そこに配達の文也が自転車で通りかかる。
文也「よぉ」
杏子「あっ、文也。家に配達?」
文也「杏子んちと四俵さんちにプラッシー持ってきた」
杏子「ご苦労様」
文也「(池で遊ぶ子供たちを見て)昔はワシもよう捕りに入ったなぁ」
杏子「何捕ってたの?」
文也「ミズカマキリとかゲンゴロウとかタガメが目当てじゃったけど、大体はアメリカザリガニじゃったね」
杏子「小学校の教室の水槽にウシガエルのオタマジャクシとアメリカザリガニなんかが入っとったね」
文也「そうそう。あれってワシらが捕ったもんじゃったんいね」
杏子「どんどんオタマジャクシがおらんなるの」
文也「アメリカザリガニやらタガメやらミズカマキリの餌になってしもうてたから」
杏子「今も捕れるんかね?」
文也「分からん。ワシらが捕りよった時でも、ゲンゴロウとタガメとニホンザリガニは滅多に捕れんかったけぇのぉ」
杏子「あの辺はマムシも多いじゃろうに」
文也「今は知らんけどマムシ捕まえたら高く買うてくれる店あったけぇ、よう捕まえよったよ」
杏子「危ない」
文也「あれってコツがあるんいね。ほら、あの子ら見てみいや。ネスカフェの瓶持っとるじゃろ。あれに入れるんいね。じゃけぇあの子らもきっとマムシ狙う(ねろう)とるんじゃね?」
杏子「気味悪いわ」
文也「それより杏子さ」
杏子「何?」
文也「あの東京もんはまだおるんか?」
杏子「おるけど何かあるん?」
文也「東京もんは気に入らん。どうせ巨人ファンじゃろ?」
杏子「ううん、違うよ。東京ってこっちと違って野球ファンばっかりじゃないんじゃって」
文也「野球ファンじゃないって、どんな話題しとるんじゃろ? 大体野球ファンじゃない奴なんて信用出来ん。早う追い返せぇや」
杏子「何言いよるんね。忠志兄ぃはおばあちゃんのお客さんじゃけぇ、ウチが追い返せる訳ないじゃん」
杏子と遊ぼうと宗雲寺に向かって来た玲子が二人を見つける。
玲子「文也、何油売っとるんね」
文也「配達途中じゃ」
玲子「杏子いじめとったんじゃないん?」
文也「そんな訳あるかぁ」
杏子「玲子ぉ~ 文也ってば忠志兄ぃを東京に追い返せ言うんよ」
玲子「ほら、やっぱりいじめよる。はは~ん。文也、さては焼き餅焼いとるんじゃろ」
文也「バっ、バカ言うなや!」
玲子「図星じゃね。顔赤いよ」
文也「変な事言うなや。ワシゃ忙しいけぇもう行くわ」
慌てて自転車をこいで逃げるように走り出す文也。
杏子「玲子、何の話ぃ?」
玲子「杏子はこういう事には疎いけぇね。気にせんの」
杏子「何か気になるわぁ」
玲子「(得意げに)気にせんの。気にせんの。じゃけど文也が自転車に乗せとったん、プラッシーじゃろ?」
杏子「家とお隣の分じゃって」
玲子「ほいじゃあ、冷たいプラッシーは頂けないのでござるな?」
杏子「冷蔵庫にまだあるよ」
玲子「おっしゃぁぁぁ!」
宗雲寺に向かって歩き始める二人。
玲子「もうすぐ9月なのにあっついね~ (池の方を見て)あの子ら秋になるけぇ、もうあの遊びは仕舞にせにゃあいけんねぇ」
杏子「秋のマムシは荒いけぇね」
玲子「じゃけど、杏子はさ、忠志さんの事どう思うとるん?」
杏子「どうって?」
玲子「ほら、恋心が沸いたとか?」
杏子「(真っ赤になって)バカ言いんさんな! 忠志兄ぃは兄さんみとうなもんじゃけぇ」
玲子「顔赤いよ、杏子。まんざらでもないんじゃないんね」
杏子「怒るよ、玲子。ウチと忠志兄ぃはそんなんじゃないけぇ」
■谷口家・縁側
太陽が西に傾き、その西日を浴びる縁側に座ってタケダのプラッシーを瓶で飲んでいる杏子と玲子。
二人の目の先には本堂の向こう側の境内で立って話している忠志と幸男がいる。
鹿威しが水を得て重さで傾き音を立てる。
その横に苔むした陶晴賢の首塚がある。
幸男「これが陶晴賢の首塚で、その隣の鹿威しの水は湧水で宮島と繋がっとると言われとる」
忠志「宮島と?」
幸男「言い伝えじゃとな、宮島で色のついた水を流したら、ここの湧水の色が変わった言うんじゃが、多分観音山からの湧水じゃろ」
本堂の後ろにある高い山に振り返る幸男と忠志。
忠志「あの山は極楽寺山ですよね」
幸男「そりゃあの山の頂上に極楽寺があるけぇそう呼ばれとるだけで観音山っちゅうんが正しい。宮島も元の名前は厳島言うんと同じじゃな」
忠志「陶晴賢という人は?」
幸男「戦国武将じゃのぉ。山口の大内家の家臣で、毛利と厳島で合戦して敗れて、その首がここに運ばれた言うんじゃな」
忠志「そうなんですか」
面白そうにニヤリと笑う幸男。
幸男「標準語しゃべろうとしても、広島訛りになってきとるのぉ」
照れて笑う忠志。
忠志「それより、あの事、考えて貰えました」
幸男「まだ考え中じゃのぉ。複雑な思いじゃけぇ。杏子の事を考えたら夢を追って欲しいが、東京で一人暮らしさせるんも心配でのぉ」
忠志「ゆっくり考えてみてください」
幸男「あんたが帰るまで考えさせて貰えんか?」
忠志「はい。急ぐ事でもありませんから」
空を仰ぎ見る幸男。
忠志は寺の向こうの参道を走る工事用ボンネットトラックを見る。
同じトラックを見ている杏子と玲子。
玲子「だいぶ(※随分)小学校建ちよるんじゃね」
杏子「こないだ見たら、ほとんど校舎出来てた」
玲子「ここらは山に囲まれとったのに、来年の春には朝夕子供らの通学で騒がしくなるんじゃろうね」
杏子「ウチは楽しみにしとるよ。子供見るんは好きじゃけぇ」
玲子「ええよね、杏子は子供好きじゃけぇ。ウチなんか子供産む事考えたら怖ぁて、今から心配じゃけぇ」
杏子「痛いらしいけぇね。でもそれ越えたらかわいい子供が出来るんよ」
玲子「じゃけど、鼻の穴からスイカ出すような痛みじゃって聞いたよ。きついわぁ~」
杏子「それはいびせぇよね。それ考えたら悩むところじゃわ~」
玲子「(歌う)ソッソッソ~クラテスかぁ~プラトンかぁ~、ニッニッニ~チェかサルトルかぁ~、み~んな悩んで大きくなったぁ~」
杏子「(飽きれて)相変わらず変な娘じゃねぇ」
応接間の襖が開いて、慌てた様子の行伸が縁側に走ってくる。縁側に来ると幸男に向かって叫ぶ。
行伸「親父! 母さんが倒れた!」
幸男「何じゃって?」
杏子「お母さんがっ!」
幸男「意識はあるんか?」
行伸「ないんよ!」
幸男「すぐ救急車呼べ!」
行伸「分かった!」
応接間の向こうへ走り出て行く行伸。
慌てて行伸に続く杏子。
家の中に駆け込む幸男。
家の中から杏樹の声が響く。
杏樹『慌てんさんなっ! みんな落ち着きんさい!』
外に残された忠志と玲子が不安そうにしている。
■佐伯総合病院(現・廣島総合病院)・廊下
診察室外の廊下にある長椅子に座る幸男・行伸・杏樹・杏子。杏子側に立つ玲子と四俵公一(53)・忠志。
長椅子の側の灰皿に煙草の吸殻が溜まっている。
玲子「(杏子の肩に手を置いて)大丈夫よ」
頷くが不安が隠せない杏子。今にも泣きだしそうな顔をしている。
廊下を文也がやってくる。
文也「おじさん」
幸男「おお、文也くん。来てくれたんか」
