運命の番人
ハッハッハッ……!!
荒い息。
火照る頬。
膝頭から滲む血。
まだ手に残る痛み。
胸の内で暴れる心臓の鼓動が私に生を実感させてくれる。
私は歩道の端で息を切らしていた。
信号無視して横断歩道に突っ込んで来たトラックに危うく轢かれそうになったのだ。
本当に間一髪のところだった。今でもトラックの前輪がローファーのかかとを擦った感触を覚えている。神様の仕業と思えるくらいギリギリの回避だった。
少し休憩すると息が整って来て、私はいつものように家までの道のりを歩き始める。
トラックは何も言わずに行ってしまった。轢いてなきゃセーフだと思ってるんだろう。マナーのなっていない運転手だ。
歩いているうちに、再び交差点が見えてきた。
先ほどの件が頭をよぎり、一瞬立ち止まる。
まぁ、車に轢かれるなんて、一日にそう何回もあるわけないか
そう思いつつも横断歩道の手前ではなく、車道からなるべく離れた所で信号が変わるのを待つ。膝の擦り傷の方は血が乾いてきて瘡蓋が出来つつある。うむ、良い兆候だ。
そして、歩道に車が突っ込んでくるとか、トラックが横転するとか、そんな事は一切なく、信号が青になった。
ほら杞憂だった。何も起こらない何も起こらない。三度あるのは二度あった事だけ。私のはまだ一回目。大丈夫
私は歩道の隅から歩き始める。
車道を確認するが、こちらに向かって走るバイクや車は一台もない。安心だ。
と、横断歩道の手前まで来た時。
あれ?
私の身体は金縛りにでもあったかのようにピクリとも動かなくなった。
動け動け
念じても効果はない。これはあれか。無意識のうちに強く恐怖を感じているせいで、身体が動かなくなるっていうヤツ。
なら戻ろう。この横断歩道を渡りませーん
されど動かず。
そうこうしている内に信号は赤に変わってしまった。
三秒の空白ののちに、車たちが動き始める。
目の前を車がビュンビュン通る。
身体は相変わらず動かない。
ヒヤリ。
何か冷たいものが背筋に走った。
「すいません。身体、拘束させてもらってます」
老若男女が特定できない不思議な声が後ろから聞こえた。
身体が動かないのでその正体を見る事はできない。
目的は何? 何のために私を拘束するの?
声も出せないので、心の中で問うた。
「貴女は先程のトラックに轢かれる運命だったんですよ」
そうだったの。じゃあ生きていてラッキー
「うーん、そういう訳にもいかないんですよね」
突然、フッと身体が自由になる。そして背中を押された。
あ、
迫る車。
悲鳴をあげるブレーキ。
けたたましく鳴るクラクション。
車道に倒れ込む私。
ドンッ!!!
鈍い音と共に赤い花が咲いた。
「僕は運命の番人。運命から外れた人を元に戻すのが僕の仕事なんだよ」
私の虚ろになった瞳は誰もいない歩道を映していた。