文也「玲子に電話もろうて。おばさん、どんなん?」
幸男「まだ分からん。ピカの事もあるし……」
杏樹「幸男。あんたがうろたえてどうするんね。しっかりしんさい」
幸男「あっ、ああ」
沈鬱な時間が流れる。
幸男「公一さん、車すまんかったね。長うなるかもしれんし、ワシらは電車で帰るけぇ、もういんでもろうて(※帰ってもらって)ええよ」
公一「隣同士じゃし、遠慮しんさんなや」
幸男「すまんね」
診察室から医者(57)と看護師(30)が出てきて幸男に近づく。
立ち上がる幸男たち。
幸男「どうですか? 先生」
医者「ん~ 奥さんのご実家の方々で低血圧の方はいらっしゃいますか?」
幸男「ウチのの(※妻の)祖母も母親も、たしか低血圧ぎみじゃったそうですが」
医者「多分、低血圧症じゃろうと思います。心配はいらんでしょう。じゃけどピカにもおうとるらしいとご本人さんも言うとったけぇ、二週間程の検査入院をして貰います」
幸男「本人が言うとった言う事は意識あるんですね」
医者「ええ。あります。病室に入ってもろうてますけぇ、帰りに会うて帰ってつかぁさい。まぁ、まず心配はいらんじゃろう」
皆に笑顔を向ける医者と看護師。
そこにいた全員がホッとした表情になる。
幸男「ワシらは会うて行くけぇ、公一さん、みんなを頼めますか」
公一「うんうん。ええよ」
文也「ワシは自転車で来たけぇ、帰ります」
幸男「ほいじゃあ、忠志と玲子ちゃんは公一さんの車で」
玲子「はい」
忠志「ひとまず良かったですね。安心しました」
杏樹「みんな、すまんかったのぉ。忠志、早う帰るけぇ、家の鍵持っていきんさい」
忠志「はい」
杏樹から家の鍵を受け取る忠志。
■宗雲寺前・夜
マツダ・コスモAPから降りる忠志と玲子。
公一「(運転席の窓を開け)玲子ちゃん、家まで送らんでええんかいね?」
玲子「うん、ええよ。ちょっと忠志さんと話あるし」
公一「ほうか」
忠志「四俵さん、色々すみませんでした」
頭を下げる忠志。
公一「ええって、忠志くん。ほいじゃあ、みんなにお疲れのないように伝えとってつかぁさいや」
忠志「はい」
二人を置いて農道を走り去るコスモAP。
■宗雲寺・境内
本堂の端に座る玲子。
鹿威しの前に立ち、その流れを見ている忠志。
ウシガエルの合唱が二人を包んでいる。
玲子「ねぇ、忠志さん」
忠志「ん? プラッシーでも出そうか?」
玲子「いや、いいんよ。気にせんといて。それよりな、忠志さんは杏子の事どう思うとるん?」
忠志「うん。ええ娘じゃね」
玲子「そう言う事じゃないんよね。杏子の事は好きかって聞いとるのっ」
忠志「好きじゃね。ここのみんな好きじゃ」
玲子「そうじゃのうて!」
忠志「(笑いながら)分からん。人の心は分かりにくいけど、自分の心もしっかり見んと分からん。そういうもんじゃろ?」
玲子「ほういうもんなんかねぇ~」
忠志「文也くんの事もあるしね」
玲子「ああっ、気がついてたんだ」
忠志「あれだけ露骨だとね。まぁ、この先どうなるか分からんよ。さぁ、暗いけぇ送ろうか」
玲子「ええよ。近いんじゃけぇ。それにウチを襲おうっていう輩がおったら投げ飛ばしたるわ」
笑う忠志にじゃあねと手を上げて門をくぐって外に出る玲子。
カエルの声に耳を澄ます忠志。
忠志「(自分に言い聞かすように)俺はここに仕事しに来たんだよ、玲子ちゃん……」
夜空を見上げる忠志。降るような星々が見える。
■廿日市町佐方・造成地
観音山の麓、忠志と杏子の前で家が一軒建築中である。
その隣の田んぼだったと思われる場所が埋め立てられている。
その光景を写真に収めて振り返る忠志。
遠くの小山の麓に宗雲寺が見える。
再びそちらへもシャッターを切る忠志。
杏子「ここらも全部田んぼだったのに…… すっかり家が増えちゃった」
忠志「どんな感じ? 淋しい?」
杏子「うん。いや、ちょっとだけかな? ねぇ、忠志さんは田舎だけじゃなくて都会も、ううん、地球自体が生き物だと思えない? ずっと成長するの。変化していくの」
忠志「それはあるだろうね。言葉を扱う仕事してると、言葉さえ成長してるのが分かるよ。どんどん変化するんだ。だけど良い変化ばかりじゃない。俺は田畑があまりに急速に消えていく事に危機感を感じてる。高度成長に減反政策。ほんまにこれでええんじゃろうかと思う」
杏子「このすぐ上に西広島バイパス道が出来る予定なんじゃって。この夏に隣町の五日市町まで開通したんじゃけど、宮島口の近くまでバイパスが通る予定なんいね」
忠志「ここもいつまでも田舎ではいられないんだなぁ」
杏子「うん……」
小さな佐方川を右手にして、宗雲寺方向に下り道を折り始める二人。段々と辺りに田畑が増える。
忠志「お母さん、明日退院なんじゃろ? 何もなくて良かった。見舞いにも行けんかったけぇ、申し訳ない」
杏子「ううん、行ったんは女だけじゃけぇ。女の入院にゃあ男氏は役に立たんけぇね」
くすくすと笑う杏子。
そんな杏子を見つめる忠志。
二人の間に爽やかな風が吹き抜ける。髪を押さえる杏子。
ふと顔を上げて何かに気が付く杏子。
杏子「あっ、秋の匂いがした……」
忠志「秋の匂い?」
杏子「うん。空気にはそれぞれ四季の匂いがあるでしょ。今の風、夏の匂いの中に秋の匂いも混ざっとったよ」
忠志「う~ん、分からんかった。空気は美味しいとか冷たいとか暑いとか感じる事あるけど、東京におったら鼻がバカになるんかの」
またくすくす笑う杏子。
何となく照れ笑いの忠志。
二人の前をイタチが走り抜ける。
驚く忠志。
忠志「きつね? たぬき?」
杏子「ブ~! イタチでしたぁ~ 時々出るんよ。蛇は山ほどおるけど狸も狐も時々出るんいね」
忠志「熊は出ないだろ?」
杏子「数年に一度位かなぁ~? 人里に熊が降りて来るんは」
忠志「いるんだ……」
杏子「大丈夫。滅多にないから」
忠志「明日のお母さんの退院はみんなで?」
杏子「おばあちゃんとお父さんと四俵のおじさんだけね」
忠志「やっぱり手伝えなかったか……」
杏子「大事なかったんだし、お母さんたら電車で一人で帰るって言ってたんいね。そしたらおばあちゃんが一喝してね」
忠志「杏樹様はしっかりした方だ」
杏子「家はおばあちゃんでもってるからね」
■麓の駄菓子屋前
赤い丸ポストの前を通りかかる忠志と杏子。
先に駄菓子屋が見えてくる。
■駄菓子屋内
店のおばあさん(85)が瓶ラムネを開ける道具を押し込んでいる。中のビー球が下に落ちて泡が吹きこぼれる。
杏子「おばちゃん、これも」
三つ続きになっている当時のチロルチョコを数個おばあさんに渡す杏子。
おばあさん「ちょうど二百万円ね」
財布から百円札を二枚出す杏子。それをおばあさんに手渡しながら……
杏子「はい、二百万円」
おばあさん「杏子ちゃん、大人買いだねぇ~」
■駄菓子屋外
駄菓子屋から出てくる忠志と杏子。二人は手に瓶ラムネを
持っている。杏子はもう一つ紙袋を持っている。
二人は向かいの小さな佐方川沿いの堤防に腰を掛ける。
杏子「はい」
杏子は紙袋から3つ続きになっているチロルチョコを出して忠志に手渡す。
杏子「これ好きなんだ~」
忠志「(少し嫌そうに受け取りながら)ありがとう」
杏子「もしかして甘い物ダメ?」
忠志「いや、ヌガーがね。虫歯の詰め物が取れそうで。でもせっかく貰ったんだから頂くよ」
忠志はチロルチョコを胸ポケットに入れる。
杏子「溶けるよ~」
杏子は一つの包みを解いて一つを食べ始めた。
忠志「都会も田舎も変わっていくのが、その良し悪しは別として流れなんだろうね。でも変わって欲しくない物も多いなぁ~」
杏子「変わらない物があるのかなぁ~」
忠志「あるよ。言葉でいうとさ、例えばまず変わった例としては新しいって言葉だね。元禄文化の頃に言葉をひっくり返すのが流行ってね。本来は新しいだったのが新しいに変わって今に至っている。一例だけどね。でも変わらない物もきちんとある。なんだと思う?」
杏子は考え込む。
忠志「奈良時代の遺跡から木簡がいくつも出て来てね。その中の一本に『最近の若いもんは言葉使いがなってない』って書いてあった」
大笑いする杏子。
杏子「それそれ! 今でも良くお父さんに言われる。けど、それは変わらなくて良かった物なの?」
忠志「いや、今思い出しただけで、上手く言えなかっただけで、言いたかったのは、その心とか?」
杏子「たしかに形の無い心とか想いとか大切にしていきたいもんね」
忠志「ああ。だけど形が無いだけに難しいね。残るかどうかは人それぞれでもあるし」
ちょっと俯く杏子。
駄菓子屋の屋根の上に黒猫が現れてあくびをして、傍の木に飛び移って枝の上で伏せて落ち着いた。
杏子「忠志兄ぃは、これから書く作品についてなんじゃけど、見る人に何を求めとるん?」
忠志「えっ? 作品のテーマって事かな?」
杏子「ううん。そうじゃのうて、見た人がどんな風になって貰いたいん?」
忠志「えっと…… テーマを考えてそれぞれの生き方や考え方について疑問を持って貰って未来を生きて……」
杏子「そうじゃのうて、そんな難しい事じゃのうて……」
忠志も俯き考え出す。
忠志「それこれからの宿題でええ?」
杏子「うん。ウチも何言うとるか分からん……」
堤防に座り、俯きラムネを飲んだりする二人。
■谷口家・台所
トントンとネギを切る杏樹の手。
台所に入ってくる由美子。
由美子「お義母さん、ウチがやりますけぇ」
杏樹「あんたはゆっくりしときんさい。まだ退院してから間がないんじゃし、寝ときんさいとは言わんけど、しばらくはワシに任せんさいや」
由美子「すみません、お義母さん」
開いていた引き戸の間から行伸が顔を出す。
行伸「母さん、ばあちゃん、ちょっとワシ出て来るけぇ」
由美子「(振り向き)佐藤さんとこね?」
行伸「うん。何か用事ある?」
由美子「ううん。気を付けて行ってきんさいよ」
行伸「うん。とりあえず公一さんちの予定もあるけぇ、稲刈りの予定をきちんと話しおうてくるわ」
顔をひっこめる行伸。
由美子「行ってらっしゃい」
杏樹「(料理の手を休めず)そろそろ稲刈りの時期じゃねぇ。それ終わったら家の畑のもんも採らにゃあいけんし、宗雲寺祭りの準備も進めんとねぇ」
由美子「そうですねぇ、お義母さん」
■スーパーフジムラ前
小さな田舎っぽいスーパーの前の駐車場。
店の前にある池で泳ぐカモ数羽と亀。
その縁に座って池を眺めている忠志。
文也(声だけ)『昔は鯉もおったんいね』
振り返る忠志。後ろに文也が立っている。
文也「あんたさぁ、何でいつまでもおるん? 早う東京に帰ったらどうね?」
忠志「まだ帰られんよ。杏子さんから宿題貰ってね」
文也「宿題? どうでもええ。あんたがここにおると、ここの者の生活が狂うんいね。じゃまなんよ」
忠志「杏子さんの事がそんなに好きか?」
文也「そっ! そんなんじゃない! ワシは都会もんが我が物顔でこの町におるんが我慢ならんのじゃ!」
忠志「彼女の夢を君は知っているか?」
文也「役者になるとかなんとかじゃろ? 高校は一緒じゃったけぇ良う聞いた」
忠志「彼女にその気があれば劇団を紹介しようと思う」
文也「いらん事すなやっ!」
周りの買い物客が文也に振り返る。その中に玲子がいる。
文也「女は地元で結婚するんが幸せなんじゃ! 男だって農家や家のように店やっとるもんは跡を継がんとならんのじゃ! それが田舎なんじゃ!」
忠志「家を継がなくちゃならない者は東京にもおるよ。それ に女性だって結婚だけが人生じゃないだろう。そんな時代は終わって行くんだ」
文也「都会もんの常識は田舎じゃ通らんのじゃけぇ! ふん、役者じゃと? そんなもんになれると本気で思うとるんか、杏子は! 大笑いじゃ! くだらん夢ばかり見とらんと現実を見いや!」
顔色が変わる忠志。
忠志「人の夢を笑うな! 人の人生を笑うな! 現実を見い? それはやってみたもんだけが言える言葉だ! やってもないもんが言える言葉じゃない!」
文也「なんじゃとっ!」
座る忠志の胸ぐらを掴む文也。
玲子「ええかげんにしんさい!」
玲子が周囲の客の中から出てきて文也の腕を掴む。
忠志から手を離し玲子に向く文也。
文也「お前には関係ないじゃろ!」
文也の頬を平手で殴る玲子。
玲子「こっちきんさい」
文也の手を引いて駐車場に向かって歩き出そうとする玲子。
文也「何するんじゃ!」
文也を振り返る玲子。涙ぐんでいる。
ハッとなる文也。
忠志の元から数台分の駐車場を抜けて道を曲がって行く文也と玲子。
■玲子宅への帰り道
俯き歩く玲子。その後ろからまだ納得がいかなそうな文也がついて歩く。
文也「おいっ……」
ただ俯き歩く玲子。
文也「おいって。何だよ」
玲子の肩を後ろから右手で掴む文也。
玲子(消えゆくような声で)「別に送ってって言ってない……」
手を離す文也。歩き続ける二人。
文也「あいつのせいで、みんなバラバラだっ!」
立ち止まって振り返る玲子。泣いている。
たじろぎ立ち止まる文也。
文也「どうしたんだよ……」
玲子「文也は杏子が好きな事位、分かってるよ…… でも、忠志さんはどうか知らないけど、杏子は忠志さんが好きになりかけてる。文也ばっかり暴走しとるけど、杏子の気持ちはどうなるん? 杏子は夢見ちゃいけんのん? 文也は自分ばっかじゃん……」
俯く文也。
文也「あれは…… 言い過ぎた…… 杏子の夢を否定する気はない。じゃけど杏子が遠くに行くんが…… まるでこの3人の関係が無くなりそうでさ…… 確かにワシャ自分勝手じゃった。杏子の気持ちまで考える余裕なかった……」
玲子「じゃあさ、ウチの気持ちは?」
文也「玲子の?」
俯き、そして意を決したように顔を上げる玲子。
玲子(大声)「ウチは文也が好きじゃ! 大好きじゃ! 昔からずっとずっと大好きじゃけど、あんたが杏子好きなん知っとったけぇよう言われんかったんよ! ウチの気持ちはずっと輪の外じゃ! もうウチはこんなん嫌じゃけぇ!」
大声を上げて泣き出す玲子。
文也「…… 知らんかった…… (自虐的にフッと笑い)3人がバラバラになりそうって言っといて、ワシがバラバラにしとったんじゃの…… ワッ、ワシ、少し考えさせてくれぇや」
泣きながら頷く玲子。
文也「冷静になって3人の事、よう考え直してみるけぇ」
うんうんと頷く玲子。
文也「やっぱ、送るわ」
文也は歩き出す。その後ろについてシクシク泣きながら続く玲子。
文也「もう泣かんとけや。ちゃんと考えるけぇ」
うんうんと頷き文也に続く玲子。
二人の向かって歩く西の空が夕焼けで赤く染まっている。
■四俵家の田んぼ
田んぼで稲刈り作業をしている二十名程の人々。その向こうには池が見える。
近くの草に赤とんぼが留り、再び飛び立つ。
自脱式バインダーや手押し式稲刈り機だけでなく、鎌でも大勢が稲を刈っている。
忠志や幸男・男氏は刈り取られた稲を纏めて、稲架に束ねた稲を干して行っている。
杏子たち女氏は稲を刈っている。
公一「みなさ~ん。お昼にしましょ~かぁ~」
それぞれがそれぞれのあぜ道に座り、そこに各自が持って来ていたカバンから手弁当を出し始める。みんな汗を拭きながらにぎやかにむすび等をつまみ始める。
魔法瓶の水筒から、その蓋に茶をついで忠志に渡す杏子。
その二人の向こうで幸男と行伸と公一家族が座って弁当をつついている。
幸男「うちのが身体が弱ぁて手伝えんで悪いね」
公一「ええんよ。由美子さんは大事にせんといけんけぇね」
そんな声を聞きながら行伸は忠志に世話を焼く妹の姿を見て微笑む。
そんな兄たちの輪から少し離れて座る忠志と杏子が楽しげにしゃべっている。
杏子「……じゃろ? 腰に来るんいね。ずっと中腰じゃけぇね」
忠志「午後は俺もそっちに回ろうか? 男性多いし」
杏子「ええんいね。忠志兄ぃだって農作業初めてじゃろ?」
忠志「うん。しんどいけど案外気持ち良いもんだなぁ」
むすびにかぶりつく忠志。
杏子「それは今回だけじゃけぇよ。毎年毎年しとるもんには、しんどいだけじゃけぇ」
忠志「そうだろうね。でも一生懸命育てた作物を収穫するんは感慨深いじゃろう」
杏子「それはあるなぁ~ 家の畑は小さいけど、収穫したもんを食べると買ってきたもんより美味しい気がするし」
忠志「愛情がこもってるからかな?」
杏子「う~ん。分からん。じゃけどわざわざ何でも言葉にする必要は無いいね。表現出来ん感情が面白いんかもしれんじゃろ?」
忠志「俺、それを言葉や文字にしないといけない仕事なんじゃけどね」
あっと気が付く杏子を見て笑う忠志。
杏子「そう言ゃあ、高校の演劇部の先生が言っちょった。言葉で表現出来んもんは身体の演技で表現してみぃって」
忠志「そうじゃね。そこは脚本家の仕事というよりは、俳優さんや演出さんの仕事になるね。脚本ってさ、こだわりある部分は書くけど、他のスタッフさんの仕事全部指定すると他人のテリトリーの侵害になるし、スタッフを信頼してない事になるけぇね。小説とは違うんいね」
杏子「あっ、いね言葉が移っちょる!」
笑う杏子。だがふっと下を向いて考え込む。
杏子「忠志兄ぃが帰る日が近づいとるんじゃね……」
忠志「ああ……」
車座になってしゃべっていた傍の幸男と行伸と公一家族が二人の話に耳を傾け始める。
忠志「東京に来ないか?」
杏子「劇団だよね。ウチでもやれるんじゃろうか?」
忠志「紹介しても入団試験はあると思う。それを受けてみてダメだったら別の劇団がある。全部ダメだったらその時は帰ってもええんじゃないか? 夢を諦めるかどうかはその後でええじゃろ? ただ、どこかの劇団に入られても有名になれるんは一握りじゃけど、やらずに諦めるよりはやってみる方が成功する確率はゼロじゃない」
杏子「うん…… もう少し考えさせて」
忠志「俺の方の宿題ももう少し考えさせてな」
うなづく杏子。
一旦前を向く忠志。
風が忠志の前髪をそよと揺らす。
周りを見渡す忠志。
その先には作業を中断し笑顔で談笑している人々がいる。
じっとその風景を見ている忠志。突然、ハッとする。
そして自分も笑顔になる忠志。
■谷口家・応接間
きちんと座りお茶をすする杏樹。
対面には同じくお茶をすする浴衣姿の忠志。
扇風機が首を振る。
風鈴がチリンと鳴る。
杏樹、フッと境内を見て。
杏樹「そろそろ扇風機とか風鈴も仕舞わにゃいけんねぇ」
忠志「初夏にこちらに伺って、もう夏も終わりましたし、俺もそろそろです」
杏樹「何か見つけたんかい?」
忠志「はい。とても大事な物を見つけた気がします」
杏樹「気がしますとは?」
忠志「これからはそれをしっかり確認したいと……」
杏樹「ほうね」
またお茶をすする杏樹。今度はしっかりと忠志に視線を向ける。
杏樹「ワシは浩さん…… 武田さんに置いていかれた。連絡がつかんなってからもしばらく待っとったが逝ったおじいさんとの見合い話が出てのぉ。結局結婚して今があるんよ。今のワシの人生に後悔はない。じゃけどあの待つ辛さを孫娘にさせとうない」
居住まいを正す忠志。
杏樹「ワシの提案なんじゃけどな」
忠志「はい」
杏樹「あんたが東京に帰る時、杏子を連れて行って貰えんじゃろうか?」
考え込む忠志。
杏樹「ダメんなって帰って来るんはええ。じゃけどあん娘にワシと同じ想いはさせとうないんよ」
忠志「おとうさんのお考えは?」
杏樹「あん子はワシが説得するけぇ心配せんでええ」
忠志「俺は構いませんが、杏子さん次第でしょうね」
杏樹「ほうじゃのぉ~ あんたぁ、杏子をどう思うとるんね」
忠志「俺は…… 俺は杏子さんを好きです。ですが、それが恋愛的に好きなのか? 人として好きなのか? それはまだ…… すみません」
杏樹「慎重じゃな。自分の気持ちも調べて確かめてはっきりするまでは動かんのは職業柄かいね?」
忠志「いえ、それも多少はあるかもしれませんが、性分なんでしょうね」
杏樹「ほうか…… ワシの見た所じゃあん娘はあんたの事を好いとるように見えるがのぉ」
忠志「杏樹様、もうしばらくこちらにいますから、杏子さんの気持ちも自分の気持ちも確かめさせて下さいませんか?」
杏樹「ほうか…… じゃあ待つとするかのぉ」
再び境内に目を向ける杏樹。
玄関が開く音がし、そちらの方から文也の声がする。
文也(声だけ)『こんちわ~』
台所の方から由美子の声がする。
由美子(声だけ)『はぁ~い。あらあら文也くん。どしたんね』
■同・玄関
玄関に立っている文也を迎えている由美子。
文也「えっと…… その……」
由美子「今日配達頼んどったっけ?」
文也「いえっ! えっと、忠志さんいますか?」
由美子「うん。おるよ。呼ぼうか?」
文也「お願いします」
由美子「忠志ぃ~! お客さんよぉ~!」
■同・応接間
ん? っという表情になる忠志と杏樹。
忠志(玄関に向かって)「は~い! すぐ行きま~す!」
忠志、杏樹に一礼して立ち上がる。
■宗雲寺・参道
参道沿いのイチジクの葉が枯れて来ている。
その参道を並んで下る忠志と文也。
文也「今日は謝りに来ました」
忠志「ん? 何か謝られる事あったっけ?」
文也「ちょっと前、スーパーフジムラで忠志さんに突っかかって……」
忠志「ああっ。気にしとらんよ」
文也「ワシが気になるんです! あの時忠志さんに当たったんは筋が違うけぇ……」
忠志「杏子の事が好きなんじゃろ?」
文也「好きです。っていうか良く考えたら恋愛対象として好きだったのか分からんなって……」
忠志「ん? どういう事かな?」
文也「あの後、玲子に怒られて…… 3人の関係が崩れるのが怖かったんじゃないかって思えて来て。恋愛的なもんじゃったとしたら、あまりに杏子の立場考えとらんなって……」
忠志「それが若さじゃないんかな? 好きなら好きでええと思うよ」
文也「それじゃワシがいかんのです! もう一回考えにゃ杏子を本気で大切に出来んじゃいかんのです! ワシと杏子と玲子の関係が崩れない様にしてきちんと考えにゃいかんのです! ここでずっと生きるんじゃけぇ……」
俯いて立ち止まる文也。合わせて止まる忠志。
腕を組みその腕を浴衣の袖に入れる忠志。
忠志「文也くん…… ここに来て色々勉強して来た。田舎とは、故郷とは何かってね。ここはたしかに田舎だと思う。じゃけどここはいつまでも田舎でいられない。どんどん変わっていく。でもさ、東京のような都会じゃって例外じゃないんじゃないかって思えるようになった。都会だってどんどん高いビルが建って…… おそらく霞が関ビルよりも高いビルもどんどん建って…… 変わっていくのは田舎も都会も関係ないんじゃろうなぁって」
文也「うん」
忠志「俺は新宿で生まれて新宿で育った。うちの家系は代々新宿で生きてきた。ほいじゃけぇ俺は故郷って言われてもピンと来んかった。正直、テレビ局のプロデューサーに故郷を舞台にせぇって言われた時、都会じゃのうて田舎を連想した。じゃけどここに来て気が付いたんいね」
文也「ここで? 何気が付いたん?」
忠志「同じ変わっていくもんなら、例え都会じゃろうと俺の生まれ育った新宿は間違いのぉ(※無く)俺の故郷じゃったんじゃって事」
文也「都会が故郷?」
忠志「うん。そう。故郷イコール田舎じゃのうて、変わりゆくけど育った所が故郷なんじゃないかってね」
文也「育ったところか……」
忠志「うん。育った所。じゃけぇ転勤族の子供らはあちこちに故郷がある。金の卵で東京に出てきた子らはそれまで育った所と東京が故郷になる。まぁ、今後は高校行くんが普通になって来たけぇ、中学出たら東京に働きに出るような金の卵は少のうなって行くんじゃろうけどな」
文也「たしかに蒸気機関車もほとんど走らんなって、新幹線みとうなすごい列車も出てきて、車も増えとる。田畑は消えて行きよるし、淋しいけどワシにはどうも出来ん。その中でどうにか生きるしかない」
忠志「カープだってあれだろ? 万年最下位で三強二弱一番外地って言われとったのに去年は初優勝。今年は三位。強くなって変わって来た。選手も入れ替わってチームが変わってもその中で選手みんながどう生きるか考えたんじゃろうね」
俯いていた文也が忠志に顔を向ける。
忠志「変な方向に例えが行っちゃったけど、変わるもんばっかりじゃない。変わらない物、変わっちゃいけない物もある」
文也「変わっちゃいけない物って?」
忠志「想いは人それぞれじゃし変わる。じゃけどそれぞれの想いを認めて大事にする事は変わっちゃいけんと思う。そうしてそんな世界の中でどう生きるかなんじゃろうね」
文也「…… 想いを大事に……」
忠志「そう。それだけじゃない。形あるもんは変わるかもしれんけど、多くの形のないもんは変えちゃいけんと俺には思えるんよ。君ら3人の関係や想いをよう考えてみたらどうじゃろう?」
文也「ワシ、考えてみます。結論出たら聞いて貰えますか?」
忠志「聞くけど、結論急いじゃいけんよ」
忠志に深々と礼をして走って行く文也。 彼の背中を見送る忠志。
■佐方川沿い
流れる水よりも草の方が多い様な佐方川の水が秋の日差しに煌めきながら流れる。
道路沿いの草むらから黒猫が出てきてちょこんと座る。その前を建材を積んだボンネットトラックが走り抜けて行く。
目の前を通った赤とんぼを追って再び草むらに消える黒猫。
何台ものボンネットトラックが走って行く。
西の空が茜色に染まって来ている。
■観音山頂上・極楽寺
若い坊主が鐘を突く。ボーンという音。
極楽寺の下に広がる茜色に染まった廿日市町の全景。再び鐘の音がして町に広がる。
年老いた住職が町を見下ろしている。
再び鐘を突き、手を合わせて一礼し、鐘を突き終えた若い坊主が住職の側に歩いて来る。
坊主「和尚様、また風が凪ぎましたね」
住職「広島名物じゃのぉ~ 広島市周辺は凪の街とも言われる所以じゃ。じゃが夏が終わって秋も深うなって来たし、そろそろ北風が吹き始める。万物是変わり(かわり)行く(ゆく)もんじゃのぉ」
坊主「今のこの時は、今だけの夢のようですね」
住職「まさしく、色即是空空即是色じゃのぉ」
暮れゆく茜色に染まった廿日市町を眺める二人。対岸の宮島へのフェリーも赤く染まっている。
■宮島フェリー
操舵室で夕焼けを見つめる操舵士(32)と船長(56)。
操舵士「船長、見てつかぁさいや。今日も綺麗じゃ」
船長「今日も終わりじゃのぉ。後二周半したら仕舞じゃねぇ」
前に厳島神社も見える。海の中にそびえ立つ大鳥居。
宮島口方面行のフェリーとすれ違う。そのフェリーが立てた波でこちらのフェリーが少し揺れる。
船長「おまえ、こっちに来て何年になる?」
操舵士「国鉄入ってすぐですけぇ、もう十三・四年になりますかね?」
船長「最初は驚いとったなぁ~」
操舵士「実家が静岡ですけぇ。最初は海じゃのうて大きな川かと思いましたわ」
船長「瀬戸内海は波がないけぇのぉ。そうじゃ、来年の春に操舵士見習いが来るそうじゃけぇ、しばらくは3人になるのぉ」
操舵士「昔が懐かしいですわ。静岡も故郷ですけど、もうこっちも故郷のような気がしますわ」
船長「ワシは元から地元いうか呉じゃけぇ、こっちが故郷じゃな。静かな海に慣れとるけぇ、新幹線に初めて乗った時に静岡の海見て驚いたわ」
笑う操舵士。
宮島港が近づいて来る。
■宗雲寺・参道・夕方
ガード下近くから続く宗雲寺参道沿いにどんどんと準備をしているテキヤの人々。着々と夜店の準備が整い始めている。
テキヤA(35)「そこ! ボンベ気ぃつけぇよ!」
テキヤB(21)「はいっ!」
カメラでそんな光景を写しながら歩く忠志。
テキヤC(31)「明日の夜まで天気ええんよな」
テキヤD(24)「去年は雨でしたけぇやれんでしたよね」
テキヤC「店は組上がりそうか?」
テキヤD「もうちょいです」
参道沿いに向かって叫ぶテキヤA。
テキヤA「お前ら! あこぎな商売すなよ! それと事故がないようにきちんと組むんでぇ! 特に火ぃは気ぃつけぇよ~! 向こうにも伝えぇや!」
テキヤ(大勢)「はいっ!(へいっ!・は~い!)」
ガード下まで来て池越しに向こうまで広がる作業中の夜店全体をカメラに収める忠志。
■翌日・宗雲寺祭り・参道。夜。
大勢で賑わう参道。
そこを歩く浴衣姿の忠志と浴衣姿の杏子。
二人の横をカープ帽を被った男の子数名が通り過ぎる。
女の子(8)「お兄ちゃ~ん! 待ってよぉ~!」
その男の子たちを追いかける浴衣姿の女の子。
忠志「少し浴衣は寒いね」
杏子「もう秋じゃけぇね。今年はもう今日で着収めじゃろうね」
忠志「何か食べる? おごっちゃるよ」
杏子「ホンマにええの? じゃあ綿菓子買うて貰おうかなぁ~」
お面の夜店前を通りかかる二人。
忠志「お面もあるよ」
杏子「そんな歳じゃないけぇ恥かしいいね」
綿菓子を買っている二人。
杏子がガムの枠抜きに挑戦しているジーンズ姿(シャツの裾をジーンズに入れている)文也と浴衣姿の玲子を見つける。
杏子「あっ、玲子たちだ。玲子ぉ~!」
ビクッとなりガムの枠抜きに失敗する玲子。振り返って杏子と忠志を見ながら立つ。
玲子「もう! 失敗したじゃんかぁ~!」
必死にガムの枠抜きしていた文也が立ちあがる。
文也「やったぁ! おっちゃん! ちゃんと抜けたけぇ景品頂戴!」
振り返る玲子。
玲子「ガキッ」
文也「うるせぇ」
おもちゃの指輪を貰う文也。
文也「何じゃ、ちゃちい(※ちゃちだ)のぉ」
文也、少し照れながらそっぽを向いて玲子に指輪を突き出す。
文也「やる」
玲子「わぁ~ 婚約指輪なん?」
文也「アホかぁ~ 相変わらずボケじゃのぉ」
玲子「冗談じゃいねぇ」
二人のやり取りを見て笑う忠志と杏子。
■宗雲寺・本堂裏
祭りのにぎわいが聞こえてくる本堂裏。目の前に墓が並ぶ。 鈴虫や色々な秋の虫の合唱が聞こえている。
本堂裏の段に並んで座る忠志と杏子・玲子・文也。
杏子と玲子・文也はりんご飴を食べている。
忠志は懐から煙草を取り出し一本くわえてマッチで火をつけて、火のついたマッチを一振りで消すと下に落とす。
深く煙草を吸い、煙を吐き出す忠志。煙がそよ風に乗って墓地に広がって行く。
忠志「こっちにも陶晴賢の墓があるんじゃね」
杏子「こっちは身体、あっちは首から上だけ」
文也「夏じゃないのにいびせぇ(※怖い)事言うなや」
杏子「あんたぁ、苦手なん?」
文也「知っとるじゃろうがぁ」
玲子「ウチが死んだら絶対文也の枕元に立とう、うん」
文也「やめぇやぁ」
笑う忠志。
忠志「せっかく揃うたんじゃけぇ、少し話ええかいね」
杏子「何?」
忠志「みんなに聞いて貰いたい。この旅で杏子に宿題を出された。作品のテーマじゃのうて、観客にどうして貰いたいかってね」
頷く杏子たち三人。
忠志「ずっと考えとった。で、気が付いた。俺は俺の書いた脚本で出来た作品を見た人たちに笑顔になって貰いたい。もちろんみんなに笑顔をというお題目みとうなもんじゃのうて、俺のエゴなんじゃけど、俺は沢山の人の笑顔が見たい。一時だけでも自分の辛い事とか現実を忘れて、見終わった後で面白かったねって笑ってほしい」
杏子「うん。それ、そういうのが聞きたかった。前の忠志兄ぃのドラマからはそれ感じられんで面白うなかったんいね」
忠志「面目ない」
笑う杏子・玲子・文也。
文也「俺からもええですか?」
忠志「何?」
文也「忠志さんからの宿題。変わり行く中で3人の関係をいかに良好にするかって事」
玲子「あんたまだそんな事考えとったん。真面目すぎるわ」
文也「ええじゃないか~ 忠志さん」
忠志「ん?」
文也「答えは出てません。きっと答えは近くにあるんじゃろうけど当分は出そうにありません」
忠志「そうじゃろうね。じっくり自分なりに時間かけて考えてもええんじゃないか?」
文也「はい」
玲子「ウチはねぇ~ 文也の心をウチに向かせてぜぇぇったい結婚しちゃる!」
文也「何じゃそれ! アホぅ、それこそ幽霊よりいびせぇ(※怖い)わっ!」
全員、大笑いする。それに驚いたのか秋の虫たちの大合唱が止まる。
四人がそれに気が付き静かになると、しばらくして秋の虫の合唱が再開する。
煙草を下に落として足で踏み消す忠志。
ぽつりと話し出す杏子。
杏子「ウチは…… 文也の気持ちはうれしいけど、忠志兄ぃが好き。じゃけど忠志兄ぃが東京に帰ってもついていかん。おばあちゃんからは一緒について行けって言われたんよ。じゃけどあえてついて行かん事にした」
文也「おまえ…… おまえの夢は?」
杏子「夢は諦めんよ。じゃけどおばあちゃんの人生をトレースしてみようと思うたんよ。忠志さんがきちんと成功したら東京に行く。じゃけどそれまでは待つ。そうする事がウチの演技の幅を広げるように思えたんいね。ウチももっと我慢を覚えて、都会行ってもがんばれるようになりたいんいね。ウチの目標は杉村春子さんじゃけぇ人生経験積もう思う」
忠志「そこまでしても成功するとは限らんよ。それでもかい?」
文也「そうじゃ、お前は東京行けぇや」
杏子「そうじゃない。ウチは何年でも待つ。信じる心を信じたいけぇ」
忠志「そうか。杏子の決めた事じゃけぇな。俺も自分を信じる力を強くして、そんな自分を信じる」
文也「応援するわ。みんなで先に進もっ。みんなで未来の光に向き合おう」
全員が頷く。秋の虫の声が四人を包み込む。
フェード・アウト
■宗雲寺・門前・夏
蝉やカエルの大合唱の中、緑のマツダ・RX7(初期型)が止まっている。
テロップ『二年後』
■同・境内
蝉がうるさく鳴いている。
本堂に座る杏子と文也と臨月が近い玲子がみんなでスイカを食べている。
文也「妊婦がスイカ食うてええんか? 腹冷えたらどうするんじゃ」
玲子「こんなに暑いのに冷えるかいね? まぁあんたが言うなら止めとこうか」
スイカを置く玲子。
玲子「杏子、プラッシーない?」
文也「それも一緒じゃあ!」
杏子「臨月が夏言うたらキツイね」
玲子「ほうよ、この酒屋の旦那様が仕込む時期間違えたもんじゃけぇ」
文也「おっ、俺のせいかっ!」
玲子「そう、あんたのせい!」
隣接する谷口家の縁側の扉窓が開いて由美子が顔を出す。
由美子「文也く~ん」
文也「おじゃましてますぅ~」
由美子「またでええんじゃけど、プラッシーとラガー、1ケースずつ持って来てくれる?」
文也「まいど、ありがと~ございます。すぐ持って来ますけぇ、待っとってつかぁさい」
由美子「忙んでもええよ~」
玲子「あんた、すぐ行ってきんさい。商売はサービスとスピード第一じゃけぇね」
文也「分かっとるわ。おまえはここにおれぇよ」
玲子「待っとる」
由美子「玲子ちゃん、プラッシー飲む?」
玲子「暑いけぇ、くださ~い」
由美子「ほんま、暑いねぇ」
家の中に引っ込む由美子。
玲子「あんたぁ、気を付けんさいよ。新車買うたけぇ言うて飛ばさんのんよ」
文也「おぅ。ほいじゃあ行ってくるわ」
杏子「気をつけてね」
軽く本堂脇に座る二人に手を上げて寺の門から出て行く文也。その向こうに郵便配達員の啓太(20)が自転車で来ている。
啓太に軽く手を上げる文也。
文也「よぉ、暑いのぉ」
啓太「文也も来とったんか」
文也「俺、これから仕事」
啓太「ええのぉ、自営業は」
文也「親方日の丸のおまえの方がええじゃろうが」
啓太「まぁの。公務員は安定しとるけぇのぉ」
お互い軽く手を上げて別れ、啓太は自転車から降りると数通の手紙を持って寺の門をくぐる。
啓太「こんちはって、玲子も来とったんか。夫婦仲ええのぉ」
玲子「くやしかったら、啓太も早う結婚しんさいや」
啓太「相手がおらんわ。杏子、お前宛に一通来とるで」
杏子「ありがと」
手紙を数通受け取り、自分宛ての手紙を探す杏子。
自分宛ての手紙の裏を見る杏子。忠志の住所と名前がかいてある。
思わず笑顔になり、そして不安そうな表情に変わる。
玲子「どしたんね?」
杏子「忠志兄ぃからやっと来た」
玲子「おおっ! 良かったじゃん!」
杏子「ダメじゃったらどうしよう……」
玲子「今のドラマ、ヒットして二年目に入ったじゃん。大丈夫よ」
由美子が谷口邸の玄関からプラッシーを3本持って出て来る。
由美子「啓太くんの声聞こえたけぇ。あんたも休憩して行きんさい」
啓太「ありがとうございます」
玲子(杏子に)「早う見てみんさい」
プラッシーを由美子から受け取る啓太と玲子。
由美子は杏子の分のプラッシーを持って彼女を見守る。
恐る恐る手紙を開封する杏子。
手紙を開き読む杏子の表情が満面の笑顔になり、涙がポロポロこぼれ出す。
笑顔で涙を流しながら、晴天の空を仰ぐ杏子。
■広島県廿日市市・JR廿日市駅・現在・晴天
晴天の空からパンダウンして現在の廿日市駅全景。以前の古い木造駅舎ではなく、近代的で二階通路がある。
そこに入ってくる下り線の銀と赤の227系レッドウィング車両。
■同・二階通路改札外
改札を抜けて来る新井忠志(67)杏子(60)、新井息子夫妻と孫たち。
美優「おじいちゃんとおばあちゃんの話、素敵だったなぁ~ 私もそんな恋がしたい~」
大地「今度、おじいちゃんたちの話を映画化してよ」
忠志「これはおばあちゃんとおじいちゃん二人だけの大切な思い出。映画にしちゃうと色褪せちゃうからね」
杏子「そうですねぇ~ それに恥かしいから」
忠志「お前達は先に北口から由美子ばぁちゃんの所に行きなさい」
康太「父さんたちは?」
忠志「懐かしいから南口から出るよ」
康太「じゃあ、また後で。荷物は持って行っとくよ」
■同・南口
階段を下りると百メートル先に広電廿日市駅(過去の木造駅はなく電停が見えるだけ)と廿日市商店街が見える。間の広電の遮断機が下りていて、3両編成のモダンな低床車両が通り過ぎ廿日市駅に停まるが、家の影になって良く見えない。
遮断機が上がると、その向こうの廿日市商店街が良く見える。シャッターが降りた店も多く見えて活気は無く、多くの車が抜け道として通っている。
忠志「久しぶりに見ると、景色が変わってるね」
杏子「そうですねぇ。出会った頃とは大違い。廿日市も町から市になってるし…… あれから何度か帰ってきてますけど、いつも違う顔をしてますね」
忠志「そうだなぁ~ 東京もスカイツリーが一番高いし、あの頃とはすっかり変わってる。ここもそうなったね」
杏子「ええ」
忠志「だけど、あの頃は多くの田舎が過疎になるとは思わなかった。あそこの商店街もシャッターが閉まってる店が増えて活気がないなぁ~」
杏子「兄さんの話だと、なんとか活性化しようとしてるらしいですよ」
忠志「そうなって欲しいね。行こうか」
杏子を連れてタクシー乗り場に向かう忠志。
タクシーに二人が近づくとドアが開く。
中を覗き込む忠志。
忠志「申し訳ない。一区間程度の近い所ですが……」
運転手(43・笑顔で)「ええですよ。一区間でもただ乗って降りるだけでも儲けですけぇね。小銭でも落ちとりゃあせんですけぇ」
笑う忠志。
■タクシー内
外を眺める忠志と杏子。住宅や巨大なマンションやショッピングモールが車窓から見える。
ガード下をくぐる。
忠志「ここで」
運転手「はい。五百五十円ですね」
忠志は千円出すと、
忠志「釣りはいいよ」
運転手「どうもありがとうございます」
■ガード北側
タクシーを降りる忠志と杏子。
宗雲寺側を見渡す二人の後ろのガード上を227系レッドウィングの上り線が通過する。ガードだけは昔と変わりない。
二人の前には池も田んぼも無くなっていて、舗装された網目のような道路に住宅が立ち並んでいる。
忠志「初めてここに来た時、マムシが出たんだよね」
杏子「もうここらにはいませんよ」
観音山の麓辺りまで、びっしり家が建っている。
忠志「ここからじゃ宗雲寺も隠れて見えないなぁ」
参道に沿って歩き出す二人。
杏子「参道まですっかり舗装されて」
忠志「都会も田舎も俺たちも変わった。あのドラマがヒットして8年も続くとはね。映画化もされたしね」
杏子「それで今の私達がいるんですよね」
後ろから原付バイクの音が近づいて来る。振り返る二人。
ホンダのジャイロが見える。ジャイロの側面にはセブンイレブンのロゴがあり、その下に『坂本酒店』と書かれている。
忠志と杏子の横を通り過ぎて止まるジャイロ。後ろにビールとジュースの缶の入ったダンボールの箱を積んでいる。
セブンイレブンの制服と白いジェットヘルメットの少女、坂本真由(17)が二人に振り返る。
真由「よう見たら、新井のおじちゃんとおばちゃんじゃん。おかえりぃ~」
杏子「あら、真由ちゃんじゃない。お手伝い?」
真由「うん。普通受験生にやらせるかねぇ?」
杏子「高校は大竹って聞いてたけど、どこ受けるの?」
真由「広大。絶対受かるつもりなんいね」
杏子「広大ねぇ~ えずいんじゃねぇ~」
真由「えずい?」
杏子「頭がええって事いね。大竹じゃ使わんなったんかいね」
真由(笑いながら)「おばちゃん、古いいね」
忠志「おじいちゃんとおばあちゃんは元気?」
真由「うんうん。ウチのコンビニのレジ、やりよるんが見れるよ。きっと会いたいじゃろうけど、今回寄れる?」
忠志「しばらくいるから行くよ。(杏子に)なぁ」
杏子「ええ」
真由「お父さんは目の前にある山陽女子にしとけって言うんじゃけど、おじいちゃんとおばあちゃんが広大受けに行けって応援してくれてるから、ウチは二人が大好きじゃけぇ」
杏子「ほうねぇ。がんばりんさいよ」
真由「うん。がんばる。ほいじゃあ、先にお寺に届けに行っとくけぇね」
寺に向かって走り出す真由のジャイロ。
忠志「あいつらも孫かぁ~」
杏子「うちもじゃないですか。世代がどんどん変わりよる」
寺が見えてくる。
杏子「次の世代も、その次の世代も光る希望に向かって、変わり行く世界で生きて貰いたいもんじゃね」
忠志「故郷に帰った途端に広島弁になっとるなぁ。変わらない物もあった言う事かいのぉ。変わり行くもんや変わらないもんもあって、それでもどんな風になっても故郷は故郷言うことじゃろうなぁ~」
杏子(空を見上げ)「あのお日様みとぅに、未来が輝いていてくれる事が何よりですよ、おじいさん。みんなその中で生きて行くんですよ。想いをのせて……」
頷き杏子と共に空を仰ぎ見る忠志。
蝉の大合唱の中、晴天に雲が流れて行く。
■エンド・ロール
了
私の悪い所がまだまだ出てる第三稿ですm(_ _)m
・説明的台詞が多すぎて映像で観せようとしていない。
・登場人物が多すぎて主観(主役・語り部)がはっきりしない。
・文体統一も出来ておらず、小説的表現も多くスタッフへのイメージ統一が出来ていない。
等々…… .......((((((ノ゜⊿゜)ノ アゥ
S№(構想ナンバー)が0000なのは、復帰後の構想でないからです。
この作品は大学2回生の課題として書いた1時間TVシナリオで、これを読んだ当時の学科長でシナリオ協会会長だった依田義賢先生から個人レッスンするかとお声をかけて貰えた作品の第三稿です。30年ぶりの第三稿。しかも2時間映画用シナリオに変えました。第一稿第二稿は途中で主観が代わる趣向がありました。最初40分は正志(本作の忠志)が主観で、残り20分は待ち続ける杏樹(祖母も杏樹だった。本作の杏子)が主観になるという…… 正志も小説家志望の青年で孫の方の杏樹が待っていたのも1年。第一稿では、1年後に正志が迎えに来るラストで、第二稿ではあえてラストを曖昧にして良い知らせが届いたかもで終わらせました。今回の第三稿では主観は忠志として、杏子が待つのは2年。忠志も小説家志望ではなく脚本家。最初のシーンから結末がきちんと決まっている回想であるという風に変えました。それが良かったかどうか……
当時覚えているのは、第二稿書けと命じられて書いてもってったら、変わってないとメチャクチャ怒られたあげくにゴミ箱に捨てられた事(^^;) その後は2年半、別の作品を観て貰っていました。卒業手前の面接でウチは悩んでいました。面接官は依田先生と映画監督の中島貞夫先生。卒業直前で父が他界し、脚本家志望者の多くは大阪・京都・東京に残るのに、兄は転勤族だし、母一人を広島に残して関西か東京に残るべきか? 帰るべきか?
依田先生と中島先生からは「お前には才能はあるが経験が少ない。多くの脚本家志望者は大阪・京都・東京に行く。だけどそれだとみんな書く物が似てしまう。お前は広島に帰れ。それは武器になる。広島でしか書けない物が書けるようになる。まず帰って沢山経験を積め」と言われ広島に帰る事を決意しました。
あれから30年…… 経験は積めたのでしょうか? 自分ではなんとも(^^;)
ただこれからも広島を舞台にして書き続けようと思ってます。
今回、第一稿・第二稿と比べると倍のボリュームで映画用なのでナレーションを排除。何苦労したって、「月刊少女野崎くん」でもそんなネタありましたが「日常を盛り上げる」がいかに難しいかを痛感しました。アクションやホラーとかと違って、盛り上げるシークエンスが難しいのなんのって(^^;)
昭和51年と現代が舞台なので、「ら抜き言葉等の現代表現」「当時の状況再現」等、かなり資料も増やしたり自分の記憶もたどったり……
古本屋の本に手紙が挟まっているのは母が実際に経験した事。寺は実際の洞雲寺をほぼ忠実に再現して名前だけを宗雲寺に。原爆の表現は歯医者一家で鷹野橋に住んでいた父の話をほぼ忠実に。広島の舞台も実在した物を記憶をたどり再現してます。四俵家(友人の実名)近くの池もマムシ等の事も
駄菓子屋で百円札使ったのも汽車についても佐方小学校(ウチが第一期卒業生)についても、ガードも廿日市駅や商店街も方言禁止教育も本通り風景やそこの公園も、全部ウチが経験した実話を元に出来るだけ忠実に再現しています。かなり昭和51年の廿日市を再現出来たと思います。
ただ作品上、事実と異なる点もあります。作中では佐方小学校は昭和52年開校予定としましたが、本来は昭和51年に開校していますし、洞雲寺も宗雲寺にしています。蒸気機関車についても昭和47年に最終便を見にかもはら踏切(作中の坂本酒店側)へ行きましたから昭和51年当時は走ってません。寺門前のイチジク並木もありましたが寺の所有だったか?
ウチは名前を考えるのが苦手です。第一稿第二稿では新井正志という大学時代の盟友の名前を拝借しましたが、今作ではあまりに芸がないので忠志に変え…… あまり変わってないか…… それと家の場所と実名使った四俵女子、ごめんねm(_ _)m ちなみに本当の四俵家は農家ではありません。
この作品は出来るだけ年1で稿を重ねたいと思っています。愛着のあるライフワークですね。
苦戦してお待たせした事をお詫びいたします。
さて次回作は4作のどれにするか、まだ迷っています。明日には書き始めようと思っているので今晩考えてみます。
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しかし、ちゃんと書けたらチェックしてるつもりなんです。
誤字脱字のチェックや加筆・削除・校正してるんですよ(^^;)
なのにUPしたら誤字脱字残ってるは、シーンとシーンの間行抜けてるだけならまだしも■で区切ったシーン名も書き忘れてるし、その他もろもろ……
そんなところを発見しても、生暖かい目で「ああ、見落としてるなぁ」って、想像力で補って下さいませm(_ _)m
私はボケているので、皆様の想像力が頼りです(^^;)
尚、第一稿と題名の後に書かれているのは、第一稿だからで完成形ではないという事です。
本来脚本は何度も書き直し練り直して完成稿にする訳ですが、多くの方との打ち合わせがあってこその第二稿~完成稿ですから、私が一人でやれるのは第一稿までなんですね。
つまりそれ以降は多くの指摘やご意見を参考に作らなくてはならないのです。もちろん書くのは脚本家ですが、第一稿と完成稿を見比べるとまったく違った物になるのが普通ですね。
しかも完成稿であっても撮影現場のキャスト様やスタッフ様の意見でその場で変わる事も。
脚本とは小説と違って部品なんですね(^^)
また題名の横についている「ARナンバー」は復帰後書いた作品順のナンバーです。
「S№」は構想した順番のナンバーですね。
1作書く間に数作の構想が浮かぶので全部は書ききれませんが(^^;)
今のように好きに書けてる内が華。
プロの方になると上からのお達しに沿って書かなきゃならないから好きには書けない。
製作会社様や監督やスポンサーの意向もあるし、予算・時間等の制約もある。
嫌な物や書いた経験のないジャンルであろうがプロは書かなきゃならない。
(実は学生時代は純文系専門だったので、復帰第1作目・2作目のようなホラーアクションやSFアクションなどは書いた事なかったんですけど、これから様々なジャンルに挑戦して自分のスキルを上げて行く所存であります)
素人だから好きに書ける訳で、今が私の華の時期www
と言う訳で、読んで頂いた皆様、本当に稚拙な物に時間を割いて頂き感謝の言葉もありません。ありがとうございました。
また現代の廿日市の情景を詳細に調べてくれた姪っ子へ。
そしてほぼ寝たきり老人の私に生きがいをくれた岡へ。
ありがとう